初デート
うーん……
カズハが息苦しくて唸りそうになりながら目を覚ます。
……なんだ?
なんでこんなに息苦しいんだっけ……昨夜変なもの食べたかな……?
えーと……昨夜はヒシバとの初デートの前日だからって、なんだか二人してはしゃいで……夕飯の後だっていうのにパンケーキなんか食べたっけ。オレンジのジャムをつけて。あれ、ヒシバは結構気に入ってたけど……あれが重かったということ……?
いや……重い……確かに重いけど……重いのは私の胃じゃなくて……布団が重いっ!
「ヒシバ、あんた太りすぎっ!」
叫びながら思わず飛び起きたカズハの目の前で、ごろん、と黒い塊がベッドの上を転がった。
で。
「……へ?」
ごろんと転がった塊をまじまじと見つめたカズハが固まる。
……え、これ、誰?
なんか、大きい。
太ったとかそういうことじゃなくて、これはあの子猫じゃなくて成猫だ。体つきはしなやかで、別に太ってはいない。毛並みも艶やかで、綺麗な、猫。転がってもなお、眠っているのか目は閉じたままだが……ぐるんと体を捻って寝たまま背中を伸ばして伸びをしている。
うわ、すごいえび反り。
手足も長いので場所の取り方が半端ない。頭がこっちに向いて……あ、ヒシバとおんなじ白いひしゃげた四角が額にある。うん、ヒシバが大きくなったらこんな感じかもしれないな……。
などとぼんやり思いながら、カズハが当のヒシバを探そうと辺りを見回す。
「もーヒシバ、どこいっちゃったのよ。似たような猫が入ってきちゃってるじゃない……てゆーかどっから入ってきたのこの子。ヒシバー? あなた夜中に友達連れ込むのやめてよねー?」
布団の上に大きめの猫に居座られているせいでベッドから抜け出すのが妨げられて、カズハがちょっと声を大きく出してヒシバを呼ぶ。
と。
「う……にゃぁ……お」
ベッドの上の猫が大きなあくびをした。
あ……可愛いな。
どこのどちらさんか知りませんけど、こんなところでゆったりなんかしてると勝手に撫でちゃいますよ?
なんて思いながらカズハが手を出して頭を撫でる。
と、黒猫はわずかに開いた目でこちらを確認すると、再び目を閉じて派手に喉を鳴らし始めた。
おお、ご機嫌だね。いいな、寝起きでこんなに機嫌がいいなんて。いい夢でも見たかな……あ、猫って夢なんか見るのかしら。ヒシバにあとで聞いてみよう。
で、ヒシバはどこ行ったんだ?
「もーヒシバー? どこ行ったのー? この子あなたのお客さんじゃないのー? ヒシバー?」
「にゃう」
ベッドの上で黒猫を撫でながら声を上げるカズハに、黒猫が声を上げた。
「うん? あなたもびっくりしちゃうわよねー、ヒシバのお友達? もー朝っぱらから本人どこ行っちゃったんだろうねー」
そんなことを言いながら部屋の中を見回すカズハは部屋のドアがご丁寧に閉まっているのを見て、なんでわざわざ閉めて出て行ったんだろう……? と、訝しく思い、布団の上で思い切りくつろいでしまっている猫を落とさないように気をつけながらベッドから降り、ドアまで行ってドアを開け、部屋から顔を出して。
「ねえ、ヒシバー?」
と呼んでみる。
と。
「……だからなんだよ」
と、思わぬ方向から思わぬ声。
いや、えーと。
今出てきたベッドの方から……知らない声がしたけど。
と、恐る恐る振り返る。
「……だ、誰?」
カズハが完全に硬直した。
ベッドの上に、男の人が座ってる、けど。
男の人。
うん、歳は二十歳くらい、だろうか。
なんだかやたらと色っぽいお兄さん。肩につきそうな長さの黒い髪がちょっと乱れてそこから覗く瞳は眩しそうに細められていて……寝起きっぽい気怠げな感じ。
シャツの胸元が大きく開いて鎖骨のあたりから奥が見えちゃってますけど……若い男の子に特有の骨張った体格もなんだかすごく綺麗。
ちょっと乱れた髪をかき上げる仕草はもう……え、ちょっと、これ見ちゃいけないやつかしら! という感じでこっちの顔が熱くなる。
……いや! だから誰よ!
