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絵描き侍  作者: 佐野太基
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第一章 京都到着

第一章 京都到着


 向かう先に人だかりができている。頭に桜の花びらがついている事にも気づかず群衆の視線は一人の少女とそれを囲む三人の武士に向けられていた。

「おい、何事だ」

 白水時臣は近くにいた老年の男に尋ねた。

「へ、へぇ。どうやらあの女子が彼らに無礼を働いたみたいでして…」

 やっと届くほどの小さな声で男は答えた。

 三人の武士は浅葱色のだんだら模様の羽織を着ている。間違いない。新選組だ。時臣は心の中で呟いた。

「どうやら、あの女の子が売っている花のせいで着物が汚れたらしい」

「そんな事で怒っているのかい」

「これだから壬生狼は」

新選組は元々が浪人たちの寄せ集めであり、商家から金を巻き上げるなどの横暴な行いをしていたこともあったが昨年の池田屋での騒動以降、彼らに好意を抱く者を増えている。しかし時臣の目に映る少女たちに絡む男たちのような存在のせいで今でも良い印象は抱かれていないようだ。

「何だ。貴様は」

 時臣は少女と男たちの間に自分の体を入れた。先ほど話しかけた老年の男が声を出さず戻ってこいと手振りで時臣に伝えている。

「我らを新選組と知っての行いか?」

 目の前の男たちの〝色〟はくすんでいる。剣を持つ者から放たれる〝色〟。時臣の目にはそれが視える。その〝色〟が鮮やかであればあるほど強い。いや、そんなモノが視えなくとも三人の構えを見れば、剣の腕がたいしたことではないことぐらいわかる。時臣の口から思わず微笑の息が漏れた。

「何が可笑しい!」

「いえ、新選組の評判を聞いて是非入隊させていただきたく江戸からやってきたのですが、貴方がた程度の男たちの集まりだったとはね」

 時臣の挑発に三人は声も発さず、顔を真っ赤にした。一人が刀の柄に手をかけようとした。その直前、時臣は懐に入れていた筆でその男の右手を打つ。刹那、男の刀の柄を左手で抑え込み、右手に持った筆を喉元に突きつける。左前の一重身の構えのまま体を相手の股の間に左足を差し込む。右手の筆は喉元に、刀を抑え込んでいる左腕の肘は水月に、そして左足は即座に金的を狙える位置にある。男は鎖で縛られたように固まったあと、尻が地面に吸い込まれた。群衆も一瞬の出来事に息を呑んでいる。残りの二人の男もしばし呆然とした後、刀を抜いた。

「貴様…!生きて帰れると思うなよ」

 一人が野良犬ように吠える。こんな格下相手に死んでやる気もないが、ここで死ねるのならそれも悪くないと時臣は思った。男たちを纏う〝色〟は大きくなったが相変わらずくすんだままだ。

「やめなさい」

声のする方へ眼を向ける。壮年の男が立っていた。

「い…井上さん」

 隊士の1人が狼狽している。

井上と呼ばれた男は浅葱色の羽織は着ていないが新選組の一員だろう。対峙している三人とは比べ物にならぬほど強いことはわかった。纏う〝色〟は澄んでいて、空を映す水面を思わせる。

しかし、時臣は井上の後ろにいる男に目を奪われていた。まるで剣気そのものが人の形をしていると錯覚させるほど、鮮やかで美しく、妖しい〝色〟だった。

「沖田さんまで…」

「何をしていたのだ」

「こ、この男が娘に狼藉をはたらいていたので、我々はそれを止めようと…」

 男たちの目は面白いほど泳いでいる。よくもここまで平気で嘘がつけるものだ。時臣は目の前の男たちの情けない姿に呆れて嘘を撤回する気にもならなかった。

「黙りなさい。お前たちが何をしたかは、野次馬から聞いた」

「娘に狼藉をはたらいて、助けに入った男に打ちのめされて、挙句の果てに我々に嘘をつく。土方さんが知ったらどうなりますかね」

 カラカラと沖田という男は笑った。男たちからの血の気は引いている。土方というのは新選組副長の土方歳三のことで間違いないだろう。江戸にいた時臣の耳にも土方と局長の近藤勇の名前は入っている。

