第19話 「大逃亡」
森の中を全力疾走で駆ける。
こんなに全力で走ったのはいつ以来だろうか。
たぶん俺が太る前の話だから、たぶん三十二年前くらいだろう。
生まれてからほとんどの時間をデブとして生きているんだよ! 何か文句あっか?
後ろを振り返ると、二匹のオークが鬼の形相で俺を追いかけてくる。
そしてその後ろを超巨大なウ〇チ色のスライムが、木をなぎ倒しながら追いかけて来ていた。
追いかけっこが始まってから、どれくらい経っただろうか。
後ろを走っていたはずのガードが、スピードをあげて俺の右手側までやって来ると言った。
「*********!」
ガードが「アイツは一体どこまで追いかけてくるのか?」というようなことを聞いてきた。
俺は走るのに必死で、超巨大なウ〇チ色のスライムがどこまで追いかけてくるのか? なんてことを考察する暇など一ミリ秒もない。
「知らん! あいつに聞いてくれ!」
と即答する。それを聞いたオーク二匹は
「*********!」「*********!」
と悲しい声をあげた。
恐らく、というか絶対、戦って勝てる相手じゃないのだから、俺たちが死なないためには相手が諦めるまで逃げ続けるしかないのだ。
そんなオーク二匹に向かって何か希望が持てそうな言葉を探した。
しかし、二匹に掛ける言葉はこれしか思い浮かばなかった。
「とにかく走れ!」
◇
無我夢中でとにかく走った。
こちらは立木を避けながら走っているというのに、アイツはそんなのお構いなしにバキバキと木々をなぎ倒しながら俺たちに迫って来る。
後ろから小さな声が聞こえてきた。
「もう限界! これ以上走れない!」
と嘆く小さな子供のオークの声。それに俺は
「小僧がんばれ! 死ぬ気でがんばれ!」
と励ましの言葉を掛けた。
でも俺の心の中では、
(もしコイツがスライムの餌になってくれたら、逃げる時間ぐらい稼げるのになぁ……)
とダークサイドな一面が、ほんの五、六回ほど心の中をよぎったのは秘密だ。
もうどれくらいの距離を走っただろう。
そろそろ俺の体力も限界が見え始めようとしてきた頃、ふとある考えが頭をよぎった。
このまま村に戻ったら、アイツを村に呼びこんでしまうのではないかと。
戦力に成りうる男衆は、狩りに出かけていて不在だ。
村に残っているのはメスや子供、ガードのような狩りにでたことのない若いオークしか残っていない。
もしアイツを村へ呼び込もうものなら、村は大変なことになってしまう。そう考えると、アイツを途中で巻く必要があった。
◇
「おい曲がるぞ!」
大声で後ろの二匹に指示をだすと同時に、九十度方向転換する。
この超巨大なウ〇チ臭いスライムを村から離れた場所へ連れていくために方向転換したのだ。
ガードは器用に九十度曲がったが、ガリベンは急な方向転換に体がついていかず、派手に転んでしまった。
俺は急いでガリベンの元へと駆け戻る。
木々をなぎ倒し轟音を立てて追いかけてくるスライムが、もう目の前に迫っていた。
それなのにまだガリベンは立ち上がらない。
いや、立ち上がらないのではない。立ち上がれないのだ。
この小さなオークは走るのに全ての力を注いでいたから、他の行動を取る力なんて残されていないのだ。
「早く!早く! 起きろって! 早くしないと死んでしまうぞ!」
俺は倒れるガリベンの手を引っ張って無理やり立たせると、加速の遅いノロマな糞ガキオークの背中を押して再び走り始める。
「ガード! 俺たちに構うな! とにかく突っ走るんだ!」
俺の大声が森に響いた。
そんな俺の言葉を聞いているのかいないのか、ガードは一度も振り返ることなく走り続けていた……。
(あいつ本当に俺のボディーガードなのかよ!)
ガリベンを助けに戻った俺の方を一度も見ることもなく走り続けたガード。
そして今もずっと俺の少し前を走っている若いオークの背中を見て思った。
(そんなことは今はどうでもいい! 走らないと!)
