ネンキドゥ
お待たせしました!
ようやく最終面接まで行ける企業が出てきたので、普通に忙しい! なんかすいません……。
というわけで、いまいち話は進んでいませんが、天の試練前の日常。お楽しみに!
それから半年、粘土の怪物と獅子は意外なことに平穏な日々を暮らしていた。
礼儀正しく、何事に関しても熱心に学ぼうとする粘土の怪物の姿勢は、大学府に通う学生たちに好感を抱かせ、怪物になついておとなしかったうえ、生来の才能があったらしく、媚の売り方を心得ていたマエスは、あっという間に大学のアイドルとなっていた。
という訳で、彼らはこの半年、午前はシェムシャーハの授業を学生と共に受け、午後はマエスと共に町へ繰り出し、人々の暮らしぶりを眺め、運が良ければ近隣のアイドルとなったマエスと共に、夕食をご馳走してもらい、お土産をシェムシャーハたちに持ってくるという日々を送っていた。
そんな平穏どころか、ともすれば引きこもりがちなシェムシャーハ以上に充実した日々を送っている二人に、シェムシャーハは正直拍子抜けといいたげな顔で見守っていた。
「不満そうですね、先生」
「不満って訳じゃないわよ。ただ……」
そんな彼女の内心を悟ってか、 メシエトから発された心配そうな声に、シェムシャーハは首を振ったが、
「ただ、新しいことに挑戦するときは、必ず何かしらの障害があるのが定石だからね。学者として正直気が抜けているのは否定しないわ」
そんなシェムシャーハの贅沢な悩みに、メシエトは苦笑いを浮かべつつ、教室を飛び出しどこかへ遊びに行く粘土の怪物を、頬杖をついて見送るシェムシャーハを嗜めた。
「またそんなことを。難しいより簡単な方がいいに決まっているじゃないですか。偉大なことは困難なことだから乗り越えがいがあるなんて考えは、学者特有の悪癖ですよ」
「それもそうね……」
始まる前は、あんな人外二人の面倒をみる自信はないと、気を揉んでいたのだ。簡単すぎると不満を漏らすのは、確かに贅沢だと思い直す。
「それにしても先生。出会いがアレだったとはいえ、いい加減許してあげて、アレを与えてあげてくださいよ?」
「あれ?」
はて。うちの教室は免許皆伝とかかったるい資格の貸与はしていないけど……と、シェムシャーハは首をかしげる。
どうやら本気でわからなかったらしい。
その事に本気であきれつつ、メシエトは言った。いまだに粘土の怪物に欠けているものを。
「いつまで、粘土なんて呼んでいるつもりですか? いいかげん名前のひとつでもあげないと、学生のみんなが首をかしげていますよ。変な名前だって」
「あぁ!」
…†…†…………†…†…
「やっぱりまだ許してくれてないのかな」
「ぎゃう?」
からだが大きくなるにつれ、少しずつ太くなっている鳴き声を漏らすマエスに、粘土の怪物は愚痴をもらしていた。
とはいえ、粘土の怪物のてに握られている焼き菓子や、焼き魚のせいでいまいち真剣味は感じられないが……。どれも、美女の姿をしている粘土の怪物に送られたものだ。来るもの拒まずを基本スタンスとする粘土の怪物は、基本捧げ物を拒むことはない。
それがどれだけ脈がない男からの贈り物だったとしても、貰えるものは貰っちゃう性質なのだ。見返りなんてものは微塵も返すつもりはないくせに……。
「ほら、シェムシャーハ先生が僕を名前で呼んでくれないだろう?」
「ぎゃう? ぎゃうぎゃ(名前? そもそもないだろう)」
「だから、そこも含めてだよ。まともに呼べる名前を与えてくれないのは、やっぱりはじめの印象が悪かったからじゃないかと思うんだ!」
「……ぎゃう(まあ、体の穴という穴をほじくられたら、機嫌の一つも悪くなるわな) 」
「あの時はいくら理性がなかったとはいえ、悪いことをしたとは思っているんだ。だから……」