「も、申し訳ありませんでした」

「謝る相手が違うでしょう」

 子どもを叱るように井上は三人の隊士に言葉を投げた。三人は慌てて時臣と花売りの少女に頭を下げる。己の行為の反省からではなく、沖田の言葉への恐怖から来る行為だろう。これ以上場を新選組と揉めると今後に影響すると思い時臣は形だけの謝罪を受け入れた。

 三人の男たちは井上に言われ屯所へ帰っていった。野次馬たちも自然と散っている。その場には時臣、井上と沖田、そして花売りの少女が残っていた。

「大丈夫か?」

「はい。ありがとうございました」

 時臣はこの時、初めて少女の姿を見た。着ている物は大変粗末で継ぎ接ぎだらけの着物、しかし何処となく品の良さが漂っている。

「花が落ちてるよ」

人懐こい声で沖田が言った。少女の足元には売り物であったであろう花が散らばっていた。少女は目線を地面に向けずに体を屈め手探りで落ちた花を拾おうとしている。。

「君…目が…」

「あ、はい。そうなんです」

 井上の言葉に少女は淡々と答えた。時臣たちは視線を互いに配った後、示し合わせたように花を拾い少女の手に渡した。

「すみません。ありがとうございます」

「いや、寧ろウチの隊士たちが迷惑をかけてしまい、申し訳ない」

「君を助けたのは、ここにいるお侍さんだよ」

 沖田の言葉に少女は顔を時臣に向け、微笑みながら頭を下げた。

「目が見えないのに、誰がどこにいるのかわかるの?」

「総司」

「はい。誰が何処にいるかはわかるんです」

「そうなんだ。凄いね」

 諫める井上の言葉を気に留めず沖田は少女を憐みもせずに、ただ素直に自分の気持ちをぶつけている。少女もそんな沖田の言葉に嫌味を感じずに、自然と受け答えをしている。二人の会話がまるで同い年の友人のものであるかのように時臣は感じた。

「ところで貴方は新選組に入隊されたいのですか?」

 時臣の左手は自然と腰に差した刀を掴んでいた。沖田の声色は少女に話しかけている時と変わらないが、含まれる感情は明らかに違っている。

「いえ、咄嗟に出まかせを言ってしまいました。入隊する気はありません」

「そうなの?勿体ないな。ウチでも充分に活躍できると思うのに」

「それはどうも… しかしもう勤め先も決まっているので」

「へぇ。ちなみにどんな仕事を?」

「…絵師です」

「あぁ!だから筆を持っていたんですね」

 沖田という男は不思議だ。明らかに異常な剣気を漂わせているのに、子どものような純真さも持ち合わせている。彼からの問いかけに、つい時臣は次々と答えてしまった。

「どちらからいらしたので?」

「江戸より参りました」

「江戸!私たちは多摩の生まれなんですよ。ねぇ源さん」

「総司。少し落ち着かないか」

 江戸という言葉を聞いて沖田は興奮している。井上も咎めてはいるが、江戸という響きには感じるところがあるのか、嬉しそうだった。江戸も多摩も遠く離れた京都の地で過ごす人間にとっては同郷ということになるのだろう。

「私も江戸の生まれです」

 少女がごく自然に話の輪の中に入ってきた。その言葉に沖田は更に顔を綻ばせた。

「君も江戸なんだ!えっと…」

「陽菜と申します」

「私は沖田総司。よろしくね。陽菜ちゃん。で、こっちは」

「井上源三郎です」

 ここに来て全員の自己紹介が始まった。当然、流れから次は時臣の番となる。三人は時臣の自己紹介を待っている。

「絵師の白水時臣。雅号を幽雪と申します」




 白水時臣は筑前藩士、白水久蔵の次男に生まれた。剣は柳生新陰流を学び、若くして道場での師範代を任されるほどの剣才であった。地頭も悪くなく、周囲からは白水家の跡取りになると評されていたが、格式を重んじる兄からは妬みから顔を合わせる度に嫌がらせを受け、世間体を気にする両親からは将来は兄を支えるように言われてきた。何故、実力で劣り尊敬もできない相手に仕えなければならないのか時臣にはわからなかった。また武士とは剣を通して、か弱き者を守る存在であるべきという教えを剣の師範から受け、それに感銘を受け自身もそうであろうとする時臣にとって、身近な武士が自らの志とは最も遠い存在である事に絶望した。

