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《罪装式》

 彼はいわゆる人さらいという仕事を生業にしている悪党だった。

 本当はもっとまっとうな天命をエアロに与えられていた気がしたが、今の彼にはそんな事実は関係ない。

 人をさらい、人を買うやつに売りさばいた方がはるかに儲かるし楽ができたから、彼は与えられた天命などとうの昔に投げ捨て、今の場所にいた。

 今回の獲物はまだ年端もいかない子供だ。仲間と一緒に、老人を虐め殺すのに夢中になっていたところを攫い、商品にした。

 今は縄で縛られ床に転がされている。よほどその状況が不満らしく、うめき声とともにのた打ち回っているが……まぁ、他人を虐め殺すようなクソガキだし、売り飛ばされて食われたところで誰も恨みはしないだろう。


「怨むんならおまえの日ごろの行いを恨めよ? お前は自分より弱い奴をいじめるのに夢中で、自分が弱いってことを忘れちまったんだから。それに、お前もさっきやっていただろう? 弱い奴は強い奴にくわれるのが定めだって。お前より強い俺に、目をつけられたこと自体が、お前にとっての不運だったんだよ」

「む――っ! ム――っ!!」


 涙を流し、股を濡らし、懇願でもしているのだろうか? 少年はさらに高いうめき声をあげ、もがき始める。

 そのあまりに滑稽な姿に、男がこみあげてくるものを抑えきれず、爆笑しかけたときだった。


手銃(シュガン)――光撃(リースンリヒト)

「――っ!」


 背筋に氷柱を突っ込まれたような悪寒を覚え、即座にその場に伏せる!

 同時に、家屋の入り口に叩き込まれた光線が、男が潜んでいた家屋に巨大な穴をあけ、襲撃者の姿を露わにする。


「――っ!? ガキだと? こいつを救いに来たのか!」

「ja。そしてNein。目的は確かにそこの子供の救出ですが、それは当方の意志によって決定されたものではありません」

「なに!?」


 家屋に入り込む光によって白く輝く、白髪を携えた少女の意味不明な言葉に、男は眉をしかめる。

 だが、その意味はそのすぐ後にわかった。


「はやらないでいただきたいエンゲル殿! 人質を取られたら面倒になっていた!」


 全く予想していなかった個所の壁の崩壊と同時に突っ込んできた石板が、少年を守るように床に突き立ち、結界を張るのを見た瞬間に!


「浄罪官! 《石板》か!」

「名前を知っているなら是非もない。人質の確保も終わったし……聞きたいことはそのガキから聞く。とりあえずお前は殴り殺す!」

「できる物ならやってみろっ!」


 その一喝と共に、男は自らの体が変じるのがわかった。

 それは、この都市の一流犯罪者のだれもが使える魔術。

 小魔に取りつかれたものに与えられる、罪による武装。

 自らが取り付いた個体が死なぬよう、小魔が与える罪業の証。


「……変身? 正義の味方がするものだという基本知識があるのですが?」

「人でなしになる術など、悪党しか持っていないぞっ!」


 《罪装式:(イヴォル)

 小魔によって与えられた魔力が、人間を化物に変える魔術。

 多くの弱者をとらえて自らの糧とした彼は、巨大なクモの化物となり、漆黒の体躯を蠢動させながら、二人に向かって襲い掛かった!



…†…†…………†…†…



「小魔があふれかえっているところから予想していたが、まさか《罪装式(インヴォニア)》まで使えるようになっているとは!」

「これが悪党の一般的な性能なのですか?」

「まさか! よほど罪を重ね、小魔に気に入られた者しか、あんな風に全身をつくりかえるようなまねはできない!」


 自身のアジトを倒壊させながら、家屋の屋根へと飛び移ったマルアト達を、とてつもない速度で追ってくる蜘蛛の化物に、マルアトは苦々しげに舌打ちをする。

 《罪装式》。小魔が与える罪人を守る鎧。

 今までマルアトがこれを相手にしてきたのは数えるほどでしかない。それほどに珍しく……そして、そこまでいたれる罪人は少なかった。

 だが、あの蜘蛛男はまるであたりまえのように、さも当然であるかのようにあの鎧をまとった。

 それはつまり……!


「この街全体で、あの程度のことはできて当然という認識があるということか!」


 いったいそれはどれほど罪深く、どれほどおぞましいことなのか……。長く罪人を追ってきたマルアトでさえ、それは分からなかった。

 だが、やるべきことは何時もと変わらない。


「エンゲル殿! すまないが、少し手を借りるぞ!」

「ja。もとより私はそのために生まれました」

「……それはそれで何かさびしい気はするがな!」


――今の俺にはありがたい。


 内心に感謝の念を抱きながら、少年を守るための結界を張り終わった石板を呼び戻し、着地した屋根をしっかりと踏みしめたマルアトは、後退ではなく一歩前へと足を踏み出し、


「前衛は請け負った! エンゲル殿は、先程の光線でトドメをっ!」

「ja。命令を承りました」


 右手に巻き付けた革ひもをフルスイング!

