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誰か、いる。

 


 そんなこんなで。

 午後の食堂の提供メニューは知る人ぞ知る、人気裏メニューに……なりかけた。


 なりかけた、のだ。


 なにしろ、隊長からの指示ではない。しかも寮の監督をしているというマナも知らないことだ。カズハが一人でやっていることなので。

 リオでさえ関わってくることがなかった。

「みんなが喜んでるんなら良かったじゃない?」とは言われた。

 どうやらリオの本音としてはお昼くらいはゆっくり友達と美味しい物を食べたいということらしい。そして残り物を再利用するというのはあまり気が進まないというのもあるようだ。


 そんなわけで。

「お二人共、忙しいお仕事ご苦労様でした。やはり少々仕事がきついという報告が出ていますので今日から昼食の提供はお休みにしていいということになりましたよ」

 朝の仕事を始めたところで、滅多に顔を出すことのないマナが調理場にやってきてそう告げていった。


 えええええ!

 という心の叫びを飲み込んで口元を引きつらせているカズハの隣で、リオが両手を握りしめて静かに喜んでいたのは言うまでもない。


 騎士たちの食事が終わって他の女の子たちが朝食に来ると、やはり話題はそのことで持ちきりに。

 どうやら食堂のリオとカズハだけが時間の拘束が長かったらしい。

 なのでいつもリオの仕事が終わるのを待ってみんなで出かけて、リオが仕事を始める時間に合わせて戻ってくるという毎日だったらしく、リオとしてはこれでみんなを待たせて迷惑をかけなくて良くなる! と大喜び。

 そして、カズハは。


 もう、こんなことで怒りを覚えることには疲れてしまったけど。

 一体この人たちはここに何しにきているんだ! という気持ちで一杯なんだけど!

 もはや仕事の目的も意味も忘れてるよね? 遊びに来てるよね?

 経費削減のために工夫していかなくちゃいけないんじゃないの?

 この感じ、騎士の皆さんは昼食を大衆食堂かなんかで済ませるんだろうけど、それは経費で落とすんですよね? 下手したらリオたちも自分の昼食を経費で落とすよね? ていうか落としてるよね?


 カズハがそんなことで頭がいっぱいになっている間にリオは「今日は遠くてなかなか行けなかった店に行こう!」とみんなと計画を立て、盛り上がったみんなはその勢いでそれぞれに仕事に戻っていった。


 いやね、別にいいよ? 自分のこと以上に騎士隊の経費削減とか騎士たちのお腹の都合とかの方を先に考えた私って偉い、とは思うけどもさ。

 「正規の」やり方で昼食の残りを自分の昼食にしていた私って、今日から何を食べましょうね? なんて思いながら朝食の残りで用意された朝の賄いの、更に残りを捨てずに自分の昼食に回した私を……誰か褒めてくれないだろうか……。



 なんだか久しぶりにやり場のない怒りにイラッとしながらの帰り道。

 いつも通り抜ける公園を歩きながらカズハはふと立ち止まって、大きく息を吸って……吐く。

 ああ、ダメだ。

 久しぶりに、どうしようもなくイラッとした。

 今日はリオがもの凄い勢いで帰って行ったけど……あれは私の顔のせいかもしれない。分かってるけど……こういう時、私っていつも以上に目つきが悪くなるのよね。……きっと怖いと思わせたんだろうと思う。


 ……でもさぁ!

 それにしたってさあ!


 と叫んでしまいたくなる。


 なので、ちょっとクールダウン。

 家に帰ったら可愛いヒシバがいるんだから。ヒシバに八つ当たりしちゃいそうで、なんだか自分が怖いんだもん。

 足に擦り寄ってくるヒシバにイラッとして怒っちゃったりしたら……絶対嫌われちゃうもん。怖がらせちゃうもん。それだけは絶対ダメ。


 なので、ヒシバを拾った場所であるベンチに一旦腰を下ろして……深呼吸。

 このイライラを持ち帰らないようにしよう!



 しばらく公園でぼんやりして、月と星をぼやっと眺めていたらなんだかちょっと落ち着いた。

 なのでそろりと立ち上がり、残りの道を歩き出す。


 うん。

 落ち着いた、と思う。


 家が見えてくる頃にはすっかり気分も切り替わって「ちょっと遅くなっちゃったけどヒシバ、どうしてるかな」なんて思って急ぎ足になり……ドアを開けた。



「ただいまー」

「にゃあおう」

 いつも通りの甘えた声にぷぷっとカズハが吹き出す。

 ……可愛いわ。やっぱり可愛いわ。

 で。

 ……あ、れ?