 幼い頃から剣と同じぐらい、絵を描くことが好きであった時臣は時折、自分が気に入った景色を絵に描きとめる為、様々な場所へ出かけた。桜を描く為に向かった場所で、既に絵を描いている男がいた。腰に刀を差しているところを見ると武士のようだが、色褪せた着物、ぼさぼさの総髪やいつあたったのかわからない髭をたくわえている所を見ると、どこかに仕えているようには見えない。恐らくは浪人だろう。自分のお気に入りの場所に浪人の先客がいることも驚いたが、何より時臣はその男の剣の腕が相当立つだろうと見定めた。剣の稽古を重ねる内に、剣を持つ人間から放たれる〝色〟が見えるようになった。剣の実力とその〝色〟の鮮やかさは比例する。浪人の〝色〟は今まで時臣が見た中で指折りの鮮やかさだった。浪人は桜四十郎と名乗った。もうすぐ五十郎だろ桜を眺めながら言っていたので、本名ではないのだろう。四十郎の描く桜は紙から抜け出しそうな迫力があった。独学で絵を学んでいた時臣は四十郎に絵を教えて欲しいと頼み込んだが、自分も独学だから教えられる程ではないと断られた。それでも時臣が頼み込むと四十郎は困ったように笑いながら、教えることはできないが自分が描いている所を観て勝手に学べと言った。

 四十郎の傍で絵を学ぶ中で彼はやはり浪人であり、現在は様々な場所を巡り、その時に心に留まった風景を描いているのだという。四十郎の縛られない生き方は時臣をこの上なく魅了した。桜の花が完全に散ったころ四十郎は何も言わず、完成した桜の絵と愛用していた絵筆だけを置いて姿を消した。

 四十郎のように生きようと時臣は家を出ることを決めた。兄は喜びを隠そうともしなかったが、家から脱藩者を出す事を両親は許さず、長崎へ絵の遊学という事で折り合いがついた。何であれ実家から離れてしまえば、後はどうとでもなると思い時臣は家を出た。そして幽雪という雅号で江戸でも人気の絵師と活躍する。

