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死なずの遊戯

 冥界エシュレイキガル神殿頂上。

 そこでは前代未聞の、神を裁く神の裁判が執り行われていた。


「無断の冥界侵入に、門番のカルマ霊に対する暴行。並びに、通行料の踏み倒し未遂に、エシュレイ様に対する暴行未遂。たとえ神格であるとしても、これらは許しがたき愚行であり、悍ましいまでの罪で有ります。よって執行者ナムルタは、被告イシュルを骨檻への収容五万年の刑を提案したいと思います」

「許可します」


 その一言で、あっという間に裁判は終了した。

 弁護人などどこにもいない。ただ気にいらない奴を、好きなだけ罰することがかなう鬼畜な裁判システム。

 検事ナムルタ。裁判長エシュレイキガル。


 エシュレイキガルの眷族によって固められたこの裁判所に、温情などというモノは存在しない。


「さぁて、骨檻収容が確定したところで、どうしようかおねえちゃん?」


 愛らしい笑顔と共に、寝台から飛び降りたエシュレイキガルは、ネルルガルの巨大な腕に拘束されているイシュルを見上げた。

 体を圧迫されるように握りしめられたイシュルに答えるすべはない。苦悶のうめき声をもらし、涙を流すことしかできないのだから。


「流石に私に危害を加えようとしたんだし、収監だけじゃ味気ないよね~。毎日爪を一枚一枚はがしていくとか~、手の骨を一個一個丁寧にすりつぶすとか~、頭の毛穴一本一本に硫酸流し込んでもいいかな? わたしそういった丁寧な仕事得意なんだ~」

「悪趣味ですぞエシュレイ様」

「もう! ナムルタは黙っていてよ!」


 もう判決が決まったというのに、いまだに罪人を痛めつけるのに余念がないエシュレイキガル。それに、呆れたように眼窩を細める白骨からの苦言に、エシュレイキガルは思わず頬を膨らませる。

 その表情には今いいところなのだからという感情が、ありありと浮かんでいた。

 どうやら彼女の中で、イシュルを必要以上に痛めつけることは確定事項らしい。


「なにが……何が望みなの」


 だからイシュルは必死に声を発した。整っていた端正な顔立ちを苦悶の表情にゆがめながら、イシュルは彼女なりの命乞いをしたのだ。


「今ならなんだって……なんだっていうことを聞いてあげるわ!!」

「えぇ~。なにそれ大サービスだね! うんっとね~それじゃぁねぇ~」


 イシュルのその必死な様子に思わず花のような笑みを浮かべながら、エシュレイキガルは言う。


「全身の痛覚最大にして、針で突っつく拘束具に入ってよ! エシュレイ最近楽器作りにはまっているから、良い悲鳴で音楽を奏でてくれると思うんだ!」


 瞬間、イシュルの脳裏にエシュレイキガルが思い描く楽器の設計図が、思念によって叩き込まれた。

 言葉にするのもはばかられる、悍ましき拘束具。その姿を見てイシュルは思わず絶叫する。


「いや、いやぁあああああああああああああああああああああ!!」

「もう、なんでもいうこと聞いてくれるって言ったじゃない、我がままだなぁ」

「エシュレイ様……そのあたりにしておいた方が」


 ネルルガルの手にとらわれながらも、必死に逃れようともだえるイシュルに呆れた視線を送るエシュレイキガル。

 だが、いい加減その悲鳴も耳障りになったのか、


「とりあえず、ここではもう死ねないしね。いっぺんぷちっとやっちゃってよネルルガル」

「いや、タスげ! たすけがぁああああああああああ!」


 ミシミシミシと、ネルルガルの握りしめるが強くなり、イシュルの体に激痛を与え始める。

 手の隙間から覗く顔には明らかな苦悶と、感情が入っていない本能からの恐怖の色がにじみ出ていた。

 このままイシュルは潰されるか……。その場にいた眷族たちが、そう思った時だった。


『そこまでにしておけよ、エシュレイキガル!』

「あっ……」


 空から声が響き渡り、真っ黒な神殿を新緑の芝生が埋め尽くす。

 それを見て、エシュレイキガルは心底嬉しそうな笑みを浮かべ、


「お兄ちゃん!」

「誰がお兄ちゃんだ」


 頭上から飛来した、巨大な獅子の前足によって踏みつぶされた!



