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第10話 「言葉なんて不要」


 

 俺は盗賊の短剣を手にして、オークと対峙(たいじ)していた。


 そのオークは子供から大人になりかけのような、顔にはまだ少し子供特有の少しあどけなさが残っていた。

 人間でいうなれば十六歳くらいであろう、まだ若いオークだった。


「*********!」


 低いうなり声をあげて俺を威嚇(いかく)するオーク。


 人間よりも(はる)かに太く、長いその両腕を左右に広げて俺を威嚇(いかく)している。

 武器など持たずとも、人間相手であれば、素手でも簡単に殺せる力はあるだろう。

 俺は左手に装備した盾をグッと前に突き出し、右手の短剣で威嚇(いかく)しているのだが、オークは一向に(ひる)まなかった。


「小僧! そこをどけ!」


 静かな森に俺の声が響いた。

 少しでも先へ進もうとすると、両手を左右に広げたオークの鉄壁のディフェンスが俺を優しく押し返す。

 すぐそこ、たった数メートル先に落ちている枝を拾いたいだけの俺。

 それをさせまいと両手で通せんぼするオークとのおしくらまんじゅう、もとい戦闘は十五分も続いていた。



 自作の(くわ)を作るために森に入ったのだが、村の広場から五分ほど進んだところでボディーガード役としてついてきたオークが、これ以上の移動を阻止するのだった。

 すぐ目の前にちょうど良さげな枝があるというのに!

 ボディーガード的には、森の中に入っていいのはここまでだと判断したようだ。


 このボディーガード役としてついて来ているオークを倒してでも、数メートル先に落ちているあの木の枝を拾いたい。

 正直なところ、手にしている短剣でこのオークを倒せる自信はない。

 そもそも俺は素手の喧嘩(けんか)すらした経験がないのに、こんな見るからに狂暴(きょうぼう)なモンスターを倒せるとは到底思えなかった。


 このオークと戦うのは上策ではない、というかオークと生死を賭けてまでして、木の枝なんか欲しいとは思わない。

 でも欲しい。あの落ちている枝が。

 言っていることが矛盾しているのだが、とにかく欲しい枝が目の前にあるというのに手にできないのだからじれったい。


 このオークと喧嘩(けんか)せず、なんとか穏便にあの枝を手にすることができないものだろうか?

 俺は短剣を(さや)に仕舞うと、何か方法がないものかと思案する。


「俺はあそこに行けない……」


 と進はポツリと(つぶや)く。


「ふむ、ならば自分で行かなければいい」


 と村一番の知恵者の進が言った。それを聞いた冒険者進は飽きれてしまった。


「馬鹿言うんじゃねぇ。自分で拾わなきゃ取れないだろう」


「簡単なことじゃよ。オークに拾わせればいいのじゃよ」


 とお(じい)さん風の進が横からアドバイスをしてくれた。


「な、なんだって!?」


 と冒険者進は驚いた。

 そんないつものお約束の作業を一人でやっていると、若いオークはそれを鼻糞をほじりながら、その俺の一人芝居を眺めていた。



(言葉は通じない……。ならば身ぶり手ぶりのジェスチャー作戦でやってみるか!)


 俺はすぐ先に落ちている枝を指差してみた。

 しかしオークは首をかしげるだけだ。


 今度は落ちている石を拾うと、その枝へ目がけて投げた。これを何度も繰り返した。

 たまに石が枝に当たってコツンと良い音がした。

 だがオークは俺の意図をわかってくれない。


 次はその辺に落ちていた木の棒を拾うと


「*********!」


 と訳のわからない言葉を発した。

 オーク語でもなんでもない。

 適当にフガフガウホウホ言ってみただけだ。


 手にした木の棒を指差し、落ちている枝を交互に指差す。

 そしてフガフガと話す。

 これを二度ほど繰り返すと、若いオークはしかめっ面をして、首を(ひね)り「これでいいのだろうか?」というような疑問を持ちながらも、俺の欲する枝の方へと向かう。


「まじか!?」


 思わず心の声を漏らした。

 オークが落ちている枝に向かって歩き始めたから驚いてしまった。

 そして若いオークは目的の木の枝を拾うと


「ひょっとしてこれ……?」


 と言いたげな顔をして、こちらをチラリと見た。


「*********!」


 と俺はウホウホフガフガ語を適当に(はっ)しながら、飛び跳ねて喜んで見せた。

 若いオークはその俺の喜ぶ様子を見て、やっと事情が飲み込めたのだろう。

 安堵(あんど)の顔を浮かべてこちらへ戻って来ると、拾ったその枝を手渡してくれた。

 俺はオークから受け取ったその素晴らしい枝をまじまじと見つめる。



 言葉なんて不要だった。

 情熱〈パッション〉さえあれば、気持ちは伝わるのだと感動した。


 その枝に腰にぶら下げた短剣をあてがってみる。

 枝の先端はYの字に別れていて、そのY字の股の部分に短剣のグリップを差し込むと、ガード(つば)部分がひかかって止まった。

 これはちょうど良い具合だった。


 素晴らしい木の枝を肩に担いで持って帰ろうとすると、若いオークは俺から木の枝を取り上げると、代わりに持って運んでくれた。

 オークの腹をハグして感謝の気持ちを表す。

 そして足取り軽く村へと帰った。


 

