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悪意のない刺

 


「おはよー」

 今日も一日がんばろー。

 などと自分に言い聞かせながら調理場に入ったカズハの声に。

「あっ! カズハ! おはよー!」

 いきなり物凄い声量のリオが振り返った。


 あら、珍しい。やけに意識がはっきりしているご様子で。なんだか今日は私の方が朝から疲れ気味だというのに……。はぁもう少し黒猫と一緒に寝てたかったなぁ……。

 そんな若干疲れ気味のカズハにリオが駆け寄ってきて。

「ねぇねぇ! カズハ昨日北の喫茶店行ってたよね! あの古くてお洒落な感じの喫茶店!」

「え? あ、ああそうね。行った……わね」

 勢いに飲まれながらカズハが答えると。

「一緒にいた人誰っ? すっごいかっこいい人一緒だったでしょ!」

「っあー……」

 なんでこんなに食い気味で話しかけられたのか理解しかけてカズハの目が泳いだ。

 で。

「え……あれ? リオ、あの喫茶店にいたの?」

 思わず聞き返す。

「そう! 昨日はさ、ちょっと北の方にもお店探しに行こうって話してて、ミカリアとオーリンが一緒だったよ!」

「あ、そうなんだ……」

 いやまさか、うちの方まで遠征なさっていたなんて。

 カズハの脳裏にそんな言葉が浮かび、さらに期待に満ちたリオの輝く目が……突き刺さる。

「あ……えーっとあの子は、ね……」

「うんうん!」

 ものすごく食い気味で、もうかじりつかれるんじゃないかという勢いで身を乗り出すリオになんと言っていいかもうよく分からないカズハは。

「……えーと……トモダチ、デス」

 妙なカタコトで答えていた。


 リオは色々聞きたいのだろうが、まぁ、仕事がある。

 それを口実にカズハはリオを急き立ててどうにか難を逃れ、そのまま騎士たちが食事に入ってくる時間になったので一安心しながら仕事に専念。そして、次は女の子たちの賄い朝ご飯。


「ねぇねぇ! 今度こそゆっくり話してよ。あの男の子誰だったの? どこで知り合ったの?」

 席につくなり身を乗り出してくるリオは他のメンバーの関心事をもかっさらう勢いだ。

 いや、正確には他のメンバーもどうやら事情を知っているようでリオが口火を切るのを待っていた、といったところらしい。

「いや……えっと……だから友達だって。ちょっと前に近くの公園で知り合って……」

 ……うん、一応嘘ではないな。

 と、カズハはつい頭の中で確認しながら食事に手を伸ばす。

 全員の視線がカズハの一挙一動に張り付いているのでなんだか緊張する。

「へーそうなんだー。でもさ、カズハってユリウスと付き合ってるんじゃなかった?」

「はいっ?」

 ミカリアがパンをちぎりながらカズハの方にちらりと視線を送ってくるのでカズハがそのセリフの内容に飛び上がらんばかりに驚いて聞き返した。

「あ、そうそう! ユリウスいないところであんなかっこいい人と一緒にいたらダメなんじゃない? しかも二人っきりでさー。浮気って思われちゃうよー?」

 便乗するようにオーリンがうふふと笑う。

「いや、だから、誰が誰と付き合ってるって?」

 愕然とした顔でカズハがテーブルを囲むメンバーを見回す。

「あれ? カズハってユリウスのこと好きだったよね? ユリウスもよくカズハに話しかけてたじゃない?」

 隣に座っていたリオがサラダを食べる手を止めてこちらをまじまじと見てそう言うので。

「はぁ? ないないない! 私付き合ってないし、そもそも好きだなんて一言も言ってないけど!」

 怖いけど! なにこの噂の広まり方。物凄く怖いけど! なにが原因? 誰が情報発信源?

「えー違うんだー……」

 ルキアがつまらなそうにそう言うとスープを口に運ぶ。

「私……ナリアにも話しちゃったけど……」

「ああ、大丈夫、多分アイシアが言わなくても知ってたと思うよ? マナさんだってその話知ってたからさ」

 アイシアがゾッとするような一言をこぼし、それをフォローするルキアの言葉も恐ろしい。


 そしてカズハは茫然自失になった。



 茫然自失のまま、いつも通り作業をこなして残り物で午後の賄い提供のためのあれこれを作って騎士たちに出し……休憩を終えたリオがそろそろ帰ってくるかな、と片付けを始める。

 そういえば、ユリウスは今日は来なかったな、なんて思いながら。

 ……いや、よかった。あんな話を聞いてしまった後だとまともに顔が見れないような気もするし。そもそも彼はその噂を知っているのだろうか、とも思うし……なんだかそういうことを考えているとひどく疲れてくる。


「はあああっ」

 ちょっと大きめのため息をついたところで。

「たっだいまー、カズハ!」

 楽しげなリオが帰ってきた。

「ああ、おかえり」

 今日はいつもよりちょっと早いかな、なんて思いながら振り返ると。

「はじめまして! ユリカといいます!」

 リオの隣にもう一人女の子がいる。

「え?」

 思わずカズハが目を見開いて食堂のテーブルを拭く手を止めると。

「さっきマナさんから紹介されたの。ここ、ほら忙しいでしょ? だから増員だって! ここの仕事の説明しなきゃいけないからちょっと早く帰ってきたよ」

「あ……そう、なの?」

 いきなりの話に驚くも、確かに人数が多ければ昼食の提供も出来るだろうし、とカズハは納得した。

 と。

「ねぇねぇ、今日はユリウス来た?」

「へ?」

 悪戯っぽい目でリオが尋ねてくる、ので、カズハが目を眇めて聞き返した。

 ユリカはリオの楽しそうな雰囲気に興味深そうに大きめの目を見開いている。はっきりとした華やかな顔立ちはリオやオーリンと雰囲気が少し似ている。背中まで伸ばした髪は黒くて二人のような柔らかい雰囲気とは違うが、目尻が少し下がった大きな瞳は人懐っこそうで親しみが持てる。

