第2章 第7話 弱虫
「ひさしぶりに会った俺とはしゃいだ結果、崖から転落した。それがお前の最期だ」
木々が生い茂る美しい山の景色を視界に収めてそう告げる。だが俺の目の前にいる優香には別の景色が見えていることだろう。木々と呼ぶにはあまりにも斜面が露出した険しい坂。ここから落ちれば、まず命は助からない。
「最期に言い遺す言葉はあるか?」
悪役のテンプレみたいな台詞を、悪役のテンプレみたいに拳銃を構えながら吐く。だが返ってきた言葉は。
「こういうのは部下にやらせなよ。先生の立場まで悪くなっちゃうよ?」
俺の身を案じたものだった。
「……俺はこれに心を病んで学校を退学した。っていう設定にする」
「設定ねぇ……本心じゃなくて?」
「俺が今さら殺人に躊躇うと思うか?」
「思わない。でも嫌な気持ちにはなるんでしょ? そうじゃなかったら、華ちゃんにでも任せるって」
こいつは本当に……一々俺の神経を撫でてくる。逆撫でではない。俺の心を、優しく。そして深く削っていく。
「俺の同情を誘うつもりかもしれないけど……」
「そうやって口数が増えてるのがいい証拠。ずっと調べてて不思議に思ってた。若頭のくせに、表に出る機会が多すぎる。汚れ役は下にやらせないと、いつか本当に捕まっちゃうよ?」
「……俺が身を切らないと、誰もついてきてくれないだろ」
「確かに。外様は辛そうだね、ハリボテの似非ヤクザくん。殺人しかできないなら向いてないからさっさと辞めた方がいいよ?」
「今さら辞められるわけないだろうが……!」
「翔子ちゃんのため? 他人に罪を擦り付けるのよくないと思うけど」
馬鹿のくせに馬鹿のくせに馬鹿のくせに……! どうしてこいつはこんなにも……!
「……あぁ、俺の方が馬鹿だからか」
「そうだね。抜けられるチャンスはいくらでもあった。それをしなかった……できなかったのは、先生が馬鹿だからだよ。犯罪なんてみんなそう。ちゃんと警察に相談してたら、もっといい方向に進めたのに。それができなくて、いつしか取り返しがつかなくなる。私だってそう。先生が幸せになれるならって手を差し伸べることをしなかった。だからこうなって……今、後悔してる。もっと早く動けてたら……きっとこんな未来にはならなかったろうね」
「……だったら今が、そのチャンスなんじゃないの」
長話をしすぎた。嫌なことを後回しにしてしまった。
「警視総監の娘は狩咲組にとって有効活用できる。優香ちゃんも私たちを見逃すだけで、生き延びることができる。言い訳なら作ってあげられるから。自分から不幸になろうとするのはやめなよ」
だから翔子が追い付いてしまった。誰よりも普通の人生に憧れていて。そしてそれを実行できた人物が、俺たちの前に現れてしまった。
「どうして二人ともやりたくないことをするの? ヤクザだから? 犯罪を見逃していたから? そんなのいいからやりたいことをやろうよ。不公平だなんだって嘆く暇があるなら。その不公平な人生を変えようとしなよ、弱虫」
翔子の言っていることはもっともだ。だが人は、それができない。一歩踏み出せれば。勇気を持てれば変わるのに。どうしてかそれができない。
だから、俺は――。