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国の試練:追剥ぎイシュル

 お待たせしました! 国の試練開幕!

 この作品としては珍しくコメディー色が強い話になりそうです……。

 天上に広がる海底――ソートの神界において、次の試練に関するブリーフィングが始まっていた。


「さて、次の試練は国の試練。いわく、建国の試練だそうです」

「建国ねぇ……」

「要するに国を作ろうってことか?」

「その通り! 一応マスターが作った試練内容にもこう書かれています」


 そう言ってシェネが提示した試練の覚書の内容は……。


『国をつくる!』


 という一文が堂々とした筆遣いで描かれていた。

 逆に言えばそれぐらいしか書いてあることがなかった。


「……ソート」

「し、仕方ないだろう! 第一試練で様子見してから本格的に細かい内容決めるつもりだったんだから!」


 試練改訂権限奪われるとか思ってなかったんだよ!

 と言い訳を重ねるソートに顔をひきつらせながら、シェネはとりあえず説明を続けた。


「とはいえ、今回の試練は人にかす試練ではどうもなくなっているみたいでして……」

「え、そうなの?」

「あぁ、エアロがなんかしたのか……」


 通常試練というものは人にかして攻略する物である。

 なぜか? 決まっている。神様に試練を課したところで、神は異世界侵攻・防衛の手助けにはならないからだ。


 このゲームにおける異世界侵攻というものは、いわゆる陣取りゲームの様相を呈しており、下界に侵略してきた侵略軍が、侵略した土地に旗を立て、陣地を形成。

 その陣地が創世神のいる世界に反映され、創世神はその中で戦うことになる。

 当然、創世神が負ければ世界は侵略した側の世界になるのだが、創世神たちのステータスは均一だ。というか、あらゆるアバターがステータスをカンストした状態で設計されるので、差異というものは実は存在していない。唯一違いがあるとするなら、それは所持している神器の等級による性能差くらいだが、それも創世神同士の戦いに決定的な差を生むほどの物でもない。

 ではどうやって、決着をつけるのか?


 そこで問題になってくるのが陣地だ。

 いくつものブロックに解体された陣地は、自分の陣地の場合は大幅なバフを。敵の陣地であった場合は莫大なデバフを創世神に与える。

 そしてそのバフによるステータスアップの割合は、所持する陣地の数によって確定され、創世神の戦いの有利不利を確定づけることがかなうのだ。

 そのため、創世神たちは一人でも多く下界に降りることができる強大な英雄の作成に努めるし、下界に降りて戦うことができない神々は、英雄を作るきっかけの一つ程度としてしか扱わない。

 試練の付与などはまさにそれで、神霊まで上がった存在に対して試練が課されることなど、普通に考えてあり得ないことと言えた。

 が、


「どうも彼も、さっき言ったように原初の英雄作成を狙っているみたいですね。だから、本命の最終試練三つまで、不用意に英雄が作られないよう、今後の試練はこの神に任せるつもりのようです」

「試練をこなすためだけに作られた神様か……。それはそれでなんか可哀そうだな」


 と、U.Tが眉をしかめるなか、シェネはゆっくりと首を振った。


「えぇ。それはその通りだとは思います。とはいえ油断するわけにはいきません。いうなれば彼女はエアロの駒。下手に接触しようものなら、前の試練の二の舞になりかねません」

「ということは、神霊の杯は使えないか。だが、啓示による通信権はエアロに奪われちゃっているし……。また、エンゲルみたいな神使を使っての伝達か……」


――とにかく見てみよう。手助けがいるかどうかは、それでわかるだろう。


 と、ソートが提案すると、シェネは素早く画面を展開。

 とある川沿いにある盆地へと降り立った一人の女神を映し出した。

 金色の髪に豊満な体。それを、露出が高いながらも、白い布を複雑に巻きつけたような衣で、かろうじて大事な場所を覆い隠しながら、アメジストのような瞳を輝かせる絶世の美女。


「おぉ!」

「やればできるじゃん! 世界!!」

「…………………」


 思わずといった様子で色めき立つソートたちに白い視線を向けながら、シェネは映像に女神をタップしそのステータスを開いた。


「名前は……女神イシュル。天空神エアロの娘として《天の女主人》の称号を得た、新米女神。ステータスは、微妙ですね。生まれたてだから仕方ない……って、どうしたんですか、そんな萎えたような顔をして」