 そして現在。絵師の幽雪は京都へ到着していた。

「幽雪…似たような名前の絵師がいたような」

「幽鶴だな。つい最近、死んだと聞いたが」

「そうそう!そんな名前でした。さすが源さん」

「幽鶴は同門の絵師なのです。」

「そうですか」

「その幽鶴という絵師が死んだので京都へ来たのですか?」

「…まぁ、そんなところです」

「総司。いい加減にしろ。気になったからといって何でもかんでも聞くものじゃないといつも言っているだろう」

 井上の指摘に沖田は素直に従い、それ以上、時臣に質問をすることはなかった。

「では、我々はこの辺で」

 時臣と陽菜に頭を下げ、井上は背を向ける。後を追おうとした沖田は何かを思い出したかのように踵を返した。

「陽菜ちゃん」

「はい」

「花、全部ちょうだい」

「え、でも」

「いいからいいから」

 戸惑う陽菜に構わずに沖田は陽菜から花を買った。陽菜に渡された金子は明らかに多い。

「じゃあ、陽菜ちゃん。また変な奴に絡まれ時は新選組の沖田総司に言いつけてやるって言うんだよ」

 道の向こうで待つ井上の元へ沖田は駆け出した。去り際に時臣の方を見て一瞬だけ笑った。

「あの、白水さん」

「ん、何だ」

「助けていただき本当にありがとうございました。このお礼は必ず」

「気にするな。礼を言われる程のことはしていない」

「いえ、そうはいけません。私の気がすみませんから」

 陽菜はかなり頑固かもしれないと時臣は思った。ふと地面に目を落とすと花が一輪、陽菜の足元に落ちていた。全て拾ったつもりだったが一輪だけ残っていたようだ。

「では、この花をタダで貰おうか」

 拾った花を陽菜の顔に近づける。陽菜は納得いっていないようだったが、絵の題材に使うからと話すと渋々ながら納得した。

「また花を描く時は、ちゃんと買わせて貰う」

「お安くしときますよ」

 陽菜は空になった花籠を抱え、その場を去っていった。その場に佇み時臣は先ほどの沖田の笑顔を思い出していた。

「今度は私と闘いましょう」

 あの笑顔にはそんな言葉が込められている気がしてならない。しかも、そう遠くない未来にそれは現実化してしまうだろう。

「厄介なところへ来てしまった」

 誰にも聞こえないその声は桜の花びらと共に風に吹かれ散っていった。




 時臣は書肆雅蘭堂を訪れていた。京都に本店を置き、江戸や大阪にも支店を置く大店である。店の者に名を告げると六畳ほどの広さの部屋に通された。しばらく待つと総髪の小柄な男が女中を伴って現れた。

「こうして顔を合わせるのは初めてだね。幽雪さん。私が阿藤八雲だ」

 雅蘭堂の当代の主人、阿藤八雲は時臣こと幽雪を京都へ呼んだ張本人である。

「幽雪、白水時臣と申します」

「遠いところ悪かったね」

「いえ」

八雲は腰を下ろし大店を取り仕切る主人らしく人を惹きつける笑顔と声を時臣に向けた。八雲の前に女中が時臣に出せれたものと同じ茶と菓子を置いた。

「松本から詳しいことは聞いているね?」

 松本というのは雅蘭堂江戸店の店主、松本銀三郎のことだ。銀三郎は時臣が江戸にいた頃、外部からの絵の注文の仲介役を務めていただけではなく、店に置く絵の注文も依頼していた。言わば時臣は雅蘭堂預かりの絵師なのである。

「はい。概ねは」

 時臣がそう答えると八雲は頷き、ちらりと女中を見て視線で部屋を出るように命じた。女中が頭を下げ無言で部屋を出た。八雲は茶を一口喫すると先ほどの穏やかな表情から一変した鋭い視線を時臣に向け、囁くように話し出した。

「江戸では何人斬った?」

「さて、数え切れませぬな」

「ふむ。銀三郎が勧めるだけはあるな」

 書肆雅蘭堂は表向きは書物や絵画を扱うが、裏では絵の依頼に見せかけた暗殺の依頼を受けている。かつては世のため人のためにならぬ者たちだけを葬っていた。が、黒船が訪れたこの十年足らずで、日本全体が戦国乱世ように入り乱れ、各々の正義に従い生きる志士たちが己の正義と異なる考えの者を自ら、もしくは刺客を立て討ち果たす。志を持つ人間の正義の数だけ天誅と称した暗殺が増え、雅蘭堂が受ける暗殺の仕事も減ってきた。それでも、裏の世界では長く暗殺稼業をやってきた雅蘭堂なので、依頼は途切れない。そんな血生臭い京都で長く雅蘭堂のお抱え絵師であり、暗殺をやってきた幽鶴が病死した。元締めの八雲は江戸と大阪の支店に各店で抱えている暗殺者を京都へ派遣できないか尋ねた。江戸店の主人である銀三郎たっての希望で時臣が京都へ赴くこととなったのだ。

「斬った人の数を自慢げに話すような奴ではなくて良かったよ」

 再び八雲は柔和な顔を時臣に向けた。

「幽雪さんは、京都は初めてかね」

「はい」

「そうか。ではしばらくはゆっくり京都見物でもしているといい。寝床も兼ねた画房はこちらで用意しているから」

「よろしいのですか」

 常時戦場と化した今の京都では毎日のように人を斬る生活を予想していた時臣にとって八雲の提案は意外であった。

「構わんさ。絵の依頼はすぐに舞い込むかもしれんがね」

 そう言って八雲は画房の場所が書かれた地図を渡し、席を立った。これ以上の質問はできないだろう。そもそもこの世界では雇い主の命令は絶対で疑問があっても口には出さないのが決まりだ。

