第9話 「オーク村のお坊ちゃま」
ここはオークが住む村。
時にモンスター同士の争いで数を減らし、また数を増えても今度は冒険者に刈られ減らす。
それでもなんとか村としての体を保っていた。
しかし、この村にトイレはなかった。
村には常に異臭が漂っていた。
そんな村に一人の救世主が現れた。
その救世主の名は山井進。
これは不可能と思われていたオークの村のウ〇チに立ち向かった男の物語である。
―プロジェクト異世界X―
「風の中のフーフフー♪ 砂の中のフーフフー♪」
気分は某ジェクトXの主人公。今日もいつものように村のウ〇チを集める。
山井進。三十八歳、職業ウ〇チ拾い。
ひょんなことから異世界に転移した者である。
◇
極悪非道の冒険者につぶされた喉の具合も少しずつだが良くなっていて、今では鼻歌ぐらいであれば歌えるまでに回復していた。
村のいたるところに落ちていたウ〇チ。悪臭とともに恐ろしい数のハエが飛び回っていた。
しかし俺が毎日、何十、何百というウ〇チを拾いっては村の隅へと移動させたおかげで、随分と村の衛生状態の良くなっていた。
特に注目すべきは、子供オークに間に広がっていた感染症の発症を抑え、生存率を向上させていたことにオークの誰一匹として気づいていない。誰も気づかなくたっていい。村が良くなるならそれで良かった。
しかし俺はこの状況では満足していなかった。
さらなる高みを目指したい。
そう思っていた。
俺の理想。
それは広場にウ〇チが転がっておらず、子供のオークたちが安心して遊べる環境だった。
そこでなんとかして、トイレを作れないものかと考えていた。もしトイレがあれば、今よりずっと清潔な村になることは間違いない。
しかしトイレを作るとなると、木を切って加工するという作業が必要になる。木は森に囲まれているから簡単に手に入る。
問題は加工だった。
道具がないから作ることができなかった。
例え加工できたとして、オークの体重に耐えうる便器が、果たして自分で作れるだろうか?
小学校時代の図工の授業、そして中学、高校時代の工作の授業を思い出す。お手本と似ても似つかない傑作しか作れた試しはない。プラモデルですら作れるか怪しい。自分の不器用さを恨んだ。だからといってこの状況のまま放ってはおけない。
集めたウ〇チの山の前で腕を組んで考える。
「ふむ、では和式トイレならどうだろうか?」
と進がポツリと呟く。
「えぇぇ!? 和式トイレだって!?」
まさかのアイディアに驚く進。
「和式トイレなら地面に穴を掘るだけだ。掘るだけなら特別な道具もいらないだろう?」
「さすが進さま!」
異世界のお約束というのを自分一人でやってみた。
しかし何かが、しっくりとこない。相手の手を入れる相手がいないからだ。
本来、異世界ではこのような合いの手は誰かがやってくれるシステムになっているはずなのだが、どうもこの世界は違うらしい。俺の心にはむなしさだけが残った……。
◇
自分でできることは自分でやる。
進がこの村に来てから身につけたことだ。
広場の向こうでは、無邪気に出来立てホヤホヤのウ〇チを投げて遊ぶ子供オークの群れが目に入った。
「俺は大人だからな。ガキとは違うのだよガキとは!」
と言いつつ、まだママのミルクをいただく身分なんだけど。(頭ポリポリ。
冗談はさておき、自分以外しか知らない秘密の資材置き場へと向かった。
この村の権力者しか立ち入れない場所、オーク村の洞窟である。洞窟は普段、村の長であるオークパパ、オークママ、そして俺の寝室として使われていた。その洞窟の一番奥が秘密の資材置き場になっている。
一見するとガラクタに見える道具の山。オークの餌となった冒険者たちの装備品が全てここに集められているのだ。
なんて言ったら大げさになるが、村の広場にあっても邪魔になるだろうし、子供のオークが剣を触って怪我をするといけないから、ここに集めてあるだけなのだ。
そのガラクタの中から一本の剣を取り出す。
「これだ」
それは盗賊の男が使っていた短剣だった。
さらにガラクタの山から革のベルトも取り出すと、腰にその短剣をぶら下げた。
行動開始だ!
