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黒猫

 


 なんだかビックリするくらい疲れてる。

 カズハがそう思いながら暗くなった道を歩く。


 仕事の帰り道。

 今日もいつも通り特に誰ともお喋りするでもなく、忙しいまま終わった。

 いつも通りリオはこの後誰かと約束があるとそそくさと食堂を出ていった。

 ……別に羨ましいわけじゃない。


「羨ましい、わけじゃないけどね」

 ポツリと呟いて、自分で自分のその声にびっくりした。

 酷く落ち込んだ、暗い声。ご丁寧に語尾が震えて。


 ふと歩くペースが落ちる。

 気がついたら怒りに任せたような急ぎ足になっている事に気がついて。

 歩調を緩めて深く息を吸って、吐いてみる。

 で、気づく。

「ああ、危うく通り過ぎるところだった」

 カズハはそう呟くと中に入っていく。

 公園の入り口だ。

 家の近くで見つけた公園。そちらからの入口は小さかったがこの帰り道で通る道からの入口は大きくて全く別の公園のように見える。むしろこっちが正式な入口なのだろう。つまり、結構広い公園だということだ。中を通ると近道になっている。


 ちょっと気を静めようとあえてのんびり歩いてみる。


 公園の中には所々にガス灯があってそんなに暗くもない。もちろん月明かりもある。

 昼間の賑やかな公園とはまったく違う。そんなところがまた気に入っている。

 ほのかな灯りにふわっと浮かび上がる木の枝の若葉も、足元の白い小径もなんだか幻想的だ。

 そして、静かだ。

 誰もいない。


 大勢いる中で一人なのと、誰もいないところで一人なのとは違う。


 そんな考えがふと頭に浮かんでカズハの足が完全に止まった。

「はああああ……ちょっと休んでいこう」

 手近なベンチを見つけてそっと座ってみる。

 なんだか、視界がぼやける。

 ……あれ、涙?

 自分でもビックリするくらい、涙が溢れてきた。


 こんな筈じゃなかった。

 新しい町、新しい仕事、新しい仲間。

 もっといろいろ楽しもうと思っていたのに。

 でも、だからといって、もしやり直しが効くとしても……やはり私は同じようにしか動けないし、同じようにしか話せない。

 避けられることじゃなかったのだ。


 ……もう!

 どうしたら良かったのよ!


 大抵、今までなら何か都合の悪い事態に発展するときにはその前に出来る筈の事があった。そしてそれが分かれば、謝るなりなんなりして事態をいわばやり直しできたのだ。

 大抵は誰にだって人情というものがある。きちんと謝れば許してもらえるし、行動を改めればそれはそれなりに評価される。

 そうやって事態を改善できた場合、新しく生まれた対人関係は修復され、うまくいけば前よりもっといい関係ができたりもするのだ。それができない場合でもベストを尽くしたあとは、もう自分に非はないと安心できる。誠心誠意、相手の立場に立って最善を尽くしてもそれが受け入れられないなら受け入れない方が悪い、と割り切れる。


