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蒼江生誕

ゴウッ!


すさまじい音をたて、空気を切り裂くなにかが森林の中を駆け抜けた!

それはさほど時間をおかずに、周囲に立ち並ぶ木々のひとつに激突。

轟音と共にその木をへし折り、停止する。


「ぐっ! まったく、盛大に殴り飛ばしよって!」


口許から血を流しながら立ち上がった何か――ギルガメスは、口許をぬぐいながら立ち上がり、自分をここまで吹き飛ばした敵を睨み付ける。

吹き飛んだギルガメスめがけ、狂気に満ちた眼光を輝かせ、地震と間違うほどの足音を轟かし、疾走してくる怪物を!


「そこまで人が嫌いか? 怪物め! この俺をここまで痛め付けてなお足りぬとはな!」


――貴様の方が、人よりよほど強欲だろうよ!


そんな、負け惜しみじみた言葉をはくギルガメスだが、今だ彼の目は死んでいない。


そう。戦いは一方的。まともな戦いを演じられているのが奇跡のような状況。

あてにしていた槍はまだ無事だが、肝心の槍での攻撃が届かない。

敵対するフワウワの体は、ネンキドゥほどではないが、かなり無茶が効く体だったのだ。

彼に付き従う樹木たちは、不可視の土中から無数の根による槍を放ち、やつの体を構成する全てが武器へと変じた。

蔦の髪はどこまでもに延びギルガメスを拘束し、体を守る岩の鱗は、高速で射出され、その軌道をフワウワの意思によって自在に変えた。

無数に生えた木々の腕は、髪と同じようにどこまでも延び、おまけにどこまで伸ばしても、その金剛力を衰えさせることはなかった。

ギルガメスにはない、広域射程の高威力攻撃。それこそが、本気を出したフワウワの絶対的な強さを保証するものの正体だった。


普通に考えれば、勝てるわけがない。

実際、圧倒的にリーチが違う相手に、自分の攻撃範囲のそとから一方的に攻撃を加えられている状況なのだ。

おまけに近づいたところで、確実に勝てるという保証はない。

ここまで情けない結果に陥っている以上、この槍もあの化け物相手にどこまで効果を発するか……。

だが、それでも!


「ここで貴様を殺せぬなら、いつやっても同じだろうさ!」


ギルガメスは覚悟をもってこの戦いに望んでいる。

この戦いに負ければ、どちらにしろエルクの民に先はないと知るがゆえに。

生け贄を拒否されたフワウワは決して人間を許さないと、恐らく怒りのままに、エルクの人間を皆殺しにするだろうと。それをここしばらくの闘いで、ギルガメスは悟っていた。

だから、彼は諦めない。諦めるわけにはいかない!


「たとえ、腕一本になろうとも、ここで……貴様の心臓を穿ってくれる!」

『■■■■■■■■■■!!』


口元に血のあとを残し、それでもなお不敵に笑うギルガメスが勘に障ったのか、フワウワは更なる方向と共に突撃し……そして、


「まったく、君はいつも無茶苦茶するなぁ……」

「ッ!?」


突如として、フワウワそっくりな生物が、木々をへし折りながらフワウワの側面を強襲!

ギルガメスに襲いかかろうとしていたフワウワの巨体を吹き飛ばし、暗い森の闇の中へと叩き込んだ!


