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仕事仲間たち

 


 数日を近所の探索に当てた後、仕事の顔合わせの日が来た。


 緊張気味のカズハが騎士隊の寮に到着すると、意外にそこは静まり返っていた。

「まぁ、時間帯が時間帯だものね。騎士なんて仕事で出払ってるか……」

 誰にともなく呟いて顔合わせの場所に指定されている食堂を探す。


 午前中のちょっと遅い時間。

 朝が早い騎士にとっては朝食を終えて、午前の仕事に入ってかなり経つような時間帯だろう。


 以前なら敵の襲撃から人々を守るため、居住地の外回りを交代で見張るのが一番一般的な仕事だった。それに続いて常に戦える態勢を整えておく、とかそうしながら居住地の内側の安全管理。これは人同士のいざこざを収めるという「安全な」仕事だ。

 あとは騎士の需要として衣食住の管理のために下級騎士が働いた。下級騎士というのは三級騎士だ。


 で、今回騎士の寮の世話係、なんていうわりと漠然とした仕事を紹介されたが騎士の生活を知っているカズハにはある程度予想がついた。

 二級以下の騎士がいなくなった今、三級騎士がやっていた雑用をするための仕事が必要なのだろう。

 寮を機能させるということは、騎士隊の経費をなるべく抑えたいということだ。

 騎士が自分の衣食住を給金で賄おうとすると、純粋に自分のためだけに使える分が少なくなりすぎるということだろう。大きな都市なら騎士のための資金はあってもこういう町はわりと貧しい。しかも新しい町ともなれば色々確立されていないこともあるはずだ。

 寮で生活を支えて経費を抑えれば騎士たちは働きに見合った収入を確保できるので、町としても必要な人数の騎士を維持できる。……つまり騎士が収入が少ないという理由で辞めてしまうのを防ぐ事ができる。


「つまり、掃除係か洗濯係、もしくは調理人が必要……ってことよねー……あ、あった」

 小さく呟きながら寮の廊下の行き当たったところに食堂のドアを見つけてカズハが一度大きく息を吸う。


「あ! いらっしゃーい!」

 ドアを開けると同時に明るい声が響いた。

 いくつも並んだ食堂のテーブルの一つに数人の女の子が座っており、そのうちの一人が顔をあげてこちらに笑いかけている。

 座っていてもわかる背の高い女の子だ。明るい茶色の髪はしなやかにウェーブがかかっていて艶々。テーブルに両腕を組んだように乗せた上に身を乗り出しているせいで……豊かな胸元が……うん、とっても羨ましい。

 つられるように振り向いた向かいに座る女の子二人はちょっと対照的、一人はぽっちゃりと可愛らしい雰囲気でこちらを見てすぐに笑顔を作り、もう一人はほっそりした体型に神経質そうな笑顔だ。

「ねぇねぇ、寮の世話係の顔合わせに来た人でしょ? 私たちもそうなんだ! ここに座らない?」

 と、最初に声をかけてきた女の子が自分の隣の空いた席を示すのでカズハがいそいそとそちらに回り込んで軽く頭を下げる。

「ありがとう。私、カズハ。ハザルから来たの。皆さんは?」

 最初は笑顔が肝心! と、緊張を隠しながら作った笑顔で尋ねてみる。

「私、リオ。すぐ隣の町から来たのよ。で、こっちがミカリアで、お隣はアイシアだって」

 綺麗なウェーブの長い髪を肩の後ろに軽く払いながら華やかに笑うリオは順番に目の前の二人を紹介する。

「私はね、もともとここに住んでるの。夫が騎士でね。出身もこの町だからわからないことがあったらなんでも聞いてね」

 ミカリア、と紹介されたぽっちゃり体型の女の子がそう言うと得意げな笑顔になった。

 そんなミカリアに隣のアイシアが小さく頷いて。

「私も川向こうの町から来たからここのことはよく分からなくて。ミカリアさんがいてくれて良かった」

 とぎこちなく笑った。

「で、ハザルって、どこ?」

 リオが屈託のない笑顔のままカズハの方に向き直る。

 あ、そっか……。

 カズハが思い出したように背筋を伸ばす。


 人は大抵町や都市、もしくは村を名前で呼ばない。

 これは長く続いた危険な時代のせいでもある。なにしろ町や村、都市なんていう居住地の外は基本的に危ないので行き来する人がほぼいなかったのだ。なのでそういう場所を名前で呼ぶ必要がなかった。

 隣の町、とか川向こうの町、谷間の村、山間の町なんていう感じで自分がいる場所を中心に大体どの辺の町や村なのかがわかればそれで大抵の話は通じる。

 さらに都市ともなれば数が少ないから東方の都市といえば東の都市の近くの幾つかの都市のどれかなんだろうな、くらいのことはわかるし、今だったら南方の都市といえば滅んでしまった南の都市の近くにあって残っている都市なんて一つしかないから、ああ、あそこかとすぐわかる。


