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オアシス

豪雨のなか、頭上で繰り広げられる二頭の()の激突に、シェネは目を細める。


「やはり、押されぎみですか……」


彼女にとっては都合が悪く……だが当然の帰結として、劣性なのはシェネが作った樹木の龍だ。

もとより創世神とその眷属。権能の出力がまるで違うこともあるが、何より素材と回復量がまるで違いすぎる。

流体である水の竜は物理的な打撃を食らっても即座に水をうごめかせてもとの形に戻れるし、体を削られたとしても、降り続く雨によって常に材料が提供されている状態。体が欠損すれば、木々の成長を待たねばならない樹木の龍とは、回復速度が違うのだ。


ゆえに、水の竜は今も体がアギトに食いちぎられるのも気にせず、透明な巨体を突貫!

樹木の龍の肉体を真っ二つにへし折り、新芽がはえだすその断面を踏みつけ、勝ちどきをあげる。

足元から次々と、龍の素材になる植物をうみだし続けるシェネはそれを見て舌打ちを漏らし、


「やはり、これだけでは抑え……」


切れないと言う言葉を、一発の弾丸が遮った!


「っ!」


来ると予想していたがゆえに反応はできた。今までの数ある戦いのなかで、彼の戦闘スタイルは学習済みだ。その攻撃に予想を立てていないわけがない。だが、


「わかっていても、やっぱり反応は難しいですね!」


弾丸を避けるために地面に転がったシェネの太腿には、弾丸がかすった証である、わずかな裂傷。

そこから漏れでる赤いダメージエフェクトに眉をしかめながら、シェネは生命の神としての力を使い、傷を癒す。


「狙いは足? 行動阻害が目的ですか? 甘いですね。同じ下界に降臨している状態なのですから、殺せばU.Tさんがいる神界に強制送還できるのに……」


――いや、それができる人なら、私はここまであの人のために動くことはないか。


その事にふと思い至り、シェネは思わず口許に苦笑いを浮かべる。

そして、


『笑っているとは、余裕だな』

「余裕? まさか!?」


雨の向こうから聞こえてくる、聞き取りづらい主の声に、樹木で作り出した槍をもって答える。


「ただ、改めて思っただけです。ここで負けるわけにはいかないと!」

『あくまで徹底抗戦かよ! いいぜ、それでお前の気がすむなら付き合ってやる!』


そして、ここでお前を打ち負かし、諸々に終止符を打つ!

その覚悟が聞き取れる主の声に、シェネはただいつものようなあざとい笑みを浮かべるばかりだ。



…†…†…………†…†…



二人の神々の戦いは熾烈を極めた。

頭上の巨獣二頭にばかり目がいっていたシュウネートがそれに気づいたのは、水竜が樹龍を一時的に戦闘不能にし勝鬨をあげたとき。


「なんだ、あれは?」

「あれ?」

「あの化け物たち二頭の下で、人が……」


戦っている。そういいかけたとき、シュウネートは気づく。

いや、あれは人ではないと。


その動きはあまりに人から外れたものだったから。

足元から無数の樹木を生み出す女性が、雨のなか飛来する見えないなにかを、手に握る樹木の槍で打ち落とし、時おり牽制するかのように、足を踏み鳴らし、そこを起点に槍のように先端が尖った木々を生み出す。


