10年前のとある日③
次の日からも、夏目さんに話かけていった。
下校時は一緒に帰るのが習慣になっていった。
その内、一緒に遊ぶ友達も1人増えた。
夏目さんと、その友達と3人で、公園でおしゃべりしたり、僕の家でゲームをしたり、宿題が多い日は僕の家で一緒に勉強をした。
あとは近くの神社の裏山に秘密基地を作ったりもしたっけ。
気づけば、夏目さんは学校で悲しそうな顔をする事は無くなっていた。
いつも笑顔で毎日楽しそうにしていた。
その事に気づいた時、僕は嬉しい気持ちでいっぱいだった。
(あぁ、あの時に話かけて良かった。)
このまま、夏目さんが笑顔で毎日が過ごせますように・・・。
夏目さんと友達になって1年後。
「あっくん、みーちゃん・・・私、来月転校するんだ・・・」
この頃には、夏目さんは僕のことを「あっくん」と呼んでいた。
僕も夏目さんの事は「なっちゃん」と呼ぶようになっていた。
「て、転校!?」
久々に夏目さんの悲しそうな表情を見た。
「転校って、何処に行くの?もう会えないの??」
そう聞いたのは、みーちゃんと呼ばれていた少女だ。
名前は、綾瀬美菜。
クラスの席替えの時に、隣になってよく話すようになり、気づいたら夏目さんと一緒に3人で遊ぶ事が多くなったんだ。
「うん・・・お父さんの仕事で、どうしても引っ越さないといけないんだって・・・。」
「ば、場所は何処に引っ越すの??私たちでも行けるなら、会いに行くよ!」
「大阪なんだって。新幹線とか使わないと行けないよ。」
僕も綾瀬さんも何も言えなかった。
僕たちが住んでる場所は東京だ。
10年経った今なら、行こうと思えば大阪くらい簡単に行けるけど、小学生の頃は大阪-東京間の500Kmというのはどう足掻いても簡単には行けない距離だった。
それから数週間が経った。
その間、3人の中では、夏目さんが引っ越す事はあえて口に出さずに、今まで通り過ごしてきた。
どうやっても、夏目さんがいなくなってしまう未来は変えられないのだから、その日が来るまでは、皆でいつも通り遊ぼう、という事にしていた。
いよいよ夏目さんが引っ越す時がやってきた。
夏目さんが引っ越す前日に、3人で集まってタイムカプセルを埋める事を決めていた。
ブリキ缶の中に、3人が3人への手紙を入れ、皆の宝物を入れて蓋を閉じた。
あと、夏目さんの案で、4桁の暗証番号が付いた鍵を取り付ける事にした。
「何で鍵までかけとくの?そんなに見られたくない物が入ってるの?」
綾瀬さんがニヤニヤした顔で夏目さんに問いかけると、夏目さんはブンブンと顔を横にふった。ちょっと可愛い仕草だった。
「そ、そういうわけじゃないよ!また3人が揃った時に開けたいから。
私がいない間にこっそり開けないでよ?」
「あ、開けないよ!なっちゃんが帰ってくる時まで待ってるから。」
開けない事を約束しつつ、タイムカプセルは地中に埋めていった。
埋めている途中で、僕は何気なく夏目さんに、
「ちなみに、開ける事はしないけど、暗証番号って何番なの?」
と、聞いてみた。
「それを聞いちゃったら、鍵かけてる意味が無いでしょ。バカなの?」
そうしたら、綾瀬さんにバカ扱いされた。バカ扱いされて、僕はちょっと不貞腐れた。
いや、この発言は確実にバカ発言だけども。今考えると恥ずかしい。
「い、いや、開ける気は一切無いけど。
もし、夏目さんが暗証番号を忘れた時のために、皆で覚えておいた方が良いかな?って思ったんだよ。」
これは本心。だから、暗証番号を聞こうと思ったんだ。
「あっくんらしいね。」
と、夏目さんは笑っていた。
「暗証番号は私が一番欲しかったものを語呂にしてるから、忘れる事は無いと思うけど、確かに忘れるかもしれないから、皆にも暗証番号を教えておくね。」
「あ、教えてくれるんだ。ちょっと待ってて、メモするから。」
と言って、綾瀬さんはランドセルからノートを取り出そうとした。
「あ、この番号はメモする事は禁止します!頭の中で覚えておいてほしいなって。
これが最後の遊び。次に会う時まで、この番号を覚えておく事!
もし次に3人で会う時に皆忘れていたら、それはそれで面白いしね。」
3人でこの秘密の番号を覚えておく事。
これが、僕たちの最後の遊び。
僕は「りょーかい」と言って、グーサインをしてニカっと笑った。
綾瀬さんもつられて、同じポーズをしていた。
「うん、それじゃあ番号を言うね・・・。
暗証番号は、1・・・8・・・。
い・・・は・・・って覚えておいてね。」
これが夏目さんが一番ほしかったもの・・・。
僕も綾瀬さんも、何とも言えない顔をしていたと思う。
「うん、私・・・絶対に忘れないよ!」
「僕も忘れないよ!またなっちゃんに会う時まで、必ず!」
それを聞いて夏目さんは瞳から涙が零れた。
「うん・・・二人とも、ありがとう・・・」
夏目さんの涙を見て、僕も綾瀬さんも涙が出てきた。
しばらく3人で泣いていた。
これが僕たち3人で遊んだ、最後の記憶だ。
またすぐに会えるよ!と約束を交わした。
(最後に夏目さんを泣かしちゃったな。)
(正義のヒーローなんて言ってたのに、僕は失格だな。)
秘密基地から解散して家に帰った後に、先ほどの事を思い出していた。
(次に会う時は、また夏目さんの笑顔が見たいな)
また次に会える日を僕は楽しみにした。
楽しみにしていたはずなんだ。
楽しみにしていたはずなのに・・・
次の日に、夏目さんは転校していった。
それ以降、綾瀬さんとも遊ぶ機会は減っていき、お互いに違う友達と遊ぶようになっていた。
小学校を卒業する頃には、お互いに話す事も無くなっていた。
高校生となった今では、彼女は何処の学校に通っていて、今は何をしているのかもわからない。
いや、綾瀬さんだけじゃないか・・・
夏目さんとも、この10年の間に1度も再会していない。
小学校を卒業して、中学校を卒業して・・・年月が経つ毎に、夏目さんや綾瀬さんと遊んだ記憶は薄まっていき、10年経った今では、タイムカプセルを埋めた事すら忘れてしまっていた。
だから、夏目さんに10年振りに再開した時に、すぐには夏目さんだとは気づけなかったんだ・・・