 どれくらいの間、若いオークと森に入っていたのだろうか。


 恐らく三、四十分程だったろう。

 広場の中心にいたオークママは、森から出て来た俺を見つけた途端、猛烈な勢いで駆けて来ると、小さな俺の体を優しくギュッと抱きしめた。

 ママに抱きしめられながら顔を見あげると、ホッと安心したような顔をしていた。

 どうやらオークのママは、なかなか過保護みたいだ。



 ママのハグが終わった後、もう一度若いオークの腹にハグをして感謝の意を伝えると、枝を作業現場に置いて秘密の資材置き場へと向かった。

 早速、(くわ)を作るのだ。

 ガラクタの山から冒険者の着ていた服を取り出すと、短剣で(ひも)状に切っていく。

 何本か布の(ひも)を作ったところで作業現場へと戻った。


 枝の先端のY字の股の部分に短剣のガード部分をしっかりと押し付ける。

 そして作った(ひも)でグリップとガード、そして枝をグルグル巻きにして縛った。

 これで簡易の(くわ)の出来上がりだ。


 早速土を耕してみる。

 短剣の幅がないのでほぐれる土の量はごくわずかだ。

 折れないようにと太め枝を選んだので重さがかなりあった。

 五キロ、いや十キロはあろうかという大枝だった。

 しかも太く握りにくい。

 そんな枝をひたすら振り続ける。

 当然ながら作業は順調には進まなかった。

 日が暮れ始めたところで作業を終え、洞窟に戻ってママのオッパイを飲んで寝た。



 ――翌朝、俺は死んでいた。


 ◇


 全身が筋肉痛で死んだ。

 元の世界にいた時は、ダンベルを使って筋トレの真似(まね)事をしていた。

 お世辞抜きに上半身の筋肉は、同年代のサラリーマンと比べればあった方だと思う。

 だが所詮(しょせん)は引き()もり。

 ダンベルで鍛えた部分以外に筋肉はないのだ。

 そもそも鍛えて少々筋肉があったとしても、肉体労働用の筋肉など当然持ち合わせていない。

 部活などの運動経験もなければ、ずっと引き籠っていたから当然、労働経験などあるはずもなかった。



 痛む体に(むち)を打ち、いつものように日課の広場に落ちたウ〇チを拾い集める。

 腰をかがめては「痛てて……」、ウ〇チを運んでは「痛てて……」の繰り返し。


 ウ〇チ拾いという職業は、オーク村の社会において最底辺な職業といっていいだろう。

 だがそれをすることによって誰かが喜んでくれているという事実。

 職業に貴賎(きせん)なしとは正にこのことだろう。


 誰かがどこかで喜んでくれている、それが今の俺の原動力となっている。


 もしそれを元の世界で気づいていれば……、いやもうそれは考えるのはやめよう。心が痛むから……。


 ◇


 いつもの倍以上の時間は掛かったが、今日の分のウ〇チ拾いを終えた。

 ママのところへ行ってミルクで一服する。


 そして空腹と喉の渇きを同時に潤すと、トイレ作りの続きを始めた。

 昨日の作業で手の皮がベロベロに剥けてしまったので、ガラクタの山から冒険者の皮手袋を装備した。


 ――――――――――――

 進 LV?

 職業:ウ〇チ拾い

 武器:手作りの(くわ)

 あたま:なし

 からだ:なし

 うで:戦士の盾(ウ〇チ臭い)

 て:皮手袋

 あし:なし


 ステータス:筋肉痛

 ――――――――――――


 手作りの(くわ)で地面をほぐしては盾で掘り出すという作業を何百と繰り返して、トイレ計画は少しずつ進んでいった。



 時々、(くそ)ガキオークたちが、ウ〇チを投げて作業の邪魔をしてくるのだが、怒りたい気持ちをグッと抑えて作業に集中した。

 トイレの穴が完成したのは作業開始から十五日後のことだった。



 できた大穴を眺めながら額の汗を拭う。


「労働というのはなかなかいいものだな……」


 人生でこれほど働いた事があっただろうか。

 いやない。というか、そもそも働いたことがないし。


 (よわい)三十八にして初めて労働というものの一片を知り、人間的に大きく成長した山井進であった。

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