祭りはダンスと……
そんなわけで。
カズハの休日をなるべく二人で心身共に健康的に過ごすべく、公園。
……ええ、いいんです。別に運動不足そうな猫を走らせようってんじゃありません。
「で、なんで公園なんだ?」
家から向かうと公園の入り口は小さいので着いたところで中の様子はほとんどわからない。
そんな入り口に差し掛かってヒシバが早速聞いてきた。
そわそわしているヒシバを見て、ああそうか、ここ彼と出会った場所でもあったな、なんてカズハはこっそり思う。
「うん……多分ね、そろそろやってると思うんだけど……」
敷地に入って少し歩くといつもより賑わっている、気がする。
なので、カズハも思わずニンマリ。
そう!
そろそろ収穫祭の時期なのだ。
自由な気風のこの辺の土地はもともとお祭りも好き。なので収穫祭自体はもう少し後にあるのだがこの時期は早々と今年の収穫を使った屋台があちこちに並ぶ。
最近のリオたちも昼の外食であちこちに出る屋台の食べ歩きや、雑貨の買い歩きに余念がない様子だった。時には路上でちょっとした楽器を持って演奏している人なんかが出ていたりもして、大きな通りはただ見て歩くだけでも楽しいらしい。
そんなわけだからこっそり「うちの近所の公園も屋台くらい出てないかなー」なんて思っていたのだ。
「お、屋台?」
入っていくと早速いくつかカラフルな布張りの屋根をつけた屋台が並んでいる。
「そう! 収穫祭が近くなるとこうなるらしいんだけど……あれ? 知らなかった?」
そういえばヒシバはこの公園にしばらく前からいたようなことを言ってなかったっけ、と思ってカズハが隣を歩くヒシバを見上げる。明るい日差しを受けているせいか落ち着いた金色の瞳が明るさを増して、ちょっとミステリアスな顔立ちに見える。
「あーそうか、収穫祭か。チビだった頃の記憶ってちょっと曖昧なとこもあってな。なんか騒がしくなる時期があるからここから離れてたことが何回かあった気がするな」
何かを思い出すように眉をしかめるヒシバに。
「え? お祭り、嫌いだった?」
思わず立ち止まってカズハが尋ねる。
苦手な場に引っ張り出してしまっただろうか。
と思えて。
「あ、いや、違う。祭りの時ってのはさ……あれだ、主に人間の子供が、な……」
「あ……そうか……」
子猫がいたら子供たちは大はしゃぎだろう。追いかけ回される黒猫の疲弊し切った様子が目に浮かぶようでカズハが苦笑する。
「えーと、今はもう大きくなったから大丈夫? それとも……もしまだ苦手なら……」
別に公園じゃなきゃ楽しめないというわけじゃないしね。
と思いながらカズハが思案げに声をかけると。
「っあ! 大丈夫だ! 今は別になんとも思ってねーから。だいたいこの格好ならガキだってそうそう近づいてこねーだろ。……それに」
慌てたようにヒシバが言葉を返し、最後にちょっと言い淀む。ので。
うん? とカズハが金色の瞳を見上げると。
「……いや、なんでもねー」
……なぜ照れる?
その明るい金色の瞳で照れる表情はちょっと威力が倍増ですけど?
カズハが思いっきり見てはいけないものを見てしまったという顔でうつむきながら肩を震わせる。
なんとなれば、頬をわずかに染めたヒシバはもう絶景だ。
もともと肌の色は真っ白という程ではないが赤くなるとすぐ分かる程度に白い。黒い髪はさらさらと肩にかかる程度のところで風を受けて揺れ、長めの前髪が顔に影を作っているとはいえ陽射しの下で見る整った顔立ちと明るい金色の瞳は、なんだか……どっかの物語に出てくる王子様だ。ラフな格好をしているとはいえ……ええ、胸元を大きく開けた、ちょっとその色気はなんのためだ、と突っ込みたくなる格好だとはいえ、なんなら昔のお貴族様ではないかというような雰囲気だ。
「……まぁ、嫌じゃないのなら……その辺の屋台を見て回ったり、食べ歩いたりとかしてみたいなー、と思ったんだけど」
小さく咳払いをしてからカズハがそう説明して、改めてヒシバの顔を見上げると。
「あー……うん。いいんじゃねーの……付き合うぞ我が主人」
金色の瞳がとろりと細められ、形のいい薄い唇が笑みを作った。
おお、これもまた格別だな。
なんだか胸がドキドキするし……!
