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模擬試合

 

 ここ数日、早朝の調理場で忙しい作業の合間とはいえカズハはどうにもにやけてしまうのがおさまらない。

 気がつくと「……ふっ」なんて声が漏れて慌てて咳払いなんかしながらごまかす、という意味不明の挙動不審さ加減だ。

 それでも、動き回るリオにはバレていないようでちょっと安心している。

 どうやらリオは朝が苦手でこの時間帯は本調子ではないらしい。普段から朝は口数も少ないのだ。

 一旦帰宅してしまえばおさまるのだが仕事中は作業で手が忙しいとはいえ、ほとんど機械的な動きで頭の中が暇になってしまうせいか……そしてリオが静かなのもあって、余計にこの挙動不審に拍車がかかる。


 本日三回目の、不自然極まりない咳払いをしてカズハがちょっと深呼吸する。

 うん、ちょっと落ち着こう。気持ちを一旦切り替えないとね。


 どうしても数日前のヒシバを思い出すとこうなってしまうのだ。



『だから好きだって言ってんじゃねーか』

 と言われて差し出された手を取って立ち上がりながら、カズハは内心「わー、これ王子様みたーい」なんて思った。

 なにしろ可愛い、カッコいい。なんだか子供のくせに……カッコいい。

 ええ、分かってますよ。好きって言ったのはタマネギでしたよね。分かってますとも。

 そして、自分が危うくその王子様を絞め殺そうとした事だって分かってますよ。

 なので、あの日の午後はヒシバのリクエストには可能な限り応えようと思ったのだ。


 思ったのだが。


 だって、忙しいからね、現実は。

「せっかく休みなんだったら遊びに行こう!」

 なんて子供らしいおねだりをされたのに、片付けてしまいたい家事に追われてどこにも行けなかった。

 挙げ句の果てにはちょっとふてくされたヒシバが「手伝うから家事を教えろ」と言ってきて掃除を教えたらあっという間にコツを覚えてしまって洗濯にも手を出した。

 ……危うく私の物まで洗い始めようとしたから慌てて止めたけど……あれは危なかったな。

 思い出すだけで顔から火が出そうになる。

 結局、カズハが仕事に出ている間は家の掃除をやってくれるということになったのだ。「買い物も行ってきてやる」と意気込むヒシバだったが、子供にお金を持たせる事への不安からそれは止めた。


 それでも手伝ってくれるなんてありがたすぎるーーー!

 もう、頑張って働いちゃう!



 気持ちはかなり浮き足立っていても仕事はきっちりやるのがカズハだ。というより、もう毎日のことなので体が勝手に動くのだ。

 で、朝食の提供は滞りなく行われ、その後に集まる女の子たちの賄いも済み、きゃあきゃあと賑やかなみんなのお喋りを聞き流していたところにマナが駆け込んできた。


「ねぇ! このメンバーってみんな元騎士で良かったっけ?」

 食堂のドアを開けるなりそう声をかけられて全員のお喋りが一斉に止んだ。

 一応、聞かれたことにはみんなが肯定の意を込めて無言で頷いて。

 寮の世話係はナリアを除いて全員元騎士だ。で、そのナリアはだいたい毎日朝食は済ませてくるとかでこの賄いには来ていない。

「えーと、どうしました? 何かありましたか?」

 ルキアが立ち上がりながらマナに尋ねると。

「それがね、ほら、アイゼンからの視察。今日は騎士たちの模擬試合を見るっていうことになってたんだけど肝心の模擬試合に参加できる騎士が足りなくて。悪いんだけどみんなも混ざってくれない? ああ、服は今用意してきたから」

 ……はい?

 マナの言葉の意味が全くわからないカズハは眉をしかめたが、リオが「わー大変! じゃあ急いで準備しますね!」なんて声を上げ、他のみんなも何故かスルッと行動に移るので……どうやら事情が飲み込めないのはカズハだけのようだ。


 慌てるみんなの様子に「今事情を説明してもらってる場合じゃなさそう」と、カズハもみんなに合わせて急いでテーブルの上を片付けて……ざっくり片付けた調理場からリオと一緒に食堂に戻るとみんなが各自、着替えを始めている。

 わー、なんかこの感じ……女の子ばっかりだからいいけどなかなか見ないなー! 皆さん結構豊かなものをお持ちですねー!

