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一つの決着と一つの始まり

「……俺の勝ちか?」

「あぁ。あんたの勝ちだ」


決着はついた。

地下から組み上げられた水で炎は鎮火され、あれほど明々と照らされたエルクの町は、立ち上る黒煙と、人々のざわめきで満たされている。

その中央に立つこの騒ぎの中心である二人の立場はつい数秒前とはまるで違うものになり果てている。

すなわち、ギルガメスが勝利した。

青いハルバードは今もギルガメスの手に握られ、燦然とした輝きを放ちながら、ネンキドゥの首筋に突きつけられている。


「そうか……負けちゃったか……。ははっ!」

「ネンキドゥ……」


ギルガメスの言葉を受け、ネンキドゥは一人笑う。

シェムシャーハは当然それを心配そうにみていた。なぜなら、


「こんな……こんな理不尽がまかり通るなんて、人生ってわからないものだね」


その笑顔は今にも泣き出しそうな物だったから。


「僕は頑張ったのに……。僕は命を懸けてまで挑んだのに。なんだよそれ。今までの努力が、今までの苦労が、こんな……たった一本の槍ですべて無駄になるなんて、許されていいわけがない。こんな、まるではじめから君が勝つようにできているような出来事……あんまりだ!!」

「ネンキドゥ。いいわよ、あなたはよくやってくれた」

「でも! でもッ!!」


納得が行かない。納得するわけには行かない。とうとう笑みすらなくし、涙を流しながらうなだれるネンキドゥの体を、シェムシャーハは抱きしめる。


「私たちは人なの。すべてが思い通りになる訳じゃない。どうしようもない理不尽に、人生を叩き潰されるのなんて、別に珍しいことじゃない」

「先生……」

「だけど、私たちは精一杯生きる。何でだと思う?」

「それは……」


ネンキドゥに、最後の教えを与えるために。


「死ぬときに後悔しないためよ。いい人生だったと笑うために、いつか来る死に、笑って向き合うために私たちは人生を精一杯いきる。ネンキドゥ、私はあなたがここまで来てくれただけで、もう十分よ」


そういって、シェムシャーハは笑顔を浮かべた。

涙に濡れた笑顔だったが、だが確かに、それは心からの笑顔。


「私の人生は間違っていなかったのだと、私に生きてくれと願った、あなたが証明してくれたのだから。だから私は、ここで死ぬとしても、後悔はしないわ」

「せん……せい」


シェムシャーハのその言葉に、ネンキドゥは体を震わせながら叫ぶのをやめ、シェムシャーハの体にすがり付いた。

そうして、体を寄せあいながらなき続ける二人に、ようやくハルバードを下ろしたギルガメスが言う。


「確かに、お前の師の言うとおりだ、土くれ。人生なんて物は、思い通りにいかぬものだ」

「……どの口が。あんたは結局勝ったじゃないか。勝ってこれから我を通す方だ」

「いいや、確かに俺はお前との勝負に勝った。これからお前がどうあがこうが、俺の勝ちは揺るがない。何せこの槍は、創生の女神を引き裂いた波濤の槍だからな。これで殺せぬものの方が少ないだろう。つまり、この意味が解るか土くれ」

「っ! それって……」


ギルガメスが言いたいことを理解したのか、シェムシャーハの目からは涙が止まり、驚いた様子で口があんぐりと開けられるを

対して、やはりまだ弟子の域を出ていないネンキドゥは、ギルガメスの意図が理解できず、再び問いを発した。


「どいうこと? 何が言いたいの?」

「分からんか。ならいってやる。こいつさえあればフワウワを殺せる。奴の理不尽な要求など、聞いてやる必要がなくなったと言うことだ」

「……えっ?」


――それはつまり、


ネンキドゥが内心でそう呟くより早く、


「全くいまいましい話だ。貴様らを救うかのように、折よく俺の前に現れて……。何者かの作為すら感じる。まったく、人の葛藤すべてを無に帰すとは。本当に作為的ならこの筋書きを書いたものは相当底意地が悪いぞ」