 なので。

「えっと……ここよりもう少し東の町よ。東の森の外れで川との間あたりにあるんだけど」

 地理に詳しくないと分からないかな、東の森、と呼ばれている森はこの近くでは南の樹海に並んだ大きな森だからみんな知ってると思うんだけどな……なんて思いながらカズハが辿々しく答えると。

「あ……知ってる、かも。一番近くの都市はアイゼン?」

 小さな声が目の前で上がった。アイシアだ。

「あ! そう! アイゼンを知ってるのね!」

 カズハが目を輝かせたのでアイシアが安心したような笑顔になった。

 都市の中では東の都市の一番近くにあるのがアイゼンだ。

「兄がそこで騎士として働いていたの。東方の都市と区別するのにあそこはよく名前を使ってたから」

 そう言ってはにかむアイシアに、ミカリアがころころと笑い出した。

「そうなんだー、でもアイゼンはみんな知ってるよね? この町を援助してくれてる都市だし」

 なんて付け足す。

「あ、そうなんだ。私名前までは知らなかったよ」

 と答えるリオに「そう?」とミカリアはちょっと得意げだ。そんな様子にアイシアが笑みを少し引っ込めた。


 あー、これ……そうか、気付かないかなー……自分が知っていたことを「みんな知ってて当たり前」みたいに言われたアイシアは萎縮しちゃってる感じなんだけど。リオに至っては……多分、素で「知らなかったー、ミカリアすごーい」っていう感じだったな。でも、これ、ミカリアの態度の裏にも悪意は無さそう。アイシアへの眼差しにはちゃんと優しさがあるから……まぁ、いじめに発展するとかはなさそうだから大丈夫、かな。


 なんて三人の人となりを観察してしまうカズハは、小さくこっそりため息をついてしまう。

 こんな風に周りの人の立ち位置を確認するように見てしまうのはもう、習慣のようになっている。それは何かあったときに自分が動いてその場の収拾をつけなくては、なんていう意識が常にあるせい。


 そんなやり取りの中、集まるべき人たちは全員集まった。

 全部で七人。

 リオ、ミカリア、アイシア、カズハの後から来たのが最年長と思えるナリア、ナリアの友達らしいルキア、華やかな雰囲気のオーリンだ。

 ナリアは見たところ四十代半ば。三十になるカズハの他はみんな二十代前半くらいの可愛い華やかな世代だ。


 みんなが集まったところで騎士隊の隊長というキースという男が妻と共に入ってきた。

「隊長ってああ見えて結構若いんだよ」

 隣のリオがカズハにこっそり耳打ちする。目配せする先にはミカリアがいて、ああ彼女からの情報かな、とカズハも察する。

 見た感じナリアと同年代かなと思えるキースだが妻だというマナを見るとカズハはこちらは自分と同年代じゃないかという気がしていた。

 ……つまり歳の差カップルじゃなくて、あれで同年代の夫婦なんだろうな。


 隊長からの話は仕事の分担。

 カズハが予想した通り、仕事内容は掃除と洗濯と調理だった。

 カズハはリオと共に調理場担当。ミカリアとオーリンは洗濯、ナリアとアイシアとルキアは掃除ということになった。

 寮を使っている騎士隊メンバーは総勢で三十人くらいというからそうきつい仕事ではないだろう。とはいえ寮自体はもっと大勢を収容可能な広さなので、掃除の方に人数が割かれているという単純計算。

