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証明不能の絶対悪

「あ、あぁあああああああああああああああああああっ!!」

「ふん」


 無様だった。これが、長年自分が追いかけ続けた正義の背中かと思うと反吐が出る。

 そう思いながら、怒声を上げよろよろと立ち上がるマルアトに対し、人一人殺して僅かに精神が安定したセントは、まとめていた鎖の槍をバラし、再び無数の鎖へと変換した。


「どうした? たかがガキ一人殺された程度で、揺らいだのか? やはりお前は偽物だったか!!」

「あぁああっあぁああぁああああぁぁあぁぁああ!!」


 もはや言葉を発することもできないらしい。

 狂ったように叫びながら、走ることのできないボロボロの体を引きずり、マルアトはセントに向かって歩いてくる。

 対するセントの対応は単純だ。

 彼は、自分を失望させた相手に容赦などしない。

 慈悲も、寛容も……友情さえも、悪党にとっては必要ないものだから。

 だからこそ、


「楽には殺さんぞ、マルアト。なぶり殺しだ」


 かつて憧れた正義の残骸を、無造作に踏みにじることを決めた。

 初めに一つの鎖が飛ぶ。

 先端による刺突ではなく、鎖による足払いだ。

 それによって勢い良く足を払われ、見事に宙に浮いたマルアトの体を、さらに別の鎖が上から殴打した。


「がぁっ!?」


 背骨が圧し折れる音がした。

 だが、セントは攻撃を緩めない。


「どうした? この程度で死んでくれるなよ、浄罪官? 俺の憂さはまだ晴れていないぞ!!」


 そして、床にたたきつけられ跳ねあがったマルアトの体を、追加で放たれた鎖の薙ぎ払いが打ち上げ、そこに全方位から延びた鎖の叩きつけが加えられる。

 結果として何が起こったかというと、空中でぼろ雑巾を打ち合いながら乱れ舞う、黒い鎖の舞踏会が開かれた。


 飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ。もはや原型すら残らないほど強く激しく!

 鎖の舞踏につき合わされたマルアトの意識はすでに霞の彼方となっている。

 だがそれでも鎖は止まらない。

 鈍いうめき声しか上げなくなったマルアトの体を、容赦なく打ち据え続ける。

 それでもかろうじてマルアトが生きているのは、ひとえに彼の守護神であるシャマルの力添えがあったからだ。

 いや、この場合その力添えすら余計だったかもしれない。

 いっそ楽に殺してやった方が、マルアトのためだったかもしれないのだから。

 だが、そんなことすらセントは気にかけなかった。

 弄ぶにはちょうどいいと思ったくらいで、死なないマルアトの体に対する思考を放棄した。

 今のセントは、何一つとして、マルアトのために新しい何かをするつもりはない。

 自分を失望させた相手を徹底的に痛めつけ、嬲り殺しにする。

 そのための道具としてしか、マルアトのことを見ていなかった。


 そして数分後、舞踏は終わり再びマルアトは床にたたきつけられる。

 全身が打撃によってふくらみ、二倍ほどの大きさになっていた。

 それでもかろうじて生きているマルアトの体を蹴り飛ばし、セントはにやりと口元を吊り上げた。


「そら、浄罪官。気分はどうだ? 子供の遊びに使われる(ボール)にされた気分は? めったに味わえるものではないからな。ぜひとも聞いておきたい」

「あ……あ゛ぁ゛……」


 うめき声をあげながら手を動かしたマルアトは、


「う、あ゛」


 それでも手を握り締め、セントの足を殴りつけた。

 それを見たセントは只静かに嗤い、


「よろしい。そうでなくてはなぶりがいがない」


 ただそれだけ言って、再び鎖を展開した。


「さて、次は何をしてやろうか? 体を端からわずかに刻んでいってやるか? それともさっきみたいに壁を使ってヤスリがけしてやろうか? 投擲は……だめだな。逃げられる可能性がある。うむ、ここから町に向かってお前を投げて、どれだけ深い穴ができるか試すのもいい。いちおう浄罪官を作った恩義を感じているのか、シャマルはお前にそれ相応の加護を与えているみたいだしな。あと二、三回投げるまでは死なないだろう」


