ギルガメス
遅れてスイマセン!
ようやく面接まで行ける企業がちらほらとで初めて……まぁそれはいいや。
今回はとうとうあの王様が登場! 金ぴかぁあ! とは似て非なるものになる予定? キャラ付け的には熱血になるかな……。いや、どうなるかはちょっと保証しかねるけど。
「ぶはははははは!」
加速が終わった世界を眼前に、深海の神界において爆笑が響き渡る。
笑うのは、つい先ほどソートから突如呼び出しを食らった、U.Tだった。
「嫁との関係がこじれて実家に帰られたってか! 高校生にして中々稀有な体験しているな、相棒!」
「やかましい! 妙な誤解を招くようなことを言うな! とにかく、事の次第を確かめるためにシェネを捕まえないといけない! わるいんだが……少し《天の試練》の面倒を見てくれないか」
「いいよいいよ! その時が来ればせいぜいお前の四苦八苦を上から眺めて楽しませてもらうさっ!」
「てめぇ!?」
たよる相手を間違えたか、と顔を引きつらせるソートだったが、背に腹が変えられないのも事実だ。贅沢は言っていられない。
「だか、あてはあるのか?」
「一応残っている権能に、マップ機能があるからな。そこに居場所がきちんと表示されているから、追いかけること自体に支障はない」
「手段もちゃんとあると……。しかし、ソート」
「あぁ? なんだよ。茶化す言葉ならもう聞かないぞ!」
「追いついた後どうするつもりだ?」
「………………」
そして、再び下界に降りようとしたソートに、U.Tは根本的な疑問をぶつけた。
「サポーターは基本的にプレイヤーに絶対服従だ。無条件で俺達に対する信頼と、好感度が高い状態で俺達に付けられる。シャルルトルムがサクリファイスをしたという話を聞いたときに思ったが……それが平然と実行できたということは、サポーターもその判断に逆らわなかったということだ。反逆する、嘘をつくなんて普通は考えられない。だが、シェネちゃんはそれをした」
「……それは」
「何か理由があったんだろう。何か思うところがあったんだろう……そしてその理由は、決してお前のことをないがしろにするものじゃないはずだ」
「………………」
ソートはU.Tの指摘にホゾを噛み、口を閉ざした。
――そんなことは、言われなくてもわかっている。だが、
「だとしても、あいつが下界の人間を苦しめていい理由にはならないだろう!」
「わからないか。俺はこう言いたいんだよ。事情を聴いたあと、お前はどちらを大切にするんだ? 一緒にこのゲームで遊んできたシェネちゃんか? それとも守るべきNPCか? それを判断していない状態で追いかけても、優しいお前はきっとシェネちゃんを追及できないだろって言っているんだ! 何か納得できる事情さえあれば、お前が今抱いている怒りは、あっという間に消し飛んじまうんじゃねェのか!」
「っ! そ、それは……」
その指摘を図星と認めるのか、ソートの目がわずかに泳ぐ。
――そうだ。俺は何も知らない。何故シェネがあんなことをしたのか。何故シェネがエアロと組み、自分に内緒で何かをたくらんだのか……。何一つとして、知らなかった。
「BSOのハードなシナリオで学んでいるだろう。半端な怒りと、半端な覚悟で動いたところで、いい結果は得られない。追いかける前に、一度あの子の行動を振り返って、考えて、そのうえでどちらを大切にするか決めてから動け。それにサポーターはプレイヤーのランクに応じて、固有のスキルを身に着ける場合があるとも聞く。間違いなく、シェネちゃんもそれを権能という形で持っているだろう。そんなシェネちゃんとお前がが全力で追いかけっこをすれば、下界はただじゃすまない。その被害を無視してなお、シェネちゃんを追う覚悟が決まらないというのなら、お前はそれをするべきじゃない。きっと後悔することになるからな」
「…………」
「それに今回は、人の生き死にがかかわった案件なんだろう。事情があった、理由があったは、この際もうどうでもいい。そのシェネちゃんの勝手によって犠牲になった奴が確かにいるんだ。そのけじめは踏み倒すか、もみ消すか……どっちかを選んでおかないといけない。だからお前は事情を聴く前に、覚悟を決める必要がある。シェネちゃんをとるか……下界の人間をとるか。その覚悟を決めておく必要が」
