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新しい試み

 まだ暗い、それでも朝。

 起床時間にはもう自然に目が覚める。

 できることならもう少し寝ていたいと思ってしまうのも習慣の一つ。

 だからあえて目は開けずに寝返りを打つ、と。


 顔に小さな息がかかる。

 ……あ、来るぞ。

 ぼんやりしながらもまだ動きたくないので覚悟を決める。


 ざり。


 うー……来た、そら来た!


 ……ざり。


 うう。痛い。でももう一回くらいは我慢できる。

 ……まったく、どんな顔して人の顔舐めてるんだこの子は……!


 ……ざり。


 そーっと目を開けてみると……。

 何やらうっとりしたように目を細めている美猫が目に入る。


 ……ざり。

「……いいいい、痛いってば!」

 なんでおんなじ所ばっかり狙ったように舐めるかなぁ、もう!


 なんだかすっかりこの起こされ方が定着してしまったようだ。

 はあ、とため息をつきながらカズハはベッドから出た。




 朝のちょっとしたやりとりはカズハの心を和める。

 ヒシバとのやり取りは勿論。

「おはよう! カズハちゃん。今日は帰りに寄ってく?」

「あ! おはようございます! はい。寄らせてください。こないだ教えてもらった硬くなったパンの食べ方、すごく気に入っちゃって。あれ、美味しいですね!」

 パン屋の奥さんが通りかかるカズハを目ざとく見つけて声をかけてくれるのも楽しい。

 焼きたてじゃないパンを買う事をパン屋の主人が申し訳なさそうにしてくれて、時間が経ったパンの意外な食べ方まで教えてくれたのだ。

 小さく切ってミルクを入れて作った砂糖衣をつけてさらに乾かすとカリカリと美味しいラスクというお菓子になる。

「あらよかった!」なんて満面の笑みになってくれる奥さんに手を振って職場に急ぐカズハは「あ、そうか。食堂で残ったパンもあれにしちゃえば午後小腹を空かせている騎士たちがちょっと寄って食べていくのに役に立つんじゃないかな」なんて思いつく。