 あくまで下卑た、下劣な笑い声をあげながら、もはや人間としての扱いではない責め苦を、セントはマルアトに提案した。

 当然の報いだと。

 お前は俺を裏切ったのだからと。

 だが、それでも、


「ぐぅ」

「あ?」

「あ、がぁあああぁああ!」


 マルアトはおれていなかった。

 潰れかけた瞳を爛々と輝かせながら、マルアトの足を握り締める。


「ま…ら…ない」

「なに?」

「ぎ……が………じょう…け………い」

「…………………」


――犠牲が出た以上、負けられない。


 マルアトは、確かにそういったのだ。

 確かに彼は私怨で戦っていた。

 自らの罪を恐れ、自らの罪業を恐れ、自らの友人を底に落とした自信を恐れた。

 だがそれでも、彼に正義がなかったわけじゃない。


 盗賊に苦しめられている村人たちがいた。

 不当に売られて泣いている奴隷の子供たちがいた。

 なけなしの報酬を持って復讐を願った、荒野で死んだ女がいた。


 そんな人たちのために彼は奮い立ち、その力を振るってきたのだ。

 だからマルアトは立ち上がる。自分のために死んだ女のために、諦めるわけにはいかないと!


――確かに自分は罪人だ。自分が正義の使者だなんてことは、口が裂けても叫ぶつもりはない。だが!


「おれは……悪党、だから」

「……お前っ!!」

「はっ……。お前と、殺し合うには……ちょうど、いい」

「おまぇええええええええええええええええええええええええええええ!!」

「さぁ、ふ、くし、ゅ、うだ……」


――目には目を、歯には歯を!!


「ざい、にんだ、って、その、くら、いの、けん、り、はあ、るだ、ろ?」

「どこまで落ちれば、気が済む気だぁあああああああああああ!!」


 瞬間、マルアトの手から奇跡が零れ落ちた。

 それはたった一文字の術式構文。石板から写しとり、自らの腕に焼印で刻みつけたあの術式。

 振るう武器は腕と認定されるため、これを使った場合は腕が消し飛ぶが……些細なことだ。

 そして、断罪術式は紛れもない正義の属性を持つ。悪党が放ったとしても、術式自体にその属性が影響されることはない。

 ゆえに、


「いっ、し、ょ、にし、ね。せん、とっ!!!」


 瞬間、マルアトの左手が爆散した。

 同時に、セントの肉体にマルアトが味わった苦痛のすべてが、跳ね返る。



…†…†…………†…†…



 メシメシと、セントの体が折れていく。

 肉がはじけ、骨が砕け、神経が断絶する。

 久々に感じた激痛に、セントは絶叫し血反吐を吐きながら膝をついた。

 だが、


「……ばか、な」


 左手を失ってなお、あらゆるものを犠牲にしてなお――マルアトは、セントを倒し切れないという事実を悟った。


「っやって……くれたな。この半端者がぁあああ!!」


 ガクガク震えながら、それでもセントは立ち上がった。

 もはや自分は微塵も立ち上がる気力がないというのに、セントは立ち上がって見せたのだ。


「うそ……だ。どう、やって」

「言ったはずだ。俺は悪を極めし者。悪意ある攻撃は無効化される。確かに貴様の攻撃は善の極限であるシャマルの術式によるものだ。真に正しきものが放てば、俺に致命傷を負わせることも可能だっただろう! だが、貴様は自らが言った通り悪党。その攻撃を放った理由は殺意! ならば俺の力でそのダメージを半減させるのはたやすい!!」

「バカ、な……あり、えない」


――シャマルの術式には術者の思念は影響されないはず!?


 内心をそんな驚愕で乱すマルアトを嘲笑し、セントは背中から生えた鎖を再び操り、その先端をマルアトへと向けた。


「残念だったな、マルアト。まがい物の貴様の信仰程度では……極限に至った俺に届かん!!」


 もう遊ぶつもりも、余裕もないのだろう。

 だからセントはためらうことなく、その鎖をマルアトに射出し!


「死ねッ! 俺の夢の残骸。俺を否定できなかった、半端者がっ!」


 その鎖が、マルアトの体を貫こうとした!

 だが、


「いいえ、それは看過できません」

「っ!?」


 白い衣が翻り、それを阻んだ。



…†…†…………†…†…



「あ……」


 マルアトの口が、思わずといった様子で言葉を漏らした。

 彼の眼前にたたずんでいるのは、確かに死んだはずのあの少女。

 純白だった頭と真紅に染まった瞳を黄金に変えた彼女は、華奢だが……しかし頼もしい背中を、マルアトに見せてくれた。


「創世神ソート様の命令により、戦闘に介入させていただきました」


 相変わらず事務的すぎる彼女の言葉にマルアトが思わず笑みをこぼす中、殺したはずの少女が化けて出た事実に、初めてセントは目を開き、その攻撃の手を止めた。


「バカな……お前は、死んだはず!」

「肯定。確かに私の旧型、英雄支援用神器――エンゲルは、霊格を砕かれ消滅しました。ですが、その後彼女のかけらはソート様の元へと至り、新たな神器として再形成されたのです。私の名前は、願望成就神器――《始の聖杯(エンゲル・ゴブレッタ)》。私が英雄と認めた人物の願いを、三度のみ叶える神器です」


