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怪物の襲撃

「…………なんだ?」


夜。フワウワの襲撃を警戒し、いつもより多くの篝火がたかれたエルクの宮殿にて。

明日の生け贄の儀式のために鋭気を養おうと、早めに寝室に来ていたギルガメスは王宮に近づいてくる異様な気配を察知していた。


「得体の知れぬ輩め。この忙しいときに一体何用だ?」


それは確かな人の気配を発しているのだが、同時にギルガメスの目をもってしてもその動向を探ることはできず、心を読むことも叶わなかった。

同時に、宮殿に侵入する際には、突如として違う獣の気配になり、またすぐに人の気配に戻るということを繰り返している。


明らかに、全うな人の気配ではない。

やがてそれは寝室の前までやって来て、


「それで、一体何の用だ、異形の者よ?」

『少し、聞きたいことがあって』


その言葉とともに、それは術式によって封じられた扉の隙間をスルリとぬけ、寝室の中へと入り込んだ。


『今回の件、どうして君は抗おうとしないんだい?』


それは一見生物には見えない物体だった。

ツルリとした表面をもつ灰色の楕円球体で、その表面を回転させながら、滑らかに床を移動している。

やがてそれは蠢きを大きくし、みるみるうちに形を変じていく。


「その姿は……」

「気にくわないかい? だが、君を問いただすにはこの姿が一番だと考えたんだけど?」


やがてそれ灰色だった表面を様々な色彩に変え、完全に別の存在へと変わる。

まるで鏡にその身を写したかのような、ギルガメスと瓜二つな姿に!


「さあ、答えてくれ。どうして君は……この理不尽な要求に、従順をもって答えるのか? どうして君は、シェムシャーハを助けようとしてくれないのか!」

「なるほど……そうやってここまで潜り込んだのか」


先程のような機械的な声ですらない。ギルガメスと変わらぬ声で問いただしてくるもう一人の自分に、ギルガメスは額に青筋を浮かべ、


「勝手にこの俺の姿を模倣しておきながら、ずいぶんと勝手なことを抜かしてくれるな!」


怒号とともに拳を放つ。

だが、もう一人のギルガメスはその拳を避けるそぶりすら見せなかった。

それどころか真っ正面からその拳打を受けとめ、


「何っ!?」

「……もう一度聞くよ? どうして抗おうとしない?」


体を粘土のようにグニャリと変形。頭部の半分に拳を飲み込ませながらも、平然とした顔で問い続けた。


「貴様……シェムシャーハが隠そうとしていた者か?」

「聞いているのはこっちなんだけど……」


飲み込まれた拳を力強く引き抜き、自らの手の無事を確認しつつ、ギルガメスは何となく眼前の怪物の正体を悟った。


――このタイミングで動き出し、フワウワに抗えと言う以上、こいつは生け贄に捧げられるシェムシャーハを助けようと動いたということだ。奴は研究に没頭するあまり交遊関係が狭い。この俺に直談判までしようとする輩は、弟子のメシエト以外には考えられん。だが、あいつはここまでおかしな存在ではなかった。なら、必然的にこの化け物はシェムシャーハが隠そうとしていた何かということだ。


だが、相手も何らかの方法で心を読む手段を持っているのだろう。

ギルガメスの内心を見事に読みきったのか、ギルガメスに化けた怪物は、鼻を一つならし、


「そこまで理解できたなら話は早い。君の考えている通りだ。僕は彼女を助けに来た」

「それをこの俺が許すと?」

「君の許可はいらない。僕が助けると決めた以上、誰がなんと言おうと、僕は彼女を助けるだけだ。ただ一つ疑問に思ったからこうして君に質問をしに来たにすぎない。わかるかい王さま。つまりこれはただのより道だ」

「この俺のやることを阻もうとしているくせに、寄り道だと。随分と余裕だな」


そういいつつ、ギルガメスはゆっくりと部家の端へと移動。壁に飾られていた剣を手に取る。

飾られていた剣ではあるが、ただの装飾用ではない。護身用にと用意された、一流の鍛冶師が鍛造しギルガメスに献上した、一級品の武装だ。

だが、それを目の前にしてなお、怪物の表情は変わらなかった。


「挑むきかい? さっきので攻撃が通らないのは理解しているだろう?」

「どうだかな?」

「強がっても無駄だ。その剣は切断能力を突き詰めたもので、僕みたいな実体が決まっていない存在を斬るには不適格なんだろう。僕と本気で戦いたいなら、この剣を使うべきだ」


