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自然神の要求

自然神フワウワは怒り狂った。


ーーまたか。また貴様らは我から大切なものを奪うのか!!


以前は友人であったエボフの主を奪われた。だが、その時彼は人に恨みを向けなかった。エボフの主もやりすぎだと思っていたし、何よりかれはエボフの主から彼の大切な仲間を預かっていたから、不用意な戦いを嫌ったのだ。


人間のやり方は気に入らないが、これ以上エボフの子供たちを危険にさらすわけにはいかないと。


だか、結果として待っていたのはどこまでも付け上がる人間の強欲だった。

ここで釘を指しておかねばという、エボフの主の考えは間違っていなかった。自身が自然の一部であることを忘れた人間は、どこまでも強欲に、どこまでも残酷にエボフの残骸を食い散らかしたあと、まだ足りないとフワウワの森にも手を出し始めたのだ。


はじめは幼い子供の好奇心だった。その時はまだ無垢な子供に微笑み、食料を与えて返してやった。

だが次の日、森に入り込んだのは鉄の武器を持ち、彼の従僕たる樹を斬り倒そうとする不届きものたちだった。

木々の悲鳴を聞き、慌ててそいつらを打ち倒し、事情を聴くと、彼の森から無事に帰って来た子供の話を聞き、彼が人に友好的になったのだと思ったと抜かす。


「ど、どうか見逃してくれフワウワ! 俺たちには、雨風をしのぐものが必要なんだ! それをたてるために、どうしてもあんたの森の木々か……」

「ふざけるなよ。ふざけるなよ貴様ら! たかが一度甘い顔をしただけで、我の友人を傷つける権利を得たと、本気で考えたのか! そんなやつらに、我が慈悲を与えると、本気で考えたのかっ!!」


瞬間フワウワの心理は憤怒の赤に染まり、怒りのままにとらえた人間たちを食い散らかした。


たった一度。たった一度の甘い顔が、従僕たちの死を呼んだのだという事実に、斬り倒されたいくつかの樹を前に、彼は生まれてはじめて、我を忘れるほどの怒りに駆られたのだ。


無垢な子供の好奇心と、身勝手な人間の強欲は違う。それすら解らないおろか者共に、もはや慈悲など与えるつもりはなかった。


そして彼は怒りのままに暴れまわった。森への侵入者は女子供であろうと容赦せず食い殺し、森を切り開こうとした愚かな集落は森で飲み干し、徹底的に人の侵入を拒んだ。彼はフワウワの森にて、人が入らぬ獣の楽園ーーエディンを作り出した。


こうしてフワウワは人を食らう怪物となり、自然を守る自然神として、恐れ敬われるようになった。

そうして人と獣。双方から得られる莫大な恐怖と畏怖の信仰によって、やがて彼は神々ですら恐れる荒ぶる神となり、エアロ・ジグラッドの神々として迎え入れるべきかという話も持ち上がる。


それこそが彼の待ち望んだ結末だった。神々のなかでも階級が一つ違うエアロジグラッドの神に至れば、きっとこの不毛な戦いにも終止符が打たれる。神の守る森に、もう人の手が及ぶことはないと、彼は戦いに狂う日々のなか、わずかに残っていた理性で考えていたのだ。


「もう少しだ。もう少しなんだ。あと少しで、この戦いも終わるんだ! だから……」


だか、そんなときに判明した、自分の森に人が入り込み、無事に帰ったという事実。

どうやって? というのは些細な問題だ。

問題なのは人が自分の警戒網を潜り抜ける術を得たということ。そんなものが広まってしまえば、自分の信仰は地に落ちる。

彼は恐れられ、怯えられてはじめて、エアロ・ジグラッドの神に至ることができるのだら。

あと一歩、あと一歩でエアロ・ジグラッド神に至れるというのに、そんな事実は認めるわけにはいかなかった。だから!