 大々的にやると食堂の正規の時間帯を無視していると注意されそうだからこそっとやってみようかな。




 そんなこんなで仕事が始まり。

 朝食の支度は結構戦場だ。

 リオは朝が苦手らしく動きが少々鈍い。

 もういい加減慣れてきたので構わないのだが、カズハはその分ちょこちょこ動いてフォローしている。朝から重いメニューを大量に作るわけではないのでそこはどうにかなる。

 みんなが食堂を出て行ったあとざっと片付けて、昼食の仕込みに入る。その合間に朝食の残りを自分たちの遅めの朝食としていただく事になっている。

 この朝食には掃除と洗濯を担当している他のメンバーも加わる。

 ナリア以外はだいたいみんな毎回来る。ナリアは家で夫と朝食をすませてから来ることが多いようだ。


「今日は何があるの?」

 調理場を覗き込んでくるルキアがリオに話しかける。

「えーと、だいたい全部少しずつ残ってるよ。スープとパンと、オムレツ!」

 大皿用にまとめて作ったオムレツは好きなだけ大きなスプーンですくって取り分けられるように形はしっかりしていない。トロトロの半熟のままざっと大皿に出した状態だ。

「あとはサラダもありますよー」

 各テーブルで残った野菜を一つの大皿にまとめなおした物をカズハがテーブルに運ぶ。

「あ、それ。オムレツを乗っけて食べようかな」

 アイシアが小さく呟くと。

「いいね。アイシアは野菜好きだもんね」

 なんてルキアが頷く。

 ふと気づくと後から来たもう一人、オーリンは調理場にいるリオと話し込んでいる。

「きゃー!」なんていう声が上がっているところを見ると……お馴染みの女子トークのようだ。

「あの二人、雰囲気似てるよねー」

 くすくす笑いながらカズハの前を素通りして席についたミカリアは調理場の方に目を向けながらそう言うとルキアの顔を覗き込んだ。

「あー確かに」と返すルキアと、ミカリアの視線につられるようにアイシアとカズハの視線もそちらに向かい。


 おや。そう言われればそうかも。

 なんてカズハもつい納得する。

 髪の色も緩くまとめた感じもオーリンとリオはよく似ていた。オーリンの髪も緩いウェーブがかかっている。

 さらに服も。色もデザインもまったく同じではないが華やかな色合いはとてもよく似ている。そういえば女の子らしい豊かな体型もちょっと似ている。


「あの二人、気に入ってるお店が一緒だからね」

 ルキアがパンの上にオムレツを乗せながらそう言うとそれを頬張る。

 空いた席に座ったカズハは、あ、その食べ方も美味しそうだなあ、と思いながらも勢いでつけてしまった林檎ジャムのままパンを頬張った。うん、今度家であの食べ方をしよう。

「カズハさんはお洋服どこで買うの?」

 隣のアイシアがこそっと声をかけてくる。

「え? お洋服? ……ああ、そうね。最近は買ってないかな。安くまとめ売りしてたのを前の町で買ったのがまだあるから」

「え! 前の町で買ったって……じゃあこっちに来てから買ってないの? すごい! 私最近はストレス解消は新しい服を仕立ててもらう事だよー!」

 ルキアが声を上げると、いそいそと食堂の方にやってきたリオとオーリンが「わー、どこの店の話?」と興味津々で会話に加わる。

 ……ああ、そっか。二人が気に入ってるお店が一緒って、仕立て屋のことか。なるほど、だから雰囲気が同じになるのね。と、遅ればせながらカズハが会話の流れについて行けるようになった頃には、今度は最新の服のデザインの話になっており再びついていけなくなっていた。


 そんな朝食は仕事の合間であるということもあり、案外慌ただしく終わる。

 カズハのようにほぼ会話に入っていけない者がいても特に目立つこともないくらいだ。


 本格的に昼食の仕込みに入った後カズハが朝のパンの残りを確認してみる。

 うん。やっぱり結構残ってるな。この後昼食用にも新しく焼くはずで、これも結構残るんじゃないかと思われる。

 ちなみに、昼食の賄いはみんなで食べることがない。みんなは食堂の昼食提供が終わった後、外に食べに行ってしまうのだ。これが結構な楽しみになっているらしくリオも毎回今日はどこそこの新しい店に行く、とか明日は評判のいい店に行くけどちょっと遠いから時間までに帰ってこれるかちょっと心配、とか楽しそうに話している。


 そして、もはやカズハが誘われることはない。

 なにしろ、その費用がただ事じゃないのだ。……一度、そう正直に言ったところ「え、お金なら言えば隊長が出してくれるから良いんだよ?」という返事が返ってきて耳を疑った。……もしかしたらその食費を経費で落としている、ということなのかもしれなくて恐ろしくてそれ以上深くは聞いていない。

 残っているパンも下手すると潔く捨てられてしまうのだ。

 ここの運営費はどうなっているのか本当に恐ろしくて仕方ない。


 なので。

 朝食の残りのパンと昼食の残りのパン……これをうまく使う方法はこっそりとカズハの課題になっていた。



 カズハは昼食のスープを盛り付けながら騎士たちからそれとなく情報収集をしてみた。

 主に、話したことのある騎士相手なので情報は限られるのだが。

 つまり、デビッドとユリウスだ。

 でも、デビッドは結構あちこち走り回っているので彼から話が聞けるというのは大きいと思っている。ユリウスもそこそこ交友の幅が広そうなのでこれもまた。

 で。

 それとなく聞いてみた結果。


「やっぱりみんな午後はお腹空かせてるんじゃない!」

 昼食が終わりかけて調理場で片付けに専念しながらカズハが小さく呟いた。

 聞いたところによるとやはり午後にお腹が空くことが当たり前なのでみんな外で食べる事になっていて、その分のお金は騎士隊の費用として申請できるようになっているんだとか。

 最終的には食堂が一日中機能していつでも自由に利用できるようにしたいという目標はあるらしいが、食堂担当者の人数が少ないからそうもいかない、というのが現状らしい。


 いや……もう私たちがここで働き始めて二ヶ月以上経つのよ?

