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2話

戦場の野営地で配給の食事と共に妻からの手紙が届けられた。

「どうした故郷の奥さんから三行半でも届いたか」

友人が笑いながらちゃちゃを入れる。

「そんなんじゃ無いさ」

答えながら手紙を読む。書かれていたのは本当に何気ない日常風景を切り取っただけの、わざわざ手紙で書く必要があるのだろうかと思ってしまうような内容だった。

「何事も無いってさ」

「そりゃあ、最高の手紙じゃあないか。平穏無事、これに勝る便りはそうは無いぞ」

「そう言われたらそうだけど」

友人の故郷がどうなっているかを知っている以上、彼の言葉に強く反論することは出来ない。

そんな友人とのちょっとした会話が元で、なぜこんな内容の無い手紙が届いたのかやっと思い出した。

「・・・そういう事か」

独り言に友人は特に気が付かなかったようで、食事に没頭している。

自分から手紙を送っていた事をいまさら思い出した。

先の手紙ではたしか、森の神への儀式までに故郷に帰れそうに無い旨を書いた気がする。

だからこの手紙はその返答として、若干のアクシデントはありつつも儀式が執り行われた事を知らせてくれようとしていたのだ。

そう理解してから読み返せば、確かに儀式の事がやたら事細かに書かれている。

強引に難癖を付けるとすれば息子の火傷の程度がどのぐらいかが書かれていなかった為、そこは想像をするしか無い事ぐらいだ。

先の手紙を送った時は、儀式が行われる日の少し後には故郷に帰れそうだという目算を立てていたような気がする。

実際はその目算は外れ、厳しい冬が終わりを告げすでに暖かくなりつつある今になってもそんな連絡は届かない。

ここの所の敵軍の行動方針が変わった。

今まではこの要所へ攻めてくる部隊の数は限られていた。どの国も一つの国とだけ争っているわけでは無いため、ほかの国へのけん制の意味から全ての部隊を投入する事は無かった。それが、何としてでも勝ちに来たのか、今まで以上の量の部隊が攻め寄せてくる。

強固な防衛網のお陰もあり、今のところは防衛に成功している。

またこちらの上層部も何も考えていないわけでは無く、新兵器という名目で小さな壺が弓兵それぞれに渡された。

それは猛毒だった。矢じりにごく少量付けて敵を射る。その時急所に当てなくともかすっただけで、傷口からその毒が体内に入りたちまち激しい痛みに襲われて敵を戦闘不能に陥らせる。

実際に使用してみると、矢にかすった敵の勇猛果敢な歩兵がその場でのたうち回りやがて動かなくなった。それ以降敵の進撃が必要以上に慎重になったのは言うまでもない。

たとえ敵が盾で自らを庇いながら攻めてきても、その盾からはみ出している部分にかすりさえすれば、敵を倒す事ができる。

結果それまでの急所を狙っていた時に比べ、ただ当てさえすれば良いという状況は、弓の技術の必要性は減っていく。

今まで以上に気軽に矢を射られる。敵軍の数が増えた事も相まって、より一層狙って射る事をしなくなっていった。


状況は進展せず、ただ敵の攻撃からこの要所を守り続ける日々。日にちが経過し気が付けば昼の太陽は高く夏になっている。

唐突に状況が変わった。敵国が休戦を申し出てきたらしい。それをこの国は受け入れたらしく、この国境付近の要所でも攻め入ってくる敵兵の姿は無くなり、我々には武装解除と休みが申し渡された。

