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異海の霊火  作者: 月宮永遠
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挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


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挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 某銀河団(中略)惑星――パールディー。

 この星の、幾千尋いくちひろの海底王国アイオタトラには、惑星最古の種族のひとつにかぞえられる海神わだつみの眷属が棲んでいた。

 大陸有史以来、人間は彼らを、鬼火、精霊、海獣、海底人――殆ど伝説上の存在として同胞に伝えてきた。

 神代かみよの昔からる海の眷属は、人智を超えた魔術を操り、なかでも海王紋を持つ者は、大陸を丸ごと沈めてしまうほどの大魔術を操れるという……

 真実である。

 しかし、神のひと柱にも匹敵する偉大な力をもちながら、彼らは地上世界を脅かすことなく、むしろ殆ど交流せずに暮らしていた。近代文明を謳歌する人間社会に興味をもたず、自分たちの暮らしを大切にしていたのだ。

 しかしその暮らしが今、脅かされようとしていた。

 すべては、大陸のこよみである新星暦九九九五年、広漠の海域に、勃然ぼつぜんと旧神が顕れたことから始まる。

 創世記をる海底人よりも、さらに太古を、多くの次元を瞥見べっけんせしめる偉大なるふるき神である。

 あらゆる姿をもつ旧神は、この星では、天に届かんばかりの特異なかたちで顕現した。

 全身を濡れた硬い鱗に覆われ、頭部を上下左右に割るようにして拓かれた巨大な口には、おびただしい牙がびっしりと生えている。

 そして長い頸に亀裂がはしるとき、宇宙の理法を捻じ曲げて、あらゆる次元の、あらゆる物質を出現させ、同時にあらゆる物質を消失させた。

 海は公平無私の世界だが、上位次元の一方的な介入は、そこにある世界を破壊する。

 地上で暮らす人間は、この人智を超えた怪物を終末の疫獣(リヴァイアサン)と恐れ、なんとしても撃退せねばと討伐を試みた。

 しかし、怪物の顕現した海域の磁場は狂い、いけば帰ってこれぬ混淆こんこう海域と化している。

 幾つもの船が海底に沈んだ。

 幾つもの鉛が海底に沈んだ。

 幾年月いくとしつき航海を試みて、幾千の兵士が、幾千尋いくちひろの海底に沈んだ。

 旧神を畏敬する海底王国アイオタトラは、はじめこそ静観していたが、人間のもたらす鉄屑と鉛、垂れ流しの油や瀝青れきせいで海が穢れていくにつれ、方針を変えざるをえなくなった。

 時のアイオタトラ国王は、海王紋を持つ己の息子、ジンシンスに次のように命じた。

「我が王国の秘宝、“ふたつ貴石”をもってすれば、旧神を鎮められるやもしれぬ。そなたはこれを持って人の国へいき、御方おんかたを彼方へ送る故、これ以上海を穢してくれるなと伝えてくれまいか」

 小石ほどの大きさの、真珠のように艶やかな白と黒のふたつの丸い石を――王国の命運をたくされた王子は、重臣たちの前で国王に誓約した。

「必ずや人の王にお伝えいたしましょう。この秘宝をもって混淆こんこう海域へいき、務めを果たして参ります」


 時は新星暦九九九八年。

 人の世では、波濤はとうを超えた大規模な領土を、アッカブル帝国の皇帝プダトゥリオが支配していた。

 終末の疫獣(リヴァイアサン)の討伐に苦心惨憺(さんたん)していたプダトゥリオは、海から遣わされた美貌の使節、ジンシンスを歓呼で迎えいれた。

 青い色彩を纏う神秘の海底人にひと目で心を奪われたプダトゥリオは、また海底人の唱えし提案が渡りに船であったため、昂る高揚のままに協力を申し出た。

「なんとありがたい。それでは最新鋭の戦艦をたくそう。主砲十九(インチ)砲を九門、後甲板には速射砲三門、両舷には二門ずつの爆雷発射管。勇猛果敢な千人の海兵隊もつけようぞ!」

 相手が人間の海軍指揮官であれば、皇帝の援助はまさしく千人力であったに違いないが、ジンシンスにとっては無益だった。

「そんなものはいらぬ。原始の神に、人の武器が通用するわけなかろう」

 と、にべもなく断じた。

 人の王はいささか矜持を傷つけられた顔をしたものの、理性的に説こうとした。

「しかし、丸腰ではいけまい。戦艦も兵士もきっと航海の助けになるぞ」

 ジンシンスは小馬鹿にしたように嗤った。

「海が汚れるだけだ。人間のどのような武器にも興味はない」

「ではどうやって倒すというのだ?」

 皇帝プダトゥリオは困惑げに訊ねた。

「そもそも討伐するという思想が誤謬ごびゅうなのだ。旧神は不滅の存在。倒すのではなく、異界へ送り還す(・・・・)。見届けたいのであれば、船が一隻あれば良い。そうだ、船舶博物館に展示されている遠洋帆船を貸してくれ」