「「………………」」


ギルガメスが告げた言葉に、ネンキドゥとシェムシャーハは目を見合わせ、


「つまり先生は」

「死ななくていいんですか、ギルガメス王?」

「当然だ。抗うすべを得た以上、俺の臣民をあのような畜生にくれてやるわけがあるまい!」


大喝といっていいほどの声量で放たれたその声は、エルク全土に轟きわたり、人々にある時代の来訪を告げた。

すなわち、


「あの森の主に頭を下げ続ける日々はもう終わりだ。これより先は人の時代であると、やつに思い知らせる! 戦の支度をしろ! やつに食らわせてやるのは乙女の柔肌ではなく、我々の槍の穂先だ!」


『オォオオオオオオオオオオオオッ!!』


先程まで寡黙に仕事をこなしていた近衛達の、割れるような歓声がすべてを物語っていた。

彼らだって、誰かを犠牲に生き延びるなんて手段を取りたくなかったのだと。

戦士として、誰かを守る戦いに身を投じたかったのだと。

そして、ギルガメスの言葉によってそれが許された以上、もう彼らに自重する理由はない。

各々の武器を取るため、彼等は王宮に向かって走り出した!

その背中を見送ったギルガメスは、


「さて、俺を下した英雄よ」

「え? それってひょっとして僕のこと?」

「当たり前だ。他に誰がいる?」

「でも、僕は負けたよ?」

「だが、お前はシェムシャーハを守りきっただろうが。貴様は勝負に負けたが、望む結末を勝ち取ったのだ。それを勝利と言わずなんと言う?」

「っ!」


当然だろう。と言いたげに、ギルガメスのはなった言葉に、ネンキドゥは目を見開いた。


「だからこそ、シェムシャーハは当然の権利として貴様にくれてやる。色々あって疲れているだろうから、今日はせいぜい労ってやれ。詫びに関してはまた後日になるが……許してくれ、今は時間との勝負ゆえな。生け贄をくれてやる時間までに、戦仕度を整えねばならないからな」

「は、はい!」


ネンキドゥは壊れた人形のように何度も首を振ったあと、


「……あと、勝ち名乗りは貴様が言え」

「え?」

「さっきも言ったように、勝利したのは貴様だ。勝者は敗者に、誰に負けたのか思い知らせる必要がある。だから、名乗れ土くれ。貴様が一体何者なのかを」

「ぼ、僕は……」


本当に? と、ネンキドゥはシェムシャーハに視線を送るが、生憎とシェムシャーハの専攻は生物学。戦のならいには疎かった。ゆえにとにかく名乗れというジェスチャーがシェムシャーハから送られ、


