第16話 「小さなオークと茶色のアイツ」
俺は夢中だった。
子猫ほどの小さなブヨブヨとした茶色のゼリーに。
棒で突くと慌てて茂みの奥へ逃げようとする。
茂みに逃げようとする茶色のゼリーを何度も何度も木の棒で引っ張りだして観察する。
面白いことにゼリーは、目も触覚もなさそうなのに、迷わずまっすぐ茂みの中へと逃げようとする。
実に不思議な物体で、俺はそれに夢中になってしまっていた。
「*********」
ガリベンが何か言っている。
何かを伝えようとしているようだったが、俺にはオークの言葉はわからなかった。
ガリベンは俺に言葉が通じないとわかったのか、今度は手でゼリーを掬うような仕草をした。
(ひょっとして――。俺にこれを掬えって言っているのか?)
俺はガリベンのジェスチャー通りに、子猫ほどの大きさのゼリーを両手で掬うように持ち上げた。
プルプルとしていて、ヌメヌメで柔らかい。ゼラチンゼリーにトロトロのハチミツをかけたような感じだった。そしてちょっと臭かった。
さっきまで散々ウ〇チの臭いを嗅いでいたから、きっと鼻がボケているのだろう。
すぐには気がつかなかったが、このゼリーからはほのかにウ〇チの香りがした。
「あっつい!!!!」
突然、両手に激痛を感じゼリーを放り投げた。
「*********!」
と声をあげて笑うガリベン。
まるでさっきのお返しだといわんばかりの顔で。
(こいつこうなるのを知ってやがったな!!)
ガリベンの頭をポカリと一発強めに殴ると、俺は慌てて小川へと走った。
小川で何度も手を洗うと、痛みは徐々に取れていった。
もうなんというか、熱いような、チクチクと刺さるような刺激の強い痛みだった。
両手をよく見ると、まるで漂白剤を素手で触ったあとのようにヌルヌルとしている。
そのヌルヌルを擦り落とすかのように、ガシガシと力を入れて手についたヌメリを洗い流すと、指紋の凹凸が消えていることに気づく。
「まさか、これが犯人なのか!?」
糞ガキが広場の隅で見つけた茶色のわらび餅のような謎の物体。
茶色のソイツは、俺の指紋を特殊な体液で消し去る能力を持っていた。
ひょっとするとオークの肉体を溶かす能力があるのかもしれない……。
それを確かめるため、俺は戻った。
その前に洞窟に寄って装備を整えた。
――――――――――――
進 LV?
職業:名探偵
武器:虫眼鏡、短剣
あたま:なし
からだ:なし
うで:なし
て:革手袋
あし:なし
ステータス:寝不足、手荒れ
――――――――――――
さっきの広場と森の境界線にまだガリベンはいた。
ガリベンは飽きずに茶色のゼリーを棒でツンツンしてイジメているようだった。
「おい、もう一度俺に見せてくれ!」
と、ガリベンに茶色のゼリーをイジメる係りを俺に譲るように言った。
もちろんオークの言葉ではない。情熱〈パッション〉だ。
ガリベンは大人しく俺とスライムイジメ係を交代する。
虫眼鏡で茶色のゼリーをじっくりと観察してみた。
その体は薄茶色をしていて半透明だった。
匂いはどうだ? クンクンと嗅いでみると、やはりその体はウ〇チ臭い。
「*********」
とガリベンが言った。
見ると、どこで捕まえたのか手にはカタツムリを持っている。
ガリベンはまるで「よく見ていろ」と言わんばかりに、カタツムリを地面に置いた。
すると茶色のゼリーはカタツムリを見つけると、それを徐々に体の下へと飲み込んでいく。
その姿を見て俺は思った。
(これってスライムってやつじゃないのか?)
俺は短剣を腰から抜くと、ゼリーの体を持ち上げた。飲み込まれたカタツムリがどうなったかを確認するために。
まさかというか、やはりというか、カタツムリは半分溶けた状態で死んでいた。
ガリベンはそれを指さすと俺を見て言った。
「*********!」
「わかっているさ。でも今、考えているから少し黙ってろ」
ガリベンが続きを何か言いたくてたまらない、そんな顔をして俺を見つめている。
それを制止したのだ。
ガリベンがこれから言わんとしている言葉は容易に想像がついた。
これが犯人だと。
違うんだ。ガリベン。
確かにそうなんだが、これじゃ……
――足りないんだ。
――強さが。強さが足りない!
いくらオークの寝込みを襲ったとしても、こいつ一匹でやられるほどオークは弱くない。
顔にこの溶ける液を掛けられたとしても、その時点で気づいて手で払いのければ死には至らないはずだ。
「うーむ、なら一体どうやって……」
試しに短剣でスライムの表面を切ってみる。
表面を切ってもこいつは死ななかった。
ウ〇チ臭い汁をドバッと出すと、徐々に切り口は閉じていく。
(これ切っても死なないのか?)
「なぁ。こいつって切っても死なないみたいだけど、どうやって仕留めるんだろ?」
ガリベンの方を見て聞いた。
「****?」とガリベンは即答した。
まるで「さぁ? わかんない?」と軽く答えているようだった。
大人の俺ですら倒し方がわからないのだから、糞ガキのガリベンがわかるはずないか……、と思った時だった。
ガリベンは人の頭ほどある石を両手で抱えて持ってくると、突然スライム目がけ投げ落とした。
「ちょ、おまっ!」
俺の制止も間に合わず、ガリベンによって落とされた石はスライムを押しつぶした。
まるで水風船が弾けるように「バチャン!」と音をたてて飛び散るスライムの残骸。
俺とガリベンはウ〇チ臭いスライムの汁を全身に浴びた……。
いくらガリベンが、少し頭が良いといっても所詮オークなのだ。
こういう結果になるということまでは想像できなかったのだろう。
二人して無言で小川に向かった。
情熱〈パッション〉があれば気持ちは伝わる!
この小説もそんな想いを込めて書いています。
えっ?伝わっていない!?
わたしの情熱〈パッション〉が足りていませんでした。精進します……。