そういうと、粘土の怪物は、魚の塩焼きを食べきり、串ごと魚の骨を川に捨てる。
それと同時に粘土の怪物の全生物との意志疎通スキルが発動し、それによって呼ばれていた魚たちが、こぞってその骨をついばみ、きれいに食べ残しを掃除しつつ、骨を川底に沈めていく。
「今日はせっかくの同居半年記念日だし、先生に何かプレゼントをもっていこうと思うんだ!」
「ぎゃうぎゃぎゃ(土産ならいつももっていってるだろ)」
「そういうのじゃなくてさ、なんか、特別な……こう先生がもろ手をあげて喜んで、『もう最高よネン! あんたは私の希望だわ!』と言ってくれるような、そんなプレゼントがしたいんだ!」
「ぎゃう……(なくねえ? そんなもの)」
粘土の怪物の提案にたいして、マエスは率直に告げた。
それほどまで、シェムシャーハという女は物欲を示さない女だった。
基本的に執着するものは、研究とそれに関わるものだけ。それ以外のことには、驚くほど無頓着なのだ。
着用する服は基本的に着まわしで、ボロボロになるまで着るし、高給取りのくせに装飾品の一つも持っていない。
あるとき、寝坊した彼女が寝巻きのまま教室に現れ、メシエトはブチギレたことがある。
その時の彼女の寝巻きは、あちこちが摩りきれており、穴だらけで……逆に扇情的にさえ見える露出がある状態になっていたのだ。
メシエトもブチギレるというものだ。その日の男子学生のほとんどが、授業が手につかなくなったのだから……。
「ぎゃうぎゃう(服でも送った方がいいんじゃね? 割りと、ガチで)」
「いや、確かに実用重視なら、そうかもしれないけど……怒られるよねそれ?」
いくら研究以外だらしないとはいえ、シェムシャーハにもプライドはある。テメエの服だらしねえんだよ! と、暗に示す衣類の贈り物は避けるべきだろう。
「となると、やっぱり研究関係かな……。そういえば、最近羊・牛以外の畜産を、試すとか言っていたな……」
「ぎゃうぎゃ!(なら新しい家畜になりそうな動物でも捕まえて来ようぜ! ちょうど肉がそこそこ食える鳥が居てな!)」
「いいね、それ!」
そんな雑談をしながら、二人はエルクの町から飛び出す。
この大冒険が、後の鶏やガチョウと言った鳥の畜産が広まることに繋がることになるなど、彼らは知らない……。
…†…†…………†…†…
「もう普通にネンで良くない?」
「張り倒されますよ? 他の教授の方々も何気に楽しみにしておられるのですから……」
「なんで、そこに他の教授が……」
「あの二人はもうすっかりこの大学府のアイドルですから」
そうして時はたち、夕方。意外なことに粘土の怪物の名づけは、難航していた。
すぐには思い付かないというのもあるが、何よりシェムシャーハが、乗り気でなかったのが原因だろう。
「どうして、そんなに乗り気じゃないんですか! いい加減粘土って呼びにくいでしょ!」
「いやだって……」
「もしかして……先生、初対面のことまだ根に持っているんじゃ」
もしかして、二人の亀裂は意外と深かったのか? と、メシエトは思わず問いかけるが……。
「むしろ、あんたは私がそんなことを気にしていると思うの?」
「いいえ、全然。たぶん今までネンで通じていたんだから、今さらあたらしい名前考えるのだるいとかじゃないかと」
「よくわかってんじゃない」
「やっぱりか……」
そんなことに思考を割くくらいなら、研究について思考力を回したいのだろうと、メシエトは予想する。とくに今は貴重な献体であるマエスのデータが常に集まる状態なのだ。長年謎とされてきた、獅子の生態が解き明かせるかもしれない。そういった私的な思考回路は、極力排除しておきたいのだろう。
そんな気持ちがありありとわかるだるそうなシェムシャーハの顔に、メシエトはため息をついた。