 背の高いリオの隣にいると幼くも見えるが、多分同年代だろう。

「いやーあんな話をした後だからさ、何か進展でもあるんじゃないかと思ってー」

 わざとらしく人の悪そうな笑みを浮かべてそんなことを言うリオは、絶対なにかを勘違いした上で、楽しんでいる。

 と思えるので。

「あのね! 私はユリウスのことを好きとかじゃないから! どこをどう間違うとそういう発想になるのよ!」

 と、カズハはかなり力強く言い放った。

 で。

 意外にもリオがサッと真顔になった。


 ふん。ようやく私が迷惑してるってわかったかしら。もう本当にいい加減にしてほしい!

 と、カズハがため息を吐くと。


「あ! 何かご用ですか?」

 と、ユリカが満面の笑みでカズハの後方に声をかける。

 ので。

 カズハが振り返ると。

「……!」

 嘘でしょ。

 絵に描いたように表情をなくしたユリウスと隣にナーシル。

「あの、少し遅くなってしまったんですが……まだ何か残ってるかな、と思って来たんですが……もう終わっちゃったみたいですね」

 言葉が出ないらしいユリウスの代わりにナーシルが口を開いた。

「え、あ! ああ、そうね、ごめんなさい、もう全部終わってしまったの。これから夕食の支度に入るんですけど……それまで待てそう?」

 慌てたようにカズハが答えると。

「あー、そうですよね。分かりました! ではまた後で来ますね!」

 と、若干引きつったままの笑顔でナーシルが答え、どことなく心ここに在らずな感じで固まっているユリウスを引きずるようにして食堂を出て行った。


「あーあ、行っちゃった。……いいの? カズハ」

 食堂から出ていく二人を見送ってリオが相変わらず意味深な笑みを浮かべる。

「あのね、本当になんでもないって言ってるじゃない……」

 なんだかひどく疲れてしまってカズハがため息混じりにそう言うと、おそらく意味がわからないユリカが小さく首を傾げた。


 それでも、仕事はある。


 なんだかもう、何かを話すとか説明するという気にもならないのでカズハは黙々と仕事に専念する。

 きっと、今怖い顔してるんだろうな。

 と思ってしまうが、今はもう、どうしようもない。

 なんだか勝手に噂を広められて、しかもユリウスも巻き込んだ。そして、無関係なナーシルにも気を使わせた。

 それもこれも、この人たちの無責任なお喋りのせいなんだと思うと無性に腹が立って……その何処かに自分の責任もあるのかもしれないと思うと……もうどうしようもなく、疲れて来た。


「あのさ、カズハはいつもよく頑張ってるよ、ね」

 黙々と野菜を刻んでいるカズハの後ろからリオが声をかけてきた。

 その声の調子には罪悪感があふれている。

「あのね、ユリカ、カズハってねここで働いているメンバーの中でここから一番遠いところから通ってるんだよ。でも真面目に働いててね、すごく偉いんだよ」

 カズハが手を休めるでも答えるでもないので気まずくなったらしいリオが仕事を教えているユリカに会話の相手を変更した。

「ふうん。そうなんですね! 凄いですねー」

 オーブンの火加減を確認しながらユリカが愛想良く答える。


 うん、気を使ってるなー。

 分かるけど、今はどうにも私が素直になにもなかったような雰囲気を作れない……。

 そう思うとなおさら深いため息がこぼれる。


「ああ、そうだ!」

 そんなカズハを見ながらリオが声を上げた。

「仕事場がさ、カズハの家の近くにもあったらいいんだよね。そうしたらみんなだってカズハの苦労がわかるよね」

 ……ああ、なんだか無茶苦茶なことを言い出したな、リオ。

 これはちょっと可哀そうかもしれない。

 なんて思えてきてカズハがリオの方を振り向いて、ふっと笑って見せた。

 と、リオが安心したように微笑んで。

「でさ、そうなったらさ、仕事始めの時間ももう少し遅くしてくれれば私たちだってそっちまで通えるもんね!」

 と言ってユリカに笑いかける。

 ユリカも「わー、本当ですねー。リオって優しいー」なんて相槌を打つ。


 ……はい?

 今なんか、おかしかったよね。

 なんでみんながうちの方に来るとなったら時間を遅くする必要があるの? 私、今の時間でちゃんと毎日通ってますけど?


 そう思いながらカズハは微妙に口元を引きつらせた。


 脱力しきったカズハが脱力しつつも笑顔を顔に貼り付けながら仕事を片付け……そんな合間に「ああそうだ。せっかくユリカが来てくれたんだし、今日は歓迎会やるからね!」とリオが言い出した。

 もちろん、ユリカは大はしゃぎだ。

「ねぇ、カズハはどうする? 昼にみんなとも話したんだけど今日はこの後食堂を借りて歓迎会することになってるんだよ」

 リオはすっかり変わった話題のせいで上機嫌になっている。

「あ、うん、そうなのね。……私、先に帰ってもいい?」

 なんだか今日は疲れ方が半端ない気がする。頭がぼんやりするし、なんだかこれから飲み食いしようという気にもなれない。

「あー、そう? 分かったわ」

 恐らくこれは、ちょっと気まずくなったカズハとの関係を取り繕うための返事。

 そんなこともわかるけどカズハは取り敢えず、早く帰ろう、とただ思った。









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