「絶対に許さんぞ。食い殺してやる。もう誰にも、我からなにも、奪わせはしない!」


人の血に狂った怪物は、わずかに残った希望にすがるため、決死の覚悟で戦いを決める。

守りたいと願った物たちからも向けられる恐怖の視線に気づくことなく、孤独な神は悲鳴のような咆哮をあげた。



…†…†…………†…†…



「さて、どうしたものか?」


昨夜王宮の壁面に刻まれた巨大な文字。

フワウワの怒りと人々が恐れるなか、その文字の報告を受けたギルガメスは眉間にシワを寄せうなり声をあげていた。

文字の内容はこうだ。


『わが森に無断で入り込み、逃げていった愚か者がいる。愚か者の名は《教授》シェムシャーハ。こいつを差し出せ。さもなくば、エルクの大地のことごとくを森で飲み干し、そこに巣食う愚か者すべてを、我が腹のなかに納めてくれようぞ。

フワウワ』


「獣め。ここに来て我らに宣戦布告か。神になる前の見せしめか、或いは我らが森に入り込む術を得たと勘違いした上の、恐怖に駆られたか?」


ーー或いはその両方か。


すべてを見透かす眼光によって限りなく正解に近い予想をギルガメスがたてるなか、彼の側近であり、王宮とイシュルの神殿を繋ぐ巫女ーーエメネスは聞いた。


「どうされるつもりですか、我が王」

「貴様はどう考える?」

「抗うのは難しいかと。イシュル様が人の繁栄の極限だとするならば、かの怪物は人が切り捨てた野生の極限。エシュレイキガル様とはまた別の、イシュル様と対を成すものです。かつてエボフの主に勝利したイシュル様ならば、負けることはないでしょうが……」

「あの腑抜けた様では、あの女神に戦ってもらうなど、到底望めぬだろう?」

「はい」


一切のためらいなく、自身の神を罵倒したエメネスにギルガメスは若干顔をひきつらせながら「神官としてそれどうなんだ?」と突っ込みをいれつつ話を続ける。


「とにかく、あの女神に助成を頼めない以上我らにフワウワに歯向かうすべはない。戦いを挑んだところで、犬死にするのがオチだ」

「では……生け贄を捧げると?」


エメネスの問に、ギルガメスははを食い縛りながら、


「仕方があるまい。あの教授の命と、全エルク市民の命……天秤にかけるまでもなく、どちらが重いかは自明であろう」


苦渋の決断を下した。



…†…†…………†…†…


「何してやがる、あいつ!」


そんな下界の様子を逐一見ていたソートは、シェネガ行った誘導によって、エルクに緊張の糸が張り詰められていくのを見ていた。

そう。海の天界からは、シェネの動きは筒抜けだったのだ。


「かなり手慣れているな。試練の導入役は初めてじゃないのか?」

「なんだと!」


ーー俺に隠れて、こんなことをいつもしていたのか!


ソートの顔が怒りに染まり、わずかに顔が赤くなる。

VRは感情を読み取れるため、その表現が大袈裟になりがちだが、それがなかったとしても、ソートの表情が憤怒に染まっていることは見てとれた。


たからこそ、ソートが即座に動こうとしたのは仕方ないことと言える。


「どこに行く気だ?」

「決まってんだろ! 様子見なんてもう必要ないからな! シェネを取っ捕まえて、問いただす! 少なくとも、これ以上好き勝手させるわけには」

「まあ、まてよ」


だが、驚いたことにU.Tはソートの襟首をつかみ、その行動を再び止めたのた。


「なんだよ!」

「あっちにまだ動きがある。お前の追跡用に、なにか罠を作るつもりかもしれん」


ゲームないの話とはいえ、彼は狙撃手。全体を把握し、いかなる事態にも対応できるようにする義務がある。

そんな彼の第六感が囁くのだ。

まだだ。まだシェネの手番は終わっていないと。



…†…†…………†…†…



「うまくいった」


夕方。憤怒に狂うフワウワの気配を感じながら、シェネは森を抜ける。

いよいよフワウワの憤怒が降りかかるとあってか、森を抜けた先にあったエルクの集落は騒然としており、集落から逃げようとする村人たちが慌ただしく駆け回っていた。


「幸いなことに、エアロ由来の千里眼では、上位権限者である私をとらえられませんし、ギルガメスも私の暗躍に気づいていないはず」


やがて、彼女は集落を抜け、街道を進み、いくつかの村を通り過ぎ、やがて人の縋るべき場所にたどり着いた。


ギルガメスとイシュルが統治する都ーーエルク。

だが、どうやらそこにも用はないらしい。

やがて彼女は町の中央を通る川を遡上し、かつてエボフが統治した山を登っていく。


「なら、やれることはある。せめて被害が少なくなるよう、ギルガメスに力を与えないと」


そうして到達したのは、山中にあった川の水源だった。

シェネはそこに手をつけると、


「久しぶりですね、ムシュフシュフ。あなたの力を借りるわ」

『ぐぃゆ?』


小さな泉でしかなかった水の中から、巨大な影か姿を表した!