気の回しすぎだったと。
「先生の気持ちはわかりますけど、だとしてもかわいそうです。いつまでも粘土扱いなんて……。確かに彼女は粘土から生まれたのかもしれませんが、今では人間よりも人らしいじゃないですか」
「むう、それは確かにそうだけど……」
「先生よりもよっぽど」
「一言余計よ」
最後の一言に青筋を浮かべつつ、シェムシャーハはため息をひとつ。
「わかったわよ。とにかく考えておくから、今日はもうやめましょう。考えも行き詰まっているし、夕食も作らないと。どうせあの二人も何かを貰ってくるだろうし、いまから用意しておいた方がいいでしょう」
シェムシャーハの言葉を受け、メシエトは窓から見える景色へと視線を向けた。
いつの間にか、空は茜色に染まっており、確かに夕食にはちょうどいい時間になっていた。
「おなかがすいてちゃいいアイディアも出ないでしょう。だからひとまず腹ごしらえよ」
「はぁ……わかりました」
おそらくお腹を空かせて帰ってくるであろう二人に、空の食卓を見せるわけにもいかず、明らかな話題転換を狙ったシェムシャーハの言葉に、メシエトはため息をつきながら従がうのだった。
…†…†…………†…†…
そんな弟子の渋々といった様子に、シェムシャーハは思う。
「まったく、ずいぶんとうちに溶け込んだものね」
彼らの人の好さはシェムシャーハも認めるところだ。言葉がわからないマエスはともかく、粘土の怪物は礼儀正しいし、知識欲旺盛で、一教授としても教えがいのある優秀な学生でもある。将来教授になる予定のメシエトが目を駆けるのも理解できなくはない。
それに、さきほどは指摘されむかっ腹がたってしまったが、確かに人間的にもあの怪物はシェムシャーハの上をいっている。
だが、
「あんたは知らないから……。あいつの本当の姿を……」
明らかな鳥肌が立っている自分の二の腕をさすりながら、研究室から出たシェムシャーハは呟いた。
そう。彼女が粘土の怪物に名前を与えなかったのは、本当に面倒だったからわけではない。いや、間違いなくそれも理由の一つではあるのだが、一番の理由は……。
「今は人間らしく見えても……あいつは、あいつはただの粘土よ」
襲われたときのあの姿が、彼女にとって恐怖の対象になっていたからだ。
今でも少し夢に見る。不思議な蛇の体が突如膨れ上がり、破裂したかと思うと真っ暗な壁が自らに迫り、自分の体をまんべんなく覆い尽くしていく様を……。
あの時は明確に死を覚悟したし、生きて帰れるなんて微塵も思っていなかった。それほどに怖かったし、恐ろしかった……あれはそう言った体験だったのだ。
だからこそ、シェムシャーハは教授として彼にそつなく触れ合いながらも、どこかで一線を引いてしまっていた。
――これは人間じゃない。今は知識を得るために大人しくしているが、用が済めば私たちに何をするかわからない。
と。
「でも、いつまでもそのままってわけにはいかないのね……」
今までは自身の人非人的態度を前面に押し出すことで誤魔化してきたが……。それももうそろそろ限界のようだ。外面的には少しは歩み寄らないといけない。
「なにより、あいつには私が警戒していることなんてばれているでしょうしね。あいつは獅子の心を読める。人間の心だって読むのは難しくないはず」
――だからこそ、外面を取り繕っても奴は気づくだろう。私がまだ気を許していないことを。いつだってお前の謀略を警戒していると、心の中で思っていることを。それだけで十分、あいつへの牽制になるはず……。
シェムシャーハがそんなことを考え、顔を引き締めたときだった。
「ただいま~」
「あ、帰ってきましたよ先生! 出迎えを」
「あの、私ここの主なんだけど」
「じゃぁ先生が料理しますか?」
「いってきます」
