第3話 「オークの子供」
俺は死んだ――。
後頭部を石に打ち付けて、俺は死んだ――。
と思っていた。
空腹の状態で急に立ち上がって大声なんか叫んだものだから、貧血だか低血糖だかで石の上でぶっ倒れてしまったのだ。そして後頭部を強打し意識を飛ばしてしまった。
あのまま石に頭をぶつけた事が原因で死ぬ、あるいは石の上で空腹と脱水症状で死ぬものだとてっきり思っていた。
だけどまだ俺は死んでない。
生きているけど……。
「おい! 頼む。助けてくれ。助けてくよ!!」
焚き火を囲む冒険者たちに必死に訴える。
必死に伝えようと頑張っているのだが、たった数メートル先にいる冒険者たちには、俺の言葉が届かない。
なぜなら俺は今、両手両足を縛られ、口には猿ぐつわをされて木製の檻に入っているのだ。
「ぬぐーむふぅー……。(たすけてくれぇ……)」
◇
辺りは闇に包まれていた。
パチパチと音をたて焚き火が小さな火の粉を空へと飛ばす。
その小さな焚き火を男三人が囲んでいた。
「しかし珍しいものを捕まえたな」
鎧を着た戦士とおぼしき男がこちらを見て感心していた。
「オークの子供なんて本当に売れるのか?」
盗賊だろうか。背の低い怪しい雰囲気の男は訳のわからない事を言った。
オークの子供? 一体なんのことだろう。
いかにも商人のようなターバンを巻いた男は、木のカップに酒を注ぐと盗賊の質問に答えた。
「金持ちの趣味は俺たち一般人とは違うのさ」
「しかしこんな物を買って何に使うのだ?」
戦士の男は至極当たり前のことを商人に尋ねる。
子供といえどもモンスターだ。金持ちはそれを買って一体何をするのだろう?
その質問を横で聞いていた盗賊の男もオークの子供の利用方法など全く見当がつかなかった。商人風の男は二人を見つめるとニヤニヤしながら、その質問に答えた。
「世の中にはマニアがいるものでね、モンスターに欲情する人間もいるのだよ」
商人風の男が檻に入れられた俺をチラっと見て不気味に笑った。なんだか寒気がするぞ。まさかとは思うが、そのまさかなのだろうか……。
「そりゃとんでもねぇ趣味だな。お金持ちの趣味ってのはまったく理解できねぇな!」
「あぁ全くだ。ん、ちょっと待てよ。アレはオスじゃなかったか?」
盗賊の男は気がついた。捕まえたオークには、体の大きさに比べて小ぶりなモノがついていたことを。
商人の男は盗賊の疑問にすぐ答えず、手にしていた木製のカップに入った酒をグイッと一気に飲み干すと小さな声で言った。
「それを好む男もいるのだよ」
商人の言葉を聞いて、戦士は股間がギュッと縮こまった気がした。
「ヒエッ……。おっかねぇ話だ」
「本当に」
盗賊と戦士の男はお互い顔を見合わせて苦笑いしていた。
(やっぱりそうか……。そうなんだな……)
冒険者たちの話を聞いて俺も理解した――。本当は理解したくはなかったのだが。彼らは基本的なことを勘違いしている。
早く誤解を解かねば俺は……
どこかのド変態に売られてメスになってしまう!
迫りくる貞操の危機に、俺は再び彼らに強く訴えかけた。
「ぬぐーむふぅーほほーんへはい(俺は人間だ! オークじゃない!!)」
必死に言葉をしゃべろうとするが、猿ぐつわがそれを許さなかった。だが俺の必死のSOSに気づいた戦士がこちらへとやってきた。
(気づいてくれた! 気づいてくれた!)
「んふーんふー(早く助けて)」
猿ぐつわに言葉こそ遮られてはいるが、俺は情熱〈パッション〉で戦士や冒険者たちに必死に懇願した。
俺は知っている。言葉はそれほど重要ではないのだ。
例え身ぶり手ぶりでも、相手と気持ちを交わしたい。そういう気持ちや情熱〈パッション〉があれば、言葉の通じない外国人であっても心を通わせることだって可能なのだ。
例え猿ぐつわされていようとも相手に気持ちは伝わる!
そう、情熱〈パッション〉さえあればね!