もう、その辺で「わーい!」とか言ってくるくる回りたいかも知れない。
……落ち着け私。ヒシバは猫だ。
そんなわけでかなり機嫌のいいカズハはヒシバの腕を引っ張りながらあちこちの屋台を見て回り始めた。
屋台の数も結構多くて、花を売っていたり、豊穣を感謝するための小物を作って売っていたり、今年の収穫物で作ったジャムや焼き菓子、揚げ菓子なんかを売る屋台もあり、花壇の脇では弦楽器を手に楽しげな曲を奏でる人がいてその周りで子供たちがくるくると思い思いに踊っている。
「ああ、楽しそうだな」
ふ、と、ヒシバが微笑んだ。
それは陽だまりを思わせるような暖かさを感じる微笑みだ。
へぇ、本当に子供が苦手、というわけではないんだな。
なんてカズハは思う。
くるくると楽しそうにスカートを膨らませながら踊る少女やそんな少女と一緒に不器用にスキップしながら合わせて踊る少年たちが相当微笑ましいのだろう。
「なぁ、オレたちも踊らね?」
「……は?」
暖かい微笑みのままヒシバがカズハの方を向いたので、カズハがワントーン低い声で聞き返した。
「……あれを、私にやれ、と?」
不器用に踊っている子供達の輪を指差しながら半眼になって見上げると金色の瞳がさらにうっとりと細められた。
「……いや、無理だから」
さらなる笑みは肯定の印と、カズハが脱力しながら否定した。
そもそも。
こんなにテンポの速いジャカジャカした曲に合わせてステップなんか踏めませんから。子供達の調子っ外れなダンスだから楽しそうで微笑ましく見えるんであって、私がやったら可哀想すぎて涙を誘っちゃうからね。
と。
曲が一旦終わった。
で。
「……ほら」
ヒシバがすい、と手を差し出した。
曲は楽しそうな次のものに……先ほどより少し緩やかな曲に変わった。
「え……」
ワルツ、だ。
華やかで楽しげな曲に変わって、子供たちの周りで見ていた大人たちがダンスに加わりはじめる。
「ほら、いくぞ」
「え……わわ……っ」
カズハの手が少し強引に引かれ、勢いがついたままその腰に手が回る。
そしてそのままステップが踏み出された。
楽しげな曲は流れ続ける。
気が付くと奏者は一人から三人に増えており曲に奥行きができている。
さらには周りの人たちが次々にダンスに加わるので花壇の前にあるスペースはダンスフロアのようになっている。
「……ああ、上手いじゃねーか」
「はいはい、このくらいなら出来ますよ。私だって……」
嬉しそうに目を細めるヒシバにカズハが頬を赤らめながら答える。
上手いって言ってもね、ヒシバのリードが分かりやすいのよね。複雑なステップじゃないからただついていくだけで一応形になるし。
「うん、良かった」
とろりと笑ったヒシバに引き込まれそうになって息を呑んだ瞬間、くるりとカズハの体がターンしてワンピースの裾がふわっと広がった。
今日のためにちょっと手を入れて「とっておき」にしたワンピースだ。
いつもはシンプルで手入れのしやすい物ばかり着ているのだが、襟と裾にぐるりとレース地の白いリボンを縫い付けた。あまり着ていない落ち着いたピンク色のワンピースはそれでかなり雰囲気が変わった。あまり着ていないとはいえ少し着古したワンピースに縫い付けたリボンは昔母が着ていた服から外した物なので、そこだけ新品で目立つということもなくしっくりと馴染んでいる。
「お、綺麗だな」
「……っ!」
カズハが真っ赤になってうつむいた。
いや、せっかく服を新調したからその出来栄えをね、褒めてくれたのよね。これ、手直ししてるとこ見られてたんだろうな。うん。
なんとなく、服じゃなくて目を見て言われたような気がしたけれど……気のせい気のせい。
ヒシバは猫ですからね、気を確かに、私。
「はぁあ……疲れたー」
思いの外、一曲が長くて最後まで踊っていたカズハがフラフラしながら次の曲から逃れ、花壇の縁に座ると手を繋いだままついて来たヒシバが満足そうに笑った。
「でも楽しかっただろ?」
隣に腰を下ろしてこちらを覗き込んでくる瞳が綺麗でうっかり見惚れそうになりながら。
……いやいやいや。おかしいな、さっきからずっと見てるのになんっでこう、いちいちときめくかなぁ。
なんて自分に言い聞かせるカズハはもう無自覚で頬が赤く、口元に笑みが浮かんでいる。
「……そうね、楽しかったわ」
視線を逸らしたままそう言っても、楽しかったことは十分に伝わるだろうというくらいの嬉しそうな顔だ。
「なんか飲み物と食べ物、買ってきてやろうか?」