友人の厳しい指摘に、ソートはしばらく固まったのち、ゆっくりとため息をつきながら水泡を形成。それを椅子代わりにして座りながら疲れたような声で呟いた。
「……おれが、NPCの方が大事だと思えば、どうしなければならない? シェネにその被害の責任を取らせようとするなら」
「相手はサポーターだぞ。責任を取らせる方法なんて……一つしかないだろう」
――サクリファイス。
その可能性が脳裏をかすめる中、相棒の裏切りに精神的ショックを隠せないソートは、うなり声と共にその場から動かなくなった。
…†…†…………†…†…
――退屈な奴らだ。
俺が目覚めてから初めて抱いた感情がそれだった。
幼いころより既に自我がはっきりとしていた俺は、幼い俺を覗き込む神官たちを見つめてそう思ったのだ。
「おぉ、目が開かれましたぞ!(女神イシュルと同じ黄金の髪なのに……爛々と輝く赤い瞳か……不気味な)」
「利発そうな顔だちをされておられます。これならばエルクは安泰でしょう(これが将来の王? 天空神エアロ様の生まれ変わり? 俄かには信じがたいですね)」
「王よ! もう名前はお決まりで!(このお方に取り入れば、神になることすら夢ではない。あのリニタにだってできたんだから!)」
俺に心を読まれているとも知らず、目の前の有象無象共は口々に俺をほめそやす。
もう一人の父上に与えられた目を使い、ありとあらゆる地平を見渡してなお、帰ってきた感想はその一つに尽きた。
どいつもこいつも、俺の生誕などに興味はなく、その日を暮らすので精いっぱいだ。
天空神エアロからの天命の授与がなくなり、人は自らで己の適性を見極めなければならなくなった。
そして、今はその適性を調べそこなったやつらが、巷では溢れ返っている。
――なんという愚鈍……。なんという低能か……。いったい今まで何をしていた? これがもう一人の父上が育て育んだものだというのだから、俺の涙が止まらぬのも無理はない。
心中でそんな愚かな下等生物どもに嘆く中、俺は思う。
――もう一人の父上は間違えたのだと。人の育て方を。人の使い方を。折角創世神に与えられた知恵があるのに、もう一人の父上の威光を待つばかりなど……これでは家畜と変わらぬ。
そう思ったがゆえに、俺のやることはその瞬間に決まった。俺は人を裁定し、人に新たな規律を作るための存在であると。
人が天命など与えられなくとも、世界を回すための歯車になれる社会を作り出すことを決意したのだ。
だが、そんな俺にも一つだけ疑問があった。
この世のすべてを知る力を与えられてなお、俺はそれだけはどうしても解き明かすことができなかった。
それは、
「ギル。ギルガメス。それが我が息子の名前だ」
母を殺し生まれ落ちたこの俺に対する、父上――ルガルバンダの態度だった。
…†…†…………†…†…
人は主観で生きるものだ。視界がせいぜい数十メートル少ししかないこやつらは、結果として自己を中心に世界を認識する。それゆえに大局的に見るという行為を、基本的に苦手とする種族なのだ。
それゆえに、奴らは主観という自らを中心とした世界でしか物事を判断できない。
最愛を失った存在などその最たるものと言えよう。周囲に似たような不幸を負った者がいるなどと気づかぬまま、まるで自分だけが特別のように嘆き悲しみ、そして他者に八つ当たりをし、神を呪う。
だからこそ主観に生きる人にとって、最愛の存在の喪失は、神への信仰を棄てさせるに足る凶事であった。
それは父上とて基本的に変わらぬ。
今は亡きナーブ神によって王の権利を与えられたらしい父上だが、ありていに言ってしまえばその性質は人間のそれ。視界も能力も、少し優秀な人間程度のものでしかない。
だから俺は、はじめ父上は俺を恨み、俺を罵り、表面上は冷静さを取り繕いながら、心の中では俺を憎み続けるものだと……そう思っていた。
だがしかし、父上はそんな俺の考えからは著しく逸脱した態度をとり続けた。
「ギルガメス。どこを見ている」
「はっ」
十年かけて観察をしてみたが、やはりこの男に裏表はないように見えた。心の声と、口に出す言葉はすべて一致しており、嘘をつくところなど数えるほどしか見たことがない。
おまけに、イシュルが働かないがゆえに王としての激務を日々こなしているのに、俺と一緒にいる時間を作ることにも余念がなかった。