できないわけではない。できないわけではないが、メシエトの方が美味しいから仕方なく従がってあげるの! と、誰にするわけでもない言い訳を内心で繰り返しつつ、シェムシャーハは声が聞こえた教室入口へと向かい階段を下る。
そこには、予想通り自分とうり二つな姿をした、灰色髪の美女が、
「って、どうしたのよそんなに泥だらけでっ!」
「あ、あはははは。ちょっとフワウワの森に入ってきて……」
「危ないって死ぬほど繰り返したでしょうが!? 何だってそんなところに」
「えっと、それは……」
そこまで言って、なにやらためらう様子を見せた粘土の怪物の背中を、マエスがそっと頭で押す。
それを受けた怪物は、少し顔を赤らめた後、
「こ、これっ!」
「っ!」
何やら勢いよく暴れまわり、ゴガー! ゴガー! と鳴き声を上げる珍妙な鳥を、足を掴んだ状態でぶら下げてきた。
――ずいぶんと胴体が大きく、翼が退化している。これではまともな飛行は難しいでしょう……。
と、シェムシャーハが大自然の不思議に首をかしげる中、怪物は言った。
「さ、最近新しい家畜の研究をしているようだから、その……これなんかで試したらいいんじゃないかと」
「え? なに? つまりどういうこと? あなたが新しい自主研究をしたいってことなの?」
「ち、ちがう! そうじゃなくて!」
「?」
首をかしげるシェムシャーハに、珍しくドモル怪物。そんな様子にしびれを切らしたのか、マエスが怪物の後ろから顔をだし、シェムシャーハの手に甘噛みした。
「いたっ!? ちょ、何マエス!? 生理的な恐怖を覚えるから噛みつくのはやめて!」
「マエスに失礼だよ先生……」
「だから一体何よ!? 翻訳! 翻訳を要求するわ!」
悲鳴を上げるシェムシャーハの手は、マエスに導かれそっと怪物の手の上に置かれた。
「え?」
「ふーっ! あの、先生。これ先生へのプレゼントなんだ……。その、いっしょに住むようになってからもう半年たつし、日ごろのお礼と……あと初対面の時の謝罪も込めて」
「……そんな」
想定外すぎるその言葉に、シェムシャーハは思わず息をのんだ。だってそんなこと、自分に好意を見せるなんてありえないと思っていたのだから。
「なんで?」
「え?」
「なんでそんなことを……」
「何でって、だから感謝の気持ちを」
「貴方は私の心を読んでいないのっ! 読んでいたのならこんなことはしない! だって私はあなたを!」
怪物だと、恐れて。
そう言いかけたシェムシャーハに、混乱していたのか粘土の怪物はかぶせるように、慌てた口調で告げる。
「ご、ごめん先生! やっぱり心を読んでコミュニケーションを円滑にしておいた方がよかった? でも、他の心を読まれたと気付いた人たちの言動を見る限り、読心はきっとあまり気分のいい行為じゃないんだろうなと思って、ここ最近はしていなかったんだけど……」
「っ! つまりあんたは、単純にお礼を言いたくて、只感謝を告げたくて、こいつを連れてきたってこと?」
「そ、そうなるかな……」
意味不明なシェムシャーハの態度に、心底困り果てたのだろう。情けなく眉尻を下げる粘土の怪物の姿に、シェムシャーハは頭を殴られたかのような衝撃を受けていた。
――何が怪物だ。外敵から身を守るために最も有用な読心を、相手がいい気分しないだろうからなんて理由封じるこの子が? 馬鹿馬鹿しい。人間じゃないだって? そうかもしれない。でも、この子はよっぽど私なんかより。
人を教える立場でありながら、この怪物の成長に気付けなかった自分に腹が立った。なにより論理と、数値に向き合い、偏見を極力捨てなければならない学者という立場でありながら、一度襲われたからという理由だけで、怪物を理由なく恐れた自分の言動が悔しかった。
――私は先生失格ね。
