啓示
「エート・ソート。貴き創世神よ。あなたのおかげで今日もまた平和な日々を過ごすことができました。あなたの加護に無上の感謝を」
夜。まだまだ資源が少ないため、集落に炎の明かりはともっていない。そんな集落において唯一焚かれることを許された祭壇の篝火を前に原始の女は祈りをささげていた。
彼女は創世神が与えてくれた知恵を用い、自らの生活水準を大幅に改善した。
それによって、彼女の周りには多くの人々が集まり、日々彼女は彼らに知恵を与えながら、こうして集落の長として忙しい日々を送っていた。
時は原始。人にはいまだ厳しい世界。そんな世界において、自分のような何のとりえもないような女が、人々を導き曲がりなりにも長として勤めていられるのは、ひとえに創世神のおかげだと彼女は考えていたのだ。
それゆえに、彼女は知恵によって与えられた《祈り》という儀式を欠かすことはない。自らに力を与えてくださった神に対する感謝の念を、命燃え尽きるまで捧げ続けるつもりであった。
そんな彼女に、
『あ~テステス。マイクテス』
『あっ、ちょマスター! もう入ってますって! 音声入ってます!』
『えっ、ウソだろ!? テストだって言ったじゃんん!?』
「??」
ふたたび奇跡が舞い降りた。
突如として脳内に響き渡る不思議な声に、原始の女は目を見開き慌ててあたりを見回した。
だがそこには何もない。ただの夜の闇が広がっているだけ。だが、それでも、
『ちゃんとテストボタン押しながらしゃべってって言ったじゃないですかっ! もう、早く話さないと威厳もくそもなくなっちゃいますって!』
『わかってる! わかってるからちょっとお前は黙ってろっ!』
聞き覚えのある声は、彼女の脳内から消えることはない。
きっとこれは《啓示》と呼ばれる神の奇跡の一つなのだろう。と、彼女の《知恵》から提示されたその概念に「こんなこともできるのか!」と驚きながら、
「……神様相変わらずのようですね」
『ごほんっ! ひ、久しぶりだな原始の女よ』
《知恵》から与えられる『この世界の創世神は神様としては割かし異端』という情報に苦笑を浮かべる。
それもさもありなん。知恵の果実は《祈り》という概念を与えるとともに、祈る対象である《神》という概念を原始の女に与えた。その与えられた《神》という概念は一般的な《神》を参照して定義づけられたもの。断じて会話の途中で言いよどんだり、今みたいに啓示の途中でうろたえたりする存在を、神とは認めていなかった。
それでも、原始の女は何時もと変わらぬ祈りと崇拝を込めて、その声に答えた。
なぜなら彼女を助けてくれたのは、名も知らぬ《一般的な神》ではなく、この生々しくも人間臭い、ちょっとおかしな神様なのだから。
「お久しぶりです我が主よ。再びまみえる……会話を交わすことができたこと、無上の喜びに感じます」
『え、あぁ……う、うん。ありがとうございます』
――そこで引かないでください。と、わずかにたじろいだ様子を見せる神様に、顔が引きつるのを自覚しながらなんとかそれを最小限にとどめ、
「此度は何かご用でしょうか? ただの雑談に来られただけでも私はかまいませんが」
『あぁいや。今回はちょっと面倒な問題が持ち上がってな……』
――面倒な問題? ソートが告げたその言葉に、原始の女は首をかしげた。
『実は今回、異世界の神々との交流の場に行ったのだが……少し異世界の神と揉めてしまってな。そいつがいつになるかはわからんが……将来的に自らの世界の兵隊をひきつれてうちに攻め込んでくることになった』
「………………それは」
――一瞬の沈黙。その後、
「まずいのでは?」
『あぁ、かなりまずい』
顔を青くした原始の女に、ソートは申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、啓示を続けた。
『とはいえ、やってしまったものは仕方ない。お前たちには悪いが来るべき災厄のために、私はお前たちを鍛えなくてはならない』
ソートが問題を切り出すと同時に、原始の女の目の前に一冊の本が現れた。
それは、いまだ粘土板程度しか筆記媒体がない世界において、異端中の異端。
植物紙によって構成された、皮装丁の分厚い書物。
「これは?」
『これより百年ごとに、私はお前たちに神の試練を与える。その試練の内容を部分的に記したものだ』
「試練……」
原始の女がそうつぶやくとともに、彼女の知識が唸りを上げ、その言葉の意味を教えた。
曰く――信仰・決心のかたさや実力などを厳しくためすこと。この場合は実力を試すという意味に特化した試練だと思われる。
『さすがに内容が全部わかると試練にならんから、かなり抽象的な文章になっているが……ノーヒントよりかはましだろう』
『ちょっとマスター。あんまり甘やかすと試練にならないって』
『うるせぇ。こっちの不手際で迷惑かけるんだ。多少のケアは必要だろうが』
――さきほどから聞こえてくる女性の声は眷族の方だろうか? と、原始の女は首をかしげつつ、本を開きそのタイトルを読み上げた。幸いなことに文字の知識はすでに《知恵》によって提示されており、読み上げることにさほど苦労はしない。
「《黙示録:十二の試練》?」
『お前たちには百年ごとに一つずつ災厄級の試練をもたらす。それを見事乗り越え、偉大なる戦士を作り上げてほしい』
「災厄級ですか……」
ページをさらに読み進めると、目次とかかれたページが目に飛び込んできた。
『第一章:獣の試練
第二章:王の試練
第三章:軍の試練
第四章:悪の試練
第五章:国の試練
第六章:森の試練
第七章:火の試練