仕事量に悲鳴を上げる部下たちから逃げ、情操教育だと言って俺を市場に連れ出し、肩車をしてその様子をしっかりとみたり。
神聖娼婦の神殿に行っては、子の作り方を俺に教示したり。
どれほど忙しくとも欠かさず共に食事をとり、俺に食事の好みがあると知ればしっかりと叱った。
そう、この男はこの俺をまるで普通の子供のように扱い、育てていた。自分の最愛を奪った、通常の子供とは違う、薄気味悪い神と人のあいの子たるこの俺を、まるで普通の愛しい子供のように扱い、立派な父親と認めてもらえるように日々努力を重ねているのだ。
これを異常と呼ばずして何呼ぶ。
「勉強は嫌いか?」
「……いいえ」
おまけに、幾人もいるはずの家庭教師に任せればいい勉強を、この男は極力自分で教えるようにしている。
建築分野には図抜けていても、ほかの分野は人並み以下の男が、わざわざ家庭教師たちに勉強雄教わり、そのうえでこの俺にその知識をあたえているのだ。
こうでもしなければ、親子としての交流の時間を確保できないと……そんなくだらない理由で。
「嫌いではありませんが、父上の負担になっているのではないかと」
だから俺は暗に「俺とかかわって楽しいのか?」という警告を含めた声を発っしてしまった。
それに父上は目を見開き、こちらを見てしばらく固まる。
――しまった。失言だったか。
と、俺は思わず口を抑えるがもう遅い。そんな俺の仕草を見た父上は、確かに一歩俺に近づき、
「私を気遣ってくれるのか? 母さんそっくりの、優しい子になったなギルガメス」
「むぅ」
今だ幼い俺の頭を、ヘラリと嬉しそうに笑いながら、武骨な手で撫でるのだ。
――まったく。意味が解らん。
…†…†…………†…†…
そんな日々を過ごしながら、俺が十五になったころだった。
俺はおおよそ今学べる学問はすべて修め、父の書類仕事を手伝うようになっていた。
「父上。終わりました」
「ゴホッ。ゴホッ! 助かる。ギルガメスが来てから処理速度が格段に上がったしな。エアロ様は便利な目をくださったものだ。深く感謝するのだぞ?」
「はぁ……」
そもそも、母上――リニタを失った理由がそのエアロとかいう行方不明神のせいだというのに……最近風邪にかかった父上は、今も欠かさずエアロへの信仰の祈りをささげている。
その精神構造はあいも変わらず理解できないところにあり、俺としてはその言葉に気のない返事を返すほかなかった。
当然のごとく、長く俺と共にいるわけではない父上は、そんな俺の態度を見抜いていた。
(まぁ、会ったことがないのだから、畏敬も何も抱けないか)
と、苦笑いと共に俺をたしなめることをせず、心の中で呟いた父上は少しせきこんだあと、執務用に椅子で伸びを行い、
「ンン゛ん。今日はのどの具合が少しはましだな。さて、ギルガメス。折角仕事がいつもより早く終わったんだ。夕食まで時間もあるし、久々に散歩でもどうだ?」
「……つきあいましょう」
たいして気負った様子も見せず、神の息子を暇つぶしに誘ってきた。
…†…†…………†…†…
夕日が下りていくエルクの大平原。河川を挟んだその領地には賑やかな街が広がり、その向こう側には広大な農地や牧場が見える。
一つの盆地を埋め尽くすほどの、人類が安全に過ごせる生活拠点。バビロニオン最大の人間の都市を一望できる、神殿の外壁上を歩きながら、父は俺に言った。
「随分とましになった。これならば、イシュル様にいつでもこの町をお返しできる」
「イシュル……ですか」
この街を作った伝説の女神にして、数多の偉業を打ち立てた女傑。だが今は、エルクの男たちを夜な夜な呼びつけ絞り殺す女怪になり果てており、神殿ではほとほと取り扱いに困り果てていたと記憶している。
――エルク最大の汚点だ。
俺がそう考えるのも無理はない。だが、そんな俺の内心などお見通しだったのか、父は少し眉根を寄せながら俺を注意する。
「ギルガメス。半神半人とは言え不敬だぞ。ゴホゴホっ……彼女無くして今のエルクはないのだから」
「心得ています、父よ。ですが、老害は疾く消し去るのが、国の運営において重要なことではないかと」
「では、私もそろそろ引退を考えねばならんかな?」
イシュルに対する嫌悪感を隠さずいう俺に、父上はため息とともにとんでもないことを言われた。
――まったくこのわけのわからん男は、いったい何を考えているっ!