◇
俺はついにオーク村のトイレ建設に着手した。
トイレを作ると言っても道具なんてあるはずもない。手にしたのは盗賊が使っていた短剣と戦士の使っていた盾だけだ。
洞窟を出るとトイレ建設予定地へと向かう。そこは広場に落ちているウ〇チを拾い集めた集積場として使っている場所だ。
ちょうど広場と森との境界線にある。ほとんど誰も近寄らない場所だった。
短剣を鞘から取り出すと剣先で土をほぐし始める。
ある程度、土がほぐれたところでウ〇チ運びに使っている盾に土を載せ運ぶ。
これを何度も何度も繰り返す。
しかしこれではあまりにも効率が悪い。短剣の先で掘れる土の量など、たかが知れているのだ。スコップとか鍬のような道具があればいいのだが――。
「ふぉっふぉっふぉっ。なければ作ればいいんじゃよ」
村の長老である進老人が言った。
なぜこんな一人妄想芝居をするのか?
正直にいうと、それは寂しいからだ。
いくら俺がゲームで孤高の一匹狼を気取っていたといっても、周りにはいつも仲間たちがいたのだ。
仲間たちの会話を聞いていない振りをしながら、しっかり聞いていて自分もそれに参加しているような気分に浸っていた。それがどれだけ安心感を与えてくれていたのか。
俺は今までたった一人で生きてきたと思っていた。だがその考えは間違っていたと、今になって気づいた。
「長老、ありがとう。俺、やってみるよ!」
進老人の言葉に俺は前に進む力を得た。
自作の鍬はどうすれば作れるのか考える。
必要なのは鉄だ。
鉄鉱石を炉に入れて鉄を抽出する。そしてそれを鍬の鋳型に入れる……
なんてことは小説の主人公たちはいとも簡単にやるのだろうが、ここは現実〈リアル〉。空想の世界とは違うのだ。
それに鉄を作る道具があったとしても、不器用な俺には絶対に無理だった。
ただ出来ないからといって ”やらない” というのは間違っている。
失敗してもいいから道具を作ってみようと考えた。
棒の先にこの短剣を取り付けるだけでも、鍬っぽくなって作業効率はきっと上がるはずだ。
手ごろな棒がないかと広場や茂みなどに落ちている木を手に取って見てみたが、残念ながら俺の目に適う枝はなかった。
木の棒なら森の中に腐るほどあるはずだ。
俺は森へと入ることにした。
そこは異世界の森。
そこに何がいるのかわからない。
強いモンスター、凶悪な冒険者。
何かあると困るから短剣と盾は装備していくことにした。
――――――――――――
進 LV?
職業:ウ〇チ拾い
武器:安物の短剣
あたま:なし
からだ:なし
うで:戦士の盾(ウ〇チ臭い)
あし:なし
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準備を整え、いざ森へ向かって進み始めた時のことだった。
「ドシンドシン」
と背後から大きな音が聞こえてくる。
後ろを振り返ると、若いオークが俺を走って追いかけて来たのだ。
(まさか俺が森へ逃げるとでも思ったのだろうか……)
そう思ったのだが、どうも様子が違う。
それ程慌てた様子ではなかったのだ。
つまり強引に捕まえに来た訳ではなさそうだとわかった。
とにかく今は森に入るのをやめ、その若いオークがここへ来るのを待った。
やってきた若いオークは俺のところへ来るなり
「*********」
と低い声で言った。
俺は慌てることなく、顎に手を添えて若いオークの発言の意図を考えた。
(何を言っているのかさっぱりわからん! 一体何をウホウホと伝えようとしているんだコイツは……)
ふと若いオークが来た方向を見ると、オークママが優しい目でこちらを見ていた。
まるで「遠くまで行っちゃダメよ」と言っているかのような顔をして。
「なるほどボディーガードか……。俺は随分と偉くなったものだな」
元の世界との待遇の違いに思わず笑ってしまう。
少し前まで子供部屋おじさん、今では村長の息子+ボディーガード付だもんな。
心の中でオークのママに「行ってきます」というと、若いオークとともに森へと入った。
山井進三十八歳、オーク村のお坊ちゃまである。




