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悪の追憶

 それは、遠い遠い昔の話。


「や~い。死体屋~!」

「きたねぇぞっ! 土にまみれて泥だらけぇッ!」

「い、ううぇぇえええええ」


 俺の両親はいわゆる埋葬屋だった。

 日々墓穴を掘りながら、死んだ人間をその中に放り込み、埋めていくという重労働。

 当然のごとく、毎日死体に触れ合うこの天命はあまりよろしく思われておらず、俺は毎日同い年の子供たちから、バカにされて育っていた。

 そんなある日のことだった。

 いつものように、薄暗い路地裏で周囲の子供たちに馬鹿にされて泣いていた時。


「なにやってんの、お前ら……」

「「「ゲェッ!」」」

「?」


 俺を囃し立てていた甲高い声が聞こえなくなった。

 代わりに聞こえたのは、ひどくけだるげな落ち着いた声。

 涙を垂れ流しながら、ゆっくり声が聞こえた方へと向くと、そこには物凄く嫌そうな顔をした一人の少年が立っていた。


「退屈なことしてんなよ。人がせっかく見つけたサボリ場所で……」

「ま、マルアトっ!」

「お前こそこんなところで何してんだよっ!? 親父さんの手伝いするんじゃなかったのかっ!!」

「あぁ!? 俺がそんな面倒なこと手伝うと思ったのかっ!? 朝一で起き出してバックれてやったぜ!!」

「いや……そんなことで胸を張られても」


 堂々と、偉そうに、胸を張りながらとんでもないことを言ってのける少年――マルアトに、俺を囃し立てていた子供たちは顔をひきつらせながらお互いの目を見合わせた。


――マルアト。シャマル様の神官の息子。


 ここら一帯を取り仕切る町内会の長にして、後ろ暗いことなど何一つない立派な両親のもとに育った少年。

 俺とは対極に位置するその存在を、俺は初め眩しく感じた。


 薄汚い墓作り風情が、話し掛けていい存在ではないと。

 でも、


「で、お前ら。朝早くに起きたせいでバリバリ眠たい俺の快眠を邪魔してまで、何してんの?」

「うっ!」


 俺の内心など知らないマルアトは、無造作に俺に近づきながら、わずかに細まった目を俺を馬鹿にしていた子供たちに向けた。


「い、いや……こいつ穴掘りの息子だから!」

「ど、泥臭いなって!」

「? そうなのか?」

「え?」


 すると、俺の目の前まで近づいていたマルアトは、襟首を掴んで強引に俺を立たせ、


「うぐっ!」

「なんだ。べつに臭くないじゃないか? こいつのお袋さんはきちんと洗濯しているみたいだが?」


 と、握った俺の服の匂いをかぎ、首をかしげた。

 そして、パンパンと俺の服を直した後、立った俺の両肩に勢いよく手を置いて、


「判決! 冤罪! だから泣いてんじゃねェ、お前は悪くないんだからっ!」

「え……えぇ」


 自信たっぷりに笑って、俺のに非がないと力強く証言してくれた。


「なっ! お前、穴掘り野郎なんて庇うのかっ!」

「お前も穴掘り仲間になるのか! そうなんだなっ!」

「や~い! や~い! この、モグラ」


 でも、そんなことは何の意味もない。俺をからかっていた連中は、俺をいじめるのが目的であって、事実を指摘して正すことが目的じゃないのだから。

 味方をする奴は全員的だと判断し、はやし立てる声より一層強くなる。


――こ、このままじゃマルアトまで虐められる!


 そう考えた俺は、


「あ、あの!」


 必死にその言葉を否定しようとして、


「ふ~ん。で? それが?」

「「「え?」」」


 そんな必要がないのだと、マルアト自身に教えられた。


「なるほど、こいつをかばった俺が仲間になるのはいい。助けたやつは最後まで面倒を見ろって親父にも言われているしな。面倒だが仕方ない。友人というものになってみよう。でだ、その友人からひとつ疑問なんだが……モグラの何が悪いんだ?」

「え、えっと……つ、土臭いし?」

「さっきそれはないと証明したはずだ」

「そ、それじゃ! 死体臭いし!」

「何お前ら? 一生懸命生きた人たちに対してそんなこと思ってたの? お前のお爺ちゃんも、お前の婆さんも、お前のお袋さんも、埋めて弔ったのコイツの親父さんなのに、そんなこと思ってたの……。うわ引くわ~。シャマル様案件だわ~。ご先祖様の死体臭いって言いましたよ、こいつら」

