青狼と呼ばれた軍人令嬢が、婚約破棄され辺境拍の妻になる任務を引き受けました~任務と思ったら本気でした~
夏も終わるころ。
秋になるというのに残暑もまだ厳しい。
私の人生もこんな季節のように振り回される日々だったのだろうと今日ほど思った日はない。
十五歳の時、初めて私は槍を握った。
皇妃による『女性軍人推進政策』は、帝国の領地拡大に伴って布告された政策だった。
女性の地位向上は皇妃の宿願であるらしく、その一環だ。
私もまた少尉候補生として召集され、女性にしては体格の良いほうであったのを見込まれてしまって歩兵として訓練を受けた。
私の家、アルマーノ伯爵家は尚武の家系と言われていたけれど、武人としての男子がいなかったために私が選ばれてしまった。
戦場に連れていかれるんだ、と思った時には怖いと思ったし、花を育て生きていきたいと思っていたが、そんな日々は私にふさわしくないと言われた気がした。
そして生真面目さゆえか、家のためならば仕方がないと本国にたどり着いたときにはあきらめきっていた。
同じ候補生には蛮族出身の粗暴な同期たちがいたが、そういう状況を気遣ってか、下士官たちは親が用意してくれた心許せる者たちがおかれた。
そのおかげで厳しい訓練にも耐えきれたのだと思う。
正直怖い人ばかりだったし、私にとっては到底仲良くなれるような人物ではなかった。
そして二十歳になり、東方戦争と呼ばれた戦いに呼ばれ、前線で戦い功績を残すと、私は青い髪からか、『青狼』と呼ばれるようになる。
私はまじめに、必死に戦っていただけだが、気が付けば大尉という身分で兵士たちを率いる身になっていた。
二十二歳の時に戦争が終わり、本国に戻って私に待っていたのは婚約者である皇太子セルスマール殿下からの一つの手紙だった。
『ヴェルマレス・アルマーノ、君との婚約を破棄させていただく。君にはひどい悪評が付きまとっている。特に蛮族に体を許すなど許しがたい。皇太子の花嫁としてふさわしくない。そんなに蛮族と仲良くなりたければ、オックス伯爵の元へ嫁ぐと良いだろう。手続きはしたから、すぐに向かう事』
ねぎらいの言葉でもなんでもなく、ただの身に覚えのないことと、罵倒にも等しい言葉が書かれていた。
その手紙を渡した上官も窓の外を見ながら困惑した表情を時々こちらに向けている。
浮かび上がるのは怒りでもない。
悲しみでもなかった。
なんというか、虚しかった。
なんというか、わかっていた。
戦争嫌いで知られている皇太子と十二歳の時に引き合わされて、親同士の口約束で婚約が交わされた。
それでも、十五の時に軍へ引き渡されたときは心配の手紙を送り、戦争が終わったら軍を退けるように図って、結婚を取り交わそうと言ってくれた。
その時正直嬉しくて仕方がなかった。
次期皇妃候補だとかそういうことは気にしていなくて、平和に花をめでる日々に戻れると思ったのだ。
しかし、戦場で別の女性と仲良くしているという噂が流れていたのも聞いていた。
最初は信じていなかったけれど、送られてくる手紙が少なくなり、途絶えたところで真実なのだろうと思った。
「あー……ヴェルマレス・アルマーノ大尉。誠に残念ではあるが、まあそう落ち込むこともあるまい。また戦場で功績を得られると考えられれば……」
上司のフォッグマン中佐が恐る恐るそう言う。
私はどうその言葉を受け止めればいいかわからなかった。
上司なりに励ましてくれているのだろうか。
しかし、それをありがたく受けるという気持ちにはなれなかった。
そうであるのだろうと考えておくことが一番だと思い、彼を責めることはしなかった。
もともとそういう立場でもないのだから。
中佐が踵を返して、こちらにやってくると、緊張しているような面持ちで声を掛けてきた。
気遣ってくれているのだろうか。それとも、下手なことは言えないと考え込んでいるのだろうか。
私としては、気持ちは決まっているのだけれども。
「オックス伯爵は戦狂いと言われている。西方の蛮族とずっと戦っているのだから、そういわれても仕方がないだろう。正直どちらが蛮族かわからないが……あー……そのだ」
「大丈夫です、私の腹は決まっています。皇太子殿下のご命令通り、オックス伯の元へと向かいます」
私は中佐に敬礼をした。私自身、命令に反することをしたくはない。
オックス辺境伯は西方の蛮族と戦っていて長いと聞く。
そこで私の腕が役立てるのであれば光栄と考えるべきだろう。
新しい生活が待っている。そう考えれば良いのかもしれない。
その後、私は荷物をまとめ、本国から馬車に乗り、オックス辺境伯領地へと向かおうとした時だった。
私の元に二人の人物が現れた。
