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本屋

 


 珈琲を堪能して周りの視線にもちょっと慣れて免疫をつけたところでカズハとヒシバが本屋に向かった。


 一人でいると周りの視線って気になるし、耐えるのに体力いるけどヒシバが隣にいると思うとたいして気にならないもんだな、とカズハは気付く。

 むしろなんだか心強くてこの状況を楽しんでしまおうという気にさえなる。

 そう思うと先ほどまで気にしていた距離感も気にならなくなって、肩が触れるくらい近くを歩くヒシバから距離を取るのもやめて敢えて親しげな視線まで交わしてしまう。

 ヒシバも上機嫌だ。


「あ、ここ」

 公園のある通りにある本屋の前に差し掛かってカズハが早足になった。

 前からちょっと行きたいと思っていた、少し大きめの本屋。

 後からついてくるヒシバもカズハに寄り添うように歩く速度を速めた。


 店内に林立する棚は数が多い。

 奥の方は専門書で手前は流行りの本。平積みになっているのは新刊の類だろう。

 入ってすぐ、手前に置いてある本を手に取ったヒシバが「へぇ、こんなのが流行ってるのか?」なんて呟くのでカズハが横から覗き込む。

 空想上の物語を扱った本だ。

「ああ、そうね。最近はこういう娯楽の本が急に増えたわよね」

 なんて相槌を打つ。

 いろんな作者がそれぞれの世界観で書く物語には魔法や伝説上の生き物が出てくる。

 シリーズものになっている物語で人気があるのは、カッコいい魔術師が出てきたり可愛い魔女が出てきたりするものらしい。魔法陣や呪文についての記述がリアルで子供だけでなく大人にも人気がある。

 カズハはそういえば食堂での賄いの朝食でアイシアとミカリアがそんな本の貸し借りをしていたな、なんて思い出した。

「こういうの、読むのか?」

 ヒシバに聞かれてカズハは我に返る。

「ああ、違うわよ。私が探したかったのはこういう本じゃなくて……」

 と、奥の方に目をやる。それと共に歩き出して。

「うーん……」

 奥の方にある専門書の類の棚。その前をゆっくりと確認しながら歩いていく。

 歴史の棚……生物の専門書……医学の棚……。

「無い、かな……」

 カズハが目を細めて眉を寄せる。

 こういう本の棚には人が少ないのでつい声が漏れた。

 ヒシバは物珍しそうに途中から自分の興味の赴くままにその辺を見て回り出している。

 そんな様子を横目で確認してカズハは笑みをこぼしてから目当ての本が見つからずにもう一度今見てきた棚をゆっくり見直す。

 結局同じようなところをうろうろしてしまう事となり。


「なぁ、なに探してんだ? 手伝おうか?」

 暫くしてヒシバが声をかけてきた。

「うーん……」

 お願いしたいところではあるんだけど、ちょっと気恥ずかしいのよねぇ……。

 なんて思いながら迷っていると。

「あれ? なに持ってるの?」

 ヒシバの手に一冊の本があるのに目がいく。

「ああこれ。別に買おうっていうわけじゃねーけど、なんか面白そうだったから」

 それはちょっと古めの物語の本。

 物語は物語でも言い伝えとか、見聞録の類。


 そもそも本が娯楽として定着してきたのは最近だ。以前は騎士のための教本を始めとする実用書の類しか無かった。

 世の中が平和になったお陰でこういう物が増えて定着してきたので本屋に並ぶような本は最近のものが多い。

 でも、得意げな顔になったヒシバがすぐ隣に寄ってきてパラパラとページをめくって見せてくれるのを覗き込むと、このジャンルにしては珍しく初版が相当昔だった。


「あ! これよ、これ。私が探してた本!」

 物語の中に聖獣に関する記述が出てくるなるべく古いものを探していた。

 そうか、専門書の類ではなく、もっと軽い読み物の棚だったのか……。なんて思うとちょっと気恥ずかしい。

「へ? これ? なんでまたこんな古い本?」

 目を丸くしながらも「買うつもりはない」と言ったヒシバからその本を取り上げて確認するようにページをゆっくりめくる。

「うん。これがいいかな。……よし、きーめた!」

 カズハがにっこり笑って本を抱きしめるとヒシバが不思議そうに視線を送ってくるので。

「え、だって、聖獣のことなんにも知らないんだもん私。何か情報がちゃんと出ている本が欲しいなと思って!」

 と、つい勢いで白状してしまった。


 帰り道、妙にヒシバの機嫌が良く危うく鼻歌でも歌い出すんじゃないかという勢いなのでカズハが目を疑った。


 で、夜。

 早々と夕食を食べ終えてカズハはソファに座り込み、買ってきた本を読み始めた。

 ちなみにヒシバは黒猫になって隣で丸くなっている。

 膝に上がろうとしたところで目指した場所に本があるのでショックを受けたように隣で丸くなった。


「ねぇ、ヒシバ、これ本当?」

 読みながら興味深い記述があると相手は猫になっているというのにお構いなしでカズハが声をかける。

 頭を持ち上げるヒシバに。

「聖獣は乗り手に選んだ者の心を読むことができるって書いてある」とか「空を飛べるって書いてあるけど」とか「乗り手と共に戦うには契約があるって書いてある! 契約ってなに?」とか次々に尋ねる。