 まず足元に擦り寄ってくるヒシバをそのまま抱き上げて、胸元にしがみつくように姿勢を安定させたヒシバを片腕で支えながらいつも食事をしているテーブルの上に目をやって、一瞬固まる。

 えーと……あれ? 私、今朝テーブルの上ってこんなに綺麗にして出て行ったっけ?

 ツルツルピカピカの何もないテーブルの天板。

 今朝、出がけに飲んだミルクのカップ。時間なかったからそのままここに置いて行ったんだけど……。

 と視線を滑らせるが、台所の洗い場にもなく……あ、食器棚に入ってる……?

 え? 洗わないで戻したっけ?

 慌てて食器棚に歩み寄り、中を確認するも……きれいに洗ってある。

 あれ、そういえばそもそも私、昨夜使った食器洗ってなかったはずなのに……片付いてる。

 ただ……しまってある場所が、ちょっと違う、けど。

 棚の上段に入れているはずの物が全部下の段に収まってる……?


「ええええええっ?」

「んにゃっ」

 思わず背筋に寒気が走ってヒシバを抱く腕に力が入ったら変な声を出されてしまった。

 けど。


 だって、これ!

 絶対私じゃないもん!

 私こんなしまい方しない!


 で、ヒシバが日中外に出ていけるように窓も少し開けて出かけていることを考えると……誰か入ってきてる?

 そんなことを考えながら、そーっと寝室のドアを開けて中を確認する。

 ……うん、誰もいない。

 で、次に作業部屋にしてる部屋もそーっと確認。

 ……大丈夫。

 その調子でバスルームも確認して……開けていた窓を確認……あ、れ? 閉まってる。


 これは……誰かが勝手に入ってきて、片付けをして、戸締りして帰って行ったってこと?

 ん? そんなことしてなんのメリットが?

 だって何も盗まれた形跡ないし……まぁ盗まれるようなものもないんだけど……荒らされた形跡もない……。

 でも……ちょっと……気味が悪い……。

「ヒシバ……あなた、昼間どう過ごしてたの……?」

 もしかして怖い思いとかしてるんじゃないだろうか、だからこんなに待ちわびてた! みたいな出迎え方してくれてるんじゃないか、と思えてならないので思わず眉間にシワを寄せて胸元にしがみついているヒシバの顔を覗き込む。

 と、目を逸らされた。

 ……しまった、怖かったか。てゆーかこっちも怖がらせてしまったか。

「まあ、いいや。とりあえず、シャワー浴びよう。……ヒシバ、怖いから一緒にシャワー浴びよう!」

「にゃ!」

 途端にヒシバが爪を立てて肩によじ登り、そのままカズハの背中の方から飛び降りる。ので。

「いいいいいったあい! えー! ちょっと! なんで逃げるの! 一緒に入ろうよ! 怖いんだからー!」

 ソファの上に跳び乗ったヒシバをそのまま後ろから抱き上げてそのまま抱きしめると、今までにないくらい手足をばたつかせ始めた。


 で。

 どうにか飛び降りたヒシバが。

「だーーーー! 一緒にシャワーはダメだ! それだけは勘弁! 自分が女だってことをまず自覚しろ!」

「……っ!」

 腕の中からなんとか脱出して床に飛び降りたヒシバは……こちらに向き直るなり……叫んだ。

「……?」

 そしてカズハの目が点になる。


 目の前には……男の子。

 どう見ても、人間の男の子。


 歳は……十歳くらい。少年らしい短髪に前髪はちょっと長め。服は生成りのシャツに黒のズボン。可愛らしいことにちょっとゆるく開いた襟元に黒のリボンタイなんか結んでて……金色の目が大きくて可愛い……男の子が……その目をちょっと潤ませて、顔を赤くしてこっちを見上げている。


「……え、と……ヒシ、バ?」

「……ニャア……?」

 混乱するカズハの前で男の子が決まり悪そうな赤い顔のまま、唇だけで笑みの形を無理やりつくって答えた。

「ええええええ……なに……なんなの!」

 カズハがその場にへなっと座り込んだ。





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