「父上は老害などではありますまい。あのアバズレ女神が力を失った時より、この国を支え発展させてきた賢君ではありませぬか!」
「いいや。確かに私が優秀だった自覚はあるさ。ナーブ様に与えられたこの天命を果たすために、私は死に物狂いで政治を覚え、石にかぶりつきながら必死にこの仕事をこなし続けた。だがしかし、それでも……それをすることを専門に作られたギルガメスには及ばない」
父の言葉が事実であることを、俺はよく理解していた。
さきほど父が言ったように、俺が来てから父の仕事は格段に減った。もっと言うのならば、もはや仕事の処理量は俺と父で4:1ほどの差が出始めている。
父が一つの仕事を終わらせるたびに、俺はその四倍の仕事を終わらせることができたのだ。
だが、だからと言って!
「周りからはよく聞こえるようになった。ギルガメス王がいれば安泰だと。むしろ、いつまでもギルガメス王を王子の座に縛り付ける、ルガルバンダ王は何を考えていると。早く玉座を譲り、ギルガメス王に治世を移すべきだと」
「なん……だと!」
俺は不思議とその言葉を許容できなかった。
――いったい今まで、誰が身を粉にしてお前たちのために働いてきたと思っている!
この男のように、俺の気を引けぬ有象無象風情が、知ったような口をきいているという事実が、我慢ならなかった。
そうだ。俺は知っていた。神殿内部でそのような言葉が交わされていることを、とうの昔に知っていた。
だが、それを認める気は起きなかった。だからこそ、勝手にそこから目を背けていたに過ぎない。
だが面と向かって言われた以上、それを許すわけにはいかなかった。
「どこの誰だ。いやいい。今補足した。王への不敬は万死に値する。父上、少し首を刎ねてくるからここで待て」
「やめろ、ギルガメス」
そう言って、腰に下げた剣を片手に走って行こうとする俺を、今度は父上の厳しい声音が止めた。
この声は……父上が俺を怒る時の声だ。事実父上はそのあと、
「前にも言ったはずだ。王たるものがむやみに暴虐を働くものではない。お前の双肩には多くの人々の生活と命が乗っているのだ。軽々と、それらを扱う王には誰にもついてきてはくれないぞ?」
いつか聞いた、俺の怒りをたしなめる時の説教を告げた。
だが……
「なぜ!」
認めるわけにはいかない。
「悔しくはないのかっ! 今までこの国の安寧を守るためにしてきたこと、すべてをなかったことにされた台詞だぞっ! たかが優秀な後継者が現れた程度で、ないがしろにされていい功績ではなかっただろうっ!」
認めるわけにはいかないのだ。認めてしまっては、この男はきっとっ!
「そんなことはない。そりゃ、少し悔しくはあるが。だが、それ以上に誇らしい。そう言ってもらえる次代の王に、息子のお前がなってくれるのだから」
「父上……」
だから俺は言う。今まで不思議と口にできなかった言葉を、男に向かって吐きかける。
「勘違いもいいかげんにしろ。俺はお前の……息子などではない!」
「いいや。お前は私の息子だ!」
「どこに貴様の要素がある! 黄金の髪に、赤い瞳。顔つきだって似ていない! 俺はお前の息子じゃない! 俺は、エアロの息子だ!」
「それがどうしたっ!」
「――――――――っ!」
そしてそのとき俺は答えを得た。
「たとえ似ていなくとも、たとえ私より優秀だったとしても、そんなことは何一つとして関係ない! あいつが生むと決め、私が育てると決めた! そしてお前は、私を父上と呼んでくれた! なら、血筋なんかどうだっていい。誰が父親だなんて関係ない!」
――あぁ、そうか。この男が、俺を息子と扱ったのは……なんの難しい理屈も理由もなかった。
「お前とは出来が違う、はるかに不出来な人間の身だが、それでも私は……お前の父であると決めた! だから私は、私が与えられるすべてをお前に与えたんだ! 教育も、地位も、名誉も……そして愛もだ」
――私がこの男の息子であるのと同じように、
「そしてお前はそのすべてを受けとめ、こうして私の身を案じることで返してくれている。私はそれが嬉しいんだ」
「父……上」
「お前は私なんかにはもったいない、自慢の息子だ。だから、私の子供じゃないなんて、寂しいことを言ってくれるな」
――この男は、俺の父親だった。ただそれだけのことだったのだ。
…†…†…………†…†…
半年後。父上の風邪が悪化した。
どうやらただの風邪ではなかったらしい。
いいや。違うか……。
この男はやりきったのだ。この俺を次の王にするための教育を……そしてその天命を終えたからこそ、全身の力を抜き、エシュレイキガルの元へ行く準備を終えた。ただそれだけの話だった。
「父上っ!」
その証拠に、体つきはどんどんか細くなり、いま俺が握っている手はもう枯れ枝のようだ。
それを見た神官の戯けはもう長く持たないなどと抜かしていたが……俺はそんなこと認めない!