「い、いや、そこまで言って」

「いや、でもお前ら死体が臭いから、コイツに臭いが移ったって言いたいんだろ? もうそう言ってるのと同じじゃん。引くわ~。こんな親不孝者だったなんて普通にひくわ~」

「あ、あわわわ」

「いや待てよ? ひょっとしてエシュレイキガル様の権能が漏れ出ているのかも。そうなるとちょっとまずいな。動く死体が出ちゃうぞ? 一応お前らの親に確認取ってみるわ。オタクの息子さん方が死体臭いって言っているんだけど、オタクのお墓大丈夫ですかって! やったな、第二のエルク・アロリア危機を未然に防いだ英雄になれるぜ、お前ら!」

「どどど、どうすんだよ! そんなことされたら滅茶苦茶怒られる!」

「どうするって……屁理屈こねさせたら、こいつに勝てる奴がいないのは知っているだろ!」


 マルアトの言葉にもう可哀そうなくらい震え上がる悪がき三人に対し、マルアトは追撃の手を緩めなかった。

 やるからには徹底的に。抵抗の意志など残すわけがない。そう言わんがばかりの笑みを浮かべながら、マルアトはとうとうトドメを刺した。


「なに? もしかしてお前ら、特に理由もないけど、他人の親の天命を侮辱したの?」

「「「うっ!」」」

「エアロ様が与えてくださった崇高な役割を、特に理由もなく否定したの? シャマル様案件じゃなくてエアロ様案件なの? そうなると、うちの親父じゃなくてジグラッドの、《宗教司裁》になっちゃうんだけど……。まさかそんなことないよね? こんな子供の時から、熱油審問か火刑審問を食らいかねないリスキーなまね、するわけないよね~」

「「「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」」」


 ちなみに、先程上がった二つの審問は、文字通り煮えたぎる油を浴びせられるか、火にくべられるかすることによって、その者の行いの是非をエアロ様に問う審問だ。

 そこまでの審問をうける罪人は、エアロ様の行いに疑問を持ったが故の罪を犯した罪人なので、エアロ様の慈悲を頂けることはめったにない。

 よって、別名は《処刑もどき》。現在のところ、この二つの審問を受けて生きて帰ってきた人はゼロだ。


 彼の父親はそれを行う指示を出せる立場にある。それを知っている悪がき三人は、半泣きになりながらその場から逃げ出していった。


「ち、畜生! 覚えてろよっ!」

「いや違う! むしろ忘れてください!」

「もうバカにしたりなんてしないからぁあああ!!」


 そう言って遠ざかっていく三人の背中を、俺が呆然と見送る中「ふん。しょーもないことしやがって」と、マルアトは鼻を鳴らしながら、俺の隣にあった木箱に登り、そのうえで寝転んだ。


「あ、ありがとう……」

「別に。大したことしてない。親父にしょっちゅう手伝わされる証拠集めに比べりゃ、あいつら言い負かすなんてチョロイもんさ」

「で、でもどうして?」

「ん?」

「ほ、他の子たちも、父さんの仕事あんまりよく見てないよ? みんなと一緒になって馬鹿にされると思ったのに……」


 そんな俺の問いに、返ってきたマルアトの返答は、


「な、なに……その顔?」

「えぇ……めんどいぃ~。って顔」


 ものすごく渋そうなものをかみしめたような表情だった。


「さっきも言ったように、天命はエアロ様から与えられた、立派で神聖な物なんだろ? だったらそれに良し悪しをつける権利は人間にはない。たかが死体に毎日触れるくらいで、蔑んでいいようなら、エアロ様は初めから『お前は蔑まれろ』って言ってくるさ」


 良くも悪くも口さがない方みたいだし。と、いくつかの神話を語りながら、マルアトはその予想の証拠とした。


「天命の偽装は大いなる罪だ。それこそさっき言った審問を受ける程には重い。まじめに仕事しているお前の親父さんはそんなことはしてないだろう。なら、エアロ様はお前の親父さんに『蔑まれろ』と言っていないことになる。なら、蔑むのは間違っているし、蔑むという行為自体が余計な労力だ。ただでさえ、日々親父の仕事の手伝いという面倒事を背負っている俺が、どうしてそんな余計な労力を使わないといけない。面倒すぎるにもほどがある。だから俺はお前を馬鹿にしないし、バカにするつもりもない。わかった?」

