第2章 第9話 交際
「まぁ結局今回悪かったのは俺だ。だから今からするのは言い訳。納得できないなら組長に俺を若頭から降ろすように言ってくれ。さすがにお前ら全員で行けば組長も首を縦に振るだろ」
説明するにあたってまずはここから。そして事の発端を話していく。
「みんなも知っての通り、俺は1000万でヤクザに売られた。そこで翔子と一緒にクーデターを起こして組を変革させたわけだが、その前に。俺は優香の家庭教師をやっていたんだ。そのつながりで優香の手が組にまで伸びてきた。もっと早く気づいて対処するべきだった。その点は反省してる」
優香のことを忘れていたわけではない。忘れていたのは警視総監の娘だったということ。気づかなかったのは、優香が俺のことをそれほどまでに好きでいてくれたこと。俺がもっとちゃんとしていれば防げたことだった。
「優香の処遇に関しても申し訳ない。俺が日和った。殺したくなかった。傷つけたくもなかった。でもそれは優香が知り合いだからって理由じゃない。こいつは正しい。正しい奴をどう裁けって言うんだよ。そんな不公平、俺は認めない」
「それをやれって言ってんだよクソジャリ! てめぇのルールで組を潰す気か!?」
「俺のルールじゃない。当たり前のことなんだよ。正しいことをしている奴が報われるのが当然だ。それができなかったのが俺たちだ。その結果組が潰されるなら、仕方ない。当たり前のことだから」
「そんな社会のルールを押し付ける方が間違えてるって言ってんだよ! 俺たちはヤクザなんだぞ!? ヤクザにはヤクザの世界があるんだよ!」
「ヤクザの世界には興味がねぇって話は前にも言ったはずだ。それに納得できないなら組を抜けろともな。それでも組に残ったのはお前ら自身だ。俺を出し抜こうとしていたのかもしれないけど、現状は俺が若頭。文句があるならクーデターでも起こしな。俺でもできたんだ。お前らなら楽勝だろ」
「ガキが……!」
ある意味これでよかったかもしれない。正直ここまで俺が嫌われていたとは思っていなかった。組内の勢力図としては、俺を支持してくれているのは元々翔子についていた人が中心。母数が減ったおかげで多数派になってはいるが、幹部連中はここまで反発的だったか。まぁそれを黙らせてきたのが俺なわけだが。
「もういいよ」
そろそろ仕掛けようかと考えていると、ずっと黙っていた優香が口を開く。
「ヤクザがどういう人たちかわかってきた。先生がどんな世界で生きているのかもね。だからもういいよ。このことは誰にも言わない。それで私と先生の関係は終わり。それでいいでしょ?」
強い非難の色を帯びた優香の声が室内に響き、視線が幹部たちを貫く。どこまでいっても話が通じないと理解したのだろう。そして俺に引く気がないことも。本当に頭がよくなった。家庭教師として鼻が高い。もうとっくに終わっていたが、改めて家庭教師は卒業だな。
「優香は俺のことが好きなんだってさ」
だからこれからは一人の対等な、公平な人間として扱おう。
「な……な……な……!」
冷静だった優香の顔が一気に紅潮し、口をパクパクさせる。誰にでもわかるようにしてくれてありがたい。
「だから俺は優香と付き合おうと思う」
「「「はぁっ!?」」」
隣の優香の驚きの声と、後ろの翔子と華の悲鳴が室内に反響するが、気にせずに続ける。
「これで優香は俺を嵌めることができなくなる。全部の問題は解決するだろ?」
「そ……それって私が警視総監の娘だから利用しようってこと……? そんなので付き合ってくれてもうれしくなんか……」
「いや? 大前提としてかわいい女の子から告白されたら普通にうれしい。付き合いたいなって思うのが普通だろ? だから付き合うんだ。まぁ利用価値があるってのも多分にあるけどな」
「そ……そんな最低な……」
「アウトローだからな。最低なのは当然だろ。それでも付き合いたいって言ったのはお前の方だぞ」
「で……でもヤクザと警察の娘が付き合うだなんて……」
「嫌なら振ればいい。俺はただお前が付き合ってほしいって言ってたからそれに答えただけだ。どうするかは優香が決めろよ」
「ぅ……あぅ……!」
自分でも最低なことをしているとわかっている。だがそれで止まれるなら、そもそもヤクザなんて続けていられない。
「う……浮気は絶対ダメなんだからね……!?」
「善処する。でも華はめちゃくちゃ俺のことが好きだから無碍にはできない。で、返事は?」
「……お、お願いします……!」
「そっか、よかった。これからよろしくな」
真っ赤になっている優香の肩を抱き、幹部共に告げる。
「これで問題は解決した上に警察の手先ゲットだ。さて、どう考えても俺が一番組に貢献してると思うけどどうする?」
「そ、捜査のこととか絶対言えないからね……!?」
わかっている。本当に警視総監の娘だって理由で付き合おうと決めたわけではない。ただ優香の想いに応えたかっただけ。それでもこの場を収めるにはそう言うしかない。
「……後ろから刺されても知らねぇぞ」
「いやまったくその通りで……」
俺を責める手段がなくなり、幹部たちが押し黙る中。俺は鋭い視線を背中に浴びていた。
「一樹……あんたは私のものだって言ってるわよね……? なに勝手に他の女とくっつこうとしてるわけ……!?」
「若様……華のことはもうどうでもいいんですか……!?」
さて、もっと問題が深刻になった気がするが……これから本当にどうしよう……マジで……。