そう言うとヒシバが立ち上がった。出かける時にカズハがお金は今日使える分を少し取り分けてヒシバに預けてある。
一応、二人で歩いていて自分が支払うのは絵的に申し訳ないかな、と思ったのでこっそり気を使ったのだ。
「わ。じゃあ、揚げ菓子と飲み物!」
「はいよ」
満足げな笑みのままヒシバがくるりと背を向け小走りに去っていく。
そんな背中を見送りながら。
なんだか、私の方が楽しませてもらってるなぁ。
なんてカズハが大きく息を吐いた。
本当はいつも自分の都合に合わせさせているからヒシバに息抜きでもさせてあげようというのが目的だった。
なのに……ダンスでリメイクした服を褒める機会を作ってくれるとか、休んでる間に食べ物と飲み物を買ってきてくれるとか……デートだね、これは。女子のハートを鷲掴む系の。
……猫だけどね。
「……あ、カズハさん」
不意に名前を呼ばれてカズハが顔を上げると、朱色の騎士服姿のナーシル。
「え……あれ?」
「こんにちは。似てる人がいるな、と思って来てみたら……まさかこんな所で会うとは思いませんでした」
アッシュグレーの髪がさらりと揺れて、はにかむように笑顔が作られた。
ナーシルの手には紙に包まれたサンドイッチ。
ああそういえばサンドイッチの屋台もあったな、なんて思いながらカズハがその手を見ていると、ちょっと恥ずかしそうに笑ったナーシルが少し距離を空けてカズハの隣に座った。
……あ、絶妙な距離が紳士的。
なんてカズハが感心していると。
「これ、昼ごはんです。いつもなら食堂に行って何かいただく所なんですけど、今日は休みですもんね。僕の警備の場所がこの近くなんですよ」
「あ、あー! なるほど」
そうか。ナーシルがいつも昼食に間に合わないというのはこっちでの勤務の後に寮の食堂に来るからというのもあるのか。そりゃ、ここじゃだいぶ遠いわ。なにしろ私の家の近くだし。
「うわーそうだったのね。こんな僻地での任務お疲れ様ですー」
「僻地……って。カズハさんの住んでる家この近くでしょう?」
「ええ……僻地に住んでます」
ふふふ、と自虐的な笑いを浮かべながらカズハが答えるとナーシルがぷっと吹き出した。そして。
「でもこんな遠くから毎日仕事に通ってくれているんだから、感謝してますよ。そのおかげで僕たちもおいしい食事ができるんですし」
改まったような顔になってナーシルが軽く頭を下げた。
ので。
「いえいえ! そんな」
「にゃあおう」
「……へぇっ?」
思わぬ褒め言葉に思い切り照れながら謙遜しているカズハの後ろで知ったような鳴き声がして、勢いでカズハは変な声を上げた。
「あれ、猫、ですね」
ナーシルが目を丸くしている。
うん、こんな所で猫がやたら人懐っこく声を上げながらすり寄って来たら、目を丸くするわね。……しかも、花壇の縁に飛び乗ってそこから私の肘の内側に頭を擦り付けながら腕を上げさせて膝に上がり込むなんて事になったら……そりゃ、どんだけ慣れてるんだ! ってなるわ。
「……ヒシバ、何? どうしたのあんた」
膝の上に乗った黒猫はカズハの顎のあたりめがけて頭突きまがいに頭を擦り付ける。
その仕草が可愛くて、そして思いの外温かい黒い頭が気持ち良くてカズハはそのまま頬擦りしながら笑ってしまう。
「飼い猫……ですか?」
目を丸くしたナーシルが声をかけて来た。
ので。
「そうなの! この子私の……お気に入りー!」
あれ、今、私の……何って言おうとしたんだろう。
一瞬言葉に詰まりながらカズハが笑顔のまま「お気に入り」という言葉を選ぶと膝の上の黒猫が得意げに「にゃあおう!」と鳴いた。
どうやらその紹介の仕方は気に入ったらしい。
「そうなんですね。よろしく、ヒシバ……君、かな?」
ナーシルが目を細めて軽く会釈をすると鼻先を上げたヒシバがふん、と鼻を鳴らした。
なんとなくその様子が面白くてカズハはつい笑い出す。
と。
つられるようにナーシルもくすくす笑って。
「いい笑顔で笑うようになりましたね」
はい?
カズハがそちらに目を向けると、ナーシルが立ち上がってこちらに軽く頭を下げ。
「じゃ、僕はこれで」
と、言うとくるりと背を向けて歩き出した。サンドイッチは……歩きながら食べているようだ。
そんなナーシルを見送りながらカズハは。
……そうか……そう言われてみれば私、仕事の時ってあんまり笑ってなかったかもしれない。
なんて思いながらまだ緩んだままの頬を両手で包んだ。




