エート・ソート
「ちょ、マジでやめて! 御願いするから……何なら俺がお前に土下座するから、マジでやめてっ!」
「何言ってんですかマスター! こうなったら恥と外聞なんて気にしている余裕ないですよ! 私たちには早急に、金が必要なんですよっ!」
「ゲームなんだからプライドくらいは守らせろよっ!」
「バカ言ってんじゃないですよっ! プライドでGPが増えますかっ!」
シェネが晒したその醜態に、ソートは顔面を赤く染め上げながら、必死にシェネを立ち上がらせようと奮闘する。
しかし、シェネは頑として土下座の姿勢を崩すことなく額を地面にこすり付けながら懇願を続けた。
「今の私たちに必要なものは圧倒的にGPです。何を始めるにもまずGP。それがなくては話になりません! だからこそここは、石にかじりついてでも、GPを手に入れる必要が……」
「バカ野郎っ!」
一見もっともなシェネの言葉。そりゃそうである。先立つものがなくては何一つとしてできはしないのだ。だがそれでも、ソートはその行いを許すことはできなかった。
「俺達は自分のために戦うんだ。自分の信念のために戦うんだ!! だっていうのに、その戦う手段を得るためにプライド捨ててどうすんだ! おまけにシャノンさんは今回の一件で屋台の損害費払わないといけないんだぞっ! この上俺達に借金なんて迷惑、かけられるわけないだろうがっ!」
「……っ!」
シェネはあくまでこちらの事情のみを考えたうえで、土下座という半ば脅迫に近い懇願を用いて、シャノンに借金を迫った。だがソートは、今回巻き込まれたシャノンの損害を考えたうえで、借金などできないと判断した。それが如実にわかるソートの説教を聞き、雷に打たれたような表情になったシェネは、珍しく落ち込んだ様子を見せつつ、素直に土下座をやめた。
「すいません、シャノンさん、マスター。私焦ってしまっていて」
「いいよ。俺だって、プライドが邪魔しなけりゃ同じことをしていた」
「そうだよシェネ。それにわたしも頼まれる前に同じ申し出をしようと思っていたしね」
「「……え?」」
想像の外側から放たれたシャノンの申し出に、ソートたちは思わず思考停止。氷像のように固まった。そんな二人を面白そうに笑いながら、シャノンはアイテムストレージからGPを具現化。黄金の結晶になったそれをソートに渡しにやりと笑った。
「私らβ組もあいつの暴挙には辟易していてね。ここらで鼻っ柱折ってくれる奴が出たなら、そいつを全力援助しようって話をしていたんだ。だからこのGPは私からの借金なんかじゃない。あんた達希望の星にかけた、私たちβテスターの寄付金なのさ」
「シャノンさん……」
明らかに、数百万は越えているであろう結晶の重さに、ソートは思わず目を潤ませた。
自分にはこんなに応援してくれている仲間がいると。戦っているのは一人じゃないと……そう言われた気がして。
だが、
「……あれ? でもそれってよくよく考えたら誰かが喧嘩売るまでβテスターたちは事の次第を見守っていたということで……つまり、私たち、βテスターたちに体のいい鉄砲玉にされたってことなんじゃ」
「シャノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
「あはははは! じゃぁ後は頑張ってねェ! わからないことがあったらいつでも異世界間メールを送ってくれぇ!」
ひらひらと、あっけらかんと、それはもう見とれるくらい晴れやかな笑顔を浮かべながら手を振り、シャノンは怒号を上げ立ち上がったソートから一目散に逃げだした。
最後にアルバが一度だけ振り返り、ぺこりと頭を下げたが、それでソートの怒りが収まるわけがなく、ぶつける相手がいなくなった憤怒に体をぶるぶるとふるわせたソートは、仕方なく噴水の残骸を蹴り飛ばし、雀の涙程度の怒りの発散を行った。
「とんでもない野郎だ! あぁいうのを取り締まってくれるところはないのかよっ!」