 そういうと、黄金の少女はマルアトを振り返り、可愛らしくコトンと首をかしげ、


「ではマスター。私に指示を」

「しじ……だと? あなた、は……えん、げる、どので、はな、いのか?」

「……申し訳ありません。あなたが知る英雄支援用神器――エンゲルは、霊格を砕かれた際その存在を消滅させました。後継機たる私は、その業務を引き継ぐために彼女の記憶を継承されましたが、それはあくまで映像記憶としての資料であり、私の人格形成には一切寄与しておりません。そのため、私――エンゲル・ゴブレッタは、彼女から生まれた存在ではありますが、彼女自身ではありません」

「……そう、か」


――結局のところ、都合のいい奇跡など起きないということか。


 その事実を思い知りながら、マルアトは手を握り締める。


――ならばせめてっ!!


「おね、がいだ、ゴブ、レッタ。あいつ、をたお、す、ため、のちか、らを、おれに、か、して、くれ」

「承認。第一願望の受領を確認。これより、敵――セントの討伐を開始します」

「……ぐっ!」


 ゴブレッタの言葉を聞き、セントは即座に構えていた鎖を射出! ゴブレッタを粉砕しようとした。

 だが、鎖はゴブレッタの近くまで到達した瞬間、まるで空中に解けるように粒子化し、その存在を消滅させる。

 今まで見たことがないその光景に、セントが目を見開く中、ゴブレッタは特に武器を構えるでもなく、特殊な呪文を唱えるでもなく、ただ彼を指差しこう告げた。


「セント。あなたは極限の悪などではない。あなたは、ただの善人だ」

「――っ!」

「あなた自身もそれを理解したから、この町を憎み、自らを悪と断じられなかったマルアト様に怒り狂ったのでしょう?」

「あ――貴様。貴様、気づいたなぁあああああああああああ!!」


 怯えるように震えながら、力なく地面についていた鎖が、無駄だと分かりきっているにもかかわらず、ゴブレッタめがけて殺到した!



…†…†…………†…†…



 視界を埋め尽くす暴力の鎖。

 それをまるでそよ風のように溶かしながら、ゴブレッタはセントに向かって歩きはじめる。

 鎖が追加されるが、もはや意味はない。

 正体を告げられたセントに――マルアト()正義の化身であれと作られた、ゴブレッタを害することはできなかった。


「無論、あなたが一般的価値観から見て善人かと言われるとそうではありません。外の世界に一歩でも出れば、あなたは極限の悪とよばれることになるでしょう。ではなぜ、あなたは善人だといったのか? それは、善と悪とは個人単位によってその境界線が決められるものであり、絶対的な悪。絶対的な正義という存在が、そもそも成立しえないからだと私は告げます」

「ふざけるなっ! ふざけるなっ! そんなはずはない! そんなことあっていいはずがない! 私は天命を授かったのだ! 悪に成れと、悪であれと! 天命を――」

「天命の順守。それは一般的に見て善行です。あなたの行いは正義です」

「っ!」


 まるでその言葉が攻撃になったかのように、一本の鎖が、ゴブレッタに近づいてすらいないのに砕け散った。

 その現象はやがて連鎖反応のように他の鎖に伝播し、襲い掛かってくる鎖は見る見るうちに数を減らしていく。


「さらにあなたはこの町に人々を招きよせた。人々の在り方をゆがめるのは悪行。ましてや善人であった人を無理やり悪人に仕立て上げ、多くの罪を重ねさせたのは許されざるべき悪徳でしょう」

「――やめろ、来るなぁッ!!」

「だが、そんな街の人々にあなたは慕われていた。あなたのために身をなげうつ人がいる程に、あなたはこの町においての善人だった。この国の極限の正しい人だった。だからあなたはよい人だ。この街の人々にとって、正義の人だと言えるでしょう」