久々に手に入れた休みを、どのように使うのが有効かを各々話し合っている。

「君はどうするんだ」

友人に聞かれたが、答えは決まっていた。

「ちょっと遠いけど故郷に帰ってみる。日程的に行ってすぐ帰って来るようになるけど」

「それがいい」

友人は笑顔で言ってくれた。

改めて移動してみると故郷の村の遠さがよくわかる。

途中で雨に打たれて、歩みが遅くなったこともあり予定より遅れて到着した。

村の様子は俺が軍に入る為に出かけた時と何も変わっていなかった。

一時的とはいえ故郷に無事帰れた事に安堵しつつも、やはり時間が気になっていた。

帰りにかかる時間も考えると本当にすぐ出発しなければならない。

久方ぶりの我が家の中は誰も居なかった。

最愛の妻や愛らしい幼い息子のお迎えを予想していただけに拍子抜けした。

特に家の中が荒らされているわけでもないし、争った痕跡もない。

隣の家の友人宅に行き、妻と息子がどこに行っているかを聞くことにした。

隣の家の友人の話は、聞けばなんて事は無い話だった。

今現在妻と息子は街まで買い出しに出かけているとの事。ついでに聞いた話だと、街で色々買い込んできてそれを村の中で物々交換しているらしい。

確かに村の中の経済でお金を回せない事もないが、それよりは物々交換のほうが色々理にかなっている。

「それで、妻はいつ頃帰ってきますかね」

話ついでに聞いてみた。

「どうかな、多分今日か明日って所だと思うけどな。昨日みたいな土砂降りになればすぐに立ち往生になっちまうからな」

「そうですね」

相槌を返す。確かに昨日のような雨では動きようが無いだろう。しかも幼い息子も連れているのだからなおさらだ。

「まあ、せっかく帰ってきたんだ。ゆっくり待ってれば良いんじゃないか」

友人はそう言ってくれるが、そういう訳にはいかない。もう少ししたら帰り始めないと駐屯地での点呼に間に合わない。

友人には微妙な笑顔を返して別れた。

1人家の中で帰りを待ってみた。

俺以外誰も居ない家は静かだった。

家の外からは遠くで村人同士のおしゃべりや畑を耕す音、そして裏の森を住処にしている鳥たちの鳴き声がかすかに聞こえてくる。

ひどく久しぶりに感じる穏やかな音。つい先日までの戦場での激しい喧噪が全て夢だったのではとさえ思えてくる。

やがて待っている事に飽き始めて、家の中を物色する。自分のいつもいた場所には俺が使っていた弓と矢がそのまま置かれていた。

兵役に入る時に必要ないだろうと思い置いていった、狩猟で使う弓。それは祖父や父に教えられ自分で手作りした物。

軍での支給品である弓は誰でも使いこなせるように癖がない。その代わり威力もいまいちとなる。

それに比べるとこの弓は自分が使う事しか考えていない為、自分には使い勝手が良いが他の人からしたらとても使いづらいだろう。

自分の弓を見ているうちに試し打ちをしてみたくなってきた。

いつ戻るかもわからない妻と息子を家の中でただ待っているよりは、森に入って獲物の一匹でも捕まえている方が時間の有効活用になる。

俺は自分の弓と、これまた手作りの矢を持って森に入った。

久しぶりの森はずいぶんと見違えたように感じる。こんなにも緑が濃く、空気が澄んでいただろうか。

視界が開けている代わりに砂埃ばかり飛んでくる、国境付近の要所とは全然違う。

なかなか獲物が見つからないまま、森の奥へと進んでいく。

不意に緑の中に動くものを見つける。

小さいが獲物が居た。まだこちらには気が付いていないようで警戒しているそぶりは見せていない。

慎重に矢をつがえて、狙いを定め、射る。

一直線に飛んで行った矢は獲物の横をかすめて、向こうの地面に突き刺さった。

獲物は驚き一瞬で姿を隠してしまった。

「あ、あれ」

自分の中では確実に命中したと思っていた。しかし現実には当たる事は無かった。

自分の腕が鈍ったせいだろうか。それとも軍の弓に慣れすぎて、自分の弓を射る感覚からずれたのだろうか。

思い返してみれば、軍では矢を常に射っているとはいえ、その狙いは大型の獲物程度の大きさの人だ。

それに逃げる事は無いし、最近では例の新兵器の毒もあって、前ほどちゃんと狙いを定めていなかったのではないか。