 天高く飛び上がり飛来してきた巨大なクモの横っ面を、皮ひもの引っ張られて振り回された石板によって痛烈に打撃した!


「浄罪法――死罪!」

『――っ!?』


 人ならざる悲鳴を上げる蜘蛛に、浄化の光による爆裂が襲う!



…†…†…………†…†…



 光によって蜘蛛が飲まれ、煙を上げながら吹き飛ばされたときだった。

 遠くに輝く光芒が、何者による攻撃なのかを悟ったのだろう。

 一瞬宙を見上げた町の人々が、泡を食ったようにその場から逃げ出す。


――浄罪官が来た! 罪を滅ぼしにやってきた!!


 それは小魔に取りつかれた人々にとっては恐怖の象徴であり、まぎれもない悪であった。

 ゆえに、弱き小魔たちはその場から逃げ去り、


「「来たか……」」

「「シャマルの走狗風情が……」」

「「我らが拠点に乗り込んだこと、後悔させてくれる」」


 立ち上がった漆黒の人影は百にも届くか。

 とにかくおびただしい数の黒い化物が、その光に呼応するかのように表れ、光がさす方へと視線を向けた。


「「さぁ、殺戮を」」

「「裁定の拒絶を」」

「「我らこそがこの地においての善である」」

「「正義の使者として今こそ、厚顔たる善意の主を食い殺そう」」


 そして彼らは笑いながら、光に向かって前進を始めた。

 これだけの数がいるならば、いかに浄罪官とは言え押しつぶすことは可能だと嗤いながら。


 だが、この場にいるのは浄罪官だけではない。


 彼らはその存在を、何かが破裂するような音と共に、


「「ん? これは……」」

「「雨、だと? さっきまでは雲一つない……」」


 豪雨と共に、自らの存在を、怪物どもへと知らしめた。



…†…†…………†…†…



「「なんなんだ、これは……」」


 視界が悪くなるどころか、もはや一寸先すら見えない集中豪雨。

 それを煩わしく思いながら、雨に触れた途端ピリピリと痛みだす体に、《罪装式》を纏った男はさらに苛立たしげに足を踏み鳴らす。


――とにかく、光が見えた方向へと進まねば。浄罪官は明確な自分たちの脅威。早急に駆除する必要がある。


 そう判断した男は、雨の中にて……あまりに不用意に、一歩を踏み出す。

 瞬間、


「「ぐあっ!?」」

「「っ!?」


 すぐ近くから、仲間の断末魔の声が聞こえた。


「「え?」」


 驚き固まる男。その周りから、


「「ヒュッ!?」」「「イギッ!?」」「「エッ!?」」「「ガアッ!?」」「「ナッニギィ!?」」

「「な、なんだ……何が起こって!?」」


 次々と、断末魔が連なっていく。


――なんだ? 何が起こっている? 自分たちはいったい、何に襲われているんだ!?


 それは、久方ぶりに感じた恐怖。化物の姿になれるようになった時から、感じなくなった絶対強者に対する恐れの感情だった。

 その感情が、さらに男の足音を響かせてしまう。

 いつのまにかできていた足元の水たまりに、一つの波紋が広がった。

 やがてそれは、奴らに対する道しるべとなり、


「「――っ!」」


 気づいたときにはもう遅い。振り返った先にいた、雨外套を纏った怪物が、見たこともない武器を使い男の眉間に風穴を開けた。

 いや、正確にいうなら、男の体を覆っていた小魔の鎧のみを打ち抜き、男の意識を刈り取ったのだ。


――なにが?