 この場に居合わせた全員がぎょっとしたようにジンシンスを見た。

「あれは歴史資料として再現されたもので、着水したこともない船である」

 皇帝のもっともな指摘に、それでもジンシンスは、構わないと鷹揚に頷いた。

「浮くようには設計されているのだろう?」

「それはそうだが、五世紀も昔の船型であるぞ」

「問題ない。俺が息吹・・をかければ、最新鋭の戦艦とやらより高速で走るさ」

「しかし……あのような船に、乗りたがる船員がいるかどうか」

「適当に見繕ってくれ。命の補償はないがな」

「ううむ……」

 皇帝プダトゥリオは唸ってしまう。

 この海底人は、プダトゥリオがこれまでに相手をしてきたどのような人種とも異っていた。外交官としての婉曲えんきょくさもなく、すべてが単純直截(ちょくさい)。海のように澄明ちょうめいな碧い瞳は、どのような嘘も見透すと思わせる。

 しかし魅力的だった。偉大なるアッカブル帝国を統べる、皇帝プダトゥリオですら、不思議と従えてしまう力をそなえていた。

 プダトゥリオは、いわれた通りに博物館に展示されている船を港に運ばせ、着水させた。それから百人の無頼漢――極刑が決まっている、第一級犯罪者のよせ集めをよこした。

 渡航慣れした船乗りも裸足で逃げだす航海だが、ジンシンスは別段頓着していなかった。

 海底人のジンシンスからしてみれば、殺人鬼とはいえ、しょせん人間の域をでていない。彼らが束になってかかってきたところで、ジンシンスにとっては水のひとしずく程度の微々たる戦闘力である。

 一方で皇帝プダトゥリオは、自慢の戦艦に己が兵士を乗せて、ふたつの秘宝は我々が運ぶと主張した。

 ジンシンスとしては、別に耳を貸す必要もなかったのだが、父王から平和裡に遂行せよと命じられている手前、全く無視するわけにもいかなかった。

 両者は、ふたつの秘宝をそれぞれ一つずつ持ち、ジンシンスの許可なく戦闘はしないという約束で合意に至った。


 かくして新星暦九九九八年。

 炎の気が高まる十一月に彼らは出航した。

 一隻は最新鋭の戦艦。帝国の海軍将校と腕利きの水兵たち。

 一隻は旧時代の帆船。帝国の殺人重罪の死刑囚たち。

 衣類、医療具、一年分の燃料と食料を積みこみ、海の秘宝を一つずつ携えて、混淆こんこう海域へと舳先へさきを向けたのである。


 +


 ラニアケア超銀河団(中略)天の川銀河オリオン腕太陽系第三惑星――地球。

 西暦二〇XX年十二月二十三日。東京都江戸川区の小松川境川親水公園傍。

 今年初めての雪が降ったその日、中学三年生の小林こばやし愛海まなみは、図書館で受験勉強を終えた後、ひとり家路をたどっていた。

 ぱっとしない外貌の少女である。

 凡庸で印象に残りにくい面長の輪郭に、笑っていても淋しそうに見える一重の瞳と薄すぎる眉。平常から林檎のように紅い頬は、照れたり焦ったりすると、滑稽なほど赤くなることが悩みの種だった。

 子供の頃から、さんざん容姿をからかわれてきた。同級生たちは、赤鬼、もしくは博士と愛海を蔑んだ。

 愛海の髪は剛毛の酷い縮れ毛で、後ろで一つに束ねていても、荒縄のように見えてしまう。つまり博士というあだ名は、コメディ映画に登場する博士のように、実験に失敗して髪が爆発した状態を揶揄やゆしているのだ。

 心ない言葉の暴力は、小学三年生の頃が最も酷く、爾来じらい学校へいくのが苦痛で不登校に陥った。

 幸いにして、自由な思想の両親は、愛海を無理に追い立てるような真似はしなかった。愛海は愛海、人と違っていてもいいんだよ、そういって励ましてくれた。

 家族に支えられながら、無理のない範囲で学校へいき、勉強はもっぱら自宅や図書館でしていた。中学校に進んでも状況は変わらず、高校は好きなところへおいきなさいと背をおされ、愛海は今、受験勉強に勤しんでいた。

 日中は大体図書館の学習室で勉強をしており、いつもは閉館までいるのだが、今日は雪が降ってきたので、少し早めに帰ることにした。

 公園の沿道を歩きながら、愛海はふと空を仰ぎ見て、脚を止めた。

 黒い渦が見える。

 なんだろうと見ていると、渦は瞬くまに大きくなり、凄まじい暴風雨となって、樹々や道端に落ちていたビニール袋を片っ端から巻きあげた。


 ヴォォ……オオォォ……ヴオオォォォォォォ…………


 此の世ならぬ黒洞々(こくとうとう)から、獣の唸り声のような、おぞましい鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)が、重低音の地響きと共に聴こえてくる。

