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僕とメア

文字数を埋めるのが苦手です

大人になったら本を一冊書こうと思っていた。子供のころ、僕はいくつかの賞を取ったことがある。そのほとんどが作文で、お寺に呼ばれて表彰されたこともあった。

だから大人になって酸いも甘いも嚙み分けた僕なら何か凄いものが書けるんじゃないかと思っていた。

だけど今の僕は甘いところだけを噛み締めたまま呑み込めず、かと言って捨てられずにいる。もしかしたら次に口にするものが酸いのほうかもしれないと思うと甘いに執着してしまった。

だから僕は大人になれなかった。

僕にとって幸か不幸か一度も失敗せずに今まで生きてきてしまった。坂道を思い切り駆け下りるように生きてきたが転ぶことなくここまで来てしまった。世界は僕に都合が良すぎる。メアと出会ったのもそういうことなんだろうな。


「ねえメア。熟しすぎてしまった果実はどうなると思う?」

メアは僕を見て楽しそうに言った。

「そんなのいずれ腐ってしまうに決まってます。」

もっとも、と続け彼女は

「口にする人がいなければですけど。」

満面の笑みで答えた。ほらメアは僕に都合がいい。


本日8月8日、昨日か一昨日に甲子園が開幕し高校球児たちのスポーツマンシップに則ったプレーをテレビ中継でメアと観ていた。僕がルールをあまり把握できていないのだからメアなんてもっと分からないだろうに二人して気に入った学校のバッターが打つたび歓声を上げている。(まことに残念なことに僕の県の高校は昨日負けてしまったらしい。)

こんなに科学が発展しているのだからバットにジェット噴射でもつければホームランを打てるのでは?とスポーツマンシップがわかっていないメアの提案は見てみたいと思うくらいには僕に少年の心が残っているのを確認した昼下がり。平日とは思えない。

僕の仕事はその偶発性からほとんど休日みたいなもので社会人皆様が羨む環境なのだけど僕自身がそう思っていたのは最初の一年までだった。一年を過ぎてからは毎日のように宿題をやらずに迎えた夏休み最終日のような気分を味わっている。

要するに気晴らしが必要なのだ、僕は。


「メア。出かけない?」


「行きます。」

断らないとは思ったが即答だった。


人混みというのが僕は好きだった。多くの人に囲まれてまるで自分がその一員になったような気がするのがいい。気分も高揚しポジティブになれる。だが(僕にとっては)不思議なことに人混みが嫌いな人は多い。そしてメアも人混みは苦手らしい、人の波にもまれて移動にも一苦労といった有様だ。少し経ってからメアが必ず道を譲っているのに気が付いた。人が前からくれば立ち止まってから大きく横に避ける、それじゃあ疲れて当然だ。思うに人混みが苦手な人はこういう風に譲ってしまう優しい人が多いんじゃないかな。まあメアが優しいかは兎も角ね。

「メア、手をつなごう」

了承を得る前に彼女の手をとった。これでスムーズに移動できるだろう、少なくともさっきのメアよりスムーズになるのは確かだと思う。

「あと、人を避けるときは体で避けるんじゃなくて肩で避けるんだよ」

手を繋いでからずっと俯いていたメアだったが疲れたなら休憩しようかと聞くと横に大きく首を振った。僕には疲れているように見えたけど本人がそう言うならと思い、彼女の手を引いた。


しかし、三歩も進まない内に引っ張られてしまう。つないだ手の先でメアはさっきと変わらずにいた。

「メア?」

やっぱり疲れた?と聞こうとしたとき


「あなただけです。」


「ん?」


「多くの世界、多くの人、この世界にだってこんなにたくさんの人がいる。でも、私の手をこうして取ってくれたのはあなた、この世界のあなただけなんです。」


「…大したことしたつもりはないんだけど」

メアの言う事はいつもストレートすぎてこそばゆい、もっと愛を言えない嘘つき少年を見習ってほしいね、嘘だけど。

「私にはとっても大きな事なんですよ。」

顔を上げ僕を見つめるメア。

「だから、この手は絶対に離しませんからね」

握る手から確かめるような強さで力が送られてくる。僕はそれを返すことはしなかった

それでも僕を見上げる顔は笑顔のままで、すこし罪悪感を覚えた。

「あのさ、君が喜んで掴むほど僕の手はきれいじゃない。今まで人には言えないことだってたくさんやってきた手だ。」

それこそ異世界に、いや【上】に関わる前から。もしかしたら生まれたときから、僕はまっとうに生きるためにまっとうじゃないことをしてきた。

「それにさメアぐらい凄い【魔法】使いならきっとその手を掴む奴はたくさんいる。それこそ引く手あまただよ。」

だから、と続けようとした僕の口はメアの真紅な目に見つめられていることに気づき沈黙を選んだ。

「じゃあ私が京介さんを選んであげます。私を求める人たちの中から京介さんの手を取ります。」

メアはそういうと空いている手で僕のもう片方の手を掴んだ。

「離しちゃだめですよ?」

私も離しませんからと穏やかに笑うメアを見て、僕は絆という字の意味を思い出した。

ほだし 人の心や行動を縛るもの。

僕から手を取りメアに選ばれた僕。お互いに縛りあっている僕らは動けば動くほど絡まってしまう。ああ、息苦しい。

「デートの続きしましょ?」

僕にとっての息抜き、メアにとってのデートは彼女が僕の手を引くことで再開した。

メアに合わせると遅くなるから結局は僕が手を引く形になった。

酸素を求めて僕たちは街をさまよう。


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