第2章 第6話 終わりのタイミング
「諦めろ。なるべく苦しみたくないだろ?」
拳銃を構えながらそう促す。俺と優香の距離は約30m。つまり、実質俺の詰みである。
これだけ離れた距離。狙い通りの場所を撃ち抜くなんて技術、俺はおろか鍛えた警官だって難しい。乱射すれば可能性はあるが、そもそも論としてオリエンテーション中では事故として処理しなければ大きな事件になる。従って無傷での制圧が大前提になるが、この不安定な足元で女子相手とはいえ追いつくのも難しい。優香が馬鹿なことを祈りたいが……。
「悪いけど、私の勝ちだよ」
「頭よくなりやがって……!」
俺の犯行をスマホに収め終えた優香は、振り返って元来た道を走っていく。さすがは警察官の娘。銃が万能ではないことをよくわかっている。そしてヤクザのことも。
「クソ……!」
川まで戻られたら終わる。周りに人がいればそれだけでアウト。後はあの動画を親に送れば俺は捕まる。俺だけで済めばいいが……もし翔子たちにまで飛び火したら……!
「若様!」
森を抜けるまであと少し。そのタイミングで、駆けつけてくれた。
「夏野華……!」
華に行く手を阻まれ、優香が立ち止まる。俺が追い付くまであと10秒ほど。その時間さえ稼げれば……。
「あなたの境遇は調べた。かわいそうだと思う。そして……あなたなら、まだ引き返せる」
「勝手に華を不幸だなんて決めつけないでください」
華が素早く飛びかかり、優香の胸倉を掴むとそのまま背負い投げの要領で彼女を地面に叩き伏せた。
「若様と出会って華の人生は始まったんです。誰にもそれは否定させない」
仰向けに倒れた優香を華が押さえつける。そして。
「よくやった。お前は三葉を確保しろ」
「……かしこまりました」
華に代わり、俺が優香の身体に覆いかぶさった。
「……先生のことも調べたよ。クーデターを起こすために、たくさんの人を欺いて、傷つけて、殺したことも知ってる。私に教えてくれたらよかったのに……そうしたら……!」
「全部遅いんだよ。お前じゃ翔子は救えない。俺がこうするしかなかったんだ」
俺が生き残る条件。それは翔子に普通の日常を送らせることだった。上手く逃げ出して警察に駆け込むことはできただろう。でもそれは、俺を買ってくれた翔子を裏切ることになる。全部全部、もう手遅れだった。こうなるのは必然だった。
「……先生、好きだよ。私と付き合って」
「……それが一番、嘘であってほしかった」
すぐには殺せない。それでも優香を取り押さえたこの瞬間。優香の人生は終わりを迎えた。