混沌とする事態
《安産神》リニタ
レア度:☆2(UC)
神属性:出産神
コスト:6
属性:秩序・善
声優:錦野莉子
イラスト:卵かけ食パン
ステータス
筋力C 耐久B+ 敏捷E 魔力A 幸運A 神判C
保有権能
母なる者A:出産経験がある神に与えられるスキル。希代の大英勇を生んだ彼女は高ランクでこれを有し、視覚化できるほどの母性を放つとか……。
巫女神C:眷族女神特有のスキルにして、上位の女神たちに対する折衝の成功率が上昇する。イシュルの巫女であった彼女は本来このスキルを高いランクで有するが、イシュルの暴走を諌められなかったことを悔い、自分でスキルのランクを下げている。
良妻賢母A+:伴侶(またはそう決めた人物)を正しく導き、大成させるスキル。ようするにあげまん。
始まりの君主・ルガルバンダをいさめ、原始英雄の王を産み落とした彼女はこれを高いランクで有する。なんだったらなにもしなくても、彼女が傍らにいるだけで一国の王になれるランクだが、彼女は怠け者が嫌いなため、そんな男の傍らにいることはないだろう。
神判解放:《我が最愛に綴る恋文》
詠唱「どうか悲しまないで。私はあなたの愛で満たされた」
名称とは異なり、彼女が英雄の王を産み出した際に残した遺書が神判化したもの。
彼女の霊器を犠牲にすることで、新たなる王を産み出す。
今回の召喚ではデチューンされているようで、効果は霊器が破損した神霊を、産み直すという形で復活させるという形式になった。
マテリアル
1:バビロニオン十二神の一柱にして、第九段の守護神。
彼女が人であったルガルバンダと交わり、英雄の根元となった王を産み落としたのはあまりに有名。
基本的に安産を司る神であるがゆえに、戦闘能力は低めである。
2:一見、美しい見た目と、儚げな表情をした美女なのだが……口を開けばその印象は一変。
快活なしゃべり方と、ちょっとやそっとでは動揺しない胆力を持った肝っ玉母さんであることがわかる。
癖のある神霊たちをせいし、数多の料理好きの神霊たちと共に食堂の守護を司っている。
3:彼女から放たれる圧倒的母性は、一部の人間には可視化して見えるほどであり、多くの男性神霊、および職員を虜にする皆のママ。
ただし、主人公の部屋を勝手に掃除し、《お宝》を発見してしまうのも彼女なので、《お宝》を入手した際には細心の注意が必要!
4:おまけに、悪質きわまりないことに少し失敗をすると本性が現れる。
実は彼女の普段の振る舞いは、あの王の母親として恥ずかしくないようにと気を張っているがゆえの演技であり、ひとたび失敗で仮面が剥がれると、もとの気弱で自信がない少女の顔が露見する。
そのギャップにやられた神霊は多く、去年の守ってあげたい女神ランキング第一位の栄冠に輝いた。
5:幕間『たとえ強がりだとしても』クリア後解放。
『もう、私にこんな顔させて何が楽しいんだか……。趣味悪いよ貴方。
そっちの方が可愛いって? バカ言わないで。私はあの子の母親で、いつだって胸を張れる、立派なお母さんでないといけないの。
それが、あの人にあの子の育児を任せきっちゃった、私にできる唯一の償いなんだから。
うん。でも、そうね……。今回はちょっと疲れちゃったかも。
だから、その……ごめんね?