「貴様は!」


その新しく現れた怪物の声に、ギルガメスは覚えがあった。

それは、


「助けに来たよ、王さま!」


昨夜殺しあいを演じた、変幻自在なるもう一人の怪物だった。



…†…†…………†…†…



「いいですね、これ」


その光景を見ていた一人の女神が呟きを漏らす。




…†…†…………†…†…



それは、惑星北半球に広がる巨大な大陸の最東端。

今だ文明未熟な大河のほとりでの出来事だった。

いや、今この場は、大河というのは憚られる光景に成り果てていた。

何せ、つい先日まで人々の喉を潤していた河の水がすべて干上がり、海と見まがわんばかりだった河は、小川程度のものになり下がってしまっていたから。

当然のごとく、いくら水を汲んでも枯れる心配がなかったこの河には、多くの人々が身を寄せており、日々その水の恩恵を受けていた。

その水が突然激減したのだ。当然人々はどろどろとした感情が入り乱れる、水の所有権をめぐった口論が繰り広げ、互いに疑心暗鬼に陥りつつあった。

状況はまさしく一触即発。周辺集落をまきこみ、元大河の周辺には不穏な空気が徐々に広がりつつあった。

そんななか。


「頼んだぞ、神納(しんのう)。なんとしてでもこの水不足の原因を突き止めるのだ!」

「はいはい。まあ、なんとかやってみるよ」


川を遡ろうとする一人の男を、無数の人々が見守る集落があった。

見送られる男の名は神納。ここら一帯の集落のなかで最も最近に成人した男であり、狩りの名手としても知られる男だった。


「ほんとに頼んだぞ! 狩人としてずっと山にすんでおったお主にはわからんだろうが、水不足で周囲の集落もギスギスし始めておる。そしてわが集落はそれらの集落の中心にあり、最も川に近いところに住んでおった。その立場を使い、ワシらは今までは重労働である水汲みを肩代わりする代わりに、様々な対価を得てきたのじゃ。だが」

「仕事受ける前にさんざん聞かされたさ! 水がなくなった今、すべての集落の中心であるあんたたちは周辺集落のど真ん中という最悪の立地に変わったとな。おかげで、殺しあいが始まるときは間違いなくあんたたちの集落が中心になると!」


耳にタコができるほど聞かされたのか、神納はため息と共に顔をしかめ、それ以上の村長の発言を遮った。


「あんたらは、それをなんとか回避したくて、山で遊んでいるなんぞ言われていた、はぐれものの俺を呼んだ。そういうこったろう? 安心しろ。あんたらが普段変わり者だと蔑んでいる俺に頼らざる得ないくらい追い詰められているのは理解しているから、頼むからこれ以上俺のやる気を削ぐな! こう、何度も何度も同じ話を聞かされちゃ、どんな屈強な奴だってまいっちまう! あんたらは自分の命運を俺に託したんだ! なら、あとは黙ってみも守るのが筋ってもんじゃねえのか!」

「そ、そうか。そ、それもそうじゃな……」


集落にはいない、狩人特有の粗野な言葉遣いと、恫喝じみた怒声に、村長は怯えて身をすくめる。


それは、命を狩りとり生活する狩人と、命を育み生活する農耕民。その違いが如実に現れた光景と言えた。


だが、


「とにかくもう行くからな! あんたらは黙ってみてろ!」


それだけ言い捨て、不安そうな集落の人々に見送られた神納が、しばらく森のなかを行くと。


「こんにちは! 神納のおにいちゃん!」

「……出たな女怪」

「もうそろそろ心許してくれてもバチは当たらないと思うんだけど?」


紅蓮の猛火と共に、一人の少女が神納の目の前にあった木ノ上に姿を表したのは。


「もう、おにいちゃんが大変そうだから力を貸しに来てあげたのに、お兄ちゃんは相変わらずなんだから!」

「お前はいつも炎と共に現れるから、出てきたらその炎気で獲物が逃げることを理解してないのか? おまけに始めにお前が出た時の山火事のせいで俺は現在村八分を食らっているわけだが……」

「えー。ホーちゃん、なんのことだがわからないなー? 本当に私がやったこと?」

「……………」


集落の人間とは違う炎のような深紅の衣と、艶やかな赤い髪を揺らし、あくまでしらを切ろうとする少女ホーに、神納の額に青筋が浮かぶ。

が、今はもめている時間さえ惜しいと感じたのか、神納は頭を振り、そのままホーを無視して前進した。

当然と言わんばかりに、ホーは樹上から飛び降り、神納の背中に付き従う。


「それにしてもお兄ちゃん。いくら火事起こしたからって、お兄ちゃんを村八分にした人たちのためによくやるね。一応いっておくけど、今回の件には割りと洒落にならないご仁が関わっているから、私的には干渉はお薦めしないよ?」