 愛海の背筋に、いまだかつて経験したことのない悪寒が走った。

 今すぐこの場から逃げないといけないのに、その声に奇妙に聞き入ってしまい、一歩も動くことができなくなった。

 これはただの悪天候ではない。説明し難い、異様な脈動を感じる。

 人外魔境なる暗黒の向こうに、正体不明の巨大な陰影が垣間見えた。

 それが何であるのか見極めようとしたが、躰が浮きあがると蒼白になった。

「えっ!? 嘘っ」

 奇怪千万(せんばん)――果てしなく地面が引き遠ざかっていく。

「――ッ!!」

 絶叫は轟々(ごうごう)たる颶風ぐふうにかき消された。

 手を伸ばして必死にもがくが、あまりにも無力だ。まるで巨大な洗濯機のなかに放りこまれたみたいに、激しく翻弄される。

 正気を失いそうになる。

 肉体も失いそうになる。

 いまや愛海は烈風のなかで一原子に変わって、それはつまり――骨と肉、愛海を形成する細胞の一つ一つにまで分解され、新たな原子とかきまぜられ、再生成されようとしていた。

 複雑にまじわる次元を飛びこえて、いわば無限の輪廻りんねのなかで、個体から個体として、堕ちた(・・・)

 再び目を開けた瞬間、視界は暗い青の色調に包まれた。

 涯際がいさいもない荒れ狂う大海原が眼下に広がっている。海から暗黒の空へと、幾つもの竜巻が立ち昇り、この世の終わりとばかりに唸り声をあげている。

(はっ? 何? え、何あれ!?)

 あまりに巨大なので、最初はそれが生き物(・・・)だと判らなかった。

 長い頸と頭部だけが海面から突きでており、それだけでも数百メートルはあろうとかという巨体であるのに、果たして全長はどれほどであることか。

 なんとも奇妙に恐ろしいかたちをしており、六つの目を青く爛と光らせ、上下左右に割れた口には、のみのように鋭い歯がびっしりと並んでいる。

 これだけでも凶悪だが、さらに縦に割れた頸の亀裂から、説明し難い光が漏れていた。そこから覗くのは肉や骨ではなく、まるで宇宙の紐帯ちゅうたいのような、原初の光と星屑である。

 一体、この怪物は何なのだろう?

 その巨大な生物を眺めていられたのは、そこまでだった。躰は重力を思いだしたかのように、落下を始めたのだ。

(落ちる――)

 下は荒れ狂う怒涛の大海原だ。落ちたら命はない。だが、どうすることもできなかった。

 肩を縮めて全身を緊張させた状態で、脚から海に落ちた。高所から落ちた衝撃で、一気に躰が海面に沈みこんだ。

 凍りつくような冷たさだ。

 死ぬ。

 死んでしまう。

 口の中にも鼻の中にも海水が入りこみ、混乱の極地に陥った。衝動的に叫ぼうとしてしまい、喉の奥まで海水で溢れる。顔を背けても――どちらを向いても海水から逃れられない。

 わけが判らないが、ともかく本能に従って、あたう限りの力を巧妙に駆使して、明りの射す方に向かって泳ごうとする。

 しかし、回転する暴虐ぼうぎゃくな海流に巻きこまれ、さらに水を吸った服が鉛の如く重くて、水底へ引きずりこまれる。

(助けて、誰か、助けて)

 群青の渦に飲みこまれて、混沌に突き落とされて、方向感覚が失われる。

 とうとう最後の息を吐いてしまった。

 凄まじい冷たさに躰が麻痺して、手脚の感覚は既にない。心臓の鼓動は弱々しく乱れて、二度三度と痙攣する躰が海と溶解していくように感じられた。

 青、青、青、青が深まっていく。

 紺碧こんぺきから紺青こんじょう――なお昏い晦冥かいめいに躰が沈んでいく。

 死の前兆に襲われて、今際いまわきわに、大好きな家族の顔が思いだされた。

 父と母、甘えっ子な妹。愛おしい温かい場所……家に帰りたい。ただいまといいたい。

 玄関の扉を開けて、靴を脱いで、マフラーをはずしながら台所に向かう。料理をしている母の背中に、

「ただいま、遅くなってごめんね」

 すると母はいつものように明るい笑顔で振り向いて、

「お帰りなさい。もうすぐご飯よ。お腹空いたでしょう?」

「うん。晩ご飯なぁに?」

「今日はね……」


 霞む意識の向こうで、青い光――青く輝く優美な海神わだつみを見た気がした。

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