今だけは、貴方優しさに……甘えちゃっても、いいかな?』
…†…†…………†…†…
ソーシャルゲーム《《守護神霊》コレクション》wiki『リニタ』の記事より。
「シェネ! どこにいる!!」
海底天界に帰って来たソートは、周囲に満ちた水を泡立てながらシェネがいるところまで早足でいく。ザバーナにきいた情報の審議を確かめるためだ。
だが、そこで待っていたのは、誰もいない、空っぽになったホームだった。
「シェネ?」
通常、AIである、サポーターがプレイヤーに無断で拠点を開けるわけがない。
だが、実を言うと出ていけないわけではない。
基本的にサポーターはプレイヤーに従順であるがゆえに、命令なしに勝手をしないだけで、出ていく権限自体は持っているのだ。
実際シェネは、獣の試練の時ソートには内緒で下界に降り、死んだ人々を蘇らせている。
つまりは、そういうことだろう。
「シェネやっぱりお前が……」
ソートが呟き、奥歯を食いしばる。そして次の瞬間、さらに最悪な事態に気づいた。
「っ! しまった!」
拠点中央に浮かぶ惑星が、高速で回転していることに気づいたのだ。
それは、時間加速最高速度に到達していることを意味する。おそらくシェネが拠点を出る際にソートが下界からでたとき、時間加速をオートでいれるように設定したのだろう。
あわててソートはメニューウィンドウを召喚し、加速を止めるが……GPまでつぎ込んでいたらしい加速により、世界の時間はかなり進んでしまった。
「何を……考えているんだ! シェネ!」
到達した時間は今から15年後。
天の試練開幕時だった。
……†…†……†…†……
時は少し遡り、加速か始まった直後の下界。封鎖されたエアロ・ジグラット最上階にて。
「だから逃げてきたのか、母上」
「だ、だって仕方ないじゃないですか!!」
「話せばわかるといっていたくせに……」
「ぐうっ!」
ソートから逃げてきたシェネに対し、エアロがあきれたような視線を向けていた。
――どうせこうなるだろうとは思っていたが、だとしてももう少しうまく誤魔化して来てほしかったものだ。
頭痛すら覚える額を押さえつつ、エアロは半泣きになった産みの親に告げる。
「たしかに、何かから逃れるにはここほどふさわしい場所もないだろう。下界に関する干渉権限のほとんどは我が押さえ、他の神々では、自閉したこの階層に到達することはできない。だが、それは相手が創世神でない場合だ。エアロ・ジグラットの規律に縛られぬ奴に攻められれば、流石の自閉障壁も長くはもたん。だからこちらとしては、奴がくる前に母上にはさっさと出ていってもらいたいのだが?」
「親孝行しようとかは……?」
「孝行するほど、大切にされた覚えはないが?」
「……そうですね。私たちは親と子供というよりかは、共犯者と言った方がいい間がらですし」
だからこそ……と、シェネは一言呟きながら、エアロに言う。
「このまま私が捕まるのも、あなたにとっては都合が悪いはず」
「…………」
「私はあくまでAI。命令されてしまえば、マスターに抵抗する術はありません。だからこそ、計画の大詰めである今になってやめろと言われないように、捕まるわけにはいかないんです! だから、力を貸しなさいエアロ!」
その言葉にエアロはため息をつきながら従うほかなかった。
彼らの目的はあくまで世界の保護。外敵を排除できる人材の育成だ。その目的を阻みかねない不都合はできるだけ排除しなければならないのだから……。
……†…†……†…†……
時間加速により、一年が経過した下界にて、それはようやく産声をあげる。
「またか……」
始まりは、ナーブに行政権の一部を委託された男――ルガルバンダ王の嘆息からだった。
ルガルバンダの視線の先では、まるで汁を絞り尽くされた果実のようになった男が、かれた呻き声をあげながら、必死に助けを求めている。
その周りでは神聖娼婦たちが慌ただしく駆け回り、各種薬品と治療行為によってなんとか男を延命しながら、彼を治療室に運んでいった。
そんな光景にため息をついたルガルバンダは、男が転がっていた扉へと赴き、それを勢いよく開ける。
「イシュル様。またあのような無体を! これでいったい何人目だと………」
「煩いわねひよこ風情が。私に指図しようって言うの?」
そんなルガルバンダの小言に鼻を鳴らすのは、全裸のまま寝台に横たわる絶世の女神――イシュルだった。
その顔からはかつての快活さは見てとれない。
ただただ退屈そうで、退廃的な雰囲気があるだけだった。
――やはり、ナーブ様の不在が痛いか。満足させられるのがあの方かだけだったと言うのもあるが、やはりあの方はイシュル様の精神的主柱だったのだろう。
わがまま放題、やりたい放題だったイシュルに、唯一説教し、言うことを聞かせられた頼もしい男神の背中。それを思いだしちょっと泣きそうになりながらも、ルガルバンダは彼に預けられた都市を守るために、決死の陳情を試みる。
「このままでは相手をしてくれるものもいなくなります! ただでさえ働き盛りの男たちに無理を言って来てもらっていると言うのに……」
