短編4_仮想と現実との境界
いつしかヒトはカプセルに入り栄養のみを摂取し、仮想現実へと意識を移し暮らすようになった。
しかしそれも二代三代と続けば肉体の持たない世代が始まる。仮想現実で生まれた子どもたちは、ただのデータのみの存在だ。
ただそこには問題があり、その肉体を持たない子どもたちと、現実で生まれたばかりの肉体を持つ子どもは互いに仮想現実内での判別は難しい。
これはそんなデータのみの存在と、肉体を持つものたちの物語。
祖母は夜になるといつも寂しそうに夜空を見上げていた。
星が輝く空を見上げてはため息をつく。
祖母の世代の人たちは地球という星に生まれ、この電脳世界アンダーワールド"アリス"を作ったのだと教わった。
私は生まれも育ちも"アリス"であり、祖母からすると私は電子生命体ということになるらしい。
ただ当の私自身にその自覚はなく、祖母となにが違うのかと言われても分からなかった。
けれど祖母の寂しそうな顔を見るたび思うことがあった、いつか地球を見てみたいと。
もちろん学校の授業で写真や映像を見せてもらったことはあるのだけれど、それほどこのセカイと異なる様には感じなかった。
まぁ強いて言うなら少し不便そうだなと思うくらいである。
しかし、祖母に地球がどんなところかと聞けば、今は人の住むことの出来ない地獄のようなところだという。
それでも昔は太陽の光にやさしく包まれていて、何をするにも楽しかったんだよ。そう言って祖母はまた空を眺めていた。
季節は春。
私も今年から高校生になった。
驚いたことに同級生の中には私たちの世代にはいないと思っていた地球生まれの子が一人いた。
ただ祖母とは違い、物心がついた頃にはすでに"アリス"で生活していたらしく、地球での記憶は無いらしい。
それでも私の興味を引くには十分だった。
それからというもの私は彼女にべったり、なにをするにも常に一緒で彼女を独占していたのは明らかだろう。
高校3年の夏、彼女がぽつりと予想だにしないことをつぶやいた。
「地球、行ってこようかな…」
私の興味の根源。
私と彼女との違い。
その肉体を持つ者の特権、私には手の届くことのないセカイ。
彼女も私と過ごすことで地球に興味を持ったとのことだった。
彼女は旅行に行くかのように気軽に"行ってくるね"と言い、夏休みが始まると彼女は地球へと行ってしまった。
気がつけば夏休みも終わり二学期が始まった。
しかしそこに彼女の姿はなく、早く地球の事を聞きたいと思っていた私はもどかしく感じていた。
ずっと会えていない寂しさや地球へ向かった彼女の心配もあったのだが、そこはやはり好奇心が勝り私の心はどこか落ち着かない。
しかしそんな私の気持ちをよそに月日は経ち、彼女は戻らないままに私たちは高校卒業を迎えた。
時は流れ、私は三十路を迎えようとしていた。
社会人となりそれなりに過ごして来たからか、最近では地球への興味も薄れてきていた。
社会の歯車となり、毎日毎日同じことの繰り返し。
心が擦り減る様な感覚を覚えながら過ごす毎日。
いつまでこんな日々を繰り返せばいいのだろう。
そんな事ばかり考えていた。
そんなある日、祖母が亡くなった。
現実世界で肉体が限界を迎えてしまったのだという。
私たちのようなデータのみの存在とは違い肉体での寿命を迎えたのだ。
そしてふと考えてしまう。
私の人生はいつまで続くのだろうと。
電子生命体である私たちに寿命はあるのだろうか。
もし寿命があるのだとしたらいつまで続き、どの様な最期を迎えるのだろうと。
しかしいくら考えようと結論はまだ分かっていない。
現段階で電子生命体で寿命を迎えた者はいないのだ。
そんな分からないことだらけなこのセカイ、これからの人生まだまだ長いのかなとぼんやり感じていた。
祖母を弔い遺品を整理していると私は不思議なものを見つけた。
それは祖母がまだ若い頃の写真。
祖母が地球で暮らしていた頃の、学生だった頃の写真である。
どこにでもあるような友だちとの写真だったのだが、一人見覚えのある人物の姿がそこにあった。
私が高校の大半を一緒に過ごしたはずの彼女の姿である。
他人の空似、という事もあるのかもしれないのだけれどあまりにそれは似すぎていた。
髪型や体格、優しい瞳。そして眉の下がったへたっぴな微笑み。
どれを取っても彼女にしか見えなかった。
なぜ。
そう思うもこれについては答えは出る事は無かった。
答えを知る祖母はもういないのだ。
考えるも悩むも謎が増えるばかりであった。
またどのくらい歳を重ねたのだろう。
私も気づけばしわしわのおばあちゃんになっていた。
結婚することもなく、両親はとうに他界し、家族と呼べる者は誰も居なくなっていた。
電子生命体なのだから寿命も長いのかと思っていた時期もあったのだが、今となれば案外普通、地球の頃とそう変わらないとのことだった。
天涯孤独。
字面だけはかっこよく思えるものの、実際この歳で独り身というのは寂しく、感情も薄れ、私自身干からびていくように思えていた。
この歳まで自由気ままに楽しく暮らし、それなりな人生だったと思う。
ただやはり最期をと考えるとやはり寂しさが溢れ、昔のことばかりを思い出す。
明日の事を考えていたつもりが、目を閉じればいつのまにか一週間、一ヶ月と時間はあっと言う間に過ぎ去って行く。
そしてふと思い出す、私の「夢」。
地球、行ってみたかったな…。
目を閉じ広がる地球の風景、そういえば学校で習ったな。
やさしく照らす太陽の下でおばあちゃんとあの子と私とで楽しくピクニック。
なにかが違うのだけれど言葉にすることのできない、そんな感覚。
目を開けば現実そこには天井が見えるだけ。
そろそろかな…。
私はまた目を瞑り「夢」を見る。
私、地球に来れたよおばあちゃん。
また一緒に暮らせるね。
あの子ともまた遊びたいな。
私の「夢」は終わらない。
永遠に私の意識は途切れることなく…
そう、これは電子生命体である私の物語。
始まりも終わりも存在しない彼女だけの物語…
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最期を寝て過ごすのはとても辛そうだよね。
母はそう言い、身体が動かなくなる前にと、セカンドライフプログラムへと参加していた。
最期を迎えるその日まで、意識だけでも楽しく暮らしたい。暮らしてほしい。
そんな想いを込めて意識だけ仮想世界で生活ができるよう開発されたサービスだ。
母はちょっと変わっていた。
仮想世界へ行く際、自分自身の孫として暮らしてみるのも面白そう。と変わった要望を出してみたり。
私の親友も一緒にプログラムに参加するから、出会えるようによろしくね!などとお願いをしていたりもした。
結果、お友達の方が先に亡くなってしまったけれど、母はかなり長く仮想世界に身を置いていた、と思う。
母が亡くなった際、プログラムの運営の方に不思議な事を聞かされた。
なんでも理由は分からないが、母はまだ仮想世界で生活をしているのだという。
そして代わりに、母をモデル体として使用した仮想世界の母の祖母に当たる人物の機能が停止してしまったとの事だった。
「お母さん、第2の人生楽しんでるのかな。」
そんな事を考えながら、私はまだ幼い娘の頭を優しく撫でる。
幼い我が子にどこか母の面影を感じながら…
アナタもワタシも電子生命体、なのかもしれません…ね
貴重なお時間をありがとうございました。