「は? 誰って、なに寝ぼけて……ぁあ?」
髪をかき上げたついでにベッドから降りた男は立ち上がりかけて、そのまま再びベッドに座り込んで……自分の腕を眺め、しげしげと自分の体を見下ろす。
で、カズハの方に困ったような目を向け。
「え、と。オレ、だけど……」
「は?」
「だから、ヒシバ」
「はいいいいいっ?」
「なんで、いきなり成長とかしてんの……」
お互いが暫し現状把握に時間を要し、お互いがそれぞれ違った方向で納得したところでカズハがまず頭を抱える。
カズハ的には「ああ、私の可愛いヒシバがどっか行っちゃったなんて」というのと「こんな色気たっぷりの男の子がヒシバだなんてどうしたらいいんだ!」という微妙に複雑な思いを飲み込んでの、力ずくでの納得。
ヒシバの方は、目が覚めてカズハが撫でてくれるのに気を良くしていたら自分を探しているらしいという妙な現象に「なに寝ぼけてんだこいつ」くらいに思っていたところでベッドから降りようとしたらやけに簡単に足が床につくし、立ち上がろうとしたらやけに視界が高い。なのでよくよく自分を眺めて体のサイズが違うことと、目の前のカズハが顔を赤らめてこっちを見ているのを確認して……「ああ、子供じゃなくなったってことか」と納得し、カズハがその自分を受け入れてくれているかが心配になったといったところ。
「知らねーよ……気がついたらこーなってた……なぁ、カズハ……これ、ダメか?」
ちょっとうつむき加減のヒシバが自分の方に目を向けながら思いっきり自信のなさそうな声でそんな言葉を口にすると、なんだか急に可愛く見える。
「……えっ? ダメってなにが?」
ちょっと焦ったカズハが慌てるようにベッドに座っているヒシバの方に歩み寄ると。
「いや……だって、子供の姿の方が好きだったろ? ……この調子で行くとオレ……多分そのうち元通りになっちまうかも知れん……」
「え、あ……? それ、まだ元通りじゃないの? ああそうか、三百歳って言ってたっけ。……おお、じゃあ最終的にはおじいちゃん? それはそれで見てみたいけど……いや、ちょっと勿体無いかな」
このヒシバがおじいちゃんになるとなれば……それはきっとカッコいい粋な感じになりそうだけど。
などとちょっと想像してみていると。
「いや……まだ老け込む歳じゃねーよ。聖獣の平均年齢は千年くらいだ。……せいぜいカズハよりちょと年上くらいの見た目までいく程度だ」
「あ……そうなの?」
可愛く見えてしまった勢いで、カズハの手が黒い髪に伸びた。
あ、やっぱり前髪が一房白いのね。それに、髪の手触りもちょっと変わったかも。子供の柔らかめだった髪が少し硬くなった。これなら寝癖がついたり絡まったりすることもなくさらさらがキープできるんだろうな。なんて思う。
ちょっと長い前髪をかきあげるように手を滑らせるとこちらを見上げている金色の瞳がうっとりと細められた。
あ。やっぱりヒシバだ。この感じ、撫でられてる時の子猫だったヒシバの表情を思い出す。
「うん。全然ダメじゃないわよ。むしろ、すっごい男前じゃない」
可愛いところを見つけてしまえば、妙に高鳴っていた胸の鼓動が一気に落ち着いた。
そして、いきなり成長したとはいえ、やっぱり見た目は全然年下。ちょっと生意気そうな雰囲気はそのままだけどそういうところが子供っぽくて安心できる。
などと思いつつにやりと笑うと、金色の瞳が一瞬逸らされた。で、撫でていた手が掴まれる。
「じゃ、いいんだな? 今日は出かけるんだろ?」
「え? ああ、そうね!」
いきなり手を掴まれて、カズハの胸がどきりと高鳴った。
うわ。やっぱり手、大きいな……。
なんてついしげしげと見てしまいながらも頬が熱くなるので、気を沈めるべくその手を振り払う。
うん、この子は猫だからね。やたら色っぽい目で見上げてくるけど、ただの小生意気な猫だから。
「手、繋いで行くんだろ?」
振り払われた手を不機嫌そうに見つめながらヒシバが呟くので。
「いや、それは却下!」
思わず即答。
どう考えても却下でしょう、そんなの! 子供と手を繋ぐのと全然意味合いが変わるからね! しかもこの微妙な年齢差、下手したら犯罪紛いじゃない? 私、若い子に手を出したいけない人みたいに見られちゃうんじゃない?