 その度にヒシバは「にゃーう」「うにゃ」などそれぞれちょっと違う返事を返してくるのだが。

「ねぇ、あのさ! 私、猫語は分からないんだけど!」

 そのうち人化すると思って色々質問を投げかけていたカズハが痺れを切らしたように、それでも笑いながら訴える。

 ヒシバは半眼になりながら一旦頭を両手の間に入れてからわざとらしくため息を吐いて見せ。

「……わーった。なんだ、なにを知りたい?」

 面倒くさそうにどさっと隣に座った。


 わー!

 これ、ちょっとドキドキする!

 ソファと言っても手作りの小さなソファだ。隣にすわられると距離が近い。

 なので、つい赤面してしまいながら開いた本を差し出す。


「ああ、これな……」

 前後のページをめくりながらヒシバの目が真剣になった。

 で、そこに書いてあるいくつかの情報を説明し直してくれる。

 例えば、心を読むというより気持ちを読み取る能力があって関心を向けた相手に対してどんな気持ちでいるかを感じ取る、とか、その流れで相手の心を安定させる力があること。

 飛ぶ、というのは全ての聖獣にできるわけではなく、そういう属性を持っているものがいるというだけの話であること。ただし戦闘能力は普通の動物とは全く異なり、怪我をしてもたちどころに癒えるとか毒に耐性があるとかいう強靭さがあるので本来の乗り手である竜族の体力に相応の強さということができる、つまり乗り手と共に生きることが出来るという事。


「わーすごい! 気持ちが分かるの?」

 カズハが最初の項目に食いついた。

「ああ。……っと、あ、いや。今のオレにはこれ、ほぼ当てはまらないぞ、悪いけど。まだ力が完全に復活してないんだ」

 ヒシバが目を泳がせた。

「あ……そうなんだ」

 カズハが一度乗り出した体を引っ込めると、それを目で追っていたヒシバがくすりと笑って。

「お前……やっぱり変なやつだな」

 と言って目を細める。

 その目は言葉とは裏腹にどこか優しく、大切なものを見るような目だ。

「え? なんで?」

 カズハが目を丸くして聞き返すと。

「……あのな……普通自分の気持ちを他人に読まれるのって嫌がるもんだろ?」

 と、言ってまっすぐにカズハの目を覗き込む。

「え、あ、ああそうか……そういうもの、かしら」


 カズハはふと、母に言われていたことを思い出す。

『人に親切にしなさい』

 そう言った母の言葉をずっと意識していたせいか人にとって親切になることはなんだろうと、子供ながらに考えて……人に接するときに相手の気持ちを汲むことを無意識でするようになっていた。

 人の気持ちを汲み取るのは難しい。

 声の調子、仕草から読み取れることもあるが、その人の性格や過去の経験まで考えてあげないといけないこともある。

 そしてそこまでして汲み取ろうと努力していても、誰も自分のことをそこまで気にかけてくれているわけではないことにがっかりする事がある。


 だから。

 自分の事にもそんな風に気付いてくれる人がいるというなら、ありがたい、と思ったのだ。

 否定せずに、ただ寄り添ってくれるそんな存在がどれだけありがたいか。

 そう思ったから、ヒシバにそんなふうにしてもらえたらと思った途端、嬉しくなった。


 カズハの落とした視線の隅でヒシバが動いた。

 その手がそっと、伸びてカズハの頬に触れる。

 驚いたカズハが視線を上げると、優しく細められた金色の瞳と目が合った。

「……気持ちが分かるようになるのはまだ先なんでしょう?」

 カズハが苦笑を漏らすと。

「あのな。そんな力が無くたって分かることもあるんだ」

 そう言うとヒシバの腕がカズハの肩に回り、引き寄せる。


 あれ、誰かに寄りかかるのってこんなに楽なんだ……。

 なんて思っているカズハの頭の上で。

「……この苦労人め……」

 という微かな呟きが柔らかいため息と同時に聞こえた。


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