「そうだな。俺もそんな予感がしていたよ。あんなでかい河干上がらせるような相手、人だろうが自然だろうが俺一人ではどうにもならんとな。だが、あの腰抜けどもはいきたがらないし、俺は狩りばかりで肉以外の生活に必要なものが揃えにくい。それを盾に交渉されちゃいうことを聞かざる得ないだろう?」


甚だ不本意だと言いたげに、神納はやれやれとため息をついた。だか、それを聞いたホーはいう。


「なにいっているのおにいちゃん? お兄ちゃんは山籠りしている分山の資源をいくらでも使えるんだから、資源には困ってないでしょう? 服は繊維とりだしかたを私が教えたから集落の人より上等なもの着ているし、肉は当然のこと、食べられる果物や植物、薬に使える薬草なんかも私が教えたものを乾燥して貯蔵済み。家なんて、自分でさくさく作った集落と変わらないものが山中にいくらでもあるでしょう? なにかが不足しているなんてことはないと思うんだけど?」

「……………………」


再び沈黙を余儀なくされた神納に、ホーは今度こそ呆れたような半眼になり、


「一応聞くけど、集落の人には何を対価として渡すと言われたの?」

「ま、毎日の水汲みの肩代わりを」

「お兄ちゃん、今住んでいるところのすく横に小川があったよね?」

「ダアッ! もう、うるさいな! 俺が動く理由なんてなんだっていいだろ! うっとうしい!」


いよいよ論破の気配を感じとり、神納は顔を赤くしながら声を荒げることで、話題を打ちきり、先程よりも早い歩調で、山に分け入っていった。

そんな彼の背中にため息と、「しょうがないな……」という言葉と共に苦笑いを浮かべたホーは、


「お人好しなんだから。まあ、そう言うところが気に入ってるんだけど」


そんな言葉を残し、嬉しそうに彼の背中を追っていった。



…†…†…………†…†…



二人の山中踏破はさほど時間をかけられずに終わった。

当たり前だ。この世界には魔法があり、今はそれが全力で振るえる神代。山中にて暮らす神納は当然のごとくその神秘を獲得しており、山暮らしに必要な様々な術を行使できた。

おまけに、山を逃げ回る獲物を追うための山中踏破技能は、狩人には必須スキルだ。それを助ける魔法を編み出していないわけがない。

そんなわけで、常人ならば数日はかけねばならない山の調査を終えた二人は、今回河が干上がった原因を発見する。


「なんなんだありゃ?」

「あれが今回の元凶かな?」


というか、調査する必要すらなかった。

それは、逃げも隠れもしないでその場に鎮座していたのだから。

大河の水源の大半がある、山岳地帯――金崙(こんろん)

その山岳一帯を囲むように、巨大な樹木によって作られた堰が円形に取り囲んでいる。

それによって流れ出るはずの水は堰の中にたまり、荒々しい山岳の凹凸をかくし、鏡のように薙いだ水面を、堰の中に作り出していた。

そんな水面をつきやぶり、林のように林立する柱状の岩山がたちならぶなか、その石柱出すら覆い隠せないほどの巨体が、堰の中央に鎮座する。

それは、まるで木肌のような質感をもつ肌をさらし、目を閉ざし眠っている巨大な化け物。

美しい女性の上半身に、水面から延びる蛇体の下半身をもつ仮生。


「見た感じで私は女形をした災禍……女禍(じょか)って呼んでいるよ?」

「そりゃそうだろうさ!」


――あんなもんどうしろっていうんだ?


天を衝くほどの女禍の巨体に、神納は弱り果てたように呟いた。

これは自分の手に余ると。

さぁてきました黄河文明!

はたして、女禍の正体とは!?


え、インダス? 知らない子ですね……(白目

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