 用意されたのは山奥にある茅葺の家屋であった。見た目は古いが柱に軋みはなく思ったより頑丈だ。街からもそう遠くはない。一人で暮らすには充分すぎる広さで景色もいい。絵師としては理想的な画房である。画房には老人が一人いた。老人は定吉と名乗り、八雲より時臣の身の回りの世話をするよう命を受けたと言った。定吉は片足は木でできた義足であった。しかし身のこなしから元々は武士だったのだろうと時臣は見抜いた。八雲からの命ということは時臣がただの絵師ではないことも知っているかもしれないがそのことをわざわざ聞く必要もない。時臣も自らの名を名乗った。

「家屋の掃除は済んでおります。食材などは三日に一度は届けますので、他に必要なものがあれば仰ってください」

 それだけ言って定吉は去っていった。ここで共に住むものかとも思ったが住む場所は他にもあるようだ。元々一人でいることが性に合っている時臣にとっては都合がよかった。山を下りる定吉の乾いた足音がまだ響いている。




「そう言えば最近体調はどうなんだ」

 屯所に戻ってすぐに井上は沖田へ訪ねた。

「すこぶる良いですよ。食欲も前より増えたぐらいです」

「そうか。それなら良いのだが」

「源さんは相変わらず心配性ですね。ただの風邪だって言ったじゃないですか」

「いや、お前が風邪を引いたことなど今まで一度もなかったろう。だから余計に心配でな」

「ありがとう、源さん。本当にもう元気ですから」

「無理はするなよ。お前が倒れたら近藤さんや土方さんも心配するぞ」

 井上は自分の部屋へと向かった。

 沖田と井上は近藤、土方含め付き合いは十年以上になる。長い付き合いだ。井上は沖田の言葉をそのまま信じてはいないだろう。事実、沖田は井上に一つ嘘をついている。風邪で体調が悪いと言ったが、実際は沖田の体は労咳に侵されているのだ。この事を知るのは局長の近藤と副長の土方、そして医術の心得がある観察の山崎烝だけである。

 剣士として死ぬ覚悟はできている。しかしあくまでも剣の下にという意味である。病という斬れぬ相手に自分が蝕まれて死ぬことに総司はとてつもない嫌悪と恐怖を感じていた。布団の上で生き永らえるぐらいなら、強敵と戦い死にたい。だが、この京都には総司を満足させるほどの剣士などいなかった。いるとしても新選組の幹部たちぐらいだが、私闘は局中法度で厳しく禁じられている。

「どうした総司。珍しくご機嫌だな」

 声の主は土方歳三だった。

「そう見えますか」

「あぁ」

 土方は人の表情や感情を見抜く能力がずば抜けている。そんな彼が言うのなら今の自分は機嫌が良いのだろうと総司は思った。

「好みの女でも見つかったのか」

「土方さんじゃあるまいし」

「じゃあ、強い剣士でも見つけたのか」

 土方の問いに総司は先ほど会った男の顔を思い出していた。間違いなく強い。ギリギリ勝てるか、相討ちとなるほどの腕前だと総司は時臣を評価していた

「図星か」

「はい」

「どんな奴だった?」

「絵師ですよ」

 その答えに土方は継ぐ言葉を失っていた。

「まぁお前の見立てに間違いはなかろう。今度会ったら勧誘しておけよ。近藤さんは新選組を最強の剣客集団にしたいのだからな」

「土方さんは違うのですか?」

「戦いは刀だけでするものではないからな」

 局長の近藤勇は刀こそ至高であるという想いを持っている。土方が見ているのは現実だ。昨年の禁門の変で長州藩が幕府軍や諸藩兵からの重火器による集中砲火で惨敗した。最早、刀だけでは人は戦に勝てぬと土方は思っているのだろう。だが、土方は刀を捨てることはないだろう。彼の器用なのか不器用なのかわからない生き様が総司は大好きであった。

「また会ったら話すぐらいはしますけどね。私が勧誘することはないですよ」

「何故だ」

「いやだなぁ、土方さん。だって仲間になったら戦えないじゃないですか」

 総司の笑みは妖しく光った。だがその光はどこが悲しみを帯びているようにも土方には見えたのだ。


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