13 良い子で待てできるカナ?
結局のところ、取れる選択肢は二つしかない。
取引を受けるか、受けないか。
どちらを選んでも重いデメリットと高いメリットがある。
そして迷えば迷うほどマーチャントは苦悩を見て喜ぶ。
となるとやはりここは即決に限る。マーチャントに餌をあげたくない。
「私は……取引しない」
同じ考えに至ったらしい永里が先に決定を告げる。マーチャントは明らかにまだ迷いが見える言葉にねっとり絡みついた。
「本当に? いいんですか? 一度拒否したら二度と同じ交渉はしませんが」
「くどい。もう決めた」
「そうですか。その『決めたけど後で後悔するかも知れないと後ろ髪を引かれた苦渋の決断直後の顔』、とても素敵ですよ」
永里は心底嫌そうな呻き声を漏らし、両手で顔を覆った。
残念そうにしょんぼりするマーチャントに俺が俺の決定を告げる前に、顔を覆ったまま小声で耳打ちしてくる。
「チョコの入手は私に案がある。取引を受けるなら手伝うよ」
「分かった……マーチャント! 俺は受ける」
永里の言葉が決定打になり、俺はマーチャントにきっぱり宣言した。
俺の頼れる案内人は案があると言った。背中を押されなくてもどうせハイリスクハイリターンを取るつもりだったのだ。背中を押されればもう迷いもない。
マーチャントはあっさり頷いた。
「そうですか、ありがとうございます。チョコレート10kgの納品、お待ちしています。ところで随分と自信ありそうですね? いい抜け道を見つけましたか?」
「誰が教えるか馬鹿。行こう、永里」
「ハンターさんも貴方と同じような自信ありげな顔でドラゴンハントに向かわれましたね。そっくりです。いってらっしゃいませ」
マーチャントは不吉極まりない事を言って面白そうに俺達を送り出した。
バカバカしい。俺はハンターとは違う。そんなチャチな煽り文句で俺の精神を乱せると思っているなら大当たりだ。しっかり不安にさせられた。クソが。
深い森の中をしばらく歩き、マーチャントの姿が完全に見えなくなってから永里は手招きして小岩に座るように促してきた。
俺の隣にちょこんと腰かけた永里は木の枝で地面に作戦図を描きながら説明を始める。
「それでチョコを手に入れる作戦なのだけど。自衛隊から盗み出すのが良いと思う」
「お、自殺か? なんで自衛隊から盗み出すんだよ」
お菓子屋さんじゃねーんだぞ。盗む以前にそもそもチョコなんて持ってないだろ。アレだろ、乾パンとかパサパサの携行食とかそういう行軍で食べるようなの食べてるんだろあの人たちは。
国の威信を賭けた新大陸調査という厳正な活動で、チョコなんていうチャラついたスイーツを10kgも保有しているとは考えにくい。
という当たり前の反論をすると、元自衛官の永里杏女子はすらすら疑問に答えた。
「君はチョコレートを単なる嗜好品として考えているようだけど、実は優れた栄養補給手段なんだよ。効率よく素早くカロリーを摂取でき、甘味は疲弊した精神も回復させる。缶詰を開けて箸で食料をつつくより、チョコを食べて包み紙はポケットに突っ込む。こちらの方が断然効率的だ」
「ああー……」
言われてみれば遭難した登山者がチョコを食べて命を繋いだという逸話を聞いた事があるようなないような。
「だから自衛官はこういった野外活動によくチョコを持って行くんだよ。支給はされないから、員数外で自腹を切ってね。ただこれだけの大規模かつ長期の作戦なら沖で停泊している船に備蓄として積み込んでいるかもしれない。購買部の倉庫とか、厨房に保管されているのを大いに期待できる」
「なるほど」
「私はまだ公式には自衛官として扱われているはずだ。自衛隊の野営地に行っても怪しまれないし、むしろ第一次調査隊の生き残りとして歓迎される公算が高い。その隙をついてチョコを調達し、脱出する。坊坂くんは私からチョコを受け取って、それをそのままマーチャントに納品すればいい……という案だ。異存が無ければすぐにでも実行に移すけど?」