一人は知っている顔だ。ミントグリーンの髪に青い瞳の男、皇太子セルスマールだ。
その隣にいる人物はしらない。
桃色の髪に薄暗い青い瞳、豪奢なドレスを着こんで、セルスマール殿下と腕を組んでいる。
知らない人物、だけれどこれがセルスマール殿下の新しい女性なのだろう。
私に対して見下しているような目で見てきた。私はただその瞳が暗く、何かおぞましいものにも見えて仕方がなかった。
「出発ぐらいは見送ってやろうと思ってな」
セルスマール殿下もまたこちらを蔑んでいる表情を浮かべて見てくる。
何度かお会いしたことがあるが、このような表情は初めてだ。
私はただ敬礼をして答えた。
「はっ、ありがたきお心遣い感謝いたします。これより殿下のご命令の通り……」
「そんなことはどうでもいいんだ。ああ、と紹介するのが遅れたね、こちらは私の新しい婚約者であるバーバラ・バーベルンだ。どうだ、お前のような厳つい者ではなく、可愛らしく美しい女性を嫁に迎える方がよい」
「……左様でございますか。では、お幸せになられてくださいませ」
私はただ答えるだけだった。
しかし、セルスマール殿下は不服だったのか、私の元へと歩み寄ってくる。
距離は一定離していた。それが私と殿下の心の距離だということだろう。
「なんだ、その嫌味たらしい言葉は」
「いえ、心からそう願っているのですが」
「あー、殿下ぁ。この女はわかっていらっしゃないのですよぉ。自分がどういう立場であるかというのを」
バーバラと呼ばれた女性がねっとりとした口ぶりで話し、私の方を見つめる。
その眼はよどんでいるようにも思えた。
「辺境伯のところなんて、ただ戦しか能のない人しか行かない場所だから、お前にはお似合いの場所だってこと……だって、蛮族と体を交わすぐらいですもの」
「お言葉ですが、それは誤解です。私はただ忠実に……」
「ええい、うるさい、うるさい! お前など、どこかへ行ってしまえ! 私にはバーバラがいるのだ! お前などもう必要ではない!」
必要ではない。その言葉には少し傷ついた。
今まで国のために戦ってきた、尽くしてきたというのに、その結果がこの仕打ちか。
「どこかへ行ってしまえ、この蛮族女がっ!」
「承知いたしました。馬車を出してください」
私は馬車に乗り込み、ただまっすぐ、本国から離れていく。
それを見送っていたセルスマール殿下とバーバラ嬢の表情は、ただ勝ち誇っているようだった。
あの表情を見ると、怒りよりも虚しさがやってくる。
あの手紙を読んだ時と同じように。
私が好きだった人はあんな人だったのか。
私の十年はなんだったのか。
考えても仕方ない。
執着しても仕方がない。
これからの新しい生活を考えることにしよう。
私はただ馬車の揺れに身を任せ、ただこれからのことを思いふけていた。
◆
オックス辺境伯と出会ったのは、彼の領地へ行くための列車の中だった。
もっとも、私はその時彼のことをオックス辺境伯とは思いもしなかった。
ジュヴ、と名乗った青年は食堂で豪快に肉をほおばり、しかし上品に噛んでみせるのがなんともちぐはぐした印象を残していた。
短い金髪に赤い瞳。私とは対照的だな、と少し思いながらも、この男は何者なのかとその時は少し興味を持った。
よく見れば薄着であって。
車内とはいえ、それなりに寒いから大丈夫なのかと思ってしまうのだが、彼の腕を見るとよく鍛えられているのがわかった。
しかも、私のことをお嬢さん呼びだ。
私のことを知っていたようで、すぐにレディと呼んでくれた。
「じゃあレディ・アルマーノ。お詫びの印に一杯奢らせてもらえないだろうか?」
「そんな、お気遣いは感謝いたしますが、それほどのことでは」
「いやいや、構わず」
本当に最初は旅人か何かかと思っていたけれど、目的の駅に着いた後、彼に目的地のオックス辺境伯の屋敷まで連れていかれ、その時に彼自身がオックス伯爵だと明かされた時は驚きを隠せなかったものだ。
それまで隠されたことを怒っていたのか、それとも寂しく思ったのか、今でも謎のままだ。
ジェヴァール・オックスは私にとって最初どういう人物だったか。
正直に言えばつかみどころのない人だと思っていた。タバコは吸うし、酒も飲める。嗜みも多い中、軍人らしい規律を守る人でもあった。
私は最初この人に仕えるのだと思ってやってきた。
が、それは間違いで、本当にこの人の嫁に行けという命令だった。
私はこうして軍人から前線基地にいる軍人の妻になったわけだけれど、それを認めるのには時間がかかった。
「君が嫌だというのであれば、形だけ取り繕うこともできるから、言ってほしい」
その時の彼の顔は少しだけ寂しそうだったのは、はっきりと覚えている。
私を愛そうとしていたのだろうと、後になって気づいた。
