第1章 第4話 入学
「若! お嬢! 行ってらっしゃいませ!」
組の奴らに見送られ、俺と翔子、華と真子を乗せた黒塗りの高級車は走り出す。俺たちがこれから3年間通う幸泉高校へと。
「知ってる!? 幸泉高校部活動30以上もあるんだって! どれに入る!?」
俺の隣に座った翔子が俺の顔を覗き込むようにして訊いてくる。その反対側に座る華も俺の腕に抱き着いてきており非常に狭苦しい。
「やっぱり運動部がいいわよねー……あ、でも名前出ちゃうのはまずいから文化系? でもそれはそれで種類が多くて……」
「部活動紹介やるだろうからそれ見た後で決めたら? うちの高校兼部も認められてたからやりたいの何でもやればいいよ」
にしても翔子のテンションが高い。普段のツンツンした様子はどこへやら、すごい笑顔。身長の低さも相まって本当に子どもみたいだ。ここまでうれしそうだと、協力した俺もうれしくなってくる。
「私は部活動には反対です」
しかしここで水を差してきたのは、助手席に座った真子。後ろを向きながら、子どもに注意するように指を立てる。
「いいですか? 私たちがヤクザだということはバレてはいけません」
「それくらいみんなわかってるわよ。よっぽど変なことでもしない限りバレないだろうけどね」
「ですがよく考えてください。若はなんだかんだ一番過激派です」
「いや俺はヤクザの中で生活するから仕方なくしてるだけで……ちゃんと普通にできるって」
「華さんも若のためなら平気で人を殺せるでしょう?」
「? 当たり前じゃないですか」
「お嬢はそもそも論外ですし」
「ろんが……」
「長い高校生活。バラバラに過ごすことも多いでしょう。一般的な常識のないみなさんがです。ヤクザバレをしないためにもなるべく自由な行動は控えるべきです」
「大丈夫よ。理事長に金渡して全員同じクラスにしたから。あ、一樹のとこの双子はちゃんと別クラスにしたわよ」
急に語られた驚きの事実。いつの間にそんなことしたんだか……。
「あのさ、うちクスリとか危ない道から手を引いて金ないんだけど……」
「わかってるわよ。でもしょうがないじゃない。今まで学校に通ってこなかった私が普通に高校に入学できるわけがない。そもそも一樹と華は戸籍の問題もあるしね。どっちにしろ金を流さなきゃ、私たちヤクザは高校に通うことすらできないのよ」
俺もだいぶヤクザに染まってきたかと思っていたが、まだまだだ。俺は知らなすぎる。ヤクザという存在が、どれだけ忌み嫌われているか。
「でもお金を渡せば高校に入れるところまでこれた。全部一樹のおかげよ。本当にありがとね」
でもそう笑う翔子の姿は子どもそのもので。この幸せだけは壊すわけにはいかない。そう改めて認識できた。
「若、お嬢、着きました」
車に乗ること15分。車は高校の近くに到着した。まさかこの高級車で校門前に着けるわけにはいかない。ここからは歩きになる。
「でも心配です。若様いじめられてたんでしょう?」
「まぁ暴力を振るわれたり金をゆすられたり……。色々されたけど大丈夫だよ。ヤクザの方が億倍怖いから」
そんな話をしながら校門をくぐると。突然後ろから肩を組まれた。
「よう、五十嵐。お前学校辞めたんじゃなかったっけ?」
「一度辞めたから一年生からやり直しだけど……」
髪を茶色に染めた男子生徒にそう答える。誰だっけこいつ……見覚えはあるような……去年のクラスメイトか……?。
「まぁいいや。お前どうせまだバイト三昧なんだろ? ちょっと俺今金欠でさ。分けてくんない?」
「いやうちも金ないから……」
「はぁ……。お前この一年で忘れちゃったのか。ちょっとこっち来いよ」
肩を組まれ校舎裏へと移動させられながら、思い出す。これが俺の日常だったと。だが問題を起こすわけにはいかない。今にも殴りかかりそうな華を手で制止させ、そのまま引きずられていく。
「お前は黙って俺に金を渡せばいいんだよ。痛い思いしたくないだろ? こんな風にさ!」
男の拳が俺の腹にめり込む。でも何だろう、不思議と痛くない。まぁヤクザの拳に比べたらこんなものか。
「思い出したか? お前が底辺だってことぶべっ!?」
「……あ」
やばい、思わず男の顔面をぶん殴っていた。
「若! 何やってるんですか!?」
「いや俺だけ殴られるの不公平だなって……」
思わず飛び出してきた真子に慌てて弁明する。暴力は駄目だってわかってたのに……やっちゃったな……。
「てめぇ……誰に逆らって……!」
「大丈夫ですか? 階段から落ちちゃうなんてかわいそうですね」
地面に倒れた男に、華が駆け寄っていく。あ、これ止めないとまずいかも……。
「お前見てなかったのかよ……そいつに殴られたんだ……先生に言いつけてやるからな……」
「え? いやいやなに言ってるんですか。それは階段から落ちた時の傷ですよ。殴られた時の傷は、こうです!」
「ぐぼぉっ」
予想通り。華の拳が外からは見えない腹に注がれる。真子が止めようと動き出したが、それよりも早く翔子が男に近づきカバンから財布を抜き取った。
「原田智之くんね……よく覚えたわ。誰かに言ったらおうちに怖い人来ちゃうから。お母さんお父さんに迷惑かけたくなかったら身の振り方を考えとくことね。それと中身はうちのを殴った慰謝料ってことでもらってくから」
財布だけ投げ捨て、中身を拝借した翔子。札は少なかったが、保険証やら個人情報は入手できた。これがどれだけの価値になるかは……ただの高校生にはわからないだろう。
「だからおとなしくって言ったじゃないですかぁ……」
一連の様子を黙って見ることしかできなかった真子が頭を抱える。何はともあれ、俺たちの高校生活はここから始まった。
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