 なんてちょっと目を見張りながらも、どうやらそんな鑑賞している場合でもないらしく「はいカズハはこれね」とリオが残っていた服をカズハの方に渡してくるので受け取る。

 で、一応手は動かしながら。

「あの……ごめん、話が全くわからなかったんだけど、これ、どういう事?」

 恐る恐る聞いてみる。と。

 一瞬みんなの動きが止まった。

 あ、うん。そうだよね。私もそう来ると思ったわよ。でも、分からないんだもん。

 と、開き直る。

「あー、そっか。知らなかったんだねー、最近この話してたのってお昼ご飯の時ばっかりだったけ?」

 なんて気を使ったようなリオが声を上げ。


 その説明によると。

 どうやら数日前から、アイゼンの都市から騎士隊の視察が来ているらしい。

 ここエルガディの町は新しく再建された町なので、昔から住んでいる住人はごく少数。

 そんなわけで町の自警団として初めは簡単な組織が機能していたらしいのだが、ここ最近きちんと騎士隊を組織しようということになり近隣からこの町で働ける騎士を集めたのだ。カズハたちが集められたのもその流れ。

 なのでここの騎士たちはそれぞれにどこかで経験を積んでいた者たちだったりするのだがそれぞれの町や都市のやり方はバラバラなので組織自体の統括というのは案外難しい。

 で、この町はここから一番近くにあるアイゼンという都市から援助を受けて組織を立ち上げているということらしく、その進展状況の視察のために時々こうやってアイゼンのお偉いさんが来ることになっているらしい。

 ちなみにアイゼンは東の都市が統括している都市の一つ。なのでエルガディも例に漏れず東の都市寄りの政の傾向になるんじゃないかと言われている。


「でも、私たちが模擬試合って……どういうこと?」

 カズハが服を整えながら尋ねる。ワンピースにエプロン、なんていう格好から騎士たちと同じ動きやすい格好になった。一応女騎士もいるので女性用のサイズのシャツやズボン、騎士の上着も存在するのだ。この辺はどうやら洗濯係のミカリアとオーリンを通して調達した物だったらしい。

「ああ、なんかね。騎士のみんなの時間を合わせるのが大変なんだってデビッドが言ってたけど。隊長としてはせっかくの視察だからなるべく大勢の騎士を集めて大々的にやるところを見せたいらしいんだけど、どうしても勤務中の騎士をこっちに引っ張って来るわけにいかないから報告した人数に頭数が足りなくなりそうだって言ってたね」

 ルキアが説明してくれる。


 まぁ、そりゃ正論。勤務をほったらかしにして見せなきゃいけない物でもないでしょう。よほど形式重視の視察じゃなければ。

 で、そんな必要性無いだろうにわざわざ、こんなことまでして頭数を合わせようとするってことは……その「よほどの形式重視」の視察ってことか。


 ……めんどくさいなー。

 なんて思っちゃ、いけないんでしょうね、きっと。


 そう思いながら「あーなるほど」と、納得した事を装ってみんなについて場所移動。


 寮がある敷地にはちょっとした模擬試合ができる程度の広さの場所がある。

 ……ただ、ここって使われてるの見た事ないなー。

 というのがカズハの正直な感想。


 カズハを入れた六人は「この隊の女騎士ですよー」なんていう顔をしてその広場の周りを取り囲んでいる騎士たちに混ざった。

「きゃー、こんなの久しぶりすぎて緊張するー」とか「私なんか剣持つの、何年ぶりだろう! って感じだよー」なんて話しているのはルキアとオーリン。「一応ただの頭数合わせだから見てるだけでいいって言ってたよ」とか「万が一呼ばれちゃったら相手の騎士がちゃんと手加減してくれるから大丈夫だよ」なんて言葉を交わすリオとミカリアの間でアイシアが真っ青になっている。


 あ、そうか。彼女、三級騎士だったんだっけ。こういう模擬試合なんて本格的に参加することはなかったんじゃないかな。都市によるかもしれないけど三級騎士だと見て学ぶ、みたいな感じで実際に手合わせしてもらうためには自分から相当積極的に頼み込まなければいけなかったような気がする。