だからだろうか、それとも軍人としての私が命令に従えと考えたのか、今となってはわからず。
ただ、彼は私のことを理解しようとしてくれた。
「こんな朝早くから走り込みとは。寒いのによくやるな」
時には落ち着かなかった私が屋敷の庭を走り込んでいたのに交ざってきたり、時には庭に咲いている花のことを教えてくれた。
「一年通して寒いところだからな、力強い花が咲く。まるで君のようだ」
「私は強くありません。……ただ、花は好きです」
「そうか、それはよかった」
嬉しそうな表情を浮かべたオックス辺境伯はとてもじゃないが蛮族との前線の指揮官だとは思えなかった。
どちらかといえば、平和な生活を送る方が似合っているようにも思えた。ただ、戦狂いという二つ名は、彼が戦場から戦場へ向かっていったからついたのだとか。
私はそんな風には思えなかった。ただ彼は戦が好きなのではなく、守りたいものを守るために戦っているようにも思えた。
だからこそ、私は彼を愛し始めた。彼という人が心の中にいるのを受け入れた。
ここに来たのは何かの思し召しなのだろうと思って、私は軍人としての、青狼のヴェルマレスではなく、オックス辺境伯の妻のヴェルマレスとしての役目を果たすことにした。
彼が戦場に出るときは、屋敷を任されることが多かった。
最初は大変だ。
使用人たちに信用されているわけでもなく、私自身貴族の妻としてのふるまいができなかったから、なめられたりもした。それでも毅然とした態度で私は接し、規律を守るようにした。また一方で余計なお世話と思われるかもしれないほど、使用人たちの悩みを聞きに回る。
それを一つずつ解決していくことで、私はようやくオックス辺境伯の妻として認められた。
「君は努力家だ。それに優しい。そこも私は好きだよ」
「私はただ妻としての役目を果たそうとしただけで……」
「でも、普通ならば一人になったときに使用人にまで気を回すことなんてできないよ。でも、ヴェルは周りの人間も癒してくれた。本当にありがとう」
私としては当然のことをしただけなのに、こうして彼に感謝されると、とても言い表せられない気持ちが浮かんでくる。
そんな生活が続いて、すっかり中央は晩秋を迎えたころだった。
蛮族たちが屋敷を強襲してきたのだった。
オックス辺境伯は前線だ。戻ってくることはできない。
私は久しぶりに軍人のヴェルマレスに戻り、屋敷を守った。
かなり無茶なことをしてしまって、傷を受けてしまったが、屋敷を守れたのだから安いものだと思った。
軍人をやっていた時はこのぐらいの傷当たり前だったから。
しかし、オックス辺境伯は怒った。
そして私を抱きしめてこう言った。
「君が死んでしまったら、私はどうして生きていられようか」
私はその一言で、涙が出てきてしまった。
びっくりしたのが半分、私をそこまで考えてくれていたのだということに気づけたのが半分。
そしてなにより、私が死んだら悲しむ人がいるんだという事を思えたのが大きかった。
「家やみんなを守ってくれてありがとう。だが、無茶をしないでくれ」
オックス辺境伯は私の目を見て、そして口づけをした。
私はその口づけを黙って受け入れた。本当の妻になれたという感覚が持てたのはその時だった。
しかし、恐ろしかったのは、その蛮族を引き入れたのがあのバーバラという、セルスマール殿下の正妻だった。
彼女は一度この地を訪れたときに、オックス辺境伯から賄賂を受け取れなかったのに怒ったのだという。
私への一方的な憎悪なども重なり、勝手な行動を起こしたそうだ。オックス辺境伯が蛮族を尋問した際に発覚したことだった。
それから私たちはバーバラという女性を調べ上げ、彼女の悪行の数々を晒し出した。
もちろん、彼女は否定をし、セルスマール殿下もまた擁護しようとした。
「何を馬鹿なことを! しょ、証拠はあるのか!」
「そうよ! この者たちは私たちを謀ろうとしているのよ! 捕まえなさい!」
中央で、私たちは逃走劇を送ることになった。兵士に追われる中、私は同じく彼らに不満を持つ者たちによって保護され、ついには二人の弾劾にまでたどり着いた。
結局二人は地位を失う事になった。特にセルスマール殿下は王太子という立場も失って、妻とともに辺境の島へ流されてしまったのだという。
私たちはまだ相変わらずの生活だ。中央があれた時こそ、辺境の治安も悪くなる。
だからこそ、私はオックス辺境伯との絆を見せるため、一緒に戦場へ行き、前線の兵士たちの鼓舞を行った。青狼という名は一生この地で馳せるのだろう。
優しい夫ともに。
Fin.
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