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聖獣の食事事情

 


 そんなわけで。

「凄いな……この料理」

「だってー」

 えへへと笑うカズハが整えた食卓にはおかずがいつもより多く並んでいる。


 いつもなら夕食は一品か二品。スープを具沢山にしてしまえばあとはパンがあれば良いし、そうでなければ簡単な温野菜と焼いた肉とかそんな感じ。で、猫用に塩抜きした保存用の肉を茹でてほぐす、とか。

 ちなみに日中は窓を開けて外出していたから外で適当に何か獲物を捕まえて食べてきてるんじゃないかくらいに思っていた。


 で、聖獣事情がちょっと分かったところで。

 どうやらヒシバはお腹が空いて食べるとかいうことがないらしいのだ。よく食べるからてっきりお腹を空かせているのだと思っていたが、それはカズハが食べているのを見るとその気持ちが伝染して食欲が出るというだけのことだったらしい。

 しかも人化できるということは、一緒に食卓につけるということで、さらに人と同じ食事でも食べられるなんて言われたもんだから。


「えーとね、それは焼いた鶏肉をタレに漬けたの。醤油ってわかる? 私の好きな調味料なんだけどね、それと砂糖を使ってるから子供でも美味しいと思うのよ。あと、こっちはサラダね。茹でて潰したジャガイモと茹で卵を刻んで混ぜ込んだんだけどマスタードとハーブで味付けしてあるの。あ、野菜は無理して食べなくても良いからね」

 一応スープは野菜を細かく刻んで肉の腸詰も小さめに切ったものを入れてあるが……量が多いかなと思うのでヒシバの前にあるスープは小さめのカップに入れて出してある。パンは焼きたてではないけれど、ここは諦めた。


 小さめのテーブルに向かい合って座るとなんだかちょっと嬉しいのと緊張したのが入り混じった変な気分だ。

 ヒシバもどことなくそわそわしている。

「……これ、全部食って良いのか?」

 おや。

 そわそわの原因は私とは違うかもしれない。

 と、カズハが目を見張った。

 なにしろヒシバの視線はテーブルの上に並んだものの上をせわしなく動いている。

「どうぞ。好きなだけ食べてね」

 くすりと笑みを漏らしたカズハから、緊張は一気にすっ飛んでいった。


「え……ヒシバ、そこなの?」

 焼いた鶏肉はどちらかと言うと猫であるヒシバのための料理だ。で、その肉を盛り付けるにあたって、女子としては野菜も食べたいからキャベツをこれでもかっていうくらい刻んで蒸し焼きにして下に敷いた。