 などと冷めた目でカズハが眺めていると。

「え! ちょっと! あの人カッコよくない? 視察の人ってあの人?」

 リオがいきなりはしゃぎ出した。

 リオがこっそりオーリンの方に「見て見て!」と合図をしている指の先には広場の真ん中でキース隊長と話している長身の男。

 広場のあちこちですでに始まっている模擬試合に参加している騎士たちはエルガディの町の色である朱色の上着を着ており、その中でちょっと色の違う赤紫の上着のその男は目立っている。赤紫の上着には金色の刺繍や縁飾りが施されていてとてもお洒落だ。

「さすが都市。都会の人の騎士服は装飾が多いということなのだろう」とカズハは勝手に納得して自分が着ている朱色の上着に目をやる。

 こんな色の服を普段使いで着る人もそういないかもしれないが、取り立てて装飾らしい装飾はなく、強いて言えばカフスの釦や前たての釦が装飾性のあるデザインで、襟に町の紋章の刺繍が入っているくらい。他の町や都市でこの騎士服を知らない人が単品で見たら騎士服だなんて分からないんじゃないかな、くらいの質素なデザインだ。

 まぁ、騎士服なんて元々戦う時に周りにいる人間を確認するための物だからそんな物でいいんだけどね。

 そんな観察をカズハがしていると。


「誰かわたしの相手をしていただける方はいらっしゃいませんか」

 通りのいい声がして周りの騎士たちの動きが止まった。

 声の主はキース隊長と話していた赤紫の上着の男だ。


 ざわっ。


 まさにそんな感じで広場で剣を交えていた騎士たちがどよめいて、対戦を中断し、そろそろと後ずさるように真ん中のスペースを空ける。

 で。


 ざわざわ。


 こちらは完全に部外者を決め込んでいるのでもっと気軽な感じの、広場を取り囲んでいる騎士たちと……カズハの周りの女子たち。

「あの人が剣を持つところ、見てみたーい!」

「きゃー!」

 なんていう小さな叫び声が上がっており……おい、それ聞こえたらさすがにまずいでしょ、とカズハが眉をしかめる。

 で。

 カズハとしてもこれはちょっと興味深いと思って広場の方に目を向けてしまう。

 あの人、どれだけの腕があるのか分からないけどあの感じ、結構出来る人なはず。そうなると対戦している所をみればここの騎士のレベルも分かりそうだ。


 なのに。

 だというのに!

 嘘でしょ、なんで誰も名乗り出ないんだ?


 カズハはその光景に目を疑った。

 この絶好の機会を前に、誰一人名乗りあげることもなく、なんならなるべく目を合わさないようにその男の方を見ないようにさえしている。

 だいたい騎士にとって自分のレベルを知るというのは願ってもない機会である筈だ。しかも手加減の必要がない人を相手にそれが出来るとなればむしろ頼み込んででもやりたい事の筈。……本当に剣が好きな騎士なら。


「嘘でしょ。なんで誰も名乗り出ないの……勿体ない……」

 思わず出たカズハの声でさえ、広場に響いてしまうくらい静まり返っていて……。

「え、ちょっと! カズハ!」

 押し殺したようなリオの声にカズハがハッとした。


「おや、威勢のいい女騎士がいますね」

 赤紫の上着の男が真っ直ぐこちらを見てそう言った。



「……あー、すみません。お手柔らかに」

 微妙な面持ちのキースから手渡された剣は刃が付いていない訓練用の剣だ。目の前の男も同じ剣を構えている。

 そして近くで見ると、結構綺麗な人かもしれない。

 と、カズハは観察してしまう。

 カズハより頭ひとつ分くらい背の高い男はスラリとしているが決して痩せているわけではない。鍛えられた体格だ。茶色に近い金髪は短くしてはいるが緩くウェーブしていてブラウンの瞳と相まって柔らかい雰囲気。カズハの一言に、ふっと笑みを浮かべるその表情はいかにも柔和、といった感じ。