考えれば考えるほど、軍ではただ射る事だけを行っているだけで、狙いを定める事がおろそかになっていた。

それでは腕が鈍るのも当然だろう。

そんな事を考えながら森をさまよう。

またも獲物を見つけた。今度も小さいが、決して狙えない大きさではないはずだ。

矢を矢筒からそっと引き出しながら、ふと、脳裏に悪魔が囁く。

腰元を見るとそこには小さな壺が吊り下げられている。どうやら置いてくるのを忘れて持ってきてしまったようだ。

もし次の一射も外したら悔しい。だったらたとえかすり傷でもつければ倒せる矢を使えば俺の勝利が近づくのでは。

戦場でしていたように矢じりに毒を付け、矢を番える。

先ほどより十分に狙い、昔の感覚を思い出しながら射った。

見事に矢は獲物に突き刺さる。獲物は少しの間悶えたのち動かなくなった。

「よし」

高揚感を感じる。戦場でも少しは高揚感を感じる事はあっても、ここまでではない。

十分に満足できた俺は、家に戻る事にした。

半ば期待はしていなかった通り、いまだに妻と息子は帰ってきていなかった。

森の探索に時間をかけすぎたようで、もう出発しないといけない時間になっていた。

妻と息子に会えなかった事を残念に思いながら、書置きを置いて駐屯地への長旅を開始した。


街での買い出しを終えて、村へと帰る。今回同行させてもらった人は帰りの時は荷台が空になるという事だから、息子はその荷台で寝ている。

悪天候が有ったため、予定より遅くなってしまったが想定の範囲内だ。

村に着いたら荷台で寝ている息子を起こし、乗せてくれた村人に感謝を述べて別れる。

自分たちの分以外にも村中から色々と買い出しを頼まれているため、大量になった荷物を一時家に入れる。

これらを村の人々に配り、物々交換をしていくのは明日以降にしておこう。

そんなことを考えていると私より先に家に入っていた息子が声を上げる。

「ママ、何か有るよ」

言われて机の上を見ると確かに一枚の紙が置かれている。

書かれている文字は夫の字だった。

急遽休みが出来たから帰ってきたが、入れ違いで会えなかった。また次の機会にでも帰ってくる。

驚きながらも会えなくて残念な気持ちと共に、無事でいてくれた事に安堵した。

隣の家を訪ねて詳細を聞いてみると、どうやら一日違いだったらしい。

私が当初の予定通りに帰ってこれていれば会えたのにと思ったが、流石に天候が原因ではどうしようもない。

夫が帰ってくるというその次の機会を楽しみに待つしかなさそうだ。

その前に夫に手紙でも送ろうか。しかし、街への買い出しは行って来たばかりで当分は行く予定が無い。

もし、その時までに夫が帰ってくる機会が訪れなかったら、その時は手紙を出そう。

そう心に決めてその日は移動の疲れも有ってか、早くに床についた。


翌日、購入してきた物を村人たちと物々交換して、数日間外出していて手入れが出来なかった畑作業を行う。

ある程度、方が付いた所で遅めの昼食を息子と二人で食べる。食べながら何気なく夫の物が置かれている場所に目をやる。

昨日は疲れていた事もあり全く気が付かなかったが、弓の置き場所が変わっている事に気が付いた。

そういえば昨日、隣の家の友人に夫の様子を聞きに行ったときに、夫は待ちくたびれて森に狩りに行っていたと話していた。

弓をいつもの場所に戻しながら、矢筒も目に入る。

「・・・あれ」

そこに入っている矢の数が減っている。

当然狩りに行ったのだから矢の数が減る事はあるだろう。

しかし、夫は矢の一本一本を大切に扱い、獲物に当たったものは当然獲物ごと持ち帰ってくるし、

外してあらぬ方向に飛んで行ったとしても、大体の場合は拾いに行き家に持ち帰り修理をして再度使う。

だから夫の矢筒からいっぺんに2本も無くなる事なんて、今までには無かった事だ。

何か理由でもあったのだろうか、例えば、とんでもない所に二射連続で飛ばしてしまい、帰る時間との兼ね合いで回収を諦めたとか。

そんな答えの見つかりようのない疑問を考えているうちに、昼食を食べ終えてしまった。

日が傾き始めた頃にいつもの日課である息子との散歩に出かける事にした。

「今日はどこに行きたい」

「あっち」

息子が指さしたのは村の裏手の森。

「よし、じゃあ行ってみようか」