 肉を漬けたタレが下の野菜にも染み込んで味が移るからカズハの好きな食べ方だ。

 で、その皿にフォークを向かわせたヒシバはなんと、下に敷き込んだ野菜を器用に引き出して黙々と食べている。

「何が?」

 カズハの声に顔を上げたヒシバがキョトンとした目でこちらを見やるので。

「え、だって、肉を食べたいかなと思って作ったんだけど。……猫のくせに野菜なんか食べるの?」

 すると、ヒシバがフォークについたタレをペロリと舐めてから。

「食うよ。猫だって草食べさせなきゃ毛玉が吐けないんだからな」

 なんともいえない微妙な表情でそう答えられると今度はカズハが眉をしかめる。

「え、やだ……吐かないでね」

「バカ、物の例えだ。……人になると味覚が変わるんだよ」

 そう言ってから今度は上に乗った鶏肉も一切れ取り、口に運ぶ。

「うん、美味い」

 ……あ、そうなんだ。一応刺激の少ないような味にはしておいたけど結構ちゃんと食べるのね。

 食べる様子を見ながらカズハが納得する。

 見ている前で次々と他の物にも手を出すヒシバはしまいにはパンをちぎって残ったスープに浸して食べ始めた。

「……え? ……パンも食べるの?」

 いやさすがにそこは予想してなかった。スープも一応出したけど手をつけるとさえ思ってなかったんだよね。

「食うよ? だってこれ、カズハがいつもこうやって美味そうに食ってるじゃん。てか、なんでオレのスープこんなに少ないんだ?」

「え……やだ、ごめん! そっか、ほんとに人と同じ味覚になってるのね! ちょっと待ってて今出し直すから! ……まさか、甘いものとかもいけちゃうの?」

 慌てて自分のと同じスープ皿を取りに立ち上がったカズハは鍋から新しくスープを注ぎ直しながらそーっとテーブルのヒシバの方を窺い見る。

「お、おう。出されりゃなんだって食うぞ」

「やだ……可愛すぎる……」

 子供の口にはちょっと大きかったらしい肉一切れを頬張ったヒシバの口の横には醤油で作ったタレがついたままだ。




 そんなきっかけに始まって、カズハの家での料理には日々拍車がかかる。


「なーカズハ、すっげ良い匂いしてるけど、何?」

「うわ! なによ、いきなり人化しないで!」

 ついさっきまでソファで丸くなっていたと思っていた黒猫がいきなり音もなく忍び寄りすぐ隣で手元を覗き込む少年になっているというのは、ちょっと心臓に悪い。


 今日は仕事が少しだけ早く終わったので、帰宅して夕食を作りながらケーキまで作ってしまっているのだ。

 なにしろ、昼食の提供がなくなった。

 なのでリオは喜び勇んで出かけて行き、空き時間が増えたカズハは夕食の仕込みを前倒しで出来るようになってしまったのだ。で、リオだって根はいい子。自分が遊んでいる間に仕事をしてくれているカズハにはちょっと気を使うようで「暇だからやってるだけだから気にしないで」とは言っているが、夕食の提供が終わって片付けがひと段落すると翌朝の仕込みを引き受けて先に帰らせてくれるようになったのだ。


 そして。

 今日は仕事の帰りに露店で苺が買えたのだ。

 季節ものの苺は一般的な食料品の店には並ばない。この時期だけ露店に並ぶのだ。

 しかも液果は傷みやすいから売る側としては朝出したものはその日のうちに売り切りたい。なので売れ残ると夕方には捨て値になることがある。

 早めに帰れることが分かったカズハは家で待っていてくれるヒシバのために目を付けていた露店目指してまっしぐらで帰途につき、まんまと買ってこれたというわけ。

 それでも大量には買えなかったので買ってきたものをボウルに入れて砂糖をまぶし、ケーキに入れて焼いてみた。

 二人で食べるにしても2、3回に分けて楽しめそうなサイズのケーキだ。

 フレッシュベリーの水分がケーキ全体に馴染むまで一晩置いた方がいいんじゃないかなと思ったんだけど……このヒシバのキラキラした目を見ると、ちょっとだけ今夜食べてもいいかもしれない。

 なんて思いながらカズハに笑みが漏れる。


 今日は、野菜も食べるということが判明したヒシバに挑戦すべく結構な野菜料理にしてしまっている。

 米と豆を使ったサラダにはトマトやキュウリも小さく切って混ぜ込んで酢を入れたさっぱりソースをかけてある。スープはジャガイモとニンジンを煮込んでキャベツもざくざく切って入れたものでハーブたっぷりだからそもそも子供向きの味付けでもないかもしれない。

 肉なんてサラダに少しだけ入れた茹でて細かくほぐした鶏肉だけだ。

 テーブルについたヒシバは嬉しそうに目を細めると。

「うん。美味そう! いただきまーす」

 と、普通に食べ始めた。

「あ、あれ……」

「あ? なんだ?」

 さすがに野菜ばかりすぎて何か言うんじゃないかと構えていたカズハは拍子抜けしたが、ヒシバの方は全く意に介していなかった様子。

「いや……あの、肉料理、本当になくてもいいの?」

 そろりと視線だけ向けてカズハが尋ねると。

「なんだ、あるのか? 別になくてもいいけどあるなら出せよ。カズハが食べるんならオレも食うし」

「あ、いや……私はもうこれだけあれば十分だけど」

 一応何か言われたら出そうと思って腸詰肉を茹でようかと思ってはいたのよね。なんて思いながらカズハが視線をちらりと斜め後ろの台所に向けると。

「じゃ、オレもこれでいいぞ。このサラダ、めちゃめちゃ美味いし!」


 大きめのスプーンですくってサラダを頬張りながら満面の笑みになるヒシバはやっぱり可愛かった。




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