「ネンキドゥ……僕の名前はネンキドゥだ」

「ネンキドゥか。覚えておこう。自在なる人(ネンキドゥ)よ」


それだけ言ってギルガメスは二人に背を向けたが、少し言葉が足りなかったと思い直したのか、


「俺を止めてくれて、感謝する」

「イッ!?」


今まで仕えられることが当たり前だと、誰にも礼の言葉を述べたことがないギルガメスが放ったその一言に、シェムシャーハが氷結する。

だが、そんな彼女の態度を察しつつもギルガメスは何も言うことなく、その場を去っていった。

そして、静かになったかつての戦場にポツンと残された二人は、


「おわっ……たの?」

「うん。終わったよ。先生……」


暖かな朝日が差し込み始めた。


「……帰ろう先生。兄弟子……メシエトが心配している」

「……そうね」


二人の生還を祝うかのように。



…†…†…………†…†…



こうして、後の神話に記される、ギルガメスとネンキドゥの激突は幕を閉じた。

神話には三日三晩続く激闘と記されたが、実際の激突時間は一晩程度の短いものだった。だが、


「な、なんだこれは……」

「いったい、どんな戦いが繰り広げられたんだ?」

「こんなもんは、人間の戦ったあとじゃねえ」


その戦いのあとを見たエルクの住人は口々にそう呟いた。

朝の日差しに照らされるのは、焦土になった町の一部と、無数に隆起したり、引き裂かれた大地。

町の一部では浸水すら発生しており、池の代わりになっているクレーターは数知れない。

たった一晩で廃墟のような惨状になった町の姿に、彼等は底知れない畏怖を抱いた。

昨日の戦いは、あのギルガメス王と同等の怪物が引き起こした物だと。


そう。実際の戦いは短かったが、その凄絶さは言語を絶した。

三日三晩と言う言葉ですら足りぬほどに、ギルガメスとネンキドゥの激突は、大きな爪痕をエルクに残したのだった。



…†…†…………†…†…



ちなみにその数日後、さすがに悪かったとネンキドゥが戦いのあとをなおしに行くと……。


「はいはい! 押さないで押さないで! 我が王の勇姿を物語る大クレーターはこちらになります!」

「いまなら、隆起糖塊(アメ)に、戦いの湧き水が売り出し中! 底の兵士のお方! 我が王にあやかって一つどう?」

「あの日一体何があったのか! その真実がすべて記されている! 『Xデー! その日王はどのように勝利したのか!』君はこの粘土板で真実を知る!」


「……………………たくましいな、エルクの人たちは……」


商魂たくましいエルクの商人たちが、観光名所として戦いのあとを作り替えているのを見て、ドン引きした。


そして、これ直したら逆に怒られるねと察した彼は、無言のままにその場をあとにしたと言う……。



…†…†…………†…†…



そして、戦いの結末を見届け、決断を下したのがもう一人。


「そうか。あいつも、犠牲は極力減らそうとしているか……」

「まあ、やり方はあれだけど。あんな熱い戦いに、あんな無粋な横槍があるなんて!」

「まあ、俺も思うところがないわけではないけど……。実際被害は出なかったんだ。文句を言うのは違うだろう。それに、最後の行動であいつが優しさを忘れていないことがわかった。それだけわかれば十分だ」


そういいつつ、海底の神界にて、二人の神々が動き出す。


「それで、結局どうするんだ? 言うこと聞かないポンコツAIは、やっぱりサクリファイスか?」

「俺にそれができると思うか?」

「まさか、将来絶対損するとは思うが、お前の優しさは美徳だと思うぜ? だからこそ、お前にそんなことはできないさ」

「つまり、俺がサクリファイスを選んだら」

「無理すんなって言って止めたわな」

「……どっちにしろ、お前は結論は決めていたんだろうが」


あきれたようにため息をつき、雨外套をまとった神は、相棒に願う。


「それじゃ、ちょっと狙撃でシェネのバカをエルク圏外に生い立ててくれ。俺がしたに降りる以上、エルク住民の目は邪魔になる」

「あいよ。竜の試練の監視は任せろ。どうせ、あのフワウワとか言う怪物の討伐だろう?」

「ああ、ギルガメスたちが、危なくなったら助けてやってくれ」


そして、腰に下げた二丁拳銃から、やれやれと言いたげな光が放たれるなか、雨外套の神――ソートは宣言する。


「それじゃ、ちょっとばかりバカな相棒を捕まえてくる」

「おう、いってこい。後ろは任せな!」


昔の相棒に見送られ、ソートはようやくシェネの嘘と向き合うことを決めた。

後々ソートの世界に多くの文明を築く、二人の神の創生神話が、今静かに幕をあげる。

という訳で、天の試練完結。今回はちょっとばかりあっさり風味でしたかね? まあ、まだ前哨戦ですし。


この後の竜の試練こそが本番です。

果たして英雄ギルガメスは、自然神を倒すことができるのか!


次回の更新をお待ち下さい^^;

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