第八章:魔の試練
第九章:天の試練
第十章:竜の試練
第十一章:神の試練
第十二章:人の試練』
かなり物騒な印象を受ける試練もあれば、いったいどのような内容の試練なのかわからない試練もある。
だが、百年周期ということはおそらく直近の試練ですら原始の女は生きてはいない。そのため、彼女に求められる最初の役割は、
『初めの試練までは百年の猶予がある。だからこそ、お前には今作り始めた集落を、都市に……国に作り替えることに尽力してほしい』
「承りました我が主」
もとより否と言う選択肢はない。この試練を乗り越えなければ、どちらにしろ異世界からの軍勢に自分たちの世界は蹂躙される。
いくら生まれて間もない知識しか持っていない原始の女でも、それはとても悲しいことだと本能が察していた。
だから原始の女は覚悟を決める。たとえおのが命を燃やし尽くしてでも、来る災厄に備えるため、試練となった災厄を迎え撃つ準備をすることを。
『人よ。強くなれ。お前たちには無限の可能性が与えられている。だからこそどうか……俺の身勝手な試練をどうか乗り越えてくれ』
その言葉を最後にソートの啓示は終了した。
それを本能的に察した原始の女は、《獣の試練》のページを開き、
『其は災厄。獣の総意を受けたもの。森羅万象に歯向かうことを決めた《人》を、獣から外れることを決めた《人》を、誅するための遣い。その巨躯を持って文明を踏みつぶし、其れは破壊の権化となる』
――知恵が必要だ。記された予言からなんとなくそれを悟り、原始の女はそう考えた。
――獣たちの総意を打ち払うだけの、狩りの知識が。
そして同時に、
「……あぁ。我が主よ……ありがとうございます」
予言の初めに書かれた文字にそっと触れながら、原始の女は微笑んだ。
『原始の長ティアマトに告げる。汝この災厄を後世に伝え、国に広く流布せよ』
ティアマト――自らに与えられた神以外が持ちえなかった《名》という概念。それを自らに与えてくれたことに感謝しながら、原始の女――ティアマトは立ち上がる。
そして、祭壇から離れた彼女は近くにあった自分の世話役の少女の家へと近づき、
「起きなさい」
「は、はい! なんでしょうムラオサ!」
「すぐに主だったものを招集しなさい。創世神ソート様より啓示を賜りました」
すぐさま、自らの決意を実行に移した。
…†…†…………†…†…
GPを三千消費し使用していた《託宣》のマイクボタンを停止させ、ソートは一仕事終ったとため息をついた。
同時に、ティアマトに与えた予言の書を自らの手元に具現化させ、その内容を流し読みする。
「さてと、これでひとまず英雄を育てる下準備は終わったが……」
しかし、その予言書の内容は下界に降ろされたものよりもはるかに詳細で……絶望的であった。
「獣の試練……初回からこの難易度で大丈夫なのか?」
「仕方がありませんよマスター。シャルルトルムに勝つためには、最高難易度の英雄育成プランを作る必要があるんですから」
その試練をプロデュースしたシェネは、「大体、最終的にはマスターも許可だしたじゃないですか」と、頬を膨らませつつも、獣の試練を読み上げる。
「それにまだ難易度は低い方ですよ。『狩猟によって狩られた獣たちの怨念の集合体討伐』なんて。相手は知恵も何もない本能の化物なんですから、落とし穴にはめて動きを止めたところを槍でめったざしで十分ぶっ殺せますよ。いまは、魔力がものを言う科学発展がほぼない古い時代ですから。怨念だろうがこの時代の知的生命体なら魔力普通に使って、素手で触れますしね」
「そんなもんかね」
できれば誰一人として欠けることなく、この十二の試練を生き延びてほしいものだが……。と、ソートはどこか楽観的な願いを口にした。
そんなソートに、一瞬シェネは固まった後、
「そ、そうですね……」
――あ、あれ? もしかして本気で難易度設定間違えた? 最終試練までに数千人単位で人間使い潰す予定だったんですけど……。と、割と非道で……しかし英雄育成を目指すプレイヤーたちにとってはある種あたりまえな事実を、ソートに話していなかったことを今更思い出す。
だがしかし、この試練はシェネのハンドメイド。一応この世界に沿うように作ってはいるが、ハンドメイド試練の反映は何気にGPを消費するのだ。
寄付されたGPの約九割を消し飛ばすほどに……。
一応GPに関してはソートに許可はとったので問題はないが、問題なのはゲーム世界の住人とは言え人の犠牲を嫌うソートが、この試練が数千人単位ぶっ殺す予定だという事実を知った時どういう反応をするか。
ふたたび襲い掛かる鼻フックの脅威に、シェネは顔色を真っ青に変えながら、何か打開策はないかと必死に頭を悩ませる。そして、
「よしっ! なかったことにしよう!」
結論――全力で隠し通すを選択した。
どちらにしろ世界運営を行っているとは言えソートは見習い。見渡せる世界の範囲にも限界がある。
犠牲になった人のところを極力見せないように誘導しつつ、ソートを誤魔化すことは不可能ではない……はずだ。
ブツブツと呟きながら、自らにそう言い聞かせるシェネに首をかしげつつ、ソートはそっと預言書を閉じる。
「では、はじめようか」
「は、はい……」
「本気でどうしたお前?」
「い、いいえ! ソート様の言うとおり、下界のみんなには健やかに育ってほしいなと! エート・ソート!!」
「思い出したかのように人の赤っ恥口にしてんじゃねェ!」
こうして、試練は始まった。時はソートの手によって加速し、世界を一気に百年先まで回転させる!
神様らしいことを……できなかった。
次からは試練編になるかと?