第2章 第5話 もう遅い
「ごめんねぇ、お兄ちゃん。せっかく逃げられたのにまたヤクザの餌食になっちゃって」
ニヤニヤと笑う三葉に連れられ森の中を歩く俺。その周囲にはチンピラ風の男三人がぴっちりくっついており逃げ場はない。ちなみに宗二は別のヤクザと金の受け取りに行っていて近くにはいない。そして行き先は少し離れた位置にある車らしい。どうやら俺は車に押し込まれ、退学届を自筆で書かされて売られるらしい。
「あのクソ親父のせいであたしらも退学にされそうでさ、金が必要なんだよね。まぁクソ親に金のことは言わないけど。1000万あれば数年は遊んで暮らせるからね。ほんと感謝感謝」
1000万で数年遊んで暮らすか……まぁ一年前の俺なら10年って言ってただろうけど。今なら……遊び方次第だろうな。
「すごいなぁ、ヤクザと付き合いがあるなんて。どうやって知り合ったんだ?」
「あんたは知らないだろうけどさ、あんたが売られたヤクザ。内部抗争があったんだよ。そのゴタゴタで追い出された人と知り合ってね」
「へぇ。ヤクザの人たちって何組?」
「手取組だってさ。悪いことたくさんやってるんだよ。だから逃げようなんて思わない方がいいよ? 人生終了でもまだ死にたくないでしょ?」
「あぁそう」
「…………」
三葉と会話していると、突然ヤクザの一人が俺の腹を殴ってきた。適当に受け流したが、ずいぶんと過激だ。
「ぺちゃくちゃ喋ってんじゃねぇぞ。てめぇヤクザ舐めてんのか?」
「いや別に……」
舐めるなと言われてもなぁ……手取組だろ? うちと敵対関係にあるけど、規模的には数段下がる。何人か追い出した連中が入ったことは確認しているし、それなりに過激なこともやっているそうだ。だが敵対関係にあると言っても組織は一枚岩ではない。俺と組長は知り合いだし、ゴタゴタをこっちで始末つけてやったこともある。そんな俺を売ろうとしているこいつらが心配だ。何なら少し遠くからうちの組の連中が見張ってるし全く緊張感がない。
「ふふっ、ヤクザってすごいよね」
俺が静かになったことで気をよくした三葉が心底楽しそうに笑う。
「なんだかんだ言っても結局は力が全て。どんな不公平も圧倒的な暴力の前にはゴミ同然。遊んだらお金ももらえるしねー」
「だろ? 喧嘩の仕方も知らないようなガキにはわからねぇだろうけどな!」
三葉がヤクザの一人にすり寄り、そいつが三葉の肩を抱く。くだらないことやってんなぁ……。まぁいいや、こいつらが気をよくしている間に聞きたいこと聞いておこう。
「三葉、優香とどういう関係だ?」
「優香? あぁ若林優香ね警視総監の娘の。あいつさ、あんたを売って半年後くらいに家に来たんだよ。先生はどこに行ったのって」
「……それで?」
「最初は適当にあしらってたんだけどさ、あまりにもしつこいから狩咲組に売ったって教えてあげた。そうしたら血相変えて出ていったよ」
全ての事情が変わった。遊んでいる余裕は消え失せた。
「でもヤクザってやっぱすごいわ。それ知ってんのに警察全然動かないの! そんだけ……あれ?」
三葉の足が止まる。一つの発砲音によって。
「確かに喧嘩の仕方はわからないよ。穏健派なもんで。俺にできるのは、戦争だけだ」
「ごぼっ……」
三葉の肩を抱いていた男が地面に倒れこむ。腹に穴を開けながら。
「そもそも喧嘩なんざくだらないんだよ。拳より拳銃の方が強いんだから」
護身用に持ち歩いていた拳銃に新たな銃弾を詰め、状況を理解できず口をパクパクさせている残りの男二人に順番に突き付ける。
「てめぇら俺が狩咲組若頭だってことわかってこんなことしたんだよな。知らないんだったらそれこそヤクザ舐めてんのか? 手出していい奴かどうかくらい見極めろ。じゃねぇとこの業界長く生きられねぇぞ」
俺の発砲を合図に周囲に隠れていたうちの組の奴ら総勢八人がじわじわと詰め寄ってくる。
「お前ら、この二人には手を出すなよ。こいつらまで俺らで始末つけちまったら向こうの組長さんが誠意ってもん見せらんないだろ? 安全に、丁重に送り届けてやれ。俺がどれだけブチギレてんのかと一緒にな」
うちの連中が哀れにも震えている二人と生きてんのか死んでんのかわからない一人を連れ去っていく。残りは一人。
「な……なんで……」
「お前が言ってた狩咲組の内部抗争。あれの首謀者は俺だ。こうやって革命を起こしたんだよ。お前みたいな生意気な奴をぶち殺してな」
俺が構えた銃口が三葉の眉間を捉える。この引き金を引けばこいつの人生は文字通り終了する。
「ま……待って……あたしたち家族でしょ……!?」
「家族が殺さない理由になるのか?」
「ごめ……ごめんなさ……! 今までの全部謝るから……!」
「お前が憧れてた世界ではな、謝罪ってのは言葉じゃないんだよ。ちゃんと身体で誠意を見せないとな」
三葉が瞳に涙を浮かべながら尻もちをつき、後ずさる。それでも銃口は外さない。
「やだやだやだやだ……死にたくない……!」
「もう遅い。全部遅いんだよ」
そう。遅かった。俺が動き出すには遅すぎたんだ。
「俺が知ってるお前はもうちょっと馬鹿だったはずなんだけどな」
「言ったでしょ……先生のために勉強がんばったって……」
俺が構える拳銃の行方が三葉から背後へと移る。スマホを構え、動画を撮っている優香へと。
「ずいぶん小賢しい真似してくれたじゃねぇか。全部知ってて俺たちを騙してたんだろ?」
さすがに警察に未成年の誘拐を証拠付きで知られたら、穏健派のヤクザにも捜査の手は伸びる。それが起きなかったということは。優香は父親に話さなかったんだ。俺が狩咲組の若頭になったことを知ってしまったから。当然翔子が組長の娘だってことも調べはつく。それでも動かなかった理由はただ一つ。
「先生が幸せなら……悪に染まってもいいって思ってた……。でもこんな姿見ちゃったら……やっぱり駄目だね。不公平は……よくない」
「ああそうだな。不公平はよくないよ」
優香はヤクザの俺を見過ごせない。俺は今の現場を押さえた優香が邪魔だ。だから。
「先生を捕まえる……!」
「お前を殺す」