 ちなみにキースの妻マナが寮での監督役を務めるということでの顔合わせだった。

 仕事始めの日取りと、当日の朝に簡単な打ち合わせをするという話があって解散となる。



「カズハ、仕事一緒だね!」

 隊長が食堂を出ていくと同時にリオが笑顔を向けてきた。

 なのでカズハもつられて笑顔になって頷いてみせる。

「ねぇ、カズハってどこに住んでるの?」

 矢継ぎ早に興奮気味の声を上げるリオに。

「えーっと、街の北の外れの方かな。この町ってまだ来たばっかりだから全体がまだよく分からないんだけど、近くに大きな公園があったよ」

 相手が完全に年下なので言葉遣いに気を使わなくて良さそうでカズハの返事も砕けた雰囲気になる。

「え……北の外れ、かぁ……」

 途端にリオの声の調子が下がった。

「そうなんだー。あの公園より向こうなんだね……このメンバーでは一番住んでるところ遠いんじゃない?」

 続いてすぐ後ろでミカリアが声を上げた。

「あの辺って、移住者専用の家が結構あるんだよね。安いんでしょ?」

 訳知り顔で話に加わってきたのはルキアだ。

「うん、そうね。前の都市で出た退職金に見合った所で生活しようと思ったらあの辺が最適だったんだけど……」

 そうか、まぁ確かに他と比較とかしないでほぼ即決したけど、あの辺って安い所なんだ。

「前いた所?」

「退職金?」

 なんだかみんなの興味がカズハの経済状態と経歴に向いてきたようだ。


 そんなわけで。

 女子というのは情報収集能力が高いのかもしれない。

 あっという間にお互いの情報を集めて整理して……これは順位付け、的なことだろうか。


 つまり。

 みんなが整理した情報によれば。

 カズハ以外は割と経済的にゆとりがある生活をしているようだ。

 前にいた町での騎士としての給金や、そこから通って勤めていた都市の給金はかなり良かったらしくて退職金もかなり出たと。

 ミカリアとナリアに関しては夫がおり、ミカリアの夫はこの町の騎士だからこの寮に夫婦で住んでいる。ちゃんと妻帯者用の部屋もあるのだ。だから衣食住の内、食と住に関してはお金をかける必要のない身。

 ナリアの夫は近隣都市の退役軍人で、その退職金で夫がこの町の畑地を買ったのだとか。あとは当面の生活にゆとりをもつためにここでの仕事を紹介されたとか。このメンバーで唯一騎士の経験がないのはナリアだ。

 意外なことに……なんて言ったら失礼なんだけど、神経質そうで気弱そうなアイシアでさえ元騎士だった。どうやら三級止まりだったらしいのだが。


「退職金なんて家を買っちゃったらあとはそんなに残らないもんね。しょうがないよー。でも安くていい家を買えたらあとはゆったり生活できるから良いよねー」

 うんうん、わかるわかる。と頷きながらルキアが同情の目を向けてきた。

「あ、あはは、そうだね……」

 今、家を買うって言った? 家は借りるものなのよ?

 退職金で家なんか買ったらお金、全部無くなっちゃうよ? 翌日から食べる物も生活必需品も買えなくなっちゃうんだけど。

 ……みんな一体どんだけ退職金貰ってるんだろう……。


 カズハが軽く頭を抱えそうになっているところに。

「ねぇねぇ、カズハも一緒に行くでしょ?」

 高揚し切った声音のリオが声をかけてきた。

「え? 行くってどこに?」

 我に返ってカズハが顔を上げると。

「え、あ! 聞いてなかった? 明日ね、親睦会を兼ねてみんなでご飯を食べに行こうっていう話になってて。町の北の方じゃあんまりいい店ないでしょ? ここの近くってちょっとおしゃれな店とか美味しいお店がいっぱいあるからさ、カズハも行こうよ!」

「え……」

 ああなるほど。

 そうか、騎士隊の寮があるような場所という事はこの辺は賑わっているということだ。警備が特に必要な区画も近くにあるんだろう。

 で、そうなると、人がたくさん行き来するから町の中でも発展するのはこの辺りが中心、ということか。

 そういえば今日、ここにくる間の道でもそんな感じがした。

 大通りがあるのはこの辺りだけだ。うちの方は便利そうな通りといってもこっちの方ほど賑わってはいないちょっと静かな通りだった。

 ……私はこっちよりうちの近所の方が好きだけど。

 などと一瞬考えてから。

「ああ……えーと、ごめんね。私、明日用事があって」

 眉間にしわを寄せながらカズハが答える。


 明日といえば。

 先日のパン屋では、あの日の夕方、帰宅途中に寄ったら奥様とも仲良くなれてしまったのだ。そして、明日は店の定休日ということで近くで良心的に食材を売ってくれている店を幾つか教えてあげると言ってもらっているのだ。


「ええー、そうなの? 時間合わせるからどっかで合流しない?」

 とっても可愛らしく唇をすぼめるリオは心底残念そうな声を出した。

「んー……多分無理だと思う……」

 カズハが考え込みながら答える。

 だってね、うちの方とこの辺りじゃ結構距離がある。うちの用事が終わってから合流するとかそんな時間の微調整、できるはずがない。……ってわかりそうなもんだけどなぁ……。

 と。

「そっか。じゃ、しょうがないよね。また今度機会があったら一緒にご飯食べようね!」

 こちらを覗き込むように首を傾げていたリオがパッと笑顔に戻って背中を向けた。

 そしてそのまま会話が弾んでいるみんなの輪の中へ。


 おー……あっさりしたもんだったな。

 いや、いいんだけど。ここで食い下がられても無理なもんは無理だし。

 ……あれかな。これって都会の人の反応なのかな。あっさりとしてて合理的、みたいな。もしくは……社交辞令、的な?



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