10年前のとある日②
「ねぇ。えーっと・・・夏目さん?」
彼女・・・夏目さんに声をかけると、一瞬ビクっとして、こちらに顔を向けた。
かなりオドオドした表情で
「え・・・な、何?」
不安感というか恐怖感というか、そんな感じの顔を向けられた気がする。
そりゃ初対面の人にいきなり声をかけられたら、ビックリするよな。
それにイジメられてた子だったわけだし、不安がるに決まってる。
でも、当時の俺はバカだから、そんな事にも全く気付かずに、
「夏目さんの家って、どこら辺なの?」
「え?わ、私の家?」
「うん、そう。もし帰る方向が同じなら、一緒に帰ろうよ。」
「い、一緒に帰る・・・の?でも、私イジメられてるし・・・」
「え?夏目さんってイジメられてるの?」
「う・・・うん、まぁ。だから、私と一緒にいたら、迷惑になるよ・・・」
「うーん・・・」
「ごめんね、せっかく声をかけてくれたのに。私は一人で帰るよ。」
「え?何で?」
僕がキョトンとした顔をすると、夏目さんも「え?」という顔をした。
「え?だって、話聞いてたよね?私イジメられてるんだよ?」
「うん、それはさっき聞いたよ。それで?」
「だから、私と一緒にいると、迷惑をかけるかr」
「そう!そこ!」
いきなり声を上げたから、夏目さんはかなりビックリした様子だった。
体もビクってなってたし。
「あぁ、ごめんごめん。いきなり声を上げちゃって。」
「う、うん。大丈夫・・・。それで、そこって何?」
「いや、夏目さんがイジメられてるのはわかったんだけど、何で僕に迷惑がかかる事になるの?」
「それは・・・。私みたいなのと一緒にいるってだけで、同類に見られると思うから・・・。佐伯君もイジメられちゃうかもしれないよ・・・」
バカだった僕でも、ようやく気付く事が出来た。
あぁ、彼女は僕の事を心配してくれたんだ。
自分がイジメられていて辛いはずなのに、他人の心配をしてくれる優しい人なんだ。
「夏目さんは、すっごく優しいんだね。」
「ふぇえ!?」
夏目さんの顔をまっすぐに見つめてそう言ったら、夏目さんはビックリしたような顔をして、椅子から飛びあがった。
顔も若干赤っぽかったような気がするけど、すぐに俯いてしまったので、よくわからなかった。
「な、何をいきなり!?」
「夏目さんこそいきなり、飛びあがってどうしたの?すっごいビックリした!」
「そ、それは、君がいきなり変な事を言うから!」
・・・今だったら絶対に言えないような言葉を、小学生の頃に言えたのは、純粋だったからか、単にバカだったのか。まぁ後者なんだけども。
でも、この言葉のおかげで、夏目さんと友達になれたんだ。
「夏目さん。僕はさ、イジメとかはよくわかんないんだけど。」
「よ、よくわかんないんだ・・・」
「うん。でもさ、僕は別にクラスメイト全員と友達になりたいわけじゃないよ。」
そう言うと、夏目さんは、何を言ってるんだコイツは?っていうような顔していた。
「僕はこの人と仲良くなりたい!って思った人だけと友達になれれば良いと思ってるんだ。だから、それ以外の連中にイジメられたとしても、僕は全然構わないんだ。」
まぁ、ヤラれたら僕だってケンカするけどね!って笑いながら続けて言ったら、夏目さんもつられて笑ってくれた。
これが夏目さんが見してくれた、初めての笑顔だった。
不意に見れた笑顔が、とても可愛かったので、顔を見れずに俯いてしまった。
「ん?佐伯君どうしたの?」
夏目さんが、心配そうな顔でこっちの顔を覗き込んだので「ゴホゴホッ」と咳込んだフリをして「ゴメン、咳が出そうだったから」と嘘をついた。
ちょっとの間が流れて、もう一度ゴホンと咳込んでから、夏目さんに言いたい事を言った。
「まぁつまり、僕は夏目さんと仲良くなりたいと思って話しかけたんだよ。だから・・・」
そう言って、自分の手を夏目さんの方に差し出した。
「一緒に帰ろうよ。」
「・・・うん、ありがとう。」
そう言って、夏目さんは手を握り返してくれた。
話をしてみると、夏目さんの家は、結構近所だという事がわかった。
帰る途中で、色々な話をした。
家に帰って普段は何をしてるのか。
よく見てるテレビ番組は何か。
オススメのマンガとかゲーム話とか色々な事を話した。