「じゃあいいわ。豊穣の加護止めるから」
「すいません! 調子こきました!」
それを言われてしまえば抗うことはできない。速やかに土下座に移行するルガルバンダに、イシュルは不機嫌そうに目を細目ながら傲然といい放つ。
「あんたたちが生きていけるのは誰のお陰? 誰があんたたちの糧を与えていると思っているの? 文句垂れる暇があるなら、さっさと私に見合う男でも生んで育てなさいよ、大工風情が」
「お、おっしゃる通りです!」
そうして、完全にルガルバンダを言い負かしたイシュルは、気だるげにため息をついたのち、寝返りをうち、ルガルバンダに背を向けた。
「とはいえ、今日は流石に疲れたわ。もう寝るから、下界の管理はあんたに一任しているんだから、きびきび働きなさい」
その言葉を最後に、イシュルはゆっくりと寝息をたて、眠りについた。
そのあまりに傲慢すぎる態度に、ルガルバンダは体を震わせ、
「こ、この……人が下手に出ていれば!」
怒りのあまり拳を握りしめたが、
「ナーブ……。どこ……どこにいるの?」
「…………はぁ」
――こんなこと言われては、怒るに怒れないではないか……。
ため息と共に、ルガルバンダはため息一つと共に、イシュルの部屋を出ていく。
そこで待っていたのは、神聖娼婦の長であるリニタだった。
「どうでした?」
「どうにかできたと?」
「まあ、難しいでしょうね……」
ぐったりするルガルバンダに、リニタはそっとため息をつき、扉の向こうにいる主に思いを馳せる。
「ナーブ様がいなくなられてから、あの方は変わられました。昔はあんなに支配欲旺盛で、何でも自分でやらねば気がすまない方だったのに」
「それだけ聞くと、割ととんでもない神様ですな」
目元を織り布でふくリニタの言葉に、ルガルバンダは顔をひきつらせつつも、そっとリニタの肩にふれる。
「とにかく待つしかないでしょう。あの方の悲しみが癒えるまで。それまでは我々が、あの方々が作ったこの国を守っていかねば……」
「そう、ですね……。私たちの婚儀も遅らせねばならないでしょう」
「はい。いまは……」
――たがいに、そんな余裕はありませんから。
その言葉だけはどうしても言えず、ルガルバンダは歯を食いしばることしかできなかった。
……†…†……†…†……
その日の夜のことだった。ルガルバンダの夢にある闖入者が現れたのは。
「起きよ。ルガルバンダ」
「ッ!?」
突如頭の中に響き渡る一喝にルガルバンダは飛び起きる。
そこにいたのは、一人の女神を従えた、剣を突き立てながら座る、男神だった。
その光輝く太陽の剣は、バビロニオンの人間なら見間違うはずがない。
「し、シャマル様! い、いったいこの様なところで何を!?」
正義を司る神にして、断罪を行う神シャマルが、妻であるリィラを伴いそこにいた。
「あぁ、驚かせてすまない。なれない託宣で少し勝手が解らなくてな。許せ。私の神官相手なら音量ミスなどしないのだが……」
「は、はぁ……」
「あなた。ルガルバンダが困っていますよ?」
「むう、やはり浄罪官たちのノリの軽さを他の神の神官に求めるのは酷か。わかった。では手短に済まそう」
そういうと、シャマルはスッと手をあげ、光を操り一つの映像を作り出した。
「これは……リニタ!?」
「実は此度お前に話しかけたのはほかでもない。お前と、お前の妻になる女に関しての話だ」
最愛の女性に関わる話しときき、ルガルバンダの顔が険しくなるが、シャマルはそれをきにした様子もなく、たんたんとした様子で話を進めていく。
「これは一年前、エアロ様が自分の階層にて閉じ籠り、しばらくしてからの映像だ。よく見てもらうとわかると思うが……」
シャマルの解説がそこまで行くと、眠っているリニタに異変が起きた。
彼女の腹の中に、点から降り注いだ一つの光球が、入り込んだのだ。
「い、今のは?」
「調べたところ、アレはエアロ様が直々に作ったある魂だと言うことがわかった。端的に言えば、エアロ様によって作られた魂の形をした神器だということだ」
「ッ!?」
その衝撃的な真実に、ルガルバンダは瞠目する。
自分の愛している人に、そんな代物が潜り込んでいるのだ。動揺せずにはいられないのは、当然と言えた。
「で、ですが……妻は特にさわりなく」
「当然だ。あの神器はリニタの腹から子供が生まれる時に作用するもの。腹のなかで作られた子供の肉体に潜り込み、神の魂を持つ子供として、人の子を改造するのだ」
「っ! そ、それはつまり……私とリニタの子が神になるということですか!?」
その事にルガルバンダはひどく動揺した。
神々と人が近いこの時代において、神に召し抱えられるということは、非常に名誉なことだ。だが同時に、自分の子供が人から外れた存在になるということに、不安を覚えない親もいない。
だが、
「いいや。おそらくそれよりもたちが悪い」
「え?」
現実はルガルバンダが思うよりも冷酷だった。
「おそらく、この子供を産む際にリニタは人間ではなくなる」
「え?」
シャマルのその言葉に、ルガルバンダは絶句した。
