第5話 「オークの村」
俺は死んだ――。
モンスターに食べられて死んだと思っていたのだが、なぜかまだ生きていた。
俺は強烈な悪臭で目を覚ました。
死体でも近くにあるのだろうかと思えるような悪臭だった。とてもじゃないが鼻で息ができない。口で息をしているのだが、まるで空気に味でもついているのだろうか。
臭い味がした。
体を起こして辺りを見回す。周囲は岩で囲まれており薄暗い。少し離れた向こうに明かりが見える。どうやらここは洞窟のようだった。
確か冒険者たちによって俺の両手両足は縛られていたはずだが、気がつくとそれはなかった。誰かが外してくれたのだろうか?
何が起こったのか記憶をたどる。
モンスターに襲われたところまでは覚えていた。確かあの冒険者たちはオークだと言っていたな。あの恐ろしいモンスターに食べられそうになったところで、やはり記憶が飛んでいた。
しかし今、俺が生きているということは、そのモンスターたちを倒した人が、俺を助けてくれたのは間違いない。
セオリー通りなら、助けてくれたのはきっと勇者さま御一行だろう。たぶん俺を安全なこの洞窟まで運んでくれて、手足の拘束も解いてくれたのだ。
きっとそうだ。間違いない。
フラフラの体で明るい方へと歩いていく。
戦士に鞘で随分と殴られたせいで、歩くと体のあちこちから痛みが走った。洞窟の壁に寄りかかかりながらも、なんとかその洞窟を抜けた。
新鮮な空気が肺を満たす。
ここでようやく生きているということを実感した。
洞窟の中の悪臭から解放されて、空気が美味しく感じられた。視線を前方へと向けると、そこには森が切り開かれて作られたのであろう、ちょっとした広場があった。
(そうか、ここは村なのか……)
思った通り、誰か親切な人が、この村まで運んでくれたのだ。
広場を眺めると住人たちが、お祭りの様にはしゃぎながら食事をしている最中だった。
「おーい」と声を掛けようとしたのだが、やめた。
というより、できなかったと言った方が正しい。
広場の光景を見て俺は絶望した――。
バキバキと音を立てて大きな口に飲み込まれる馬。
エビの殻をむくように器用に鎧を剥いで食べられる人間。
あれはおそらく戦士だろうか。
そう、ここはオークの村だった!
洞窟の前で茫然とたたずむ俺に気づいた一人、いや一匹のオークが
「*********!」
と指を差して声をあげた。
(くそっ! 見つかった!)
何の迷いもなく広場を駆け抜け、その先にある森へと向かって全力で走った!
全力で走っているつもりだったが、実際のところそのスピードは歩くよりも遅かった。全身を戦士の鞘で随分と痛めつけられたおかげで、体中が痛くて走れないのだ。
それでも懸命に歩いた。森に向かって。生きるために!
「ドシンドシン」と背後から大きな音が自分に近づいてくるのがわかる。
その音が一段と大きく聞こえた時、俺は悟った。
――もう駄目だ、と。
諦めた瞬間に巨大なオークの手が俺を掴んだ。
――はい、終わりました。
――サヨウナラ、俺。
巨大なオークは俺を掴んだまま、広場のオークの輪の中にドシンと座る。周りのオークと比べてもひと際大きいこのオークは、どうやらこの村のボスのようだった。
ボスオークの膝の上に乗せられる俺。
「*********」
「*********!」
「*********!」
オークたちは何やら会話しているようだ。
俺にはただの獣のうめき声にしか聞こえない。
ボスオークは輪の中心に積まれたご馳走の山から、たぶん元魔法使いだと思う物体を摘まむと、食べやすいサイズにして差し出してくれたのだろうか?
腕を千切って俺に差し出した。
あまりのグロテスクな光景に堪らずゲロを吐いた。
ビチャビチャとオークの膝の上にかかる俺のゲロ。
(やってしまった! 絶対殺される!)
恐る恐るボスオークを見あげた。
ボスオークは――
「*********」
と不気味な顔をして笑った。
ただでさえ怖くて震えているのに、凶器のようなその顔面を見て少し失禁してしまった。失禁した俺を見て、他の仲間のオークもボスオークと同じように不気味な顔をして笑っている。
オークの膝の上で、自分の嘔吐物と尿にまみれ、ブルブルと恐怖に震える俺。
すると今度は、隣に座っていた別のオークに掴まれると、またもや膝の上に座らされる。
そして大きなオークの手で抱きしめられると背中を優しくなで始めた。
(一体この化け物たちは俺をどうしようとしているのか? わからない!)
ブルブルと震えながらオークの顔を見上げる。
目の前にいるのは、人間をボリボリと食らう恐ろしいモンスターであることは間違いなかった。
ところがだ――。
凶悪な顔をしたモンスターの俺を見つめる眼差しは何故か優しい目をしていた。
つい数秒前までボスオークにゲロを吐き、間違いなく殺される。そう思っていた。
だがこのオークは、まるで子猫を愛でるかのように、人間である俺を抱きしめ愛でているではないか。
オークに抱きしめられ、俺の肌とオークの肌が密着してその温もりが伝わってくる。そのモンスターの胸の中は、まるで太陽に温められた石の上に寝ているかのような居心地の良さだった。
(あぁ……、このオークたちに敵意はないのか……)
頭の中でそれを理解した瞬間、心が恐怖や緊張から解放されて安心したのか、それとも俺の心がぶっ壊れてしまったのかわからないが、涙がたくさん溢れた。
俺はオークの胸の中で泣いた。
号泣した。
まるで生まれたての赤子のように。
オークの温かくて大きな手は、俺が泣き止むまで優しく背中をなで続けた……。
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