「そうですね、ではそちらからどうぞ?」

 柔らかい声でそんな風に言われると、なんだか剣の稽古で先生を相手にしていた時を思い出す。

 なので。


 すい、と。

 剣をまず正眼に構える。

 背筋を伸ばして息を整えて。

「では」


 周りの騎士たちが息を呑む空気が伝わってきた。

 脇に退いたキース隊長も同様に息を呑んでいる。

 かなり離れたところで、例の女子たちが唖然としながらこちらを見ている。


 そんな、集中していれば目に入らないはずの周りの様子も感覚が拾う。


 少し、懐かしい空気だ、と思った。


 しばらく味わっていなかった空気だ。

 真剣に騎士として鍛錬を重ねていた時期を思い出す。

 緊張するけれど、その緊張も楽しめてしまう。


 ずい、と前に出て斬り込んでみるのは払われる覚悟の上。払われた先で相手が動かないと思える方向に動いて次の手を打つ。

 でもそれも交わされて、さらに次。

 剣のぶつかる音を聞くだけでも嬉しくなって自然と笑みが溢れる。


 そんなのを何度か繰り返していきながら。

 この場合、相手は自分よりずっと背が高いし力があるのも明らかだから、人を相手にした剣の稽古だと上を取られたら危ないって教わるけど……それって今まで相手にしていた「敵」には通用しないわけで。なんて考えてみて。


 キンッ!


 あえて上から振り下ろすようにこちらから隙を作って斬り結んだ剣越しにニヤリと笑うと、ブラウンの瞳がわずかに見開かれた。


「ほう……計算通りとでも言いたそうですね。大丈夫なんですか?」

 余裕の笑みを浮かべて体重がかけられる。

 なので。

「もちろん!」

 斬り結ばれた剣に込める力を一瞬で引いてその隙に相手の懐に潜り込む……という勢いで背後に回る。

 ……これは「敵」を相手にする際に身につけたやり方。あいつら獣同然の動きをするから四つん這いになった時に一瞬なら脚の間に潜り込んで腹を一気に切り割くなんてことも出来たのだ。

 相手が人間である場合は四つん這いにはなってくれないから多少それに近い重心になる体勢まで屈ませれば後は勢いで一瞬くらいなら隙が作れる。


 で……。

「……っと!」


 キンッ。


 後ろに回り込んだ隙に背後を取れるかと思ったら、そうはいかなかった。

 弾かれた。

 でも、それもまた楽しい。この人凄い! って素直に思えて。


「なるほど。面白いですね、そんな風に動けるんですね。まさに実用的な動きです」


 彼もなんだか楽しそうに目を細めてカズハの剣を受け止めている。

 そして、一度面白い! と思ってしまったカズハはちょっと調子に乗り出して、次々に斬り込んで行き始める。それこそ息をつく間もない、といった斬り込み方だ。


「……こらこら、そんなに勢いをつけるとあっという間に息が上がりますよ。……ほら」


 カン。

 今までにない、ちょっと鈍い音がしてカズハの剣が弾き落とされた。


「……ったたた」

 手に走った衝撃に思わず声を上げながらカズハが右手を抱え込む。

 で。

「すみません。降参です」

 えへへと笑って見せると。

「よくここまでやりましたね」

 と、微笑むブラウンの瞳が今までになく優しくなった。

 そして。

「大丈夫ですか?」

 とカズハの右手を見る顔が微かに陰り、心配げに眉が寄せられたので。

「ああ、平気です。いや、ちょっと面白くてガツガツ行ってしまいました。これ、調子に乗ってる時の私の悪い癖なんです」

 人懐っこく笑みを浮かべてくれたから、つい調子に乗って馴れ馴れしく話してしまうけど、なんだろうこの感じ。この、ちょっとした試合の間になんだか気心知れた、みたいな感覚になった。


「総司令官殿、ありがとうございました。お疲れ様です」

 ふと声の方に目をやるとキース隊長がこちらに頭を下げている。


 え、こちらに……って。

 カズハがはたと我に返った。


 うわぁ!

 今、総司令官殿って言った?

 総司令官って、軍の一番上じゃなかったっけ!

 この、柔らかーい感じの人が……ああでもわかる、そうだ、そういう人の動き方と喋り方なんだこれ!


 キース隊長の言葉に頭の中がまず、騒然となったカズハが完全に凍りついた笑顔のままそーっと、総司令官の方に目を向けると。

 くすり。

 と、声もなく微笑まれて……カズハはうっかりその美しいともいえる笑顔に見入ってしまった。

「キース隊長、この隊にはなかなか筋の良い騎士がいますね。こういう騎士は今どき貴重ですよ。他の騎士たちの良い刺激になるでしょう?」

「そう、ですね……」

 そんなやり取りが始まり、さすがにカズハも「この流れはちょっとまずい!」と感じ取る。

「あ、あの! お手合わせありがとうございました! 私、仕事があるのでこれで失礼致します!」

 一方的にそう言い切って勢いよく頭を下げ、元来た方向にくるりと向きを変え……後は全速力で食堂へ。







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