「え?夏目さん、ゴニンジャーを見た事ないの?」
「うーん、見た事ないなー。日曜日の朝にやってるんだよね?」
「うん!めちゃくちゃ面白いから、見てみなよ!そうだ、毎週録画してあるから、良かったら貸してあげるよ!」
そう言いながら、ゴニンジャーの主人公ニンジャレッドのマネをしてあげた。
夏目さんは「なにそれー?」と言いながら、ケラケラと笑ってくれた。
「ゴニンジャーは正義のヒーローでめちゃくちゃカッコいいんだ!だから僕も正義のヒーローを目指すんだ。」
「ふふふ、正義のヒーローかぁ。確かに佐伯君は正義のヒーローになれると思うよ。」
「そうかな?夏目さんにそう言って貰えると、自信が出るなー。あ、そうだ!」
歩きながら、夏目さんの方に顔を向けた。
夏目さんは「なに?」という顔をしていた。
「正義のヒーローが助けるヒロインはさ、みんな笑顔なんだ!ヒーローの前ではニコニコ笑っているんだ!」
なんでかわかる?って夏目さんに聞いたら、「うーん、わかんないよ。」と言われた。
「それはね、ヒーローが必ずヒロインを助けに来てくれるからさ。だからヒロインは、みんな安心して笑っていてくれるんだ。」
なるほどー、って夏目さんは頷いてくれた。
「だからさ、夏目さんがピンチな時には僕が必ず助けに行くから、夏目さんはずっと笑っていなよ。だって・・・」
少し歩幅を上げて、夏目さんよりも前に出た。そして振り返って夏目さんの方を見て、ニカっと笑いながら、続けてこう言った。
「夏目さんは、笑うと可愛いんだから。」
「えぇ!?か・・・可愛い!?私が?は、初めて言われたよ。」
「うん、とても可愛いと思うよ。だからさ、いつも悲しい顔をしてるのは勿体ないって。」
「う、うん・・・」
顔を赤らめながら俯いてしまった。
少し経つと、夏目さんが足を止めて、顔を上げてくれた。
「さ、佐伯君。あのね・・・」
「うん、何かな?」
「私は片親だからって事で、学校に行っても、クラスの皆にイジメられた。
みんな私の事を無視して、悪口ばかり言われた。
家に帰っても、お父さんは仕事で夜遅くになるまで帰ってこない。
帰ってきても、毎日叱られてばっかり。
私の居場所なんて、何処にもないと思ってたんだ。」
ふいに夏目さんの瞳から、涙がポタポタと零れていった。
「でも、今日、佐伯君に声をかけて貰えて、嬉しかった・・・。
お父さん以外とこんなに話たのは、初めてだよ。
色々なお話が出来て、とても楽しかった。」
夏目さんは一呼吸置いて、少し震えながらでこう言った。
「だから・・・これからも、私と友達でいてくれますか・・・?」
多分、夏目さんからしたら、清水の舞台から飛び降りるような覚悟だったのだろう。
初めての友達作りなのだから。
「何言ってんのさ!僕たちはもう友達じゃないか!」
そう言い切ると、夏目さんはさらに涙が溢れだしていた。
傍から見れば、夏目さんを虐めてるみたいに見られそうだなって思ったので、近くの公園のベンチに一緒に座って、涙が止まるまで待った。
「ごめんね、いきなり泣いちゃって。」
「全然大丈夫だよ。」
すっかり涙は止まったようだ。
もう時間も遅いし、早く家に帰った方が良いと思い、少し早歩き気味で家に向かった。
先に夏目さんの家に着いた。
「こうやって、友達と下校するの、私の夢だったんだ。」
「え?そうなんだ。それじゃあ、他にも夢はあったりするのかな?」
「う・・・うん、色々とね。」
と、夏目さんは恥ずかしそうにモジモジと顔を赤らめていた。こういう仕草も可愛いなって思った。
「じゃあ、しばらくは夏目さんの夢を叶えていこうよ。僕も手伝うよ。」
「い、いいの?迷惑かけたりしないかな・・・」
「大丈夫だよ!友達なんだし、少しくらい迷惑をかけてくれてちょうど良いんだよ。」
と笑ってみせた。そしたらつられて夏目さんも笑った。
「ありがとう。それじゃあ、また明日ね。」
「うん、また明日!」
そう言って、僕は夏目さんに手を振ってから、自分の家に帰った。
夏目さんは僕が見えなくなるまで、手を振っていてくれた。
見えなくなった所で手を振るのを止めて、夏目さんはもう一度ニコっと笑っていた。
「・・・ありがとう。正義のヒーローさん。」
そう呟いて、夏目さんは自分の家のドアを開けた。