…†…†…………†…†…



 激震! 轟音と共に、漆黒の神殿に無数の亀裂が入り、崩落を開始する。

 同時に主が踏みつぶされ、怒号を上げるネルルガルのうでが、月光の剣によって斬りおとされた!


「斬り裂け――夜天に耀く月虹の聖剣(カーミタース)!!」


 斬りおとされた腕が音を立てて崩れ落ちていく。寄り集まって腕を作っていた死体たちが崩壊していくからだ。

 それによってイシュルは空中に投げ出され、


「よっと! 大丈夫かあんた」

「――っ、助け?」


 虚ろな目でイシュルは、自らをとらえ空中を舞うその人物へと視線を合わせた。


「にしてもあいつが来てくれてよかった……。まさか支配した冥界属性を草原に変えて、そこから霊力の支援をうけれるようになっているなんて。軍神のくせに大躍進じゃね? 冥界限定とはいえ瞬間移動もできるみたいだし……」


 さすがは二大冥界神の一柱。と、呆れるその男の顔は、かつて神話に記されたものと同じ、


「まさか、あなた……《創世神》ソート様?」

「うおっ! いきなり当てられた! って、あ! 冥界はデスペナ無しか!! セーフ!」


 そんなことを言いながら笑う、褐色の肌に青い瞳を持つ、雨外套の神。

 その姿を視認したイシュルは、安心したのか白目をむいて気を失った……。

 美しい顔が台無しだったが、ソートはあえて何も言うことはなかったという……。



…†…†…………†…†…



 ジャッカルと獅子が激突する漆黒の神殿にて、ぐちゃぐちゃに潰された状態から平然と元に戻ったエシュレイキガルは、頂上に居座った二柱の神を見て笑う。


「あはっ! ザバーナおにいちゃん久しぶり! 最近めっきり遊びに来てくれないから、エシュレイ寂しかったよ……」

「遊びに行ったら、お前俺を殺しにかかるであろうが……」

「あたりまえだよ! お嫁さんがそっちに行ったからって、イチャイチャしてばっかりは許さないんだからっ! エシュレイもきっちりかまってよ!」

「なかなか複雑な状況のようだな……」


 冥界で立ち上がる三角関係にソートがドン引きしたとき、その声を聴いたエシュレイキガルがソートの方にも向き直る。


「それにソートのオジサンも。久しぶりだね!」

「逆じゃねェ!? 俺がお兄さんでザバーナがおっさんだろうが!?」

「なっ! それは聞き捨てなりませんぞソート様!」

「そうだよ。ソートオジサンはこの世界を作った神様なんだよ。この世界から生まれた私たちより年上に決まっているじゃない!」


 言われてみれば納得はできる理由だった。ただ高校生の身分としては、この歳でオジサン呼ばわりはさすがにちょっと……ソートは思わず顔を引きつらせる。

 だが、そんなソートの複雑な内心など推し量ることなく、エシュレイキガルはうれしそうに手を広げ、


「とにかく二人とも久し振り! それじゃぁ、いっしょに遊ぼっか!」

「え?」


 驚くソートをしり目に、ネルルガルの拳が遠慮なく振り下ろされた!


「ウソだろおい! どう考えても話し合いの時間だっただろう今の!」

「知っておられるでしょうソート様。エシュレイキガルの遊びは、相手を殺すことです。さっきイシュルを痛めつけたのも、恐らくは遊び半分でしょう」

「悪質具合は変わり無しかよ!」


 先ほど見た満面の笑みに、多少は丸くなったかと思ったのに! とソートが絶望する中、振りぬかれたカーミタースが、振り下ろされたネルルガルの腕を両断し、その腕を勢いよく彼方へと放り出す。