……†…†……†…†……
そこからシャマルの説明は続いた。
いわく、神霊の魂は強大であり、肉の器を得たとしても、母体にはかなりの負担がかかること。
いわく、それを緩和するために、母体は一段上の階位へ登り、信仰を得られれば神霊に到達するだろうということ。
いわく、生まれてくる子供はエアロの血を引く半神半人。おそらく、全うな精神構造をしていないだろうということ……。
それらが早口でシャマルの口から告げられた。
「おそらくエアロ様の自閉状態はあらかじめ予定していたことだろう。イシュルがあの状態になることも、おそらくは……。そして、エアロ様はおそらくこれから生まれてくるこの子供に、自分達の代役をさせるつもりだ。なぜ、こんな手間のかかることをしたのか……それだけはわからないが……」
いまいましげに説明を締めくくるシャマルに、呆然と説明を聞くだけだったルガルバンダは、ただ一言だけ疑問を漏らした。
「私は……」
「何だ?」
「私は……どうすれば」
その質問にたいし、シャマルとリィラは痛ましげな顔をしたのち……リィラの方が口を開いた。
「我々エアロ・ジグラットの神々としてはこのままこの子に生まれてもらいたいと言うのが本音です。エアロ様から意思が届かぬ今。下界には新たな統治体制が必要ですから。ですが、あなたの気持ちもわかります。最愛の女性を、こんな得たいの知れない子供のために捧げろと言うのはあまりに酷だと」
「幸いなことに、人の器をなすためには、お前の精が必要だ。まだ契りを結んでいない今なら、魂を取り出し、お前たちの子供に影響を与えないようにもできる」
同時に、シャマルたちも手をこまねいていたわけではないと、ルガルバンダは理解した。
だか、その優しさは今のルガルバンダにはあまりに残酷だった。産むか産まないか。その選択により、お前が下界の行く末を決めろと、いっているに等しい。
だから、ルガルバンダはだらだらと冷や汗を流しながら、唸り声と共に頭を抱え……。
「少し……考えさせてください」
そう願うことしか、できなかった。
……†…†……†…†……
翌朝。ルガルバンダは再びリニタのもとを訪れ、昨夜見た託宣の話をした。
「私にエアロ様謹製の魂が……ですか」
「どうする? お前はどうしたい?」
「……………」
ルガルバンダの問に、リニタは少し困ったような笑顔を浮かべ、
「私ではなく、あなたがどうしたいかですよ。この国の王は貴方なのだから」
「だが、私は!!」
リニタの問いかけにルガルバンダは声を震わせた。
――だってそうだろう!
「言えるわけがない! 神々の事情などくそ食らえだ! 私はお前を失いたくないなどと……言えるわけがない!!」
「ルガー……」
「私は王だ。ナーブ様にこの国を託されたんだ! 私にはなんとしてでもこの国を存続させる義務がある! たが、私にはその力はない。それは、シャマル様たちもよく理解していた! だから、産んでくれとあの方のたちは願ったんだ! 私がこのまま統治を続ければ、遠からずこの国が崩壊すると知っていたから!!」
ルガルバンダは叫ぶ。自分にもっと力があればと。自分が神々すら黙らせられる王であったならと。
だか、それは届かぬ願いだった。
なにより、
「それに、ナーブ様が命をとして守ろうとしたこの国を……私は守りたいと思ってもいるんだ! たとえ、何を犠牲にしても!!」
いつの間にかルガルバンダの目元からは涙か溢れていた。
どうしようもない板挟みとなった感情に、ルガルバンダはうち震える。そんな彼に、
「もう、しょうのない人。そこまで覚悟を決めているなら迷う必要なんてないのに」
ゆっくりと、リニタの手が伸ばされた。
「りに……た?」
「私も同じ気持ちよ」
そして、リニタはそっと笑い。
「だから、私を抱いてルガー」
「っ!」
「イシュル様が作り、ナーブ様が育て、あなたが愛した国を守れるのですもの。あなたが愛を注いでくれるのなら、私はもう、なにも怖くないわ」
「リニタッ!!」
そえして、ルガルバンダは涙を流しながら、獣のように嗚咽を漏らし、リニタの体に覆い被さった。
慟哭と嗚咽に満ちたその交わりは、リニタの腹に新たな命を宿らせた。
「愛している。愛しているんだ!」
「私もよ。例え別れが定められていても、あなたに愛をもらったこと、後悔なんてしないわ」
すべてが終わったあと、泣きくれる男を豊かな胸で抱き締めながら、女はただ静かに穏やかな笑みを浮かべつづけた。
……†…†……†…†……
それから半年後。
エルクの神殿にて新たな王が産声をあげた。
黄金に光輝くその赤ん坊に、ルガルバンダの話に半信半疑であった神官たちは狂喜乱舞し、下界を統治するに足る絶対的な王者として育てようと、今後の育成計画をたて始める。
そんななか、一人その輪から外れたルガルバンダは、さっきまで一人の女がいた寝台にそっと近より、
「ありがとう。リニタ。必ず、必ず……私たちの子供を、王にして見せるから。ジグラットで……見守っていてくれ」
彼女が着ていた服を、ギュッと握りしめた。