 そろそろ組織を調整し終わってある程度最初に計画していた形になっていてもいい頃だと思うんだけどな……。

 と思いつつも、一応、「今日は何か用意できると思うから午後、良かったら寄ってみて」と声をかけてみたのだ。


 そんなわけで、いつも通り、リオはみんなとどこかに食事をしに行ってカズハは一人で食堂で休憩、となり。

 勿論、カズハの昼食はここで作ったメニューの残り物だ。

 それだって十分美味しいし。これ、さらに残った分は捨てられちゃうのよね。


 ささっと食事を済ませた後、残っていたパンを集めてみる。なんなら昨日の夜の残りもある。

「うわ。結構な量だな……」

 つい独り言が漏れた。

 さすがに今日の夕食を賄えるほどの量とは言えないけれど、こんなに毎日残るんなら一回で作る量をもうちょっと減らしてもいいんじゃないかな、と思える。

 とりあえずその半分。主に今日の残りを取り分ける。

 パンは手にとって食べられるように手のひらサイズのものになっている。それに切り込みを入れて昼食の残りを挟み込んでみる。具材は塩漬けの鶏肉を茹でた物とサラダの残り。それからスライスした茹で卵。

 甘い物もあってもいいんじゃないかと思うので朝食で出していた林檎ジャムも挟んでみる。

 このジャムはカズハが作った物だ。

 朝食に出すカットフルーツはその場で消費してしまうのが鉄則だが、残った物を捨てるのももったいなくて簡単にできる範囲でジャムにしたりジュースにしたりしている。

 で。

 残った半分のパン。

 そのさらに半分は揚げパンにしようと思っていた。揚げてから砂糖をまぶす。簡単だけど小腹が減った人たちにはご馳走だと思う。

 そして残りの半分。

 こちらがパン屋で教えてもらったラスクにするもの。

 小さく刻みなおしたパンを低温のオーブンでさらに乾燥させる。で、鍋でバターとミルクと砂糖を煮詰めていき、乾燥させたパンをざっと入れてからめていく。

 で、広げて冷ます。


 そんなことをしていると。

「あ、ほんとだ。食堂、まだやってるんですね」

 なんていう声がかかった。

 カズハが調理場から顔を出すと騎士が一人食堂のドアから中を覗き込んでいる。南方によくある褐色の肌の若者だ。アッシュグレーの髪はサラサラで涼やかな目元の顔立ちはとても爽やか。

 後ろから「だろ?」と言って入ってきたのはデビッド。こちらは長めの黒髪を後ろでまとめて相変わらずキリッとした雰囲気の長身の若者だ。

「早速需要があったよ。ナーシルのところがさ、昼食に間に合わない時間帯の勤務なんだよ。いつも昼食は近くで買って公園とかで食べてるっていうから連れてきた!」

 デビッドが嬉しそうにそう言うので、カズハも嬉しくなる。

 なので出来上がったものを次々にテーブルに出すと。

「うわあ! 凄いですね!」

 ナーシルが目を輝かせた。

 そして。

「あれ? わー、本当だ! 食べていいんですか?」

 開けっぱなしにした食堂のドアから何人かの騎士が入ってくる。

 どうやらナーシルと一緒に勤務に当たっていたメンバーのようだ。

「どうぞどうぞ。余り物で作ったものばかりなので経費削減です!」

 カズハが笑う。


 結局最初に入ってきたのは4、5人程度だったがそのメンバーが楽しそうに飲み食いし始めたのでその音を聞きつけた騎士たちが中を覗き込むようになり、覗いたからには寄っていく、ということが繰り返されて。


「わー、全部なくなったわね……」

 カズハが思わず目を丸くした。

 作ったものが完全に全て、なくなった。

 ラスクなんて残ったものは少しずつみんながお持ち帰りしてしまうという事になり、完全に跡形もない。


 夕飯の仕込みにリオが戻ってくる頃にはいつも通り静かな食堂になっていた。


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