 両腕を失いバランスを欠いたネルルガルが、絶叫と共に転倒する中、


「やだ! ネルルガルったらドジッコなんだから!」

「え、ドジッコで済ませられるようなことなのそれ!?」


 眷族が一人やられたにもかかわらず、エシュレイキガルは先ほどと変わらない笑みと共に、ジタバタもがくネルルガルを指差して「おっちょこちょいね!」とうれしげに言う。


――く、狂ってやがる。親の顔が見てみたいもんだ。


 と、この世界総ての親であるソートがその姿にドン引きする中、唯一話ができそうだったナムルタが、ため息と共にソートたちに近寄ってきた。


「お久しぶりですザバーナ様。そしてソート様。いちおうここで検事のようなことをさせていただいている、ナムルタと申します」

「お、おう……創世神のソートだ」


 こいつはまともなんだな……。と、ちょっとだけ驚くソートの視界の端では「いや無理! やっぱ勝てんて!」「がんばれヌアビス!」と、悲鳴を上げて獅子にぶんなげられるヌアビスに、エシュレイキガルが声援を送っていた。

 あれと比べれば娘の白骨は本当にまっとうな存在と見受けられる。


「まぁ、一応わたくしめはザバーナ様に作られてエシュレイキガル様のところに出向しているという形なので……」

「え? そうなの? なるほどな……」


 だが、次に言われたナムルタの意外な出自を聞き寧ろ納得の声を上げた。エシュレイキガルがまるで変っていないのなら、確かにこの性格の眷族が生まれることはないだろうと。

 だが、


「どうしてそんなことを?」


 お前ら敵対していたんじゃないのか? という内心の疑問を込めて、ソートが問いを発した。

 それに対し、ザバーナは少し罰が悪そうに頬をかきながら、


「知ってのとおり、魂の善悪が分かれるようになってから、エシュレイキガルの元には罪人の魂だけが訪れるようになりましてな。暫くの間は与える罰をすべてエシュレイキガルに一任していたのですが、その……あの性格ゆえやり方が陰湿かつ凄惨過ぎて、悲鳴が冥界中に轟き渡り、我が領域に来た善人の魂の安眠すら妨害するようになって」

「その歯止めを聞かせるために、罪状を読み上げ罪を確定。エシュレイ様が必要以上の痛みを罪人に与えぬよう、歯止めをかける役を持つ神として、ザバーナ様は私を作られたのです」

「できてないじゃないか……」

「何分冥府の女主人ですから、口で言い含めるのにも限界が……」


 ソートのツッコミに申し訳なさそうにうなだれるナムルタだったが、この報告によってソートはある一つの可能性に行きついた。それは、


「ザバーナ……お前らひょっとして、あんまり仲悪くないのか?」

「まぁ、顔を見せれば殺しにかかってくるので友好的かと言われると微妙ですが、何分ここはもう死なない冥界ですので。殺し合いが致命的になることはありません」

「もう死んでいるので既に致命傷を負っているともいえますが?」


 冥界はこういったところがややこしいですね。と、肩をすくめるネルガルに対し、ソートは顔を引きつらせる。


「つまり、下界で言うところの常に争っていて、冥界の勢力圏を互いに奪い合っているというのは……」

「でたらめではないですぞ、ソート殿! 顔を合わせればこのように戦いになりますから! と言っても決着がつく戦ではないので、本気で互いを憎み合って殺し合っているのかと聞かれると否定せざるえませんが」


 そう言って、結局獅子に負けてぐったりするヌアビスに「たって! ヌアビスぅ!」と声援を送るエシュレイキガルに視線を送り、ザバーナは苦笑いを浮かべた。


「それに、あのような幼子に兄と慕われているのであれば、悪い気はしますまい。生前はいろいろありましたが、あいつもあいつでいろいろあったみたいですからな。死んだあとまで憎み合う必要はないでしょう」

「じゃぁ……」


――イシュルがこの冥界に遣わされた理由――冥界のバランスの健全化っていうのは、いったいどうしてそんな命令が?