「大丈夫です父上。必ず、必ずや父上の体を治す方法を……」
「もうよい……もう良いのだ。ギルガメス。私はもう十分に」
「ダメだ! まだ教えてもらっていないことがたくさんある!」
「……そんなことはない。お前はもうすべてを知っている」
「――っ!」
やはり父は気づいていた。俺がこの世界のすべてを見ることができるのを。俺が人の心の声を聞きとれるのも……そんな不気味な能力を持っているにもかかわらず、父上は俺を息子として扱ってくれた!
だから、
「嫌だ。父上……必ず助けだす。あなたをエシュレイキガルなどにくれてやるものかっ!」
「ギルガメス……待て」
俺は父上の制止を振り切り走り出した。
目指すのは神殿最上階。あの女神がいる場所だ!
…†…†…………†…†…
扉がけたたましく殴りつけられる音に、微睡にふけっていた女神は体を持ち上げる。
「なに? だれよ……」
「女神イシュルよ! 御目通りを願いたい!」
「男の補充にはまだ早いはずよ。私はまだ寝ていたいの」
「そう言わずにどうかっ! このままでは父が死んでしまいます! あなたのために働き貴方のために仕えた男が死にかけているのです! その働きに報いるつもりがあるのなら、どうかわが父に加護を」
だが、この女神は寝起きが悪く、そのうえ傍若無人だった。
それは、ここ十数年間まともに満足した経験がない故か。それとも、いつも見る悪夢によって睡眠の質がよろしくないからか……。
とにかくこの女神――イシュルは寝起きが非常に悪い。そう、いったい誰が死にかけているのか、確認することなく、
「うるさいっつってんでしょうがっ! 私に仕えた恩義を返せ? ふざけんじゃないわよっ! アイツと守った豊穣の加護だけじゃまだ足りないっての! そんな傲慢なことを言ってくる奴なんか、さっさと死んでくれた方が清々するわ!」
怒号と共に出現した弩によって、扉ごと声の主を吹き飛ばす程度には。
「――っ! がぁああああっ! このアバズレがぁあああああああ!!」
怒号と共にどこかへ飛んでいく男の声に、フンと鼻を鳴らしながら、イシュルは再び眠りについた。
彼女がルガルバンダの死を知ったのは、その翌朝のことであった。
…†…†…………†…†…
ボロボロになったギルガメスを待っていたのは、荒い呼吸をし明らかに苦しそうにもだえ苦しむルガルバンダだった。
「ち、父上っ!」
ギルガメスは慌ててルガルバンダに駆け寄るが、ルガルバンダはもうギルガメスの顔すら見えないのか、
「ギルガメス……帰ったのか?」
「父上、申し訳ありません。イシュル様の加護を……」
「よい、良いのだギルガメス。気にするな……だが、悔いているというのなら、最後に父の願いを聞いてくれ」
「っ! なんなりと、なんなりとおっしゃって下さい!」
「……そうか、なら」
そういうと、ルガルバンダは、そっとギルガメスの手に触れ、
「最後の教えだ。人の痛みと、悲しみを知りなさい。神の半身を持つ息子よ」
「え?」
「それさえあればきっとお前は……」
――優しい王様になれるはずだ。
その言葉を最後に、ルガルバンダはその命を終えた。
寝室に悲しみの慟哭が響き渡り、葬儀の用意をしていたエシュレイキガル神殿神官たちが部屋に入ってくる。
それに縋り付き、連れて行くなと何度も願いながら、ギルガメスは最後の父が言った痛みを感じていた。
――あぁ。これが人の痛みか。失う悲しみというモノなのか。父上はこんなものに耐えながら、俺を息子として育ててくれたのかと。
こうして、ルガルバンダの最後の教えを受け、ギルガメスは新たなエルクの王となった。
世界最古の叙事詩の主人公となる、偉大な王が誕生したのだ。