(評論)なろうの評価システムについて~“最後まで読んだ”ボタンが欲しい
エッセイというカテゴリでなろうの評価システムに関する主張をされている作品を幾つか読みました。とても興味深かったので私も真似をしたいと思います。
それらの作品からは、なろうサイトをより良くしたい、良い作品をより周知したい、それから自身の作品を多くの人に読んでほしい。そういう気持ちが伝わってきました。私もその気持ちに共感します。
評価に関するエッセイ作品に刺激を受けて、私も小説で作品を書きました(→「好き嫌いで評価する教師」)。その作品では、特にはっきりとした結論を書いたわけでわありませんが、作品の根底には、公正で正当な評価の存在に対する疑いがあります。
評価は、される人の立場を左右します。加えて、される人の気持ちを揺さ振ります。だからこそ、公正で正当であるべきですが、人間はそれが出来る程うまくはできていないと思うのです。
ただ、理想が幻想だったとしても、それは理想を追求すべきでない事の理由にはならないと、私は信じています。
私が作者として、評価に関して一番気になる事は、読者が最後まで読んでくれたかどうかです。★をつけた場合は最後まで読んだと分かるのですが、大半の人が★を付けないので分からないのです。
私は書いたものは最後まで読んでほしいと願います。多くの作者が同じように思っているでしょう。ですから、私は最後まで読める事を最優先で作品を書きます。読みずらいかな、とか長すぎるかななどと迷ってる時間が作成時間の多くを占めています。ですので、読者が最後まで読めなかったという情報は作者にとってとても価値が有ります。
自動で最後まで読んだ事を観測するシステムが理想ですが、“最後まで読んだ”というボタンがあればよいなと思います。
現行のシステムであれば、最後まで読めば★1つ付けるという基準を流布する、という事も考えられると思います。
最後に、追加で意見を言いますと。“批評”や“作品論評”という大カテゴリがエッセイとは別にあればよいなと思います。エッセイ作品の中のそれらにあたる作品がとても秀逸だと思うからです。
補足します。
本文にあるアイデアは、なろうサイトへの要望を想定しています。
全部読んだら★1云々というのは、なろうが公式に★の付け方に基準を作るというアイデアです。
(ただ、感想を読みまして、それは無しかなと思い始めています)
ですので、本文の内容で、読者に何か行動を促す意図はありません。
感想を頂きまして、改めて深いテーマだなと思いました。勉強になりました。
とても面白いテーマだと思うので、この投稿がいろんな意見の呼び水になればよいと思います。
以上