問われ、少し悩んだ。
しっかり考えられた作戦だ。これは成功するだろう。穴もない。リスクも無いようなもの。
ただこれでは永里が働き過ぎではなかろうか。
永里立案、永里実行、俺はチョコを受け取って納品するだけ。それで手に入るのは永里の目的とは関係ない、俺のための品々。
俺は何もせず永里にお世話される事になってしまう。相棒として活動しているのに立つ瀬がない。
「永里、その作戦はどれぐらいかかる?」
「3日……いや、2~7日だ。ああ、坊坂くんがその間何をするのかという話かな? そうだね、うーん……うん。マーチャントを見張っていて欲しい。どうにも信用のおけない、可愛げのない人間のようだから」
「それ意味あるか?」
マーチャントは長距離高速移動手段を持っている。見張っていても逃げようと思えば逃げられる。逃走を止める手札もない。
それに奴は危険を察知したら逃げ隠れするよりノコノコ前に出てきて鑑賞を始めるようなひねくれ者だ。まだ会って一日も経っていないが間違いなくそうだと確信できるぐらいの濃い性癖をしている。
何か企んでいるとしても、あそこまでの変人の企みを読み解き見抜けるとはちょっと思えなかった。むしろ近づいて見張っている方が危なそうだ。絶対に距離を置いた方がいい人種とみた。
「それより俺が先行しておくのはどうだ。永里がチョコ調達してる間に俺がちょっとでも先に進んで、道切り開いておいて、こう、目的地に早くつけるように」
永里が俺のために苦労してくれるなら、俺も永里のために苦労すべきだ。
寄りかかり助けてもらうばかりではただの介護になってしまう。
最初から介護してもらう約束でコンビを組んだなら俺だって堂々と介護してもらう。
が、折に触れて永里が言っているように俺達は相棒だ。助けあってナンボだろう。
至極まっとうな提案のはずだが、永里は渋面を作った。
「一人で進むのは危ないよ。ケガでもしたらどうする? 危ない生き物がたくさんいるのはもう分かっているだろう?」
「そっちが上手く行けばマーチャントから万能治療薬が手に入る。ケガぐらいいいんだよ治るから。それにそもそもケガも危険もなく新大陸を探検できるなんてハナから思っちゃいない」
「迷子になったら? お腹が空いて動けなくなったら?」
「ママかお前は! 大丈夫だって。永里から見れば俺は右も左も分からんなーんも分からん迷える子羊かも知れんけどな、俺だって馬鹿じゃないし子供でもない。別にいいだろ? お前が自衛隊に潜入してる間に俺はちょっと先を見ておく。分担作業だ。普通だろ」
「うーん……いや、やっぱり心配だよ。私が戻ってから一緒に進もう? 坊坂くんの優しさは嬉しいけど、私にそんなに気遣わなくても大丈夫だから」
永里は俺の背中を優しく叩き、言い聞かせるように言った。
過保護ッ! 俺を鼻水垂らした三歳児だと思っていらっしゃる? 自分がついていないと何もできない子供だとでも?
いや心配になる気持ちも分かる。分かるけども。ここは日本とは比較にならないほど危険な新大陸だ。日本の街中で迷子の心配をするのと新大陸で迷子の心配をするのとではレベルがまるで違う。
しかし心配もここまで来ると心外だ。
お前だって俺が協力しなければずっとクジラの腹の中に閉じ込められていただろうが馬鹿が。
「俺はここに冒険しに来たんだ。お前に全部任せて自分は安全なピクニックなんて御免だね」
「まあまあまあ。ここは私の顔を立てて。頼むよ。良い子で待っていてくれないか」
「だからそういう言い方がなあ……!」
子供扱いにはイライラする。言い返してやりたくなるが、ここでムキになって言い返すのもいかにも子供っぽい。
そして子供扱いというのも少し違う気がしなくもない。何か釈然としない違和感がある。
しかしその何かを言葉にできず、俺は釈然としないまま言いくるめられ、自衛隊潜入(?)に向かう永里を見送った。