「……ふーん」
カズハの即答ぶりにヒシバが一瞬愕然とした顔になって、そのあと不機嫌そうに眉をしかめた。
そうは言っても。
楽しみにしていたお出かけ、なのだ。
カズハは隣を歩く超イケメンをチラチラと盗み見ながら上機嫌。
昨日まで顔を覗き込むようにちょっと屈まないと視線を合わせられなかったのが、ぐんと伸びたヒシバの身長のせいでちょっと視線を上げるだけで目が合ってしまう。
で、意味もなく視線が合うのも気まずいのでにやけてしまう顔を頑張って引き締めながら時々、盗み見る、を繰り返している。
ヒシバの方も視界が高くなっての外出が新鮮なようで周りを興味深そうにキョロキョロ見ている。
服装は今までとイメージは同じだが、リボンタイは無くなってシャツの胸元がラフに開いた着こなしだ。黒い丈の長いベストを羽織るように釦を全部開けて着ている感じは気怠げで色っぽい。
この着方、だらしなく見えることもなく色気が勝るのは……ヒシバの雰囲気のせいだ。
と、カズハは思う。
どこからどう見ても顔はいい。くるんと大きかった目はちょっと切れ長な感じになって、ぷっくりした頬はだいぶしゅっとした輪郭に変わった。それでもどことなく子供っぽいあどけなさが残る顔は危うい艶めかしさと言えそう。
そして身のこなしも、綺麗だ。堂々とした立ち居振る舞いはなにをするにも迷いがなく真っ直ぐで、ただ立っているだけでも綺麗。
「……で、どこに行くんだ?」
「んー、まずはねぇ、喫茶店というのに入りたいのよ」
たまにすれ違う女性の視線は大抵ヒシバに向かう。で、カズハには値踏みするような視線が向かう。
ので、カズハは「いいでしょう? 私の連れ! この二人どんな関係だろう? とか思っちゃうでしょう?」と得意げになり、ヒシバは逆に段々居心地が悪そうな顔になっていっていた。
カズハとしては一応適度に距離をとっているつもりなので、見るからに怪しいカップル説への道は回避しているつもりだ。で、その距離のおかげで最終的にすれ違う人の視線はヒシバに固定される結果になっている。
なのでまずは何かの店に入った方がいいかな、とカズハが提案する。
「喫茶店?」
ヒシバが小さく首を傾げた。
「そ! リオたちがね、よく行ってきたっていう話をするもんだからさ。……まぁ、あっちのお店は高いところばっかりだからちょっと行けないんだけど、この辺にも喫茶店、あるのよ。しかもお値段も手頃らしくて」
ふふふ、と笑いながらカズハが説明する。
パンを買うついでにパン屋の奥さんとお喋りすることが時々あって、情報だけは仕入れてあったのだ。どうやらこの街は南の方が先に栄え出したのでお洒落で高い店はあっちの方に多くて、北側であるこっちの方は素朴でお値段も手頃な店が多いらしい。その中でも奥さんお勧めの店はいくつかあって、それを教えてもらっているのだ。
ただ、そういう店に初めてで一人で行くのは敷居が高かったのでヒシバを連れて行きたいなと思っていた。……本当は「可愛い子供」のヒシバを連れて行くつもりだったけど。
カズハはふと気付くとやけに密着してくるヒシバを無言で回避しつつ、教えてもらった喫茶店の場所を目指す。
……この密着の仕方、猫の本能かな。よく足元にすり寄ってくるアレに似てるんだけど……。
などと思いつつ。
たどり着いた喫茶店は、なかなか落ち着く感じのお洒落な店だった。
古い木造の建物はどうやら町を再建する前から残っていた建物だったらしい。持ち主がいなくなってもなお取り壊すには惜しい建物だったのでそのまま残し、修復だけして喫茶店になった、と聞いた。