それに対するのは、雨のなかでは見づらい色の外套をまとった男のようだ。

雨の中をまるで踊るように回転しながら、素早い動きでなにかを握った手を何度もつきだしている。

それを合図にするかのように、女性が槍を振るいなにかを打ち落とすので、おそらくは女性が打ち落とさなければならないなにかを放っているのだろう。


その戦いは、いつまでも続くかのように、楽しげで……。


「楽しそうだね、おにいちゃん」

「楽しそう……か?」

「うん! だってあの人たち、まるで、お父さんとお母さんが喧嘩してたときみたい!」

「……あぁ。そうだな」


シュウネートの脳裏によみがえるのは、よく喧嘩をしていた両親の顔。

口汚い罵りあいも、掴み合いの子供のような喧嘩も、よくしていた二人だったが、それでもそれを見て不安になったひとは一人もいなかった。

またやっているよと笑い、茶化す周囲の人々の目には確かに写っていたのだから。


「あの人たち、きっと信頼しているんだ」

「しんらい?」

「あぁ。きっと自分達なら何があっても……」


――やり直すことができるって。


シュウネートのその言葉は豪雨によってかき消された。だが、その言葉が聞こえたかのように、二人の戦いはより苛烈さをまし、より鋭く、早く変わっていく。


お前なら、きっとまだまだついてこれると、そう言いたげに。



…†…†…………†…†…



やはり、見えづらいのが一番の難点ですね!


五度目のソートの消失に、シェネは荒い息を吐きながら、槍の石突きを地面に突き立て、杖のように槍をつきながら、周囲を警戒する。

見えるのは降り続く雨のカーテンばかり。

完全に隠密体制に移ったソートを見つけるのは至難の技だ。


「遮蔽物のない砂丘で、よくもまあこれだけ何度も隠れられるものです」


おそらくは身を低くし、匍匐前進で次の有利な位置取りができる場所に移動している。

この雨では体を引きずる音も、激しい運動による荒れた息も聞こえない。

泥にまみれる覚悟さえあれば、確かに正しい判断と言えた。


「まったく、創世神らしくないですけどね!」


いまさら、それを求めるのも酷だろうと、シェネは一人ごちる。


「あの人はいつだって、ここにゲームをしに来ていた。神様としてではなく、この世界を楽しむ一人の住人として……。だからですよ。私がなんとしてでもこの世界を守ろうと思ったのは」


まるで語りかけるようなシェネの独白。はたして、それはソートに届いているのか……不思議と、もう移動は済んだはずなのに、ソートからの攻撃はなかった。


「この世界をプレイヤーの人たちに楽しんでもらうのが、私達サポーターの絶対使命だから。全力で楽しみに来ているあなたを、助けてあげたかった。あなたが楽しめる遊び場を、守ってあげたかった」

『……それが、例え誰かを苦しめることになってもか?』

「そうですよ!」


ソートの問いかけに、シェネはためらいなく答えながら、声が聞こえた方へと槍を投擲する。だか、


「っ! 通信ウィンドウ!? 小細工を!」

『だったらなおのこと、俺はお前を全力で止める!』


槍が貫いたのは、二人がよく使っていた、通信用機能画面。

それを見て、シェネは慌てて振り替えるが、もう遅い。


『余計なお世話だってな!』

「っ!」


振り返ったシェネめがけ、いよいよソートの弾丸が突き刺さった!

シェネの右足にダメージエフェクトとともに、風穴があく!



…†…†…………†…†…



――やっぱりこうなりましたか。


半ば確信していた結果に、シェネは内心ため息をつく。

たが、そこに諦めはない。ただ、億劫さだけがにじみ出ていた。


「このまま勝てるなら越したことはなかったのですが、仕方ないですね」


ソートは絶対有利の立場にいるにも関わらず、通信画面による位置の誤認という手まで使ってシェネをしとめに来ている。ただでさえ不利な戦いに、相手は慢心すらしていないというのだから、シェネに勝ち目がないのはわかりきったことと言えた。