 だが、その行為はすぐさま中断することになった。

 女神の名前を聞いた瞬間、ソートとU.Tの二人が盛大に顔をひきつらせ、実際対面していないにもかかわらず、盛大に後ずさったからだ。


「え、イシュルって……もしかして」

「明らかにモジリだろう。このゲームたまにそういった命名するって言われているし、そういった場合は伝説さえも似通うって話だ」

「まじか!」

「えっと……二人とも、どうされたんですか?」


 不思議そうに首をかしげるシェネに対し、ソートとU.Tは思い出さんのか? と、首をかしげる。


「いやだって……なぁ」

「明らかにイシュタルを彷彿とさせる名前だろうが。女神でその名前って、厄種にもほどがあるんだが」

「……あっ!」


 そういえば、とシェネの顔も引きつった。


 イシュタル。またの名をイナンナとも呼ばれるこの女神は、美と豊穣と戦をつかさどる天空の支配者であり、古代ウルクの都市を支配したといわれる女神だ。

 だが、その性格はキレやすく自由気まま。なによりも淫蕩を好んだうえ、関係を持った男が大体ひどい目に合う属性を持っているがゆえに、現代社会においての彼女の評価は割とよろしくない。


 いわく、スーパーウルクビッチ。世界最古のサゲマン。

 ウルクの英雄ギルガメッシュに死の恐怖を覚えさせるきっかけとなった彼女。そんな彼女と似通った名前を与えられたイシュルに、ソートたちが警戒を示すのは当然と言えた。

 とはいえ、


「ま、まぁ、ニルタさんもシャマルさんも、実は現実世界の神様がモデルでしたけど、似通ってはいませんから……だ、大丈夫ですって! 今回も!!」

「え、そうだったの!?」

「なんでお前が知らないのっ!? どう考えてもニヌルタとシャマシュだよねっ!?」

「メソポタミア神話とか詳しく知らんって……。とりあえず無限の宝物を持った王様が高笑いしながら武器の原点射出できるっていうのは知っているが」

「それ、あのゲームのオリジナル設定で実際にはそんな伝説ないらしいぞ?」

「まじでか!?」


 驚くソートにツッコミを入れるU.T。そんな彼らを無視し、シェネは世界の動きを見守る。


「さ、さぁて! とにかく今はイシュルさんがどうしているか確認しないと! 試練の改訂内容はどうやら、試練を受ける相手を神に変えただけのようですし、目的は建国だと思いますが、妙な国を作られても困るでしょう?」

「それもそうだな。さっきみたいに悪徳の都じゃない、淫蕩の都造られそうだし」

「そうだな! ところでソート。俺、今日シャレオツかな?」

「できたらガッツリ行く気だな、お前っ!?」

「R18パッチが働きますから、行っても膝枕で耳かきくらいですよ?」

「それでもいい!」

「いいのか!?」


 そこには男が抗えぬ浪漫があるのだっ!? と、U.Tが息巻く中、画面の中のイシュルは広大な盆地にたたずみ一言。


『よっし! とりあえずここいらに、私を崇め奉るための神殿を作りましょう! なにせこの女神イシュルの神殿ですもの! 神殿を見たら人なんて砂糖に群がる蟻のように集まってくるわ!』

「この時代砂糖あったけ?」

「現実はどうか知りませんが、こっちでは既に作られているみたいですよ……。当然のごとく貴重品ですので、一般にはめったに出回らないみたいですけど」

「なんというか……かなり自信家な女の子だな」


 ソートたちは呆れつつも、イシュルの次の行動を期待する。

 だが、イシュルは動かなかった。

 まるで何かを待つかのように、腕を組んで仁王立ちをしたままである。

 やがて日はくれ、寝床に帰る鳥の声が響き始めた。

 そこでイシュルは何かを悟ったのか、はっとした顔になり。


『しまったわ。待っていれば勝手に誰かが作ってくれるだろうと思っていたけど、その作ってくれる人がこないじゃない! いえ、よく考えたら、私も神殿の作り方なんて知らないわ!? なんということ!? これではいつまでたっても私を称える神殿ができないじゃない!!』


