第二部
「よし、森に行こう」
「うん、何かそう言い出す気はしてたけど・・・」
クロウの言葉に、俺は呆れるしかない。
「さっきの話聞いてたか?森には地竜が出ているんだぞ。それとも、まさか地竜を討伐するとか言わないよな」
さすがに、ここは諫めないといけない。地竜を討伐するつもりと言うのなら、いくらクロウでも、考え直してもらう必要がある。
そんな不安がよぎった俺の顔を見ながら、
「お前、俺をバカだと思ってないか?いくら何でも地竜を相手にする気なんかない」
そうクロウは答えを返してきた。
だが、そのクロウの言葉にも、俺はまだ疑いの目を向ける。
その俺の視線を感じたのか、やれやれと言った感じでクロウは続ける。
「地竜が王都に来るのは早くても2~3日後だろ?だったら今日はまだ大丈夫だ。この前、母上と姉上がベリーソースのパイを食べたいって言ってたから、今日の内に新鮮なベリー系の果実を採っておきたいんだ」
なるほど、そういうことか。
それでも、果実を採るために危険を冒すのはどうかと思うが、他ならぬ王妃様とイレーヌ様の笑顔のためなら、多少の危険もやむをえないな。俺もクロウも、そう思うくらいお二人を慕っている。
ちなみに、イレーヌ様というのはレノアス王国の第二王子であり、クロウの2つ年上の姉君だ。
王子の呼称であるが、もちろん女性である。これは、この国では男女関係無く王位継承権があり、女性でも王子と呼称するからである。
そのため、イレーヌ様が第二王子、クロウが第三王子となっている。
「でも、わざわざ森で採らなくても、王宮にはいろんな果物があるんじゃないか?それこそ、森で採れるような果物よりも、もっと高級なものとか」
疑問に思ったことを、俺は素直に口に出したが、
「リオンはバカなのか?いくら高級な果物といっても、鮮度が違うだろ。王都近くの森で採れた果実はすぐに食べれる、それだけで甘味が違うんだ」
ん?
まさか、クロウにバカ呼ばわりされた?
不意のこの言葉に、紛れもない殺意というものが芽生えるのを感じながら、
「お、お前って料理だけはこだわるよな」
と、自分の気持ちを押さえながらクロウに問いかける。
「そうだな、自分でも不思議だが、料理だけは手を抜けないな。何かきっかけがあったわけでもないが、物心ついたときから料理だけは特別だった」
「そう言えば、昔から、厨房に入り浸っては、シェフに怒られてたもんな」
「それでも懲りずに、シェフ達の見様見真似でいろいろなものを作ったな。でもそのおかげで、父上に誉められたこともある」
そう言うクロウの目はいつも以上に輝いていて、珍しく年相応の少年であることを感じさせた。
こんな表情をされたら、こっちの負けだな・・・
「そんなクロウのために、一肌脱いでやるか」
呟くように言った言葉に、クロウは律儀に反応した。
「それでこそ、我が親友だ!」
◇◇◇
それから程なくして、森の中でも、特にベリーなどの果実が多く実る場所に辿り着いた。
「おおっ、これは宝の山だ!」
目を輝かせたクロウは、着くなり早々に、片っ端から果実を採っていく。
俺もクロウも、アイテムボックスのスキルは持っていないが、同様の効果がある魔法鞄を持っているので、両手で持ちきれない程の果実を採っても、何も問題は無かった。
30分ほど手当たり次第に採って、それでもまだまだ果実は残っていたが、
「これで1週間ほどは事足りるか」
クロウが満足そうに微笑む。
確かに、そのぐらいの量の果実は採れた。
「そうなれば、さっさと帰るか」
クロウが俺に問いかけ、俺も激しく同意した。
地竜はまだこんなところにはいないだろうが、それでも不安が拭えない。
無駄な散策は止めて、早々に戻るに越したことはない。
俺とクロウが踵を返そうとした、まさにそのとき、
「グゥオオォォォッ!!」
「うわああぁぁぁっ!!」
俺とクロウは思わずお互いの顔を見つめる。
「今のって、地竜の咆哮と」
「人の悲鳴だよな?」
くそっ!
地竜なんか相手にして、勝てるわけがないが、襲われている人がいるなら放っておくわけにもいかない。
一瞬、どうすべきか躊躇したが、
だっ!
その一瞬で、クロウはすでに走り出していた。
もちろん、悲鳴の上がった先に向かって。
「やっぱり、そうなるよな」
俺はいろいろなものを諦めて、クロウの背を追った。