 再び鎖が砕け散る。消えていく速度が速くなる。

 もはや残る鎖は数えるほど。それらは怯えるように身をすくませ、ゴブレッタに触れることすらいやがった。


「その時あなたは悟ってしまった。自分は極限の悪になれないと。人に別々の自我がある限り、天命を果たせないと。だからあなたは欲したのです。自らを悪だと断罪してくれる――自らを極限悪だと保障してくれる対抗者を。それさえいてくれるなら、自分はまだ悪として立っていられるから。だからあなたは、マルアト様が悪党に堕ちていると知った時あれほど激怒した。確実に自分を純粋に悪党だと認めているのは、彼だけだと知っていたから」

「黙れ、黙れぇえええええ!」

「私はマルアト様の神器であり、彼の願いをかなえるためのシステムです。あなたの願いは聞き入れられません」


 とうとう最後に残った鎖も砕け散り、空間を真っ黒な粒子が満たす。

 ゴブレッタはそれを手の一振りで薙ぎ払い、漆黒に染まった室内を瞬時に浄化した。


「そして今、あなたは絶望したんじゃないですか? さきほどのシャマル様の裁定を耐えきってしまったことに」

「――っ!」

「シャマル様の裁定が中途半端に終わったのは、マルアト様の殺意のせいではありません。術者個人の感情は、神の力である術式には反映されないのですから。あなたが生き延びたのは、恐らくあなたに改心の余地があったから。シャマル様は苛烈な神ではありますが、心に正義を宿す者をむやみやたらと罰したりしません。そのシャマル様の裁定術式を受け、あなたは見事に生き延びてしまった」


 認めたくない。認められない。そんなこと、あっていいはずがないと、セントはとうとう子供のように体を震わせながら、一歩、また一歩と後ずさる。

 だが、怯えきった彼に対し、止めを刺すことをゴブレッタはためらわない。

 彼女はマルアトの願いをかなえるために現れた者。

 マルアトの正義を守護する、《正義の味方》である。


「思い知りなさい《ただの人》よ。人は極限の悪になることも、絶対的な正義になることもかなわない。どっちつかずでふらついて、悪にも正義にも転がってしまう。あなたの天命は、あなたの願いは、与えられた瞬間から……すでに叶わないものだったのだと」

「あ、あぁあ…………あぁあああああああああああああああ!!」


 パキリと、何かが砕け散った音が聞こえた。

 それがセントを守っていた極限の悪という存在の守りだったのか、それともセントの心だったのか、この場にいる存在でわかるものはいなかった。

 ただ、セントは絶叫を上げながら白目をむいて崩れ落ち、一つの戦いが終わったという事実のみが、その場に静かに広がっていった。


「あなたの原始の願いは、ただ人が悪と定めた行為が、なぜ悪と定められたのかという理由を明確にしたいというものだった。それさえかなえば、人はより正しく生きていけると信じていたから。だからあなたは、それを調べるために悪行を行いたいと願い、あの天命を受けるに至った。そんな人々のために汚濁をかぶろうとした人が、純粋な悪などに成れるわけがないでしょう」


 結局のところ、彼は悪党に成りきれなかった。

 セントの敗因は、ただそれだけだった。



…†…†…………†…†…



 自分があれほど苦労した相手が、あっさりと失神したその様子を見て、傷で痛む体を震わせながら、マルアトは思わず苦笑いを浮かべた。


――あぁ、俺は結局、無駄な努力をしていたのだな。と。


「せん、とを、たお、すのに、ひつ、ようだ、った、のは、ぼう、り、ょく、でも、かごで、もな、い。ただ、めを、さまし、て、やるこ、とだっ、たのか……」

「生きておられますか? マルアト様」

「……かろ、うじて、な」


 そして、涙が流れ始めた震える彼を見て、ゴブレッタは心配そうに彼に近寄ってきた。


「ならよかった。ごほん。とにかく、これで一つ目の願いは成就しました。二つ目の願いはいかがしますか?」

「そう、だな……」


 わずかに呼吸を浅くしながら、ゴブレッタに助け起こされたマルアトは、体中から届けられる激痛の信号に閉口する。


――もう。セントを殺す気は失せている。あいつはただ間違えただけだと、今回の一件で思い知ったから。なにより、シャマル様が恩赦を与えたのだ。殺すわけにはいかない。


「とり、あえず、おれ、のか、らだの、きず、を、なおし、てくれ。みっ、つめ、の、ねが、いは、ちょ、っと、いま、かん、がえつ、かな、いが・・・・・・あい、つをこ、きょ、うに、つれ、かえ、るみ、ちすが、らで、かん、が、えよう」

「わかりました。ですが……連れて行くのですか?」

「ん?」


 自分の傷をみるみる癒しながら、失ったはずの手すらもとに戻す強力なゴブレッタの治療魔法。それに目を見開いた後、マルアトはわずかに不安そうな様子がうかがえたゴブレッタの声に少し驚いた。