はじめは水柱でしかなかったそれはやがて確かな形を作り始め、翼のようなヒレをもつ尾の長い巨大な魚へと変貌する。

それはどうやらシェネになついているらしく、嬉しげにシェネにすりより、


『ぐぃゆ! ぐぃゆ!』


と、嬉しげに鳴き声をあげる。そんな珍妙な魚にそっと笑いかけながら、シェネは命じた。


「神獣ムシュフシュよ。あなたの母にして、淡水の神ーーシェネレート=アプスーが命じます。あの愚か者に力を貸したときのように、今代の王に、またあなたの力を貸してあげてください」

『ぐぃゆ! ぐぃゆ!』


久々の仕事がよほど嬉しかったのだろう。かつて英雄神の武器であった魚は、地下水源と一体化して行っていた眠りから完全に覚め、巨大な青い斧に変じ、群青に染まり始めた空を翔け、エルクめがけて飛んでいった。


そんな眷属の姿にホッと一息つきながら、空を見上げた。


「これで最悪の事態は免れたでしょう。神話を作るための誇張とはいえ、仮にもティアマトを引き裂いた神器です。アレを無事に見つけられれば、あの獣程度なら物の数ではありません」


そうして彼女はなにかを警戒するかのように辺りを見回し、


「大丈夫ですよね。エアロのやつが権限押さえていると言ってましたし……聞こえてませんよね?」


無論、心配しているのはソートに見られていないかどうかという心配だ。

だが、持っている情報は間違いだ。恐らくこき使われた意趣返しだろう。


……もしくは、ほかに目的があるのか?


とにかく、シェネはソートに言動が筒抜けであることを知らなかった。

だからこそ、隙ができたのだろう。

完全に見られていないと思っていた彼女はゆっくりと膝を抱え、エボフの山腹から次々と現れる星を眺め呟く。


「そういえば、マスターと違ってこの世界を下から見るのは、始めてですね。こういった景色の大半は、マスターの世界を参照していると聞きますが……」


所詮は偽物の景色。、0と1の電気信号が作り出した仮想現実(VR)だ。いくらでも替えが効くものであるがゆえに、シェネにとってはさして重要度が有るものではなかったが……。


「マスターの気持ちが少しわかります。偽物だとしても、この景色は綺麗だ」


初めて、彼女は自分達が管理する世界をそう評価した。

その言葉に、天上の海にいる神が息を飲んだことも知らずに、彼女は言葉を続けていく。


「やっぱり。この世界を守らないと。絶対にあんな奴に渡したりなんてしない。だからマスター……もう少しだけ、もう少しだけ待っていてください。マスターができない、この世界の人々を苦しめる役は全部私がやりますから……だからもう少しだけ、私の身勝手を許してください」


そういったあと、シェネは膝を抱えたまま、ずっと輝く星空を見上げ続けた。



…†…†…………†…†…



「……………」

「ソート……」

「……わかってる」

「お前いったい、あの娘になにいったんだ?」

「わかっている! 俺のせいだ。俺があいつを追い詰めた! 俺が誰も傷つけたくないなんていったから」


それを見たソートは、ギシリと歯をならしながら拳を握りしめ、湧き出した水泡に崩れ落ちるように座った。


「もっと、あいつと話をするべきだった。オレも結局……アイツをAIだと軽んじて、たいした相談をしなかった。その結果がたぶんこの結末なんだろう……」


そうしてソートは歯を食い縛ったまま、己の拳を自らの膝を殴り付けた。


「……どうすればよかったんた?」

「ソート……」


どうすれば、アイツをあんなに追い詰めなかったというんだ……。と、苦痛に満ちた悔恨の言葉を呟くしか、できなかった。

内定決まって忙しかったので、少し遅れました!

ようやくシェネの悩みが、ソートにばれてしまいました……。

果たしてソートの判断は? それよりシェムシャーハは生きて試練を乗り越えられるのか!?


次回の更新を気長にお待ち下さいT-T

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