「??」

「あぁ、もう……説明するのも面倒くさくなってきたんだけど」


 面倒という気持ちは本物なのか、マルアトの説明はやけに早口で、早くこの会話を終わらせようという意志に満ち満ちていた。

 だが、当時の俺の頭はあまりよろしくなく、早口で語られたマルアトの理路整然とした説明をちょっと理解できずにいた。

 そこでマルアトは、最低限の言葉を選び、


「お前は悪くない。だから俺はお前を馬鹿にしない。以上だ」

「あ…………」


 日々、父親の仕事のことで馬鹿にされてきた俺にとって、その言葉は救いだった。

 そして、それを与えてくれたマルアトは、


「……ありがとう。マルアト」

「礼はいいから寝かせてくれ。早起きして眠たいのはマジなんだから」

「うん!」


 俺にとって、尊敬すべき正義の味方だった。



…†…†…………†…†…



――ずいぶんと、なつかしい夢を見ていたようだ。


 血まみれの部屋の中、女だった肉塊からうめき声が聞こえなくなった頃に、俺の目が覚める。

 眼前には、蛆のような小魔を顔に張り付けた男が、冷や汗を流しながら立っている。


「へ、陛下!」

「……なんだ。いま俺は寝起きで機嫌が悪いんだが」

「浄罪官が来ましたっ!」

「……ほう?」


 実に五年ぶりの邂逅。以前浄罪官に会ったのは、せき止めた川の水を一気に放出し、下流にある村落五つを水没させようとしたときだったか。

 水が流れてこなくなった河の様子を確認した浄罪官と会敵し、殺し合いをしたのだが……。


「この国に訪れたのは初めてだな。で、どの浄罪官だ? 《(スピァーダ)》か? 《堀鉾(スコップ)》か?」

「……《石板(メイスン)》でございます」

「――っ!」


 男がそう報告すると同時に、顔に張り付いていた小魔がボトリと落ち、その魔力をもってして空中に映像を投影する。

 その映像には、皮ひもにくくりつけられた石板を振り回す懐かしい顔と、人差し指と親指を立てた変わった右手の形を作り出し、人差し指の先から白い光線を発射する少女の姿があった。


「キ――――――――――!! キ―――――――――――――!!」


 鳥肌を立たせる絶叫を小魔があげるのを無視し、俺は口元が吊り上るのを感じた。


「そうか。いや……そうだな。俺の間違いを正すのは、お前しかありえないよな、マルアト」


 そして、俺の足にすり寄り、助けてくれと懇願する蛆の小魔を踏みつぶす!

 それによって、小魔による精神操作から逃れた目の前の男は、


「え? あ……ひっ、うわぁあああああああああああああああ!」


 自分がこの町で行った悪事の数々を思い出し、発狂したように悲鳴を上げ始めた。


「わ、私は……どどど、どうして。どうしてこんな」

「怖いか、財政官」

「ひっ!?」


 小魔に支配されていた時から抱いていた俺への恐怖などは、天井なしに膨れ上がったのか、俺の声を聞いた瞬間男は悲鳴を上げるのをやめ、口を戦慄かせるだけの存在に成り下がる。