「残念なことにゲームの中ですから……。それにしても、本当にとんでもない野郎でしたね」
「…………………ん?」
怒りににごった思考回路で、シェネのアクセントに違和感を感じ取れたのは半ば奇跡だった。
そしてそのアクセントに違和感を覚えたソートは、恐る恐るシェネに問いをぶつける。
「お、おい……シェネ。ひょっとして」
「あぁ……マスター。すいません。今思い出したんですけど、サポーターの性別って基本的にはマスターとは別性に設定されているんですよね。それでですね、シャノンさんの言葉を信じると、アルバさんって実は女性だったわけで……そのぉ」
瞬間、シェネが何を言いたいのか悟ったソートは、とうとう限界を迎えたのか、絶望したように四肢を地面につき、がっくりとうなだれた。
「ま、マスター! 元気を出してください! いまどきはそれでも需要がありますし、マスターがそちらの性癖を開拓すればモーマンタイですよっ! ほら、それによく言うでしょう! 『こんなかわいい子が女の子なわけがないっ!』って!」
当然のごとくそれでソートが慰められるわけもなく、ソートの再起動には更なる時間を要することとなった。
《水没世界》のシャノン……性別・男。ネカマができなくなったVRゲーム業界で、徐々に勢力を伸ばしつつある、《男の娘アバター》を演ずる、創世神である。
…†…†…………†…†…
いろいろ問題とショックを抱えて自身の天界へと戻ってきたソートは、ふとメニュー画面が輝き、何かを告げていることに気付いた。
「なんだ? おいシェネ。なんだかメニューが輝いているんだが?」
「え? そんなバカな……信仰なんて得られないマスターが、システムからお知らせ貰うことなんてないはずですが」
と、早速寄付されたシャルルトルム討伐資金を天界の金庫の貯蓄するシェネは、ソートの報告を聞き、首をかしげた。
――これ以上追い打ちかけないでくれるか? と、辛辣すぎる相棒の言葉にいよいよ泣きそうになりつつ、ソートはメニュー画面を開き、中身を確認してみる。
「おい、システムメッセージだぞ。何予想外してんだ?」
「運営が致命的なバグでも見つけましたかね? メンテのお知らせでしょう?」
「お前は俺が何らかの功績を残したことが記録されたとか、微塵も考えないよな」
――まったく、失礼なサポーターだ……。
内心で愚痴を漏らしつつ、ソートは運営から届いているシステムメッセージを開き、その内容を確認した。
「なになに……『信仰量が一定数値を超えました。条件開放によりランクアップ。神霊階級を無階級から王国階級にランクアップしました』」
「「……………??」」
ああは言ったが、システムメッセージの内容はソートをもってしても、信じられないものであったらしい。ソートはシェネと同じように首をかしげ、二人そろってもう一度メッセージを見直し、
「え?」
「信仰量が増えている?」
慌ててGPを確認し、一千から一千百程度に増えているGPに目を見開いた。
…†…†…………†…†…
「いったい何がどうなっている?」
「そんなこと私が聞きたいですよ」
一しきり驚いた後、ソートたちはメニュー画面から世界を具現化。倍速時間なっていた時間を通常の速度に戻した。そして、地球儀程度の大きさに縮んだ、ソートの世界がおさめられている歯車を回転させたのち、信仰が送られてくる地域を拡大する。
そこには小さな集落ができており、見覚えのある女性が集落の長となって、土で作られた階段――祭壇らしい何かに祈りをささげていた。
「……ほらっ! ほら見ろっ! 俺は間違っていなかった! やっぱり祈るって仕草は万国共通なんだよっ!」
「ウソだぁ! たまたまマスターに感謝の意を告げる彼女の仕草が信仰って認定されただけですよ! というか、マスター自身だってさっき信じられなくて一瞬固まってたじゃないですかっ!」
