登校
最近雨ばっかりだな。
梅雨入りしてからは、ジメジメとした日々が続いている。
早く梅雨明けして貰いたいが、その頃には期末試験の時期か。
夏休みに入るまでに嫌な行事が続くのは嫌だな、と思いながら欠伸をした。
俺の通っている学校は家から電車で一時間程度かかる。
いつもなら、通学中に誰かしら友人に遭遇するのだが、今日は珍しく友人に遭遇しなかった。
通学中に友人には遭遇しなかったが、その代わりに、見知らぬ女の子に後ろから声をかけられた。
「…っくん。」
ん?誰かに呼ばれた気がした。
俺は後ろを振り返った。
そこには女の子が立っていた。
傘で顔は見えなかったけど、とても綺麗な黒髪が印象的だった。
顔は見えなかったけど、口元は笑っていた。
この子は誰なんだろう?と思ったし、もう一つ気になることがあった。
まだ夏には早いけど、気温は30度を越える日は少なくない。
それに、雨が多い時期だというのに、何でこの女の子は、長袖のセーラー服とタイツを着ているのだろう?
(これって多分冬用の制服だよな?)
これで首もとにマフラーでもしていたら、季節は1月だと勘違いする人も出てきそうだ。
そんな服装にちょっと気になっていた。
いや、まぁそんなことよりも、この子が誰なのかが一番気になる。
どうやら、向こうは俺のことを知っているようだ。
だけど、俺はどんなに頭を捻っても、この子の事を思い出せなかった。
申し訳ないと思いつつも、俺は顔の見えない彼女に向かってこう聞いた。
「あの、えっと、すいません。
失礼ですけど、どちら様ですか?」
すると、彼女は一瞬笑顔を止めた。
でもすぐに、口元は笑顔に戻り、
「いえ、私の勘違いでした。
知っている方と間違えてしまったようです。
登校の途中ですよね。
止めてしまい、申し訳ありません。
それでは失礼いたします。」
そう言って、彼女は俺の元から去っていった。
「一体何だったんだろう?」
俺はそう思いつつも、特に深くは考えずに学校へと向かった。
そういえば、今日は後ろに注意しろって言われてたっけ。
さっきの出来事の事だったのかな。
「まずい、このままだと遅刻するかも!」
そう思って俺は急いで学校に向かった。
無事に学校に到着。
遅刻はしないで済んだので、ホッとした。
教室に入ると、友人は皆先に来ていた。
「おっす。なんだ、今日は遅いじゃんか。」
「はよーっす。まぁ、その色々合ってな。」
色々って何だよー、と言われたが、自分でもよくわかってないんだから、説明ができない。
「そういえば聞いてくれよ、安芸!
少し前に彼女と出会って一年が経ったんだよ!」
「おー、そうなんだ、よかったじゃん。
それで?記念に何処かデートに行ってきたとか?」
今俺に話しかけてる奴は、浅井拓。
高校に入って一番最初に出来た友達だ。
「それがさー、一周年記念に気合いの入ったデートプランを考えてたんだけどさ。
彼女の学校さ、藤女なんよ。
バリバリの進学校だから、この時期にも土日は学校の補講が毎回あるんだってさー。
だから、今年はデートどころか、会うこともままならないかもなー。」
藤峰女子高等学校。
ここら辺じゃ、一番頭の良いエリート学校だ。
進学率も恐ろしいレベルで高く、某国立大の合格率も高い事で有名だ。
なんで、そんな凄い所のお嬢さんと、こんな悪友が付き合える事になったのかは、未だに謎だ。
「まぁ、お互いに受験生なんだから仕方ないだろ。
それに来年からはお互いに大学生だし、遊ぶ時間はお互いに沢山取れるだろうから、それまで辛抱しな。」
そういって、悲しそうな顔をしている拓を見て苦笑いしながら応えてやった。
「それはそうなんだけどさ。
やっぱり辛いもんだよ、好きな人に中々会えないってのは。
そういえば、安芸は彼女とか作らないよな。
見てくれはそれなりに良いのに、何で?」
う、痛い事を言ってくるじゃねーか。
「まぁ、でもお前はヘタレだからなー。
彼女を作る以前に女の子と話すのも苦手だし」
少しムカつくけど、拓の言うとおりだ。
そもそも、どうやって女子と仲良くなれば良いのかさっぱりわからない。
キッカケも無いのに、話しかけたら「うわ、コイツきも」って思われそうで中々前に進めません、って拓に言ってみると、「それはお前の考えすぎだアホ。」って笑われた。
「それにそういう事を言う奴は、大抵の場合、キッカケが合っても話しかけないで終わるぞ。
でも、そうだな。
もし、好きな子がいたとする。
それで、その子に話すキッカケが無くて、困っている。
というときの攻略法を教えてやるよ。」
「え?そんなのあるんだったら、さっさと教えてくれよ。」
「それはな、もう何も考えずにバカになればいいんだよ。」
は?
「安芸はさ、幼稚園とか小学生の時とかは、普通に女子と話してたろ?」
「そりゃあ、普通に話しかけてたな。」
「その時は何か考えてたか?
もし嫌われたらどうしよう。
何を話せばいいんだろう。
とか、そんな事考えてたか?」
「いや、そんなこと全く考えてないわな。」
「そう、それなんだよ!
ようは別にキッカケが有るとか無いとかどうでも良いんだよ。
あの子と仲良くなりたい。ただそれだけで良いんだよ。
だから、仲良くなりたい女子がいるんなら、もう何も考えずに話しかけろ。
俺はそれで彼女をゲットしたんだぜ?」
なるほど。
経験者の言う事は深いな。
って、そんなのわかってても、絶対にできんわ!
要はただのナンパじゃねーか!
「まぁ、でも?
ヘタレな安芸君には、いきなりはハードルが高いかもしれないな。」
って思っていたのは、拓にバレバレだったみたいだ。
「まぁ実際にハードル高いと思うし、別にやる必要は無いよ。
もし、この子とマジで仲良くなりたい!って思ったときにどうすれば良いか悩むくらいなら、この事を思い出してくれ。」
そんな話をしていたら、授業開始の予鈴がなった。
彼女か。そんなのいつ出来ることやら、と思いながら俺は自分の席に着いて、一限目の授業の準備をした。