その事実をかみしめながら、シェムシャーハは思わず天を仰ぎ、そして、
「ごめんなさい」
「え?」
「私、あなたのことを怖がっていたわ……」
せめて正直に、自分の気持ちを怪物に告げようと口を開いた。
「貴方は所詮怪物で、人間じゃないのだからと……。頭からそう決めつけて、貴方を警戒していた。許してちょうだい」
「……し、仕方ないよ先生」
その言葉を聞き、やはり怪物はショックを受けたようだった。明らかに瞳孔が乱れ動き、声が震えている。
それでも怪物は気丈に、仕方ないと告げて見せた。
「ぼくは、初めて会った時あなたを襲ったんだから。性的な意味で」
「最後の一言は多大なる誤解を招くから胸に秘めておきなさい!」
一言余計過ぎる怪物に、本当にこの子はショックを受けているのだろうか……。と、自分の精神分析に自信を無くしつつ、
「やっぱり、人もどきなんかじゃ先生の近くにいることはできないよね……」
「それはないわ」
「え?」
シェムシャーハは、怪物の自虐の言葉を否定した。そして、シェムシャハ―は学者として告げる。家族としての信頼を失った以上、彼女が胸を張って怪物に相対できる姿は、もうそれしかないのだから。
「子育て以外で、大切な人のために頑張って何かをなし、それを贈ろうとするのは人間特有の感性よ。ネン……あなたはもう人間としての心を手に入れている。私のような人非人なんかとは比べ物にならないほどに、貴方は立派な人間よ」
「……先生」
教授としての言葉はつうじただろうか? そのことをわずかに案じつつも、シェムシャーハはひとまず動揺が収まったらしい粘土の怪物に、そっとあるものを与えた。
「だから、学者としてあなたに名前と与えるわ。いつまでも人間のあなたを、粘土なんて呼びかたしていたら、学術的な矛盾を呼ぶもの。そうね……あなたの名前は」
変幻自在の肉体に、人の心を持つ優しい存在として、
「自在なる……自在なる人。なんてどうかしら?」
「人……僕が、人でいいの?」
とぎれとぎれのその言葉に、そっと笑みを浮かべながら、シェムシャーハは粘土の怪物――ネンキドゥを抱きしめた。
「あたりまえじゃない。あなたみたいな優しい人を、私は知らないんだから」
「先生……襲ってゴメン。ありがとう……」
ネンキドゥの瞳から涙が流れ落ちるのを感じつつ、シェムシャーハも泣いた。自分の過ちを悔いながら、今度は間違えない様にしようと心にきめつつ。
「バカね。どうして謝るのよ。謝るのは私の方だっていうのに……」
――ごめんね。ネンキドゥと、小さく呟いた。
…†…†…………†…†…
そんな二人の関係改善風景をウィンドウ越しに眺めながら、フワウワの森の奥深くに隠れ住んでいたシェネは、ため息をつく。
「これにて大団円。普通ならこのまま放置でもしたいところなんだけど……」
――残念だけど、これは討伐系の試練なのよね……。
そう呟いて、彼女はウィンドウを展開。ある一か所の時間を巻き戻し、半年前の状態へと戻す。
そう、かつて結界によって隠れ潜みながら、自分とシェムシャーハが通ったあのけもの道を、かつての状態に戻したのだ。
今度のあの路には結界による加護はない。痕跡は残り放題で、匂いだって特別強力な失禁跡が残っている。
あの怪物が気づかないはずがない……。
人間が侵入したという事実を。
「ネンキドゥと、マエスは粘土と獣だから誤魔化されたみたいだけど、これだけしっかりとした跡が残っているのなら、あいつが動く大義名分もできるでしょう」
――ごめんなさい……二人とも。
悲しげな瞳で謝罪を口にし、それでも彼女はためらわなかった。
「さぁ、天の試練。最終段階よ」
ウィンドウの真ん中に出た、OKのボタンが躊躇いなく押される。
数分後、憤怒に狂った魔獣の咆哮が、森の木々を激震させた。