この町は所々にこういう古い建物が残っている。そこまで古くはないがカズハの家も再建前からの建物の一つ。
町の南側は一度ほぼ全て壊滅したらしく新しい建物ばかりで、そのせいでお洒落で高い店が多いらしい。
「ふーん……いいな、この店」
テーブルについて周りを見回しながらヒシバが呟くと、オーダーを聞きにきてくれた女性が頰を赤らめて「ありがとうございます!」と答えた。ヒシバがすかさず「お前に言ってねーよ」という視線を向けたのでカズハが慌てる。
「えっと! ここ、初めてなんです。なにがお勧めですか?」
なるべく素直な笑みを浮かべながら尋ねると。
「あ、はい! オーナーが淹れる珈琲が美味しいですよ。軽食とデザートも色々あります!」
と、メニュー表を見せてくれた。
ので。
「わー、珈琲! 私それにしよーっと。ヒシバどうする?」
と満面の笑みで尋ねると。
「じゃ、オレも同じやつ……あ、いや……ミルクが入ってるやつがいい」
ちょっと決まり悪そうにそう言うと、メニュー表を受け取った女性が一瞬ふらっとした。
あ、わかります。今のすごく可愛かったですよね。色気と可愛さのギャップですよね。免疫のある私でもちょっと目眩を感じたところです。
と、カズハが同情を込めた視線を向けると女性は気を取り直したように背筋を伸ばして戻っていった。途中で一度ふらっとしたのは……見なかったことにしよう、とカズハが苦笑する。
そして、珈琲。
出てくるのがやたら早かった気がするのは気のせいだろうか。
「お待たせいたしました!」と意気込んでテーブルに珈琲を置く女性の目に……肉食獣に似た光が見えたような気がして……さすがのヒシバもちょっと逃げ腰になった。
「……なぁ、ここ……またくる可能性あるか?」
こそっとヒシバが聞いてくるので。
「んー……雰囲気はいいんだけどね……ある意味ちょっと落ち着かない、わね」
「オレ、ちょっと苦手かも……」
眉をしかめて小さくため息を吐きながらヒシバが呟くのでカズハもくすりと笑いが溢れた。
「そうね。他にも教えてもらった店があるから今度はそっちに行こうか。ここはね、若い女の子に人気の店だって言われたの。落ち着いた感じの小さい店もあるらしいから次に行くときはそっちにしよう?」
と言うとヒシバが安心したようにカップに手を伸ばす。
で、一口飲んで目を見開いた。
「あ、これ。美味い、な」
なのでつられるようにカズハもカップを取る。
「……あ、ほんとだ」
香りがとってもいい。そして味も。深い味わい。
普段紅茶ばかり飲んでいるので珈琲はそれだけで目新しいけど、これは本当に美味しい。苦味の中に華やかな香りがある。これはヒシバのミルクたっぷりの方も美味しいんじゃないだろうか。
と思って、目の前のヒシバの手もとに目をやる、と。
「一口、飲んでみるか?」
と聞かれる。
うん! と勢いで言いそうになって……いやこれ、こういうことするとちょっと意味深な間柄に見えちゃうんじゃないだろうかと、そーっと周りに視線を送る、と。
うん、そうだよね。カウンターのところで先程の女性がチラチラこっちを見てるし、なんなら周りのテーブルの女性客の視線も感じる。
「そんなん気にすることじゃねーだろ。めんどくさいからいつも通りにしとけ」
と、ヒシバが不機嫌そうに眉をしかめる、ので。
……ああ、そうよね。周りに気を使いすぎたらせっかくのお出かけが台無しだわ。なにしろ、今日のお出かけはヒシバと楽しく過ごすのが目的なんだから、こんなふうに不機嫌そうな顔させたら意味が無いんだった!