強く、強く、俺の想いを彼らに訴えた。
すると、なんと戦士がこちらへとやってくるではないか! やはり情熱〈パッション〉が、情熱〈パッション〉があれば心に届くのだ!!
戦士の男は檻越しにしゃがむと俺の目を見つめた。
だが、その目はとても情熱〈パッション〉が届いているとは思えなかった。それはまるで、汚物を見るかのような目だった……。
「うるさい! この化け物が!」
男の持っていた剣の鞘が俺の腹へとぶち込まれる。
「オフッっ!!」
あまりの痛みに悶絶する俺。
「おいおい、殺さないでくれるなよ」
酒がまわってきた商人は顔を赤らめて言った。盗賊の男が肉を片手に檻までやってくると俺をまじまじと見つめる。
「しかし――、あれだな。オークの子供ってのは、やけに人間に似ているものだな」
「んぐーんぐーんんへんんんん!!! (助けて! 俺は人間です!!)」
必死に訴えかけるも俺の情熱〈パッション〉は彼らに届かない。
「うるせぇな!!」
戦士の男は剣の鞘を俺の喉元へゴツンと一発見舞った。
「んがッ」
戦士の勢いよく突いた剣の鞘が、俺の咽仏の辺りをつぶすと猿ぐつわの隙間から血が漏れる。俺は激痛に涙を流した。
「これで静かになるだろ」
戦士は冷たい口調で言うと、続けてこう言った。
「これが人間? もし人間ならあんなモンスターがウヨウヨいる草原でなんかで、真っ裸になって寝ないぜ? それにこの臭い――嗅いでみろよ?」
戦士は俺の下半身部分を指差しながら、隣にいた盗賊に臭いを嗅ぐように勧めた。
盗賊は少し檻に顔を近づけて臭いを確認すると
「確かにオークの糞の臭いがするな」
と言って笑った。その言葉を聞いて思い当たる節があった。
最初の晩のことだ。暗闇を歩いている時に踏んだ柔らかいモノを思い出した。
(あれか! あの臭くて柔らかい糞はオークのモノだったのか……。もし糞を踏んでいなければ、もし暗闇を歩いていなければ……。キレて服を脱いでいなければ……。)
この夜はつぶされた喉の痛みと、あの草原での暗闇の中での愚かな行為に後悔して一睡もできなかった……。
◇
喉の痛みに耐え夜が明けると、冒険者たちから餌を与えられた。戦士の男が木の檻の中へと器を差し入れる。
「おらバケモノ。飯だぞ」
器にはもともと食べ物だったであろう何かが、グチャグチャになって入っていた。おそらく昨日男たちが残した残飯に水をかけたものだろう。
「おいおい、それじゃ食べられないだろ」
商人の男が両手でグーを作り口元に置いてみせる。
「確かにそうだ」
戦士の男は商人のその仕草を理解すると、鞘から剣を抜き檻越しに俺の猿ぐつわの紐を切った。
(!? しめた! これでしゃべることができるぞ。人間だとわかれば助けてくれるだろう!)
猿ぐつわを切った戦士に向かって話しかける。
「********!」
(!!!)
俺の口からは言葉ではなく、うめき声のようなものが発せられた。
昨日、戦士に喉を潰されたおかげで声がでないのだ。
それでも自分は人間であると必死に訴えかけた。
俺は知っている。
情熱〈パッション〉が、情熱〈パッション〉があれば気持ちは伝わるということを。俺の情熱〈パッション〉が通じたのか、戦士は再び檻に近づいて言った。
「うるせー黙れバケモノが!!」
檻の隙間から剣の鞘を差し入れると俺に目がけて突きまくった。しかもボコボコに。
俺は両手両足を縛られているので防御姿勢も取れず、されるがままだった。剣の鞘は容赦なく体のあちこちを紫に染めていく。数分後、全身内出血でまるで紫のパンダのようになっていた。
苦痛に涙を流しながら、与えられた餌をズルズルすすって食べた。喉の調子さえ戻ればきっと彼らにも分かって貰える。言葉を話すことさえできれば、きっと分かって貰えるはずなのだ。
それまでは耐えるしかない。
生き延びるためなら手段を選んではいけない。
例え泥水であろうと、残飯であろうと食らって生き延びてやる!
ルビと当て字〈〉を使い分けています。




