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比較してはいけない。

 


 カズハはそのまま数日寝込んだ。

 ヒシバは素直に休もうとしないカズハに呆れ果て、最終的には監視するようにベッドに張り付くようになり。

 目が覚めると必ず人の姿でそばにいるヒシバにカズハは最終的には色々諦めて甘えることとなり。


「仕事はちゃんと休めるんだからゆっくり寝とけ」

「あーそういえば……あのメモ、どこに持っていったの?」

 お腹の調子に合わせてスープや粥から固形の食事まで作ってくれるヒシバに申し訳ないと思いつつも、ベッドの中からカズハが尋ねると。

「ああ、あれな。ほらこないだ来たユリウスって奴いただろ? 取り敢えずあいつにまとわりついて読ませておいた」

 そう言うとヒシバがベッドの縁に腰を下ろしてカズハの顔を見下ろしながらにっと笑う。

「え……ユリウス……?」

 うわ……なんか、その名前で思い出したくないあれこれを思い出してしまった……。

 と、つい顔色が悪くなるカズハに。

「……オレが知ってるのあいつくらいだったからさ。まぁ、あっちは子猫だったときのオレしか知らないだろうからオレに反応するのに時間かかってめんどくさかったけどな……」

 ヒシバはヒシバでなんだか顔色が悪い。

 ……もしかして、気が進まない中で思いっきり懐いたフリでもしたんだろうか。

 無理矢理甘えたような態度を取っているヒシバを想像したカズハが眉をしかめて苦笑を堪えた。

「……で、どんな感じだった?」

 笑ってしまうのも申し訳ないので視線を逸らしながら聞き返すと。

「あー……まぁ、まずびっくりしてたな」

 そりゃそうだろう。猫がお使いするなんてまずないからね。

「で、えっらい機嫌よくオレの頭撫でようとするから一発……爪出しちまったけど……まぁ、あのメモはそのまま誰かに渡してたぞ。あの感じだとちゃんと通じてると思うけど」

 お。凄い。ちゃんと通じたんだ。そして、爪出したのか。……うん、なんとなくその経緯が想像できる気がする。

「そしてあいつは、完全にカズハの家が猫屋敷かなんかだと思ったな……」

 あ……そうか、似たような猫二匹目が職場に遠征……。他にも色々いると思われてもおかしくないか……。

「ま、いいわよ。人化したあなたがあそこに行くくらいなら猫屋敷だって思われる方が気が楽……」

「ふーん……」

 つい漏れたカズハの一言にヒシバが意味ありげに頷いた、ので。

「あ……!」

 しまった。この妙な独占欲、まさか口をついて出てしまうなんて!

 と、カズハの頬が赤くなっていく。

「……あのさ」

 そんなカズハの横に手をついてヒシバが覆いかぶさるように顔を近づけてきた。息が掛かりそうな距離で金色の目が細められる。

「……っ!」

 その至近距離にカズハの鼓動が跳ねた。

 ち、近いっ! 猫ならともかくこんな……こんな色気だだ漏れの綺麗な顔を……近づけないでっ!

 という心の叫びは届きそうもなく、くすりと笑われる。

「オレ、聖獣だからな。主人と認めた相手以外の前でわざわざ人化なんかしないから心配すんな」

「……ハイ」



 そんなこんなで数日をヒシバに甘え切って過ごしたあと、久々の出勤となったカズハは。


「あー! おはよーカズハ!」

「カズハさん、おはようございまーす」

 上機嫌なリオとユリカに迎えられ。

「えーと……にぎやか、ね……」

 今までと違う調理場にカズハが目を丸くした。


 なにしろ。

 作業に当たっているリオとユリカの他に数人の騎士が入っている。

「これ、どこにおきますか?」

「このイモ、洗って皮剥きすればいいんですよね?」

 なんて確認する若者にリオとユリカが楽しそうに指示を出している。


「そうなの! ユリカがね、すっごいおもしろくてさ、暇にしてる騎士たちをここに引っ張り込んで手伝わせてるの。みんな楽しそうにやってくれてるからこっちも助かっちゃってー!」