と、思い直したカズハが。
「うん、そうね!」
と、差し出されたカップを手に取って口に運んだ。
ええもう周りの視線なんか気にしませんよ。それに今まで職場でさんざん孤立してきましたもの、今更周りからどんな目で見られようと気にするもんですか!
で。
「……!」
カズハがコクリと飲んだミルク入りのコーヒーに目を丸くしてからうっとりすると。
「な?」
と、ヒシバもこちらに答えるようにうっとりした目で笑った。そして。
「これさ、カズハ作れねーの?」
なんて聞いてくるので。
「んー、珈琲は難しいのよ。専用の道具も必要だし淹れ方もコツがあるからね……」
ちょっと考えながら答える。そもそも珈琲を淹れるための道具ってどこで売ってるんだろう。見たことがないような気がする。そして珈琲豆はたまに売っているのを見かけるけれど、あれは量が半端ないから家庭用じゃなくて業務用なんじゃないかと思えてならない。紅茶は量り売りだし茶こしさえあれば鍋でもポットでも淹れられるから気軽に淹れられるんだけどな。そして茶こしはザルや鍋を売っているのと同じ雑貨屋で、小さいザルとして売っている。
「ふーん……」
なんだそっかー、なんて小さくつぶやきながら珈琲を大事そうに口に運ぶヒシバはなんだかとても可愛い。
そんなに好きなら道具を探して淹れ方も研究してみようかな、なんて思えてならない。
「で、この後どこに行くんだ?」
珈琲を堪能しつつヒシバが尋ねてくるので。
「んー……ヒシバが行きたいところってある?」
と聞いてみる。
自分が行きたいところばっかりじゃ申し訳ない、という気がしてきたので。
「いや、カズハが行きたいところでいい。その方が楽しそうだし」
お。
素敵な笑顔つきで返されてしまった。
カズハがついその笑顔に見入ってしまいながら頬が熱くなるのを自覚してちょっと目を逸らす。で、うーん、と考えながらカップを口に運び、珈琲をもう一口。
「……あ、そうだ。本屋さんに行きたかったんだ」
つい思い出したことを反射的に口にする。
「ふーん、いいんじゃねーの?」
なんて答えが返って来てからはたとカズハが我に返った。
「え! 本屋だよ? 本を売ってる店、だよ?」
「は? 知ってるよそんなもん」
なにを言い出すんだと眉をしかめるヒシバに。
「え、だって……猫が本屋?」
思わず畳み掛けるように聞き返す。
と。
「いや、主人重視の聖獣だから」
若干憮然とした顔で返される。
それでも、それは痩せ我慢ではなかろうか、と思えてならないので。
「猫が楽しめそうなところってどこだろう……」
と、考え込んでみる。
「いや、聖獣だから」
相変わらず憮然とした声が返ってきて。
「ネズミを追いかけるのが楽しい、とかは……」
一応確認の意も込めて視線をそろりと上げながら聞き返す。
「ねーよ」
即答。
「走り回る方が楽しいんじゃ……」
これも念のため。
「ガキじゃねーし」
即答。
「公園にでも行こうか?」
ここはちょっとにやりと笑いながら。
「……オレの話聞いてたか?」
ついにヒシバの頬が引きつった。