「うん」

森の中は危険な場所も多いが、小さいうちから何が危険かを知っていれば、父親の後を継いで狩人になるときに役に立つだろう。

そんな親側の勝手な期待から、森の散歩はよく行っていた。

森の入り口付近はすでに馴染みの場所とかしているので、息子は躊躇なく突き進む。

森の奥に進んで行く途中に、息子が目ざとく何かを発見した。

「ママ、あれ」

指さした先には一本の矢が落ちていた。

もしかしてと思い近づき、拾い上げてみるとそれは夫の手作りの矢であることが分かった。

どうしてこんなところに落ちているのだろう。こんなに回収しやすい場所であれば夫が回収しなかった理由が思いつかない。

「それ、パパの」

息子が聞いてきたので、頷いて答える。

「そうみたい。もしかしたらもう一本近くに落ちているかもしれないから探してみよう」

「おー」

散歩に目的を得て俄然やる気が出てきた息子は、どんどんと森の中を突き進む。

しばらく進むと、今度は私の方が先に見つけた。

矢が刺さり倒れた小動物。

私はその小動物に近寄り、しゃがみ込んで詳しく調べた。

見事命中し突き刺さった矢はまさしく夫の矢だった。

という事は夫は獲物を得たのにも関わらず、そのまま放置したという事だろうか。

そして不思議な事にこうして死骸が一昼夜放置されたのにも関わらず、その死骸には他の動物が食い荒らそうとした痕跡が全く無い。ある程度大型の動物であればこのぐらいの小動物の死骸であればくわえて持ち去っていてもおかしくない。

色々と納得のいかない事をあれこれ考えていると、突然横から声が聞こえてきた。

「おぬしはこれをどう思う」

老人の男性の声。どこかで聞いた事があるような気もするが、知り合いの声では無い。

私はその老人に対して不思議と違和感を抱かなかった。この森にこの老人が居る事は当然だと、何故か納得していた。

そんな老人の質問に、私は素直に感想を述べた。

「かわいそう」

小動物が射抜かれた事自体よりは、こうして自らの命を捧げて誰かの糧になろうとしたのにも関わらず、それを誰も実行していない事がかわいそうに思えた。

「そうじゃな。あんな毒まみれでは誰も食べてあげようともしない。

射抜いた本人は見向きすらせんかった」

老人の言う事が正しければ、夫は毒を塗った矢を射って、仕留めた獲物をそのまま放置したという事になる。

「儂はな、あいつに日々生きていく為の糧としての獲物を約束したのであって、道楽の為に与えたつもりは無い」

なんとなく自分も同罪で怒られている気がして声のほうを見る勇気が起こらず、その小動物に視線を向けたまま謝った。

「すみませんでした」

「おぬしが代わりに謝るのであれば、一度だけチャンスをやろう。ただし最初で最後だ。そこであやつに救いようが無ければおぬしたちとの約束は反故にさせてもらう」

そんな言葉と共に私の横に居た老人の気配が消えた。

白昼夢だったのだろうか、それにしてはやけに鮮明だった。

私が空想で作り上げただけなら仕方ないが、そうではないとするとあの老人の話す内容は心当たりが有るし、それによってあの老人が誰なのか理解できた。

「まま、どうしたの」

不意に飛んできた息子の声で我に返る。きっと息子には私が独り言をつぶやいていたように見えたのかもしれない。

「ううん。何でもないわ。それよりこの子は毒にやられていて食べられないみたい。

だから、丁寧に弔ってあげようか」

「うん」

そうは言ったものの手元にはこれといった道具がない。仕方なく先ほど拾った矢の矢じりで軽く地面を掘り、若干窪地になった場所にその小動物の遺体を安置し、上から落ち葉を掛けて塚とした。

刺さっていた矢は抜く気になれなかった。毒が塗ってあるのであれば使いまわす事も出来ないだろう。小動物には申し訳ないが一緒に塚に埋めた。

二人でお祈りをして、日が暮れる前に帰ることにした。

家までの帰り道、今日の出来事を夫に伝えるかどうか悩んだ。

しかし、客観的に見れば非現実的な夢みたいな話だ。多分、夫に伝えたところで理解に苦しむだけだろう。

夫への手紙には今日の事は書かないと決めた。


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