自分を自分で鼓舞する。
そして必死にガリベンの背中を押して走り続けた……。
◇
いつスライムが、俺たちを追いかけるのを諦めたのかわからないが、一人と二匹が疲労でぶっ倒れる頃には、その姿は見えなくなった。
大木に寄り掛かって休む。
ガリベンはまだ肩で息をしていた。
「危なかったな」
そう声を掛けると、二匹は堰を切ったようにしゃべり始めた。
「*********」「*********」
二匹は、あんな大きな生き物を初めてみたという。
ガードに至っては、今回初めてスライムを見たということだった。
ガリベンが一生懸命息を整えながら、ポツリポツリと話し始めた。
「*********」
「へーそうなのか。なるほどねぇ……」
ガリベンによるとスライムは太陽や高温を嫌うらしい。
湿った洞窟の中や森の中を好むそうだ。
そして夜間に活動が活発になり餌を食べるらしい。
学者のように詳しく答えるガリベンに俺は次々に疑問をぶつけた。
「スライムって普段は村にはいないのか?」
「*********」
「なるほど、夜出てきて広場に転がるウ〇チを食べたりするのか。だから拾わなくても、時間が経てば消えてしまうのか」
「*********」
「へー普通は襲ってこないのか。けど俺は手をやられたじゃないか」
「*********」
「なるほどね。体を持ち上げたからスライムは攻撃されたと勘違いをして、俺の手を攻撃したのか」
「*********」
「っていうか、そんなに詳しいけど、前に石でつぶした時はスライムに驚いていたよな?」
「*********」
「なんだよ、おまえもスライム見るのは二回目かよ! そんなに詳しいから何度も見たのかと思ったわ!」
ガリベンは村の広場でウ〇チ臭いスライムをつぶした後、いろいろな大人のオークにスライムについて聞いて回ったようだ。だからこんなに詳しかったのだ。
そんな俺とガリベンの会話をガードは変な顔をして聞いていた。
恐らく俺が話している部分は理解できていないのだろう。
なぜだかわからないが、俺はガリベンとは情熱〈パッション〉で意思疎通ができるようになっていた。
「*********」
とガードが俺に向かって話しかける。
だが俺にはガードが何を言っているのか理解できないので、ガリベンが通訳してくれた。
「早く村帰ろう。村はどっちの方向?」
ふむ、どうやらガードはなかなか鋭い質問をしてくれたようだ。
ガードの質問に真摯に答えるべく、言葉を慎重に選んでふざけないで真面目な顔で答えた。
「えーっと。どうやって帰ればいいのかな?w 途中でルート変えたからもう帰り道わかんねぇわw」
二匹は口を開けたまま動きを止めた……。
そう答えた。というか、そう答えるしかなかった。事実だから。
「*********!」「*********!」
と二匹は俺に向かって罵声にも似た声で猛抗議した。
俺はそれを必死に反論する。
「待て待て、俺たちがあのまま帰ったらどうなったと思う? 村までアイツを連れて帰ってしまうんだぞ?」
「*********」
「は? 連れて帰って良い訳ないだろ! 女と子供だけでどうやってアイツ倒すんだよ。男衆は狩りに出かけて村にいないんだぞ?」
俺の正論を聞いて、二匹は答えに詰まり黙り込んだ。
「まぁなんとかなるだろ」
そうポツリと呟いた俺に向かってガリベンが言った。
「*********!」
「無責任だって?! はいはい、無責任で結構。さっさと立て。このままここにいても干からびて死ぬだけだぞ」
そう言って俺は立ち上がると、恐らく村があるであろう方向(勘)へ歩き始めた。
◇
俺たちは森を歩いていた。
太陽の位置で方角がわかればいいが、ここは深い森で太陽の姿は見えない。
とにかく森が薄い方へ行くしかなかった。
俺が先頭に立ち、その後ろをガード、ガリベンが続く。
ガードは鳥の「ギィヤァァギヤァヤァ!」という鳴き声で飛び上がって驚くし、ガリベンはガードが飛び上がって驚く姿を見て驚いて失禁し固まる。
もう、頭が痛かった……。
かといって二匹を責めるのも酷な話だ。
いつまたあの超巨大ウ〇チ臭いスライムが襲ってくるやもしれないという緊張感と、先ほどの恐怖の追い駆けっこで、かなりナーバスになっているのだろう。
俺だって最初にパパに睨まれた時は失禁したくらいだから、二匹の気持ちはわからないでもない。
◇
どれくらい歩いただろうか、森は少し薄くなっているのだが村に着く気配はない。
そろそろ曲がった方がいいだろうか。
「*********」
「あぁ、もうすぐ日が暮れるな」
「*********」
「そうなったら野宿しかないだろ」
「*********」
「そりゃぁそうだろ。熊もいるだろうなぁ。運が悪けりゃ食われて死ぬかもな」
二匹はずっと、俺が答えようがないようなネガティブな質問ばかり続けるので、少し意地悪な冷たい返事をしたら二匹は固まってしまった。
少し脅かしすぎたかもしれない。
「よし少し休憩するぞ。おまえたちはここで休んでいいぞ。俺は少しこの先を見てくるから」
そう二匹に伝えて森の先へと進んだ。
森の中を彷徨ってから、かなり時間が経っていた。
オークのヤツらも結構辛辣です。
進の心は傷つきます。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
ようやく進の活躍が始まりました。
これから一生懸命がんばる進を応援してあげてください。