そういうと、怪物は無造作に背を向け、近くの壁に立て掛けられていた黒い刀身の剣を握った。


「対カルマ霊用の魂魄破斬剣。魂を直接斬りつけられるこれを食らえば、確かに僕でも無事ではすまないだろう。だから、僕はこの位置取りで戦いを初めたんだよ」

「ふん。俺のすべてを知ったつもりか?」

「つもりじゃない。知ったんだよ。この姿になったときに、僕は君のすべてを学習し、模倣した」


だからこそ、理解できない。と、怪物は不満げに呟いた。


「君は僕の目から見ても強力な力を持っている。こうして僕が君を追い詰められたのも、僕が君を学習し、君の思考回路を読めるようになったからに他ならない。僕が君を過小評価して、君を学習しなかったら、その慢心の付けを支払っていたのは僕になっていただろうね」

「…………」


あくまで冷静に状況を考察する怪物に、ギルガメスは内心で歯噛みをしながら、怪物が語るに任せていた。

どれ程気を付けたところで、人は有利に立てば必ず慢心すると。それが致命的な隙に繋がると、少なくない戦闘経験から理解していたから。


知ることと、理解することは別だ。いくら学んだところで、実感のない知識は、どうしても経験に劣ると……。

だが、


「だというのに、君がしていることは一体なんだい? フワウワに怯えて、言われるがままに生け贄を捧げ、それで全てをよしとしている。きっとなんとかしてくれるという、市民の期待を裏切って……。君がしたのは勇敢な選択でも、涙を飲んだ苦渋の決断でもない。犠牲になった市民の仇をとろうともせず、楽な解決手段にすがった臆病な選択だ。大多数の市民を守ると言う言い訳をして、守るべき市民から犠牲を選んだんだ。そんなやり方が……そんなあり方が、君の目指した王様ってやつなのかい!」

「……きっさま」

「答えろギルガメス。人界を統べる至高の王よ。今の君は、亡くなったお父さんに胸を張れる王さまなのか!」

「キッサマぁああああああああ!」


冷静でいられたのはそこまでだった。

怪物の明らかな挑発と理解していながら、それでもギルガメスは声を荒げ、剣を構えて怪物に斬りかかる。


「俺を学習しただと。ふざけよって! 貴様に俺の何が理解できたと言うのだ!」


怪物もギルガメスと寸分たがわぬ体でそれを迎撃。全く同じ力で振るった漆黒の剣が、ギルガメスの剣を受け止めた!

後に神話に記される、ギルガメスとネンキドゥの決闘が、このときまくを開けたのだ。



…†…†…………†…†…



突如として始まった怪物とギルガメスの決闘。

その激突は宮殿を激震させ、眠っていたエルクの民をたたき起こした!


「な、なんだ一体!?」

「何が起きた!?」

「フワウワの攻撃か!?」


その異常事態に、昨日から騒ぎになっている自然神の姿が、飛び起き外に出てきたエルク民の脳裏をよぎるが、彼らが見た光景はそれよりもなお苛烈だった!


「やっばり頑強さが少し足りないね。魂切り何て、余計な属性を付与したせいかな? 剣としての完成度はそちらに劣るか?」

「無手になったくせに、余裕だな!」

「そっちこそ、僕に致命打を与える手段はもうないだろう?」

「どうだろうな!」


宮殿から飛び出してきた二人、ギルガメスとネンキドゥの戦いはそれほどまでに苛烈だったのだ。

見た目ではほぼ区別がつかない二人のギルガメスは 、互いに互いを試すような言葉を撒き散らしながら宮殿から飛び出し、エルクの市内へと墜落。

そのまま弾かれるように距離を明けつつ、ネンキドゥは切り裂かれた黒い剣投げ捨て、油断なく切断剣を構えるギルガメスを尻目に、


「かくし球かな? なら、お手並み拝見だ!」


その腹から、ギルガメスが持つ剣を二本作り出す!