 心を覆っていた闇色の何かが急速に剥がれ落ちていくのを感じながら、男は雨外套姿の男に、一つの予想を口にした。

 それは、その男の正体。

 神話でしか語られぬ、創世の神の名前。

 その名前は、


「まさか……そーぶふっ!?」


 それを告げる前に、男は情け容赦ない蹴りによって顎を閉じさせられ、意識を奪われた。


――こんなひどい奴が、ソート様のわけないか。


 と、割と失礼な思考と共に、男の意識は闇へと沈んだ……。



…†…†…………†…†…



『ここら一帯はクリアだ、ソート。にしてもひどいありさまだなおい。まさか化物があれだけいるとは』

「悪かったな。俺だってちょっと予想外だったんだ」


――自分の姿をとらえて名指しされない限りは、正体が看破された内には入らない。


 あの化物たちが町中を埋め尽くした時、慌ててシェネから確認した正体ばれの条件を参照し、ソートとU.Tは、マルアトの邪魔になりそうな怪物どもの駆除を開始した。


「あんな数にもまれちゃ、流石のマルアトもどうしようもないだろうしな。このくらいのアシストはしてやらにゃならんだろ」

『エンゲルちゃんはまだ戦闘経験不足気味だしな。あの大胆なダイナミックエントリーはさすがお前の神器と言ったところだが』

「俺はあそこまで考えなしな突入したことないだろっ!?」

『機械獣の基地・第四階層・モンスターボックスだった宝箱の部屋にて』

「悪かったですよ! 何の警戒もなく飛び込んじゃって!!」


――ち、畜生! このあたりの言い合いは分が悪いか!!


 雨を防ぐ雨外套の中で冷や汗を垂れ流しながら、ソートは次の現場へと向かう。


「今回憚りは直接介入はできないからな。相手にばれない様に近づいて一撃必殺だ! そっちも狙撃は任せたぞ」

『言われなくてもやっているさ。ソートよりも身バレの心配は少ないから、楽ちん楽ちん』

「くっそ……俺も狙撃の練習しといたほうがよかったかな」


 姿を見られないよう、豪雨のカーテンを展開し、背後奇襲(バックアタック)に限定された自分の戦闘に舌打ちを漏らしながら、ソートは滑るように水たまりだらけの大地を駆けるのだった。



…†…†…………†…†…



 逃げる。逃げる。逃げるっ!!

 八本の足を使い、とんでもない速さで凹凸だらけの屋根の上を駆け抜ける黒い蜘蛛。

 だが、突如降り出した豪雨は不思議と蜘蛛の足にからみつき、その逃走を阻害した!


――クソッ! なんだ!? 何がどうなっている!?


 予定ではすぐ来るはずだった援護。

 意志を持つかのように自らの邪魔をする水。

 そして、体を打つたびに痺れるような痛みを与えてくる豪雨。

 それらすべてが、蜘蛛から冷静な判断力を奪っていく。


 そして、結末はすぐに訪れた!


「逃がすかぁああああああああああああ!!」

「「っ!?」」


 絶叫と共に、光り輝く石板が、雨を切り裂き飛来した!

 純白の光を纏うそれは、裁定の鉄槌と化し、蜘蛛の腹をうがち貫く!


「「ぎぃやぁあああああああああああああああ!!」」


 激痛のあまり蜘蛛は絶叫するが、その悲鳴を哀れに思い、伸ばされる慈悲の手はない。

 慈悲にすがれる時期はすでに過ぎた。

 もはや落ちていく以外の選択肢がない化物と化した男は、頭上をとった光り輝く翼を見上げる。


「「あぁ……そうか」」


 この街は楽園だった。

 この街は男にとっての天界(ジグラッド)だった。だが、


「それも、今日で終わるのか……」


――終わりを受け入れるのも、存外悪くない気分だ。


 黒い何かが剥がれ落ちていくのを感じながら、男はただ祈りをささげる。


――陛下。どうかお逃げください。


 その祈りは決して届くことはなく、


「手銃――光撃」


 淡々とした声とともに飛来した光によって、打ち砕かれた。



…†…†…………†…†…



 五体満足な状態で安らかに眠る男を見て、マルアトは首をかしげていた。


「あの光は、確かにコイツを打ち抜いたはず……」

「当方の光魔法は非殺傷です。彼に取り付いていた小魔だけをうがち貫き、その人間を浄化します。それに何か問題がありましたか?」

「……そうか」


――殺してやった方が、寧ろコイツのためになったと思うが。


 内心で、マルアトはそう独りごちる。

 先程も言ったように《罪装式》を纏えるということは、それだけの罪を重ねたということ。同時に、《罪装式》に至るほどの罪というものは、常人には耐えがたいほどおぞましいものだ。

 小魔の加護を失い、正気を取り戻した彼が、その罪の重さに耐えきれるはずがない。

 この男は意識を取り戻すと同時に、その罪に押しつぶされ自ら死を選ぶだろう。


「……いや、問題はないさ」

「ja。ならばよかった」


――だが、それをこの子に教えるのは酷というものか。


 だから、不吉な未来を一時的に忘れることにし、ため息と共にそのことを体外へと吐き出したマルアトは、眠る男に背を向け、助けた少年が待つ場所へと足を向ける。


「では戻ろう。結界で守られているとはいえ、崩れた家に放置したあの子が心配だ」

「ja」


 エンゲルが……男の最後の言葉を聞いていたとも知らずに。



…†…†…………†…†…



「陛下? ……誰だかはしりませんが、慕われていたのですね」


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