第3章 第2話 付き人
「ひどいなー、若は。あたしを惚れさせるだけ惚れさせてポイ捨てだなんて。ま、そんな若も好きなんだけど」
冬木黒実。年齢は俺の一つ上。そして親の借金によって狩咲組に売られた被害者。だった少女。
時期的には俺が若頭になる数ヶ月前。華を買った数週間後の話だ。親に売られたことで酷く落ち込んでいた彼女を俺と華の二人で立ち直らせ、黒実と華の二人はクーデターの際にとてもよく働いてくれた。そして気づいたのだ。黒実の異質さに。
「黒実……お前は追い出したはずだろ。お前の主義は俺とは合わない」
「確かにね。若は不公平をなくしたい。ヤクザとは思えないくらい立派な考えだよ。でもあたしは違う。ていうかあたしが普通なんだよね。世界が不公平なのは仕方ない。どうやっても変えられない。だったらさ、あたしが上にいたっておかしなことじゃないよね?」
そう。黒実が普通なのだろう。世界が不公平なら、自分が上になりたいというのは。他人を蹴落としてでも良い目を見たいというのは。
「でもお前はやりすぎる。……とにかく危険なんだよ」
「あれ? もしかして警視総監の娘さんがいるからって気遣ってる? やっぱ優しいなー若は。あたしのことを受け入れられないなら言っちゃえばいいのに。あたしは必要以上に人を傷つけるって。殺しだったりゆすりだったりクスリだったり。そういうのが嫌なんでしょ?」
こいつ……優香のことを知っている……。もしこれも知られていたら……。
「ていうか傷つくんだけど。なんであたし以外の女と付き合ってんの?」
「華!」
「っ」
俺が命じるよりも早く、華が間に割って入る。その必死な様を見た視界に捉えた黒実はこの場でただ一人笑顔を見せた。
「やだなー、さすがに警視総監の娘さんのことは殺さないって。ただちょっとさ、甘いんじゃない? ちゃんと教えないと。この世界には法律の通じない相手がいるんだって」
「知ってるよ、冬木さん。あなたのことはたくさん調べた。でもね、冬木さん。この日本において法律は絶対なの。法律の通じない相手なんて存在しないんだよ? そんなこともわからないのかな?」
「お嬢……お願いします」
優香の煽りを聞いた華が神妙な面持ちで翔子とその役割を交代する。この判断は正しい。この場で黒実が傷つけないだろうとまだ安心できるのは俺と翔子の二人しかいないからだ。そして煽られて黒実が黙っていられるわけがない。華が俺を縛っている鎖を外すために俺に駆け寄ってくる。
「いいよね、華は」
黒実の攻撃対象が移り、鎖を外していた華が身体を震わせる。
「男に媚びてへつらって。まともに告白する度胸もないくせに幸せになろうとする。ほんと尊敬するよ。その奴隷根性。でもね、一番不公平を享受してるのはあんたなんじゃないの? あんたが一番若の考えに背いてるんじゃないの?」
「ストップ。そこら辺にしときなさい」
華が鎖を解く手を止めてしまったことに気づいた翔子がため息ながらにそう伝える。
「わかってるよ、お嬢。今日はほんとに妹さんに会いに来ただけなんだって。それも受け入れてもらえないっぽいしね。とりあえずまた来るよ。その時は考えてね。あたしと華、どっちを取るか」
俺が知っている彼女からは考えられないくらい物わかりのいいことを言い、拷問部屋から出ていく黒実。それで察する。本当に俺の傍にいたいのだと。
「……めんどくさくなったな」
そろそろ組長が幹部を正式に決める頃。内と外。二つの問題を抱え、俺は頭を抱えるのだった。縛られていて抱えられないけど。