「なっ!」

「名乗り遅れたね。僕の名前はネンキドゥ。《自在なる人》――この世界にあるものすべてになることができるものだ」


その言葉と同時に、腹から生えたその剣を、


「意味がわかるかい? つまり君は、これからこの世界を相手にすることになるのさ」


どういう仕組みか解らないが、弩の矢のように射出した!

手に持った切断剣と寸分たがわぬものが二本。高速で自らに迫るこの状況。

それを見たギルガメスは舌打ちとともに、飛来する剣めがけ握っていた剣を投げ捨てた!


「意外だね?」

「ぬかせ! 知っていただろう貴様!」


だが、そのようなトリッキーな選択も、ネンキドゥの表情を揺らがせるには至らない。

それを理解していながらも、ギルガメスは止まる様子を見せなかった。

心を読まれ、攻撃も通じないと言うのに……負けるはずがないと、彼あくまで傲慢に、前進の一歩を踏みしめる!

そして、その一歩が、


「っ!」


エルクの大地を再び揺らがせた。

神の魂を持つがゆえに、ギルガメスは実は怪力だ。獅子を片手で殴り飛ばし、剣を打ち合わせるだけで大気を揺らす力を持っている。

普段はあくまで人の王として、人と共にいきるために、その力をセーブしているに過ぎないのだ。

だが、今回の徹底的な不利な状況に際して、その自重が弾けとんだ。

結果としてエルクを襲ったのは、ギルがを中心とした激震と!


「そう来たか!」

「わかっていても避けられなくては意味があるまい。礫の嵐でその自在なる体に、いくつ穴が開けられるか、試してやろう!」


エルクの道をおおっていた石畳の崩壊だった!

ギルガメスの震脚によって跳ね上がったそれらは、空気を引き裂くほどの速度で、足元からネンキドゥを急襲。その柔らかな体を、瞬く間に穴だらけにしていく。

だが、敵もさるもの。自在のなは伊達ではないのか、穴だらけになりもはや原型をとどめていない体を再び作り替え、今度は今でとは違う姿になった。


普段使いしていた、シェムシャーハの肉体をベースに、内部をギルガメス寄りに変更。

それによって、女性の柔軟性と頑丈さ。そしてギルガメスの強靭な肉体を同居させ、より戦闘よりの肉体を構築していく!


「これでも死なないか?」

「だとしても、大金星だ。僕が、本気で対策しないと危ないと思うくらいだしね」


ネンキドゥの変化はそれだけでは終わらない。人の姿を保ちつつも、体内では無数の動物たちの身体構造を踏襲。その力を自らの体に付与していく。

もはや、外見では解らない、人とは別の何かになりつつ、ネンキドゥは言った。


「でも、これで終わりかい? 正直に言えば……失望以外の何者でもないんだけど?」

「抜かせっ!」


整備された道が瞬く間に残骸に成り果てるなか、


「その無駄口、二度と叩けなくしてやろう!」


ネンキドゥが再生する間に、彼我の距離をつめていたギルガメスは、その豪腕を振るい、ネンキドゥの頭部を強烈に打撃!

しかも、それは拳ではなく、広げられた手だった!

掌底を食らったあげく、顔面を握りしめた指によって体を分散させることができなくなったネンキドゥは、掌底の衝撃をもろに受けてのけぞり、そのまま大地に叩きつけられた!


「っ!」

「学習が足らんな。それに、変化しているときはさすがに読心は難しいか?」

「ぐっ、この!」

「この俺に働いた不敬。その身をもって償なってもらうぞ!」


激突する二人は常に学習を繰り返しながら、衝突を繰り返す。

半面、その戦いに用いられるのは、互いに武器を用いぬ徒手空拳。

高度な駆け引きを裏に潜ませる、原始的な殴りあいは、徐々に加速しながら、苛烈さを増していく!

ようやく始まった二人の戦い。

そこでふと気づいた。

二人とも、専用武装がまだなくねえ?


ということで、二人には殴りあいをしていただきました。

やはり男同士が友情を育むのは殴りあいが必須ですしね!


約一名、性別不詳がいますが……。

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