 自分でもわかるほどの感情の発露を、エンゲルが見せたことがなかったゆえに、彼女とそっくりなゴブレッタが明確な不安を露わにしたのが意外だったのだ。


「どうした? 何か問題が?」

「はい。たとえ彼が善人であろうと、ただの人間であろうと、彼が犯した罪は消えるわけではありません。シャマル様の恩赦があったと証明できたとしても、彼に恨みを持つ人間が、彼を躊躇いなく殺すでしょう。連れ帰ったところで、彼がまっとうな生活を送れる可能性は……」

「……あぁ、そうだな」


 それでも、マルアトは少し笑いながら、ようやくまともにしゃべれるようになった口の端を吊り上げ、


「だが、だからどうした?」

「え……」

「償いの可能性があるものを、見捨てるのは性に合わない。実際がどうであろうとも、こいつには償いの機会が与えられたんだ。だったら」


――それを守ってやるのが、俺の天命だ。


 そう言って笑うマルアトに、ゴブレッタは少し固まった後、


「? どうした?」

「い、いえ!」


 ちょっとだけ顔を赤くしながら、先代が浮かべられなかった笑顔を、マルアトに向けた。


「あんた、笑えたのか?」

「失礼な。私はエンゲルの後継機であり、あらゆる点でエンゲルを凌駕する神器ですよ! 感情表現機能など、当然のごとく搭載されています!」

「そ、そうなのか……」

「ですよ!」

「じゃぁ、なんで笑ったんだ? 別におかしなことを言った覚えはないが」

「いえ。これはいわゆる私の記憶――エンゲルの思い出を思い返したが故の笑顔です。いわゆる思い出し笑いというやつです」

「なんだそりゃ……」


――あまり上等なことはしてやれなかったはずだが。と首をかしげるマルアトに、ゴブレッタはそっと告げた。


「エンゲルは、最後の最後であなたを守りたいと願った。その願いが間違いでなかったことが、うれしかったのです」

「……………そう、か」


 若干気恥ずかしくも、それ以上に嬉しさがにじみ出る彼女の言葉に、マルアトは年甲斐もなくはにかんだ。

 だが、その瞬間。


「こっちを……見ろっ!!」

「え?」

「なっ!?」


 意識を失ったはずのセントの声が響き渡る。

 慌てて振り返った二人の視線の先で、鋭く尖った瓦礫を振り上げた彼は、


「あぁああああああああああああああああああああああ!」


 その瓦礫を振り下ろした。




 自らの、喉をめがけて!




…†…†…………†…†…



 血反吐が撒き散らされ、血しぶきが舞った。

 絶叫し駆け寄ってくるマルアトに、セントはただ不敵な笑みを浮かべるのみ。


「天命の無断放棄、友人への裏切り、贖罪の放棄……。あとは、なにが」

「だまってろっ! ゴブレッタっ! 三つ目の、三つ目の願いを!!」

「無駄だ、俺は何度だって死ぬ。何度だって自殺する」

「どうして!」

「決まっているだろう……」


 そう言って彼は嗤い、


「これならば……誰にとってもいいことになるまい。自殺(これ)こそが、人類最大の悪徳だ」

「――っ! セント、お前っ!!」

「知っていた、さ。あぁ、絶対悪なんてものは、存在しないって。知っていた……。だから俺は、ならないと、いけないんだ。誰もが恐れる悪に。アァはなるまいと誰もが思う、悪の指標に! そうじゃないと……そうじゃないと人は」


――きっと、俺のように惑うから。簡単に悪に堕ちるから。


 それだけ告げて、セントは事切れた。

 そして、目を見開いたまま死んだ彼の口から、


「っ! 離れてっ!! マルアト様っ!」

「――っ!」


 さきほどの鎖たちを作っていた、真っ黒な何かが吹きだし、砕け散った宮殿の天井から外へと噴出した!


『AaAAAaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaAaaaaAaAAaaAAA!!』


もとはマルアトについていた小魔だったそれは、見る見るうちに天を覆い尽くしながら、まるで下界にいる全てを嘲笑うかのように声を上げる。

 いや、それは産声だった。

 たった一人の男がめざし、ついに完成させてしまった――究極の悪。

 後の世に、この(にんしきをこえたもの)はこう名付けられた。


《悪神:セント》と。


今年中に終わる予定だったのにィイイイイイイイイ!!

まだ、ちょっとだけ続くんじゃよ?(白目

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