「……………………なぁ、この子って」

「マスター。それは言わない約束です」

「あははは! 何だこの子、面白いな? いわゆるあほの子か?」

「「言ったぁああああああああああ!?」」


 自分の世界で生まれた珍しい生粋の神の一人が、ただのバカだと認めたくなかった二人は涙を流しながら、あっけらかんと指摘してきたU.Tに悲鳴を上げるのだった。



…†…†…………†…†…



 夜の大地は冷える。

 火を起こす方法も知らず、というか知っていてもたぶんやらないイシュルは、ちょっとだけたれそうになる鼻をすすりながら、膝を抱えて河をぼんやり眺めていた。


「うぅ。なんで誰も来ないのよ……。このイシュル様が下界に降臨してんのよ? たとえどこにいたとしても、全力疾走休憩なしで迎えに来るのが当然でしょう!!」


 訂正。自分をいつまでたっても迎えに来ない下界の人間たちに、怨み辛みを垂れ流していた。

 生まれながらにして君臨するもの――女神として生まれた彼女は、基本的に一切の経験を持っていないがゆえに、一切のことを他人任せにする悪癖を持っている。

 つまり、自分で努力をするくらいなら、できる奴をこき使ってやらせるというのが、彼女の基本スタンスだったのだ。

 そのため、イシュルはひたすら待つしか選択肢を持っていない。

 幸いなことに下界に落ちたとはいえ彼女は神霊。飢えとも、疲れとも無縁ではあったが、肌を突き刺してくる冷たい風だけはいかんともしがたく、早く誰か来てくれと、神様なのに祈るくらいしかしなかった。

 まさしく人生舐めきった行為。普通の人間なら餓死まっしぐらか、狼の餌だっただろうが、残念――もとい幸いなことに彼女はエアロによって作られた天の女主人。その幸運値は並々ならぬものがあったらしい。


 ぽつりと、盆地の彼方で一つの光がともった。


「っ!?」


 目ざとくその光に気付いたイシュルは、ガバリと顔を上げ徐々に近づいてくる明かりに必死に目を凝らす。

 そして、


「え? 女の人? うそでしょ……こんな夜中に明かりもなしに何してんの? 狼にくわれちゃうよ?」


 その光はやがてイシュルの前に到達し、背中に何やら巨大な荷物を背負った年若い男の姿を照らし出した。

 男は純朴な青年だったのだろう。

 たき火もたかず、ひとりさびしく膝を抱え、河を眺めていたイシュルの姿に、慌てた様子で駆け寄ってきた。

 ので、


「確保ォオオオオオオオオオオオおお!」

「ぎゃぁああああああああああああああああああ!?」


 遠慮なくイシュルは襲った。

 それはもう見事な追剥技術だった。そこには後の略奪、強奪を是とする戦の神になる片鱗が見られたが、彼女はいまそれどころではない。

 とりあえず寒かったので荷物を引きちぎり辺りにぶちまけ、男の服を剥いていく。


「ぎゃぁあああああ!? ぎゃぁあああああ!? ぎゃぁああああああああ!?」

「えぇい騒ぐなっ! 脱がしにくいでしょうがぁッ!?」

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああ!?」


 まさか初対面の女に服を脱がされるとは思っていなかったのか、青年はただ悲鳴を上げ必死にもがく。

 だが、彼女は仮にも神霊だった。人間の抵抗などものともせずあっさり服を奪い取り、下着一丁になった男を放置したイシュルは、男の服を使い寒かった露出部分を完全に覆い隠した。

 それでも体にぴったりと巻きつけられた服が、妙に扇情的に見えるのは、将来的に美の女神となる女の成しうる技なのか……。

 とにかく寒さ対策は何とかなったイシュルは、満足げに自分の体を見下ろし、


「くっさ。この服ちゃんと洗ってんの? 次はもっとましな服を着てきなさい」

「人の服奪っといていうセリフがそれっ!? 旅装束なんだから仕方ないでしょう!?」

「ていうか、いつまでそんな寒い恰好で地面に転がってんのよ?」

「ついさっきまでのあなたは何していましたかっ!?」

「いいからさっさとしなさい」

「なにをっ!?」

「決まっているじゃない!」


 なかなかいいレスポンスを返してくる第一信者(無断)にふんぞり返りながら、イシュルは命令を下した。


「私――イシュルは火を御所望よ」

「……はぁ」


 いろいろ言いたいことはあったが、ぶちまけられた金もの物に手を付けないところを見ると盗賊ではないのだろうと、青年は判断したようだった。

 ため息一つと共に、青年はイシュルが指さした地面に、道中で集めておいた木の枝などを積み上げ、火をともす。

 これが、のちにバビロニオン全土で信仰されることになる、天の女主人イシュルと、その初めての夫にして、後にイシュルの眷族として神霊に召し上げられた、知恵と書記の神であるナーブとの出会いであった。

 後世に伝わるバビロニオン神話は、すべて彼が筆記したといわれる石板に記されたものであり、のちの時代に渡って彼は多くの人々に影響を与えることになるのだが……。


「ちょっと、火が小さいんじゃない? 全然あったかくならないんだけど?」

「むしろ下着一丁の俺が言うべきセリフですよねそれ?」


 現在の彼は、ただ単にイシュルにとっ捕まり服をひん剥かれた、哀れな被害者の一人でしかなかった……。


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