 リオがカズハに近付いて楽しそうにこっそり教えてくれる。

「わー、そうなんだ」

 なるほど、あの明るい感じで上手いこと人材を引き込んだんだな……。

 と、言われればなんとなく納得できる。そして本人たちが楽しくやっていて他の仕事に支障がないのなら問題でもないのだろう。

 そう思ってカズハも自分の作業に入った。


 人数が増えた上、朝は動きがイマイチ鈍かったリオも騎士が調理場に入ってきたおかげなのか朝から上機嫌で動くようになって、仕事が捗るようになった。

 聞けば、昼食の提供も始まったらしい。

 さすがに日中は騎士たちのお手伝いはないらしいが、それでも朝の手伝いがあるだけでかなり仕事が捗るのだ。次の食事のための下ごしらえもしっかりできるようになった。


 そんなわけで、朝食の提供が終わって世話係の女子たちが集まってくる賄い朝食まであっという間に仕事が進んだ。


「あ、カズハ。元気になったのね」

 とミカリアが声を上げると。

「あ、ほんとだー。具合悪かったんだって? 大変だったねー」

 とルキアが笑顔になった。

「あれ、そうか……カズハさんずっと休んでたんですね。具合悪かったんですか?」

 と、アイシアがこそっと尋ねてくるのでカズハが「ちょっとね」なんて答えると。

「なんかユリカが来たらかなり賑やかでさー、毎朝圧倒されっぱなしだったのよねー」

 とオーリンがリオとくすくす笑いながらユリカを見やる。

「えー! ちょっとー! なんですかそれ。私一人でうるさいみたいじゃないですかー!」

 酷いなー、なんて笑うユリカは朝からずっと何かしら喋りっぱなしで……確かにこれは賑やかだろうな、と、カズハも苦笑した。

「いや、でもさー。具合悪いんだったら無理しないようにしないとねー。私も体調悪くなることあるから分かるわー」

 サラダを自分用に取り分けながらルキアが声を上げた。

「ありがとう。もう大丈夫よ。ちゃんと休んだから」

 強制的に休まされたからね……。

 そう思うとカズハの笑みも深くなる。

「よかったねー。言ってくれればお見舞いにもいくからね」

 オーリンがパンをちぎりながらカズハの方に視線を向けるのでアイシアもうんうんと頷いた。

「そうだよね。もう、カズハって何も言ってこなかったよねー」

 リオもお茶を飲みながら頷くので。

 ……いや、具合悪い時に色々言いにはいけないから。寝てるので精一杯だったし。ヒシバをお使いに出せただけいい方だと思うんだけど。

 と思いながらカズハが苦笑する。

「あ、そうだ。何かして欲しいことがあったら言いに来てね。私けっこうフットワーク軽いんだよ?」

 とミカリアが声をかけてくる。

「あ……うん、ありがとう」

 カズハがミカリアの方に笑顔を向けながら答えると。

「もうさー、カズハの家って遠いんだよね。わざわざ行くのなんて大変だもんねー。……ああ、魔法陣があったらすぐ行くんだけどなー」

 さらにミカリアが明るく言い放ってアイシアと意味ありげな笑いを交わした。

 アイシアも「ああ! 魔法陣! そしたら北の方の家にもすぐ行けますねー」なんて言いながら笑う。


 そんなやり取りを見ながらカズハは。


 私……心がだいぶ荒んできたかな。

 全然喜べない……。

 今のって、全く悪意のない、暖かい、気遣いの言葉だったんだよね……。


 と、こっそり眉をしかめた。


 なんとなく、比べてしまうのだ。

 よくないとは思う。比較し始めたらどんどん消極的な見方しかできなくなるものだ。でも。


 田舎の町だったハザルはもっとみんなが親切だった。

 親切というのも質が違う。本物の親切だと、思った。

 例えば、母が亡くなった時。

 何も手につかなくてどうしていいかわからなかった時に、近所のおばさんたちは強引に押しかけてきて食事の用意をしてくれた。何も手につかない様子を見て取って、頼む前から掃除も洗濯もやってくれた。

 そんな様子に感動して、私も自分から動くようになったのだ。

 近所の人が具合が悪いと聞けば、すぐに差し入れを持っていく。買い物が出来ていないなと思ったら自分の買い物のついでだからと気を使わせないように色々理由を付けて一緒に見繕ったものを買って来てあげて、それとなく次に買ってきたらいいものを聞き出して。

 診療所に行くのに息子の休暇を待つというおばさんのために馬車を呼んであげたこともあった。

 本当に困っている時に、人は助けを求められないものなのだ。

 そういう事を、あの町の人はよく知っていた。

 そういう時こそ、自分から動いて「あなたは私にとって大事な人ですよ」っていう気持ちを伝える必要があるのだ。そんな事を……あの町の人たちから教えてもらった。

 だから、騎士隊にいても周りの人に気配りするのも当たり前のようにできて仕事は円滑に回った。

 だから、近所の人とも仲良くできて、困っている時には何も言わなくてもいつも助けてもらえた。

 ……あの子が来るまでは、そんな風に色々楽しくて仕方ない環境だったのだ。


 だいたい。

「何も言ってこないから何もしない」なんてそんなのありえない。

「魔法陣があれば」って、あるかそんなもん。そうか、なくて残念だったね。そういうのはフットワーク軽いとは言わないんだよ。

 全部、自分が何もしないことへの言い訳じゃないか。


 ……まぁ、こんな風に思ってしまう私の心の方が病んでいるんだと思うんだけどね。

 社交辞令なんだと思うし。

 この町は……多分構成している住人が田舎から来た人たちじゃないから、そういう田舎ならではの人との繋がりを知らない子たちばっかりなのかもしれないな、とも思うし。


 こっそりついたため息は案外深く、カズハは自分でもちょっと、驚いた。














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