ゆえに、


「ええ、勝てないと解っているなら、それなりの対応がありますよ。勝てないなりの戦いかたを、見せてあげます!」


崩れ落ちながら、最後の手札を切ることを決めたシェネは、駆け寄ってくるソートに不敵な笑みを浮かべ、



…†…†…………†…†…



シェネを撃った。その事実にソートの眉がわずかに歪む。

だが、後悔はしない。すべては自分が決めたこと。覚悟をもって挑み、覚悟と共に迎撃されたのだ。いまさら、相手を倒したからと後悔するのは違う。

勝ったものは、勝者として、その勝利を誇る義務がある。

だからこそソートは、歪んだ眉を元に戻し、シェネを天界に連れ戻すために、倒れた彼女の元に駆け寄ろうとした。

だが、


『ソート! 待てっ!』

「U.T!? どうした?』

『その子の目は、まだ死んでない!』

「ナニッ!?」


地上を俯瞰していた、U.Tからの報告。それをうけ、ソートの足が止まった瞬間だった。


「ちえっ。さすがにそこまで甘くないですか……。でもまあ!」

「シェネお前!」


周囲に生まれ、そしてへし折られて残骸をさらしていた樹木たちのなれの果てが、輝き始めた。

その残骸はただの残骸ではない。狙って、規則的な破壊を誘導された、計画的破壊。

それによって作られたいくつもの要素が、まるで氷の積み木細工のようにはかなげで……しかし確かな力をもつ光を発した。


下界で発展している術理の輝き。ソートがこの世界に与えた、神秘の光。

奇跡が――魔術が、シェネの切り札として力を振るう!


「これで、さらに時間追加。ランダム転移ですから、私自身どこに飛ばされるか知りませんよ?」


天界からの世界捜査、頑張って下さい。


そういって、脂汗を流しながら手をふった彼女は、溢れかえる光い覆われ――そしてその消滅と共に消え去った。


あと一歩というところで、シェネを取り逃がした。

その事実にソートはしばらく呆然としたあと、


「クソッタレがぁあああああああああ!!」


あくまで自分と向き合わず、逃げ回ることを選択した相棒に、天地を揺るがす怒号をあげたのだった。



…†…†…………†…†…



雨が上がった。

戦いは終わったようだ。

かつて砂丘だった地点から起き上がった兄妹は、戦いのあとを見て、目を見開く。


「すごいね、おにいちゃん」

「あぁ、たった一晩で……」


二人が削られた砂の丘から見下ろすのは、青く輝く水が流れる巨大な河と、その周囲を取り囲むようにおおい繁る、緑の木々。

そのなかでひときわ巨大な木である龍の残骸が、まるで橋のように、大河の上を通り、アーチを描いて向こう岸にできた森林とこちらの岸を繋いでいる。

どれも、昨日歩いていた乾いた砂漠にはなかったもの。

奇跡のように生まれ落ちた、人が生活していくに十分なその環境に、二人は共に息を飲んだ。そして、


「おにいちゃん……」

「なんだ?」

「神様に感謝だね。こんな場所を作ってくれて……」

「……そう、だな」


兄であるシュウネートは気づいていた。あの戦いが、決して自分達を救うためのものでなかったことに。

彼等はただ、自分の譲れないもののために……自分のために戦ったのだと。

たが、それでも、


「俺たちを救ってくれたのは事実だからな」

「うん!」

「だから、祈りを捧げておこう」


どんな理由で戦っているのかは知らないが、あんたたちの戦いは、きっと無駄にならないだろうと、そんな思いを込めながら、シュウネートは祈る。

シャーマンが話してくれたように、両ひざを大地につけ、両手をくみ、頭を垂れる。


「俺たちはあんたたちに救われたんだ。だからさ……今は暗闇もなかにいても、あんたたちもいつか」


――救われますように。


そんな思いを込め、二人はそっと祈りの言葉を添える。


「「エート・ソート」」


人の楽園を作ったと言われる、創造の神の名を……。


それが、後に世界三大文明を作る二人に今できる、精一杯の礼だったから。

・エジプタ文明


ナイロ河沿いにできた、古代文明のひとつ。

巨大なピラミッドや、ミイラ等が有名な文明で、あまたの神殿建築や、文化の発信地となった。

四代文明のなかで最も長く残った文明としても知られる。

神話において、天空の神シュウネートと大地の神ネフテスが国の原型を作ったと言われるが、詳細は不明。

真実は神話の彼方に消えた。

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