「う、うるせぇな! そんなことねぇし! 俺は信じていたしっ!」
信じられないその光景に、ふたりはギャーギャー喚きながらも、その顔に笑顔を浮かべていた。
これならば……信仰がきちんと生まれてくれたのなら、まだ活路を開けると。
「それにしても、倍速程度で集落できましたって早くねェ?」
「あぁ、倍速って言ってもGPを消費しない最低限の加速をそう呼んでいるだけで、実際は三十分で一日が経過しているといった感じですよ? 境界領域で結構時間食っちゃいましたからね……」
「だとしても三時間程度だろうが。六日でこれって……」
「それだけ知恵の力が偉大だってことでしょう」
やはり私の判断は間違っていなかった! とドヤ顔を向けてくるシェネを軽く無視し、ソートは祈りをささげ終え、立ち上がった女性が、話しかけてきた集落の住民に笑いかける姿をみて、ほんの少しほっとした。
詐欺まがいの印象がぬぐえない救いであったが、それでも誰かが幸せになったのなら、それはキッと悪いことではなかったのだろうと。そして同時に、
「守んなきゃな。この世界を」
覚悟を決める。あのクソ野郎に世界を蹂躙させたりはしないという、覚悟を。
「はい。それはもちろん。私とマスターの愛の結晶ですから!」
「……俺の世界だからな。守ってやるのは創世神の務めだ」
「マスター。シレッと訂正入れないで」
「さて、じゃぁ始めますか」
「無視ですか~マスター。泣いちゃいますよ~」
「無視されたくないならちょっとはまじめな発言をしたらどうだ、馬鹿AI」
――おかしいな。俺は確かに、魔王に挑む勇者的な覚悟を決めていたはずなんだけど、どうしてか真面目に戦う気分になれないぞ? と、とことんまでシリアスブレイクを狙ってくる相棒にちょっと泣きそうになりつつ、ソートは愛おしげに自分に祈りをささげてくれている原始の女を眺めつづけた。
その時、
「ん?」
原始の女が何かを呟き、拡大映像を届けている画面からその声が聞こえてきた。
『エート・ソート。貴き創世神よ。あなたのおかげでまた仲間を迎え入れることができました。あなたの暖かき慈悲に深き感謝を』
そんな言葉をささげた彼女に、新しい仲間として迎え入れられたらしい幼い少女が、原始の女に話しかける。
『むらおさ、むらおさ。エートってなぁに? そーせーしんさまのおなまえってソートさまでしょう?』
『なんだかよくわからないのだけれどね、私がソート様にあった時よく「えーっと」って言っておられたの。だからきっとこの言葉がソート様にとってきっととても重要な言葉なんだと思って、この言葉を祈りの証としたのよ』
『へぇ! ソートさまってかわっているんだねッ!』
「……………………………」
もちろん、『えーっと』に神聖な意味などない。ただ何を言っていいかわからなくて言い淀んでいただけである。それがソートの口癖として認識され祈りの言葉になってしまったということは、ソートの世界ではソートの赤っ恥が世界単位で拡散される可能性を示唆していた。
「……シェネ」
「エート・ソート。なんでしょうマスター」
「リセットってどうやるんだったか?」
「エート・ソート。とりあえず課金画面に移って十万円ほど振り込んで下さい。エート・ソート」
「高くねェ!? ていうかその口癖やめろっ!」
「エートwww ソートwww!!」
「ぶっ殺したらぁあ!」
だが今は……いずれ来る脅威よりも、サポーターとの決着をつけることを、ソートは優先したらしかった。
エート・ソート。ゴールデンウィーク終わりましたね。作者です。
明日からまた仕事なので更新は滞ると思います。というわけで、短期間で二話目投稿!
これから本格的な文明発展と英雄育成に移るわけですが……神様視点を持った人間がどうなるのか……わりと失敗する予定ですが、生暖かく見守っていただければと。
え? もう結構失敗しているって? えぇ~ホントにござるかぁ~?(現実逃避