 それを見て一つ頷いた俺は、男に最後の命令を告げた。


「少しでも悔いるつもりがあるならば、貴様がさきほど報告してきた浄罪官にすがるがいい。あるいは、この俺を殺してくれるかもしれんぞ?」

「――っ!」


 そういって、俺が再び窓に目を向けると同時に、男は脱兎のごとくその場から駆け出し、玉座の間から出て行った。

 その光景を満足げに眺めながら、俺は悪徳蔓延する街を睥睨し、とうとうやってきた仇敵を歓迎する準備を始める。


「あぁ、マルアト。お前だけだ。俺に救いを与えてくれたお前だけが、俺を止める権利を持っている」


――壊して見せろ。あのとき俺の卑屈さを打ち破った時のように――俺の過ちの権化であるこの町を。



…†…†…………†…†…



 時は少し巻戻る。


 それは、さながら昔のシャマルを彷彿とさせる追跡だった。

 わずかに残る足跡を結ぶ光の線を追い、罪を追う浄罪官は、風のような速さで裏路地を駆け抜ける。

 入り組んだ通路の構造などなんのその。直角に曲がることさえ速度を落とすことなくやってのけるマルアトは、間違いなく一流の戦闘者であると言えた。


――とはいったところで、所詮は下界の体術崩れ。エンゲル殿には及ばないか。


 そう思い彼が振り返った先には、早々に自らの足での追従をあきらめたエンゲルが、背中から生やした光の翼で空を飛び、マルアトの背後にぴったりとついてくる姿が見えた。


「……天使というのは皆そのような便利な翼をもっているのですか?」

「当方はその質問に対する答えを保有していません。ソート様が作られた天使は、当方が初めてなので」

「さようか……」


――そういえば、神話においてもソート様の眷族に関しては聞かんな。ニルタ様の神話に、シェネという生命神を使わされたという一文があるくらいだ。


 マルアトはエンゲルの言葉を聞き、ソートの神話に思いをはせた。


 曰く「星を鎮めし者」「天地を作りし者」「命住まう土地を形作ったもの」


 この世界に生まれ落ちた命――その全ての母であるティアマトは、もともとは手が付けられないほど荒れ狂う星を鎮めるため、ソート様が作った神器であったと古の神話では語られていた。


 それを考えると、そういった存在を作り出したソート様が遣わした、このエンゲルという少女は……。


「ティアマト様の姉妹というわけか。それを考えると、このような俗事にかかわらせていいものかと迷うところではあるな」

「姉妹? 私に、姉がいるのですか?」

「む? 聞いていないのか?」


――余計なことを言ったやも知れぬ。ソート様にとって、結局エアロ様と敵対して倒されてしまったティアマト様は、いろいろ思うところがある存在だろうしな。


 マルアトが自らの失言を悟り、舌打ちを漏らしかける中、姉妹という言葉に引っ掛かりを覚えたエンゲルは、すぐさまソートに念話通信をつないだ。



…†…†…………†…†…



『Gebieter。少し質問が』

『待てっ! ちょっと待って! その前に今お前らどこにいんの!? 座標教えて!!』

『も~。ソートがグズグズしているから』

『おんまえ、こんな動きにくい迷彩装備状態で、あんな化物みたいな速さで走るやつを追いかけられるか!』

『バカ野郎っ! プロの狙撃手は、秒速一千キロで匍匐前進するんだぞっ! お前が追いつけなかったのはお前の修練不足だ! 恥を知れ!』

『聞いた瞬間にウソってわかる戯言抜かしてんじゃねぇぞテメェ!!』

『………………』


 忙しそうだったので後にしようと、エンゲルは思った。


――決して口を挟むと面倒くさそうと思ったわけではありません。ただ少し、忙しそうだったから気を使っただけにすぎないのです。


 そんな言い訳と共に口を閉ざすエンゲルは気づかない。今まで彼女になかったもの――感情というものが、そろそろ彼女に芽生え始めているという事実に。

 なぜなら、その生まれ始めた感情は、


「ついたぞ」


 マルアトとともに行っていた追跡の終わりによって、職務を開始する必要が出てきたから。

 心が、仕事をするための機械へと変じる。


――では、職務を実行します。


 英雄を助けるという製造目的を達成するために、エンゲルはゆっくりと手の形を変える。

 人差し指と親指を立て、あとの指すべては織り込む変わった形。

 彼女の基本的な機能を教えたシェネという女性曰く、


『これは、マスターが愛用する武器を手で模したものです。手をこの形にすることで、あなたは自分を守るための力が使えます。うまく使いなさい、エンゲル。その武器の名前は……』


 曰く――手銃(シューガン)

 ソートが住む現実世界においては、銃の真似をするのに使われるそれは、この世界において無類の破壊力を発揮した。


「エンゲル殿。危ないので突入は私が」

Nein(ナイン)。必要ありません」


 むしろ、当方はあなたを守るためにいる。と、エンゲルは主張しながら、たどり着いたボロボロの家屋に向けて手銃を向ける。

 そして、エンゲルの言葉に驚くマルアトをしり目に、


「英雄支援を開始します」


 人差し指の先端にチャージされた魔力を、情け容赦なくぶっ放した!


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