 でも、改善しなければいけない事が思い浮かばないなら……どうすればいいんだろう。

 だって、私、この町ではあそこに住むしかなかったし、あそこから通うとなれば夜遅くまで遊んでるわけにはいかない。

 休みの日にだって今となってはもう誰も声をかけてきたりなんかしなくなった。

 声をかけて欲しいかといえば……それも違う。

 あの子たちのお喋りにはついていけない。

 きっと、一緒にいてもつまらないと思われる。つまらないどころか……きっと気まずい思いだってさせてしまうかもしれない。


 そこまで考えると、やっぱりため息が出る。

 いつものお決まりの思考パターンだ。


 と。

「にゃあ」

「……え?」

 小さな声がして、足元に柔らかいものが擦り寄ってきて……カズハの思考が中断された。

「にゃあ」

 もう一度小さな声がする。

「え……あ、ら。猫?」

 視線を落として、ついでにそっと屈み込むと、ベンチに座った自分の足元に黒い小柄な猫がいる。こちらを見上げた目は金色だ。

「え、え? やだ、可愛い!」

 いきなり手を出したら怖がらせてしまうだろうか、と思うので手は膝の上に乗せたまま上体だけ前に倒して地面の猫に顔を近づける。

 賢そうな目を見開いた猫は……柔らかそうな毛が向かい側のガス灯の灯りを浴びて無性に可愛い。小さいと思ったらどうやらまだ子供のようだ。

 まん丸の瞳と目が合うとその金色の目がわずかに細められ「にゃあおう」と甘えたような声を出す。

「なあに、お前、一人なの?」

 くすりと笑みを漏らしながらカズハがなるべく小さい声で優しく話しかけると、黒猫はもう一度足元に擦り寄ってからカズハの座っている場所に視線を移し、えいっとばかりに隣に飛び上がった。

「わ。凄い! ちゃんと跳べるのね」

 後ろ足を片方ずりっと落としながらも何事もなかったように尻尾をピンと立ててカズハのほうに歩み寄る黒猫は。

「え? ええ?」

 カズハの慌てたような声がつい大きくなってしまったが……そんな声にビックリする様子もなく、カズハの太腿に前足を掛けてそのまま膝の上に乗っかり……思わず背筋を伸ばしたカズハを見上げてもう一度「にゃあ」と鳴いた。



「うーん……連れてきちゃったけど……良かったかな」

 部屋に入って胸元に抱いている黒猫に目をやる。

 公園で「そろそろ帰るね」と声をかけて地面に下ろしてもすぐベンチの上に乗っかってきて膝に上がろうとする猫に笑いが止まらなくなったカズハは仕方なくそのまま抱き上げて歩き出した。

 歩いているうちに下に降りるようなそぶりでも見せてくれるだろうと思いながらゆっくり公園の出口まで歩いたところで猫は安心したように喉を鳴らし始めたりするので、そのまま連れ帰ってしまったのだ。

 で。

 取り敢えず、出て行きたくなったら自由に出て行けるように窓を少し開けた状態にしてバスルームに入った。


 なのに。

「えー……出て行かなかったの?」

 カズハがゆっくりシャワーを浴びてからバスルームから出てくると、黒猫はドアの前にちょこんと座ったままこちらを見上げている。

「こんなに人懐っこいのに飼い猫じゃないのかな?」

 そう言ってカズハがしゃがみ込むと黒猫は「にゃあ」と元気に鳴いた。

「……うちの子に、なる?」

「にゃあ!」

 ……えーと。

 意味わかってるわけじゃないよね……あ、そうか、お腹空いてたかな。


 とにかく出ていくそぶりを見せないので夕飯を作る。

 誰かの分も作ると思うと、ちょっと楽しい。

 ……たとえ猫でもね。


 騎士たちの夕食は時間がちょっと早い。朝が早いので全てが前倒しになるのだ。

 なので帰宅してから自分の夕食を作るのはそう慌ただしくはない。

 しかも明日は休日だ。

 そう思うといつもなら作る品数も多くなって自分を労うちょっとしたご馳走になっていた。

 でも今日は、なんだか猫に目がいってしまって気もそぞろになるので自分用は簡単なものだけ。

 野菜たっぷりのスープと昨日の残りのパン。

 パンは仕事の帰りに例のパン屋で安くなったのがあるといくつかまとめて買ってしまう。多少固くなってもスープに浸して食べるとか、パンプディングにするとか、卵液に浸してから焼く、とかできるので気にしていない。

 今日のパンは小さく切って最初からスープ皿の中に入れてしまう。

 パンがスープをほとんど吸ってしまうので柔らかいパン粥のようになって優しい味になる。

 それから猫用に一品。

「うーん、猫ってなに食べるんだろう。……子猫だけど……もう大きいしミルクじゃないよね……肉、かな?」

 なんて呟いて視線を足元に落とすと、黒猫は立てた尻尾をプルプルさせながら擦り寄ってくる。

 ……肉に反応したと思うのは……きっと気のせいよね。

 なんて自分に言い聞かせながら塩漬けの鶏肉を塩抜きして茹でる。

 茹で上がったところで水にさらして冷まし、身をほぐしてみて……小さめの皿に盛り付ける。


 黒猫は礼儀正しく、なのか「にゃあおう」と甘えたような声を出してから食事に付き合ってくれた。







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