 ソートがそう首をかしげたときだった。


「あーあ。また負けちゃった」

「そうか。ならひとつ言うことを聞いてもらうぞエシュレイキガル」


 ヌアビスからギブギブという声が上がり、巨獣同士の決着がついた。

 そのことに頬を膨らませながらこちらに戻ってきたエシュレイキガルに、どうやらそういう約束をしているらしいザバーナが、慣れた様子で言った。


「戦いに負けた方が、なんでもひとつ言うことを聞く約束だ」

「一週間だけでしょう! 前ずっと一緒にいてっていうお願いそう言って蹴ったじゃない!」

「それは……うちの領土の維持管理もしないといけないんだから当たり前だろう」

「じゃぁ私が御願い聞いてあげるのも一週間だけ! それ以上はビタ一だって負けないもーん!」

「むぅ……」


 いくら軍神ザバーナとは言え、冥府の女神の決め事を冥界にて破ることは難しいらしい。

 少しだけ困った様子で、ダメもとと言わんばかりに、


「そう言わずに。願いは女神イシュルの命数の回復と、地上への帰還なんだ。一週間で縛れる願いではあるまい」

「あら、そうかしら? たとえばそうね」


 ザバーナから告げられた願いに対し、エシュレイキガルは見た目通りの幼い残酷性を発揮した。


「一週間だけ、かりそめの命を返してあげる。それでせいぜい、地上に残した人たちに遺言を残すといいわ」


 満面の笑みで告げられたその宣告は、実質死刑宣告と何ら変わりなかった。



…†…†…………†…†…



「それは困る!」


 さすがにそれはまずいと思ったソートは、慌ててその会話に口を挟んだ。

 それに対し、不満そうな顔をするのはエシュレイキガルだ。


「もうなぁに。何が不満なの? おじちゃんは黙っててよ」

「誰がおじちゃんだこるぅああ!?」

「ソート殿。そこ怒るところじゃない」


 いいや積極的に怒っていくべきだと思いますけどっ!? という、ザバーナに対する内心の反論を抑え込み、ソートは顔をひきつらせながら、


「こいつには待っているやつがいる! 今回の冥界下りだって、イシュルの意志ではなくエアロからの指令なんだ! 巻き込まれただけのコイツが命を奪われるなんて許容できない!」

「ですがソート様。かりそめながら私が定めた冥界規範においても、彼女は重罪人として扱われます」


 対し、理路整然とした反論を行ったのは白骨の宰相だった。


「入口のカルマ霊に対する攻撃に、エシュレイキガル様に対する暴行未遂だけでも、一万年の禁固は固い罪です。ましてや我々にはエアロ様からの冥界へ女神を送るという報告すら届いていません。無断侵入の罪すら追加できる状況です」

「そんな!」

「まぁ、あの天空神殿もややきな臭いので、イシュル様が下りてきたことに一枚かんでいるというあなたの証言には信憑性がありますが」


 そういうと、ナムルタはどういう訳か足元の地面に視線を向け、ため息をついた。


「とにかく、このままただで返すわけにはいかない程度には、その女神は傍若無人にふるまいすぎた」

「だったら命数の回復はかまわん! 地上への帰還だけでも」

「ダメだよおじちゃん」


 ならばせめてもの譲歩と、ソートがある提案をしかけた時、今度はエシュレイキガルから待ったの声が入った。


「おじちゃんにはたしかに死んだ人をよみがえらせることができるかもしれないけど、それだと折角出来上がった冥界の秩序が崩れちゃう。神様の気まぐれで、こんな神々しい者の魂を好き勝手移動させられるなら、冥界なんて必要なくなっちゃうでしょう? もしそんなことをしたら……」


 不気味な笑顔と共に。


「冥界の底、抜けちゃうかもよ? そうなると困るのはおじちゃんじゃない?」

「なに?」

 

――どういうことだ?


 言われた言葉の意味が解らず、思わず首を傾げたソートに、ザバーナとエシュレイキガルの目が見開かれた。


「まさか、本当に知らないのか」

「ありゃりゃ。これはちょっと予想外だね。じゃあ一体、あれは誰が隠したのか……」

「エアロ様が一枚かんでいることに違いはなさそうだが……」


 そしてなにやら深刻そうな表情で話し始めたザバーナとエシュレイキガルにソートが首をかしげる中、ナムルタはため息と共に、


「とにかく、我々冥界が出したイシュル様への沙汰は正当な物です。力技で覆されるというのであれば結構。創世の神であるあなたの行いを、私たちは止められません。ですが、それ相応の覚悟を持って行ってください。折角落ち着いた世界を、粉みじんに踏み砕くほどの覚悟が、あなたがやろうとしていることには必要なのです」

「……………………」


 辛辣とも取れるナムルタの言葉に、ソートは言いかえすことができなかった。


 割とサクッと終ってしまった冥界の闘争。

 まぁ、メインはそれではないですし……。

 そして諸々ばれそうになったシェネの